原作「タイガーマスク」の物語終盤の伊達直人を追ってみることにしよう。タイガーマスクはブラックVに勝利した後に覆面世界チャンピオンとなり、ミスターXが連れてきた覆面レスラー達とチャンピオンの座をかけて試合を続けた。
以下は原作第12巻の展開である。タイガーは最後の強敵であるミラクル3を、第3の必殺技タイガーVで倒した。繰り返しになるが、原作のミラクル3とアニメのミラクル3は名前が同じではあるが、別のレスラーである。そして、必殺技タイガーVはアニメでは使われていない(念のために記しておくと、タイガーVと似た技を使ったことはある)。
その後、原作はダイナミックに展開する。それは、アニメ『タイガーマスク』を視聴していて原作未読の方にとって驚くべきものであるはずだ。最後の切り札であるミラクル3を失ったミスターXは健太の存在に目を付けて、彼を誘拐。タイガーマスクは健太を助けるために虎の穴の本拠地に向かう。驚きの展開はさらに続く。虎の穴の本拠地はアルプスの山中にある。本拠地に辿り着いたタイガーを待ち受けていたのは、ミスターXと虎の穴のレスラー軍団だった。多勢に無勢であり、さしものタイガーもこれまでかと思われた。その時、そこに駆けつけたのは6人のタイガーマスクだった。もう一度書く。6人のタイガーマスクである。果たして、その正体は? 6人の正体を明かさなくてもこの原稿は成立するので、ここでは書かない。未読の方は原作を読んで確認していただきたい。原作「タイガーマスク」で最も痛快なのが、6人のタイガーマスクが登場した場面であるはずだ。タイガーマスクと6人の助っ人は、ゴリラと豹の群れに襲われてピンチに陥るが、それを脱する。虎の穴のレスラー達の反乱もあり、虎の穴は壊滅。ここまでが第12巻の物語だ。
第12巻で虎の穴が滅んだために、それ以降の物語では奇怪な覆面レスラーは登場しない。以下が第13巻の内容だ。アメリカで偽物のタイガーマスクが現れて、反則を使ってリングに血の雨を降らしていた。タイガーは偽物の仮面を剥ぐために単身アメリカに渡る。偽タイガーマスクを仕組んだのは悪徳プロモーターのビッグ・コンドルだった。タイガーは試合で偽タイガーを倒すが、ビッグ・コンドルの奸計に嵌まって彼が企画した「悪役ワールド・リーグ戦」に参加せざるを得なくなる。ここまでが第13巻。
第14巻が原作の最終巻である。「悪役ワールド・リーグ戦」では反則が問題とされておらず、タイガーは試合で反則を使うかどうかで揺らいでいた。そんな中、覆面レスラーのエル・サイケデリコがタイガーとの試合の後で、反則をするべきだと彼に助言する。5秒以内の反則はテクニックのうち。反則も超一流となれば正統テクニック並みに難しいものだ。極めた反則は芸術なのだ。エル・サイケデリコはタイガーにそのように語る。タイガーは彼の言葉にショックを受けつつ、提案を受け入れる。技で圧倒し、反則でも圧倒してこそ、オールラウンドのプロレスラーが完成するのだ。物語の序盤において、ルリ子の願いを受け入れてタイガーは自身の反則を封印していたが、その封印を解いた。反則を解禁したタイガーは「悪役ワールド・リーグ戦」を勝ち抜いて優勝を果たす。タイガーは自分がオールラウンドのプロレスラーとしてやっていけるであろう手応えを感じ、虎の穴の呪いからも解放されたと感じる。この場合の「呪い」とは虎の穴に対する憎しみであり、反発だ。虎の穴に逆らうために自分は不自然なまでに、反則を使わぬ正統派のレスラーであろうとしていたとタイガーは語る。
帰国した直人は、ちびっこハウスを訪れる。ついに自分がタイガーマスクであることをルリ子や子供達に打ち明けるつもりだったが、何故かルリ子達を前にして彼は打ち明けることができなかった。その理由は劇中で「しいて言えば、虫のしらせ」と説明されている。直人は「悪役ワールド・リーグ戦」の賞金である100万ドルに近い金を、ちびっこハウスと他の孤児施設のために使ってほしいと言って、若月先生とルリ子に渡す。劇中で渡した金は日本円に換算すると3億円とされている。1971年当時の3億円である。
