COLUMN

『タイガーマスク』を語る
第21回 アニメの伊達直人が変わっていった理由

 前回触れたように原作の直人は希望の家でショックを受け、アニメの直人はそこで感情を大きく揺さぶられることはなかった。アニメの直人はインドに貧しい子供達がいることを重たいものとして受け止めたが、原作の直人にとってそれは大きな問題ではなかった。
 原作の直人から説明しよう。原作の直人にとって最大の関心事は、常にみなしごのことなのである。物語の最初で提示された「みなしごのために命懸けで戦うヒーロー」という主人公像が原作では最後までブレることがなかった。インドでの子供達の貧しさについて問題を感じはしたが、反応が薄かったのは、そこで問題になっているのが、みなしごではなかったからだろう。直人は希望の家を訪れたことをきっかけにして、多くのみなしごを幸せにすることを考えるようになり、その想いが募って「みなしごランド」を夢みるようになった。冷静に考えれば「みなしごランド」は現実味のない夢想である。そんな施設を作るくらいだったら、個々の孤児院の運営費等に使ったほうがよいのではないかとも思える。ただ、原作を最後まで読めば分かることだが、最終的に「みなしごランド」は実現しないのである。「みなしごランド」は誰が考えても実現することが不可能な理想であり、直人を不可能な理想に挑む主人公として描くためにそれが設定されたのだろう。
 アニメの直人も最初はみなしごのことだけを考えていた。そんな彼がみなしご以外のことも考えるようになったのは何故なのだろうか。理由はいくつかあるが、その中のひとつがエピソードの物量の問題である。雑誌連載のマンガである(しかも、最初の2年弱は月刊誌に連載されていた)原作に対して、毎週30分枠の番組で物語を展開し続けるTVアニメは圧倒的に物語の物量が多い。そのために原作にないオリジナルのエピソードを大量に作ることになった。
 例えば原作では、直人が希望の家を訪れる前に描写されている孤児院はちびっこハウスだけである。アニメでは希望の家を訪れる前に、第12話「誰のためのファイト」でやまびこ園を訪れている。やまびこ園は貧しい上に、近くの崖が崩れつつあった。それを知った直人は怪我をした身体でタイガーマスクとしてマットに立ち、それで得たファイトマネーをやまびこ園の工事のために使うのだった。第23話で希望の家を貧しいものとして描かなかったのは、第12話で貧しいやまびこ園を救っているためだろう。希望の家の設定の一部を先行して第12話で使ったと見ることもできる。
 さらにアニメでは希望の家を訪れる前に、みなしご以外の子供達との出会うエピソードがある。第19話「試合開始2時間前」で登場したのは、中学生でありながら廃品回収の仕事をして病身の母親の面倒をみている守夫だ。直人は、彼の母親が救急車で運ばれるまでタイガーマスクの姿で付き添い、さらに街の人々と触れ合う。第22話「明日への挑戦」では魚が獲れなくなった漁師町で明という少年と出会った。明の気持ちはこの港で漁師を続けるか、不良の仲間と共に東京に行くかで揺れていた。
 その後も、アニメの直人は様々な人達と出会っていった。その中には、ここまでこのコラムで触れたように、公害で苦しむ人達や父親を喪った交通遺児もいた。例えば60話「虎とへんくつ医者」では山間の村で金のない患者を無料で診察する無頼の医師に出会った。第61話「王将の道」でタイガーが自殺を止めた老人は、病気で利き腕が思うように動かなくなってしまった将棋の駒作りの名人だった。第62話「黒い挑戦者」では孤児院の青雲学園を訪れるが、この時の直人は青雲学園のために何かをしてやるのではなく、逆に前向きに生きている青雲学園の六郎と子供達に勇気づけられた。他にもアニメの直人は多くの人達と出会っている。
 そういった出会いを続けるうちに、アニメの直人はみなしご以外の人達にも目を向けざるを得なくなっていった。そして、自分一人で全ての不幸な境遇にいる人達を救うことができないと気づくことになる。それらのエピソードを経て、アニメの直人には人間としての厚みと現実味が増していった。だから、アニメの直人がみなしご以外に目を向けていったのは視聴者としても納得できることであるし、もしも、アニメの直人が「みなしごランド」を夢みるようになったら、強い違和感が生じたことだろう。
 アニメの直人がみなしご以外の人達にも目を向けることになったのは、制作的な事情でアニメオリジナルのエピソードを大量に作らなくてはいけなかったためであり、そのオリジナルのエピソードで、直人が様々な立場の人達と出会ったからだ。アニメ『タイガーマスク』のスタッフ達が、いつくらいから意識をして、そういったエピソードを作るようになったのかは分からない。
 ただ、スタッフの総意であったのか、個々のスタッフの考えであったのかは分からないが、少なくとも一部のスタッフには「不幸な境遇にいるのは、みなしごだけではない。周りを見ろ、世界に目を向けろ!」という想いを抱いていたはずだ。それが一気に噴出したのが、第38話の大門の回想と想いを表現したイメージシーンだったのだろう。
 前回と今回の原稿で触れたのは、物語の序盤から中盤についてだ。次回からは物語後半の展開について取り上げる。物語後半では原作とアニメで、さらに違った物語が展開されることになる。

●第22回 原作の直人の死はドラマとして筋が通ったものだった に続く

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