COLUMN

『タイガーマスク』を語る
第20回 「みなしごランド」と第38話の衝撃

 前回で触れたように原作の伊達直人は、物語の半ばから自分一人の力で「みなしごランド」を作ることを夢みるようになる。それに対してアニメの直人は、自分一人の力で不幸な境遇にいる全ての人達を救うことが不可能であることを悟り、世界中の人達が他人の幸せを考えるようになることを信じて、自分ができることをやっていくことを誓う。
 どうして二人の道はこんなにも違ってしまったのだろうか。原作とアニメが別の道を歩むことになったターニングポイントがふたつある。ひとつめが孤児院「希望の家」のちづるとの出会いであり(原作では第2巻、アニメでは第23話)、ふたつめがインドでの貧しい子供達と出会ったことである(原作では第5巻、アニメでは第36話と第38話)。
 原作から見ていこう。直人は巡業に行く度にその土地の孤児院を訪ねていたようだ。その日、直人はタイガーマスクの姿で希望の家を訪れた。希望の家という名前とは裏腹にその孤児院は大変に貧しいようだ。子供達は庭で畑仕事をしていた。自分達が食べる野菜を育てているのだろう。直人は希望の家のちづるという名の少女と言葉を交わす。ちづるは盲目だった。そして、直人は希望の家の子供達はクリスマスにプレゼントをもらうこともできないことを知る。ショックを受けた直人はその場から走り出す。自分はちびっこハウスの子供達だけを幸せにしていい気になっていた。知らないところに、こんな不幸な子供達がいたのだ。甘かった。馬鹿だった。直人は後悔の想いを言葉にして叫び、地面に膝をついて拳で大地を叩く。
 その後、覆面レスラーの集団が来日して、ミスターXが「覆面ワールドリーグ戦」を開催することを宣言。桁外れの賞金が提示され、直人はその賞金のために「覆面ワールドリーグ戦」への参加を決意する。賞金を孤児達のために役立てようと考えたのだ。ジャイアント馬場の協力もあり、タイガーは「覆面ワールドリーグ戦」を勝ち抜く。そして、優勝の賞金をいくつかの孤児院に寄付し、その寄付金でちづるは目の手術を受けることができた。
 次のターニングポイントはインドだ。直人はタイガーマスクとして「全アジアプロレス王座決定戦」に参加するためにインドにやってきた。伊達直人の姿でインドを歩き、その国において人々の貧富の差が激しいことに気づく。街にいる子供達は栄養失調になっているようだ。直人が子供に現金を与えたところ、他の子供達も現金を欲しがって直人を追いかけてくるというドタバタがあり、その後、直人は世界中の不幸な子供を救うために大きな運動を起こす必要があると感じる。そして、そのためには自分がアジアの王者となり、やがて世界チャンピオンになる必要があると考える。ここでの直人の思考には飛躍があると思えるが、大きな運動を起こすためには金が必要であり、そのためにチャンピオンになりたいということだろう。
 原作で次に重要なのが第9巻だ。その時点でタイガーは覆面世界チャンピオンとなっている。ミスターXが大勢の覆面レスラーと共に現れて、タイガーに挑戦状を叩きつける。覆面世界チャンピオンの座をかけて、その覆面レスラー達と戦わせようというのだ。ここで直人のモノローグにより、彼が「みなしごランド」を夢みていることが読者に明かされる。その実現には莫大な資金が必要だ。チャンピオンの座を賭けた試合では、多くのファイトマネーが支払われるのだろう。「みなしごランド」のために直人は挑戦を受けることを決意して「覆面デス・マッチ・シリーズ」が始まるのだった。
 その後、直人は劇中で何度か「みなしごランド」について言及している。さらに夢みるだけでなく、実際に「みなしごランド」の建設に着手した。第11巻で「みなしごランド」のシンボルである猛虎の像が登場している。猛虎の像はタイガーマスクの姿を模した巨大像である。しかし、資金不足のために工事は中断。その猛虎の像を改造して、タイガーマスクが自身を鍛えるための秘密特訓場が作られた。
 次はアニメを見てみよう。アニメの直人は第23話で希望の家を訪れる。アニメではタイガーではなく、伊達直人の姿だ。アニメでの希望の家は特に貧しいということはない。子供達はこれからおやつを食べるらしい。アニメでは希望の家の問題はちづるの目に集約されている。彼女の目は手術をすれば見えるようになるのだが、手術のためには大金が必要であるため、手術を受けることができない。そういった設定的な説明が追加されている。アニメでは希望の家が特に貧しいわけではないので、そこを訪れた直人がショックを受けることはない。ちづるのような子が他にもいるに違いない。そんな子こそ救ってやらねば。ちづるの手術代も自分が何とかしてやろうと思いはするが、直人は走り出しもしないし、拳で大地を叩くこともない。アニメの直人はここで大きく感情が揺さぶられることはないのだ。その後、原作と同様にミスターXが「覆面ワールドリーグ戦」の開催を宣言。直人はちづるをはじめとする子供達のために「覆面ワールドリーグ戦」に参加。優勝賞金はちづるの目の手術代に使い、匿名でちびっこハウスにも送っている。この部分で原作と違うのは全国の孤児院に送金したわけではないという点だ。