タイガーは帰国後最初の試合を快勝。次にNWA世界チャンピオンの座を賭けて、ドリー・ファンク・ジュニアと試合をすることになる。試合はタイガーが断然優勢であったが、ドリー・ファンク・ジュニアはわざとレフェリーを殴って反則負けとなる。反則勝ちでは王座が移動しないのだ。しかし、このタイトルマッチは2試合が連続して行われる。次の試合でタイガーが勝てば、今度こそタイガーがNWA世界チャンピオンとなる。タイトルマッチ第2戦の当日、ファンに取り囲まれたタイガーは自動車を降りて徒歩で会場に向かう。その途中でマスクを外して伊達直人の姿になる。そこで有名なあの場面となる。少年が自転車に乗っていたが、その自転車が転倒。そこにダンプカーが走ってくる。直人はなんの躊躇もなく、少年を抱きかかえ、その身体を安全なところに放り投げるが、直人自身はダンプカーに撥ねられてしまう。血まみれとなって意識が遠のく中、直人はタイガーのマスクをポケットから取り出して川に捨てる。試合は挑戦者であるタイガーが現れなかったために、ドリー・ファンク・ジュニアの不戦勝となる。伊達直人が交通事故で死んだことはちびっこハウスに伝えられた。健太は直人が死んでしまったことに寂しさを感じ、同時にいなくなったタイガーマスクがいつか帰ってくれることを願っていた。直人がタイガーマスクであることに気づいていたルリ子は、正体を隠したまま死んだことを直人らしいと感じ、直人が命がけで戦ったように、自分も子供達のために力を尽くすことを誓うのだった。以上が原作のラストまでの展開である。
アニメ『タイガーマスク』の終盤で直人がルリ子に対して自分がタイガーマスクであることを明かし、そして、最終回で健太達がタイガーの正体を知ったのに対して、原作「タイガーマスク」では、直人がルリ子と子供達に対して自分がタイガーマスクであったことを明かすことはなく、さらにタイガーの正体を永遠の謎にするかたちで命を落とした。原作「タイガーマスク」が最終回を迎えたのは、アニメの最終回が放映されたのよりも後であった。原作はアニメと違うかたちでの完結を選んだのかもしれない。
原作終盤の直人の歩みについて考えてみよう。彼は助っ人の力を借りて、虎の穴を壊滅させた。それで彼は自身の復讐を果たした。正義のヒーローとしての活躍を終えたと考えることもできる。さらに反則の封印を解くのと前後して、虎の穴のトラウマを克服したことを自覚。反則の封印を解いたことで、彼はプロレスラーとしての完成を見た。「悪役ワールド・リーグ戦」の賞金を「みなしごランド」のために使わなかったのは、たとえ、3億円であっても「みなしごランド」建造にはとても足りなかったからかもしれない。しかし、個人としてこれ以上は考えられないくらいのレベルで、みなしごのために力を尽くしたのは間違いない。
原作の直人は復讐を果たし、精神的な呪縛からも解き放たれ、プロレスラーとしての完成を見た。そして、孤児のために個人としてできる最大限のことをした。さらに、次の試合に勝利すればNWA世界チャンピオンになれる。一度は反則専門の悪役レスラーとして泥にまみれた彼が、一人の人間としてやれるだけのことをやり、レスラーとして最高の栄誉を手にできたはずだった。だが、それを手にする直前に、見知らぬ子供のために命を投げ出し、そして、死んだのである。
命を捨てる行いが尊いとは言わない。しかし、今まで日本中のみなしごを幸せにするために生きてきた直人が、チャンピオンになることを選んで、子供を見殺しにしたならば、彼はこれからの生涯を深い後悔と共に生きることになるだろう。いや、あの伊達直人がそんなことをするわけがない。
自分の幸福を捨てて、たった一人の子供のために命を捨てた。それは悲劇であったが、無駄な死ではなかった。原作のラストはとんでもない結末として扱われ、笑いのネタにされることすらあるが、決して意味のない死ではない。交通事故そのものは唐突であったかもしれないが、そこで直人が子供を助けることに、意味が生じるようにドラマが積み重ねられている。
直人は自分の生き方を貫いたのである。虎の穴を壊滅させた後の展開は娯楽作としては地味なものとなっている。それも事実ではあるのだが、原作「タイガーマスク」は一人の人間を生き様を描いた物語として完結している。ここでそれを強く主張しておきたい。
●第23回 アニメ『タイガーマスク』最終回が悲劇であることのいくつかの理由 に続く
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