COLUMN

第296回 パロディでなくオマージュ 〜ダンダダン〜

 腹巻猫です。本年もよろしくお願いいたします。
 昨年はさまざまなコンサート、イベントに足を運びましたが、11月20日に恵比寿LIQUID ROOMで開催された牛尾憲輔さんの劇伴作家活動10周年記念ライブ「behind the dex」はなかなか衝撃的な体験でした。オールスタンディングのホールを満杯にした観客が『チェンソーマン』『DEVILMAN』『ダンダダン』『ピンポン』などの劇伴で盛り上がるさまは、まるでクラブイベントのよう。絶賛放映中だった『ダンダダン』の曲は観客の反応も大きかったです。今回はその『ダンダダン』の音楽について。


 『ダンダダン』は2024年10月から12月まで放映されたTVアニメ。龍幸伸による同名マンガを原作に監督・山代風我、アニメーション制作・サイエンスSARUのスタッフで映像化された。霊媒師の家系に生まれた女子高校生・綾瀬桃(モモ)と宇宙人の存在を信じるオカルトマニアの男子高校生・高倉健(オカルン)が、協力して怪事件に挑むSFファンタジーである。
 随所に凝った映像演出や力の入った作画があり、目が離せない。モモとオカルンが口論しながらも互いを意識し、接近していく展開が学園ラブコメのようでこそばゆいし、登場する宇宙人や怪異などに過去の特撮ドラマやアニメ、劇場作品などへのオマージュが見られ、懐かしい味わいを出している。オカルト、SF、ホラー、学園青春ものなど、さまざまな要素が入り混じった、多彩な楽しみ方ができる作品だ。

 牛尾憲輔が手がけた音楽については、放映中からアニメ雑誌などにインタビューが掲載されており、そのユニークな作り方がとても気になっていた。
 監督の山代風我は、「昔の円谷プロダクション作品の『ウルトラQ』から『怪奇大作戦』あたりの空気感を映像で出していきたい」と構想を話した上で、音楽は「使用したいクラシック音楽があるくらいで、あとは何でもありの世界観のように、自由にやってほしい」と牛尾に伝えたという。
 音楽作りは、牛尾憲輔が原作、脚本、設定画などの資料をもとに、イメージアルバムのような形で数曲を制作し、監督たちに聴いてもらうことからスタートした。幸い、最初から互いに考えていた方向性が合致し、音楽メニューの作成、楽曲制作へと進んだ。牛尾憲輔はほかの作品でもこんな進め方で劇伴作りをしているのだそうだ。
 『ダンダダン』はさまざまな過去の作品やカルチャーへのオマージュにあふれた作品である。牛尾はインタビューで本作の印象を「あらゆるカルチャーをリミックスするような感じ」と語っている。その感じを音楽でも再現するために、さまざまなジャンル、時代の音楽をリミックスするスタイルを考えた。
 と書くと、既存の音楽のスタイルを模倣したり、取り入れたりして新曲を作る手法が思い浮かぶが、牛尾憲輔が試みた方法はそう単純ではない。
 牛尾憲輔が選んだ手法は「サンプリング」。既存の楽曲を取り込んで、加工したり、新しい要素を足したりして、独自の楽曲に仕上げていく作り方だ。現代のテクノやダンスミュージックではおなじみの手法である。
 ユニークなのはここからだ。サンプリングにはもとになる楽曲が必要になる。しかし既存の楽曲は権利の問題などで自由に使えない。そこで、牛尾は自分でサンプリング用の楽曲を作り、それを加工して新たな曲を作るという二重の手間をかけたのである。
 たとえば、第1話でモモが「(俳優の)高倉健のような男」を探して学校内を歩き回る場面にかかる「tiger and flower」という曲。高倉健が主演した任侠映画の主題歌のような曲を作曲し、それをサンプリングしてローファイ・ヒップホップ風に仕上げたという。単なるパロディ、パスティーシュではなく、その時代、その作品へのリスペクトをこめた楽曲をいったん作って、そこから現代に通用する楽曲に昇華させているのだ。
 しかも、サウンド感もその時代の楽曲らしくするため、あえてレコード盤ぽい音質やブラウン管テレビから流れてくるような音質でサンプリング用の楽曲を制作している。多くの曲をこうしたやり方で作ったため、「ほとんどの曲で通常の倍の手間がかかっている」と牛尾憲輔は語る。
 「ふつうに○○風の曲を作るほうが楽だし、早いし、ほとんどの人は違いに気がつかないのでは?」と考える人も多いだろう。が、それでも作り方にこだわる。コンセプトや作る過程に意味があると考える。牛尾憲輔はそういう作家である。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2024年12月18日に「『ダンダダン』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでアニプレックスから配信とCD(2枚組)でリリースされた。
 収録曲は以下のとおり。