 インドでの直人も原作とかなり違っている。第36話と第38話で、原作にあった直人とインドの子供達の場面を膨らませている。第36話で直人はインドの子供達を見て思う。親の愛に恵まれない不幸な子供達が世界中にいる、そのような不幸な子供を救うために大きな運動を起こす必要がある。そのために自分がアジアの王座につき、世界チャンピオンにならなくては。子供達のために世界チャンピオンになりたいと考えるのは同じだが、ここでは特にインドの子供達の暮らしが貧しいものとして描写はしてはいない。
 アニメで重要なのは第38話「王座をめざす虎」(脚本/三芳加也、美術/浦田又治、作画監督/我妻宏、演出/勝間田具治)である。これもタイガーが「全アジアプロレス王座決定戦」に参加している時期のエピソードで、タイガー以外のレスラーの試合、日本にいるルリ子や大門大吾の様子が描かれている。このエピソードでの大門は正体を隠して工事現場で働いており、夜におでん屋の屋台で夜食を買いに来たルリ子達と出会う。これが大門とルリ子の初の対面となるが、この時点で大門は、ルリ子達が直人が育った孤児院の人間だとは知らず、ルリ子も大門を直人の友人であることを知らない。
 ルリ子達に会った後、大門は寝床で横になって自身の過去を振り返り、そこから世界にいる不幸な境遇の子供達に想いを馳せる。大門の回想と想いは、映像としては次のようなイメージで構成されている。キノコ雲。原爆が投下された後の広島。進駐軍に与えられたチョコレートを奪い合う子供達。その子供の一人が少年時代の大門であるようだ。そして、原爆ドームと原爆死没者慰霊碑。そこに刻まれた「安らかに眠って下さい 過ちは繰返しませぬから」の文字。再び始まる戦争。兵士に銃を向けられる人々。銃殺される子供。飢えた子供達。子供達がキリスト像に祈る。キリスト像。それらの映像に大門のモノローグが被さる。モノローグの内容を要約すると以下の通りだ。終戦直後の人々の暮らしは辛いものだった。二度とそんな時代を迎えてはならない。しかし、今も世界では戦争が続いている。親兄弟と分かれ、家を追われ、病と戦い、飢えと寒さに震えている子供のなんと多いことか。直人はリングでのファイトを通じて子供達に何かをしてやることができる。自分にはそれが羨ましい。
 大門はインドいる直人に国際電報を打つ。劇中で電報の内容は明らかになっていないが、上で紹介した回想と想いを端的にまとめたものなのだろう。つまり、世界には不幸な境遇にいる子供達が大勢いる。そういったことを直人に伝えたに違いない。それを受け取った直人は街に出て、大門からのメッセージについて想う。自分は試合の勝ち負けを考えるだけでなく、できるだけ世界の実情を見て歩いている。しかし、自分にもできないことが沢山ある。そんな時、自分の無力を思い知らされる。直人が気がつくと、彼の周りをインドの子供達が取り囲み、生気のない顔でじっと見つめていた。直人を見つめる子供達の目。子供達は何も言わず、直人に両掌を指し出していた。食べ物や金銭を求めているのだろう。直人はインドの子供達の不幸を目の当たりにした。世界に不幸な境遇にいる子供達が大勢いるのだ。そして、その子達に自分は何もしてやれない。直人は空を見上げて「大門……」とつぶやく。
 話は脇道に入る。第38話「王座をめざす虎」の大門による不幸な境遇の子供達のイメージは非常に強烈なものだ。衝撃的と言ってもよい。興味がある方はそのパートだけでも観てもらいたい。なお、キノコ雲や原爆ドーム等のイメージは脚本にはない。それらは絵コンテ段階で、演出の勝間田具治が追加したものと思われる(大門が終戦直後に回想で描かれたくらいの年齢であるのなら、設定的な矛盾があるかもしれないということを、念ために記しておく)。
 物語の前後の流れを見てみよう。原作では第7巻の半ばでブラックVが登場し、第8巻でタイガーがブラックVと闘う。その後、国際プロレス連盟(NWA)がタイガーマスクを覆面世界チャンピオンとして認め、世界の覆面レスラーがチャンピオンの王座を手に入れるためにタイガーに挑戦しようとする。その一人目がザ=コンビクトだ。第9巻で前述の覆面デス・マッチ・シリーズが始まって「みなしごランド」構想を読者に明かすことになる。
 アニメではブラックVが来日するのが第57話、タイガーとブラックVの試合が描かれるのが第58話。アニメにはザ=コンビクトは登場しておらず、覆面デス・マッチ・シリーズが始まることもない(ただし、原作の覆面デス・マッチ・シリーズで登場したレスラーのうちの二人が、シリーズ終盤の第91話、第95話でタイガーと試合をする)。アニメはブラックVとの試合