Disc 1

  1. code:DDD
  2. a slice of peach
  3. okarun’s file
  4. tiger and flower
  5. seiko
  6. serpoians
  7. supernatural power
  8. (un)lucky cat
  9. code:DDD (Ver.H)
  10. on the edge
  11. like a fire
  12. william hell overture
  13. paranormal funk
  14. breakthrough
  15. the tunnel
  16. the girls
  17. turbo granny

Disc 2

  1. momo
  2. okarun’s life
  3. more than friends
  4. less than lovers
  5. aira
  6. can’t take it anymore!!
  7. the briefing
  8. the crawling ghost
  9. curse
  10. love theme
  11. acrobatic silky
  12. code:DDD (Ver.O)
  13. jiji!
  14. spoken spell
  15. taro and hanako
  16. the kitos

 全33曲。インタビューなどによれば、牛尾憲輔が本作のために制作した楽曲はこれですべてである。
 最近は1クールのアニメでも40〜50曲を作ることが多いので、曲数は少なめだ。しかし、1曲1曲が濃密であるのと、多くの曲が2分から3分台の長さなので、物足りない感じはない。
 全体の構成は、ディスク1がおおむね第1話から第4話までのイメージ。モモとオカルンが出会い、妖怪ターボババアが仲間に入るまでのエピソードで使用された曲が収録されている。ディスク2は第5話以降に登場するキャラクターや怪異をテーマにした曲が並ぶ。物語に沿いつつ、ディスク1とディスク2で雰囲気を変えた巧みな構成だ。
 ディスク1から紹介しよう。
 1曲目「code:DDD」は本作のメインテーマ。「ダンダダン」と聞こえるリズムをベースに、不穏なシンセサウンドが加わり、さらに別のリズムが重なってダンスミュージック風に発展する。牛尾憲輔のコメントによれば、異なるジャンルのベースやドラムがサンプリングされているとのこと。本作の主題歌「オトノケ」も「ダンダダン」というフレーズから始まるので、意識したわけではないだろうが、主題歌と劇伴のサウンドが呼応したような形になっている。
 このメインテーマのバリエーションがトラック9の「code:DDD (Ver.H)」とディスク2のトラック12「code:DDD (Ver.O)」。「(Ver.H)」はホーミーを、「(Ver.O)」はお経をミックスした曲になっている。呪文のようにも聞こえる人の声が、楽曲に妖しさ、不気味さを加味している。
 トラック2の「a slice of peach」はモモのテーマ。しだいに重なる複数のリズムと女声ボーカルによる、はじけた曲調のナンバーである。ボーカルの歌詞はよく聞き取れず、何を歌ってるのかわからないが、それもねらいなのだろう。
 次のトラック3「okarun’s file」はオカルンのテーマ。シンセサウンドによるSFホラー音楽風の曲である。90年代の人気海外ドラマ「Xファイル」あたりを思い出してしまう曲調だ。
 先に紹介したトラック4「tiger and flower」は、任侠映画主題歌風の原曲がしだいに変形して、どんどん印象が変わっていくのが聴きどころ。
 トラック5「seiko」はモモの祖母で霊媒師の星子のテーマ。ミステリアスに始まり、中盤はディスコ風の曲をサンプリングして軽快に、終盤はさらに曲調が変わってテクノロック風に変化する。サントラCDの解説書に掲載された牛尾憲輔のコメントによれば、「3曲分の労力をかけている」そうだ。
 トラック6「serpoians」は人間の女性をねらう宇宙人・セルポ星人のテーマ。ループするギターのフレーズとエコーがかかったパーカッションの組合せが、妖しく奇妙な宇宙人のイメージを伝える。「ウルトラQ」「アウターリミッツ」などの60年代SFドラマの香りがある曲だ。
 トラック8「(un)lucky cat」はにぎやかなラテン風の楽曲をベースにしたナンバー。女声ボーカルが入って、お祭りさわぎみたいな雰囲気になる。この曲はモモとオカルンのコミカルな場面によく選曲されていた。
 トラック9「code:DDD (Ver.H)」からは、一気呵成という感じで、モモ&オカルンと怪異との対決が描かれる。
 アップテンポのビートがループするトラック10「on the edge」は、ピンチの場面によく流れた曲。ほぼリズムのみの楽曲だが、よく聴くと複数のビートが重なり緻密に構成されていることがわかる。
 トラック11「like a fire」からトラック14「breakthrough」まではバトルシーンでおなじみの楽曲。「like a fire」「paranormal funk」「breakthrough」は70〜80年代ディスコやファンク風の楽曲をベースに、現代的なダンスミュージックに仕上げている。バトルシーンにダンスミュージックが流れるのが本作の特徴で、それが高揚感を生むとともに、ユーモラスな味わいを出す効果をあげている。
 同じくバトルシーンに流れるトラック12「william hell overture」は、よく知られたクラシック曲「ウィリアム・テル序曲」と「天国と地獄」をベースにした曲。もともとは「それっぽい曲を」という注文だったのを「そのまんま使ったほうが面白い」と提案し、いったんクラシック的な演奏を録音したのち、サンプリングしてハウス風に加工したのだそうだ。
 怪奇現象を描写する不気味なトラック15「the tunnel」に続き、トラック16「the girls」は第4話で使用された曲。モモとオカルンが非業の死を遂げた少女たちを悼む場面に流れた鎮魂の曲である。この曲のように、シリアスな心情や事件を表現する曲は、サンプリングではなく、ストレートな手法で作曲されている。
 ディスク1の最後に収録されたトラック17「turbo granny」はターボババアのテーマ。前半はホラー映画的なシンセサウンドで「怖さ」を前面に押し出し、後半は軽妙なリズムに合いの手やねこの鳴き声を加えた曲調でコミカルさを打ち出す。ターボババアのキャラクターの変化を1曲の中に凝縮した曲である。
 ディスク2は、モモとオカルンの内面を表現する「momo」(トラック1)と「okarun’s life」(トラック2)から始まる。どちらも思春期の高校生の心情に寄せた繊細なサウンドの楽曲になっている。
 次の「more than friends」(トラック3)と「less than lovers」(トラック4)は、タイトルどおり「友だち以上」「恋人未満」の2人の関係を表現する曲。青春映画風のポップな「more than friends」に対し、「less than lovers」は『僕の心のヤバイやつ』に通じる甘酸っぱい香りがする。
 80年代の化粧品のCM音楽風に作ったというアイラのテーマ「aira」(トラック5)、70〜80年代シンセミュージックをベースにしたような「can’t take it anymore!!」(トラック6)などは本作の明るい面を代表する楽曲だ。
 トラック8「the crawling ghost」からトラック11「acrobatic silky」までは、放映時に大きな反響を呼んだ第7話で使用された楽曲が並べられている。
 モモとオカルンが妖怪アクロバティックさらさら(アクさら)から逃げる場面に流れた「the crawling ghost」とモモとオカルンが死んだアイラの蘇生を試みる場面の「curse」(トラック9)は、怪異を描写する曲としてほかのエピソードでも使用されたナンバー。
 アクさらの過去が描かれる場面の「love theme」(トラック10)とアクさらとアイラの別れの場面に流れる「acrobatic silky」(トラック11)は、このエピソードに沿って書かれた曲だ。特に「love theme」はフィルムスコアリングで書かれた4分30秒に及ぶ曲で、本作の音楽の、そして本アルバムの一番の聴きどころと言ってよいだろう。
 アルバムの終盤は、第10話以降で流れた印象深い曲が収録されている。
 トラック13「jiji!」は第10話で登場するモモの幼なじみで初恋相手のジジのテーマ。能天気な曲調がジジのイメージにぴったり。  「spoken spell」(トラック14)は第9話のセルポドーバーデーモンネッシーとのバトルシーンに、「taro and hanako」(トラック15)は第11話と第12話の人体模型タローとハナのエピソードで使用された。
 そして、「the kitos」(トラック16)は、第12話でモモとオカルンが温泉街にやってくるシーンで使われた曲。モモたちが出会う怪しい人々、鬼頭家の一族のテーマであり、なんとなく劇場作品「犬神家の一族」のテーマを思わせる。これがアルバムの最後の曲。本編にならって、サントラも「次回(第2期)に続く」という雰囲気で終わるのがニクい。

 なお本作の第5話では、モモとオカルンがお互いを探して学校の中を歩き回るシーンに、フェルナンド・ソルのギター曲「モーツァルトの魔笛の主題による変奏曲」が使用されている。多くの人が指摘しているとおり、これは「怪奇大作戦」第25話「京都買います」のオマージュだろう。ここはサンプリングでは意味がない。ストレートな楽曲の引用が効果的だった。
 失敗すると単なるパロディになってしまいそうなサンプリングという手法を、徹底した作りこみと絶妙なバランスでオマージュに昇華させているのが、『ダンダダン』の音楽のユニークですぐれたところである。2025年7月からの放送が決定した第2期でも、同じ方向性の音楽が聴けるのか? それとも新たな試みが行われるのか? 今から楽しみでならない。

「ダンダダン」オリジナルサウンドトラック
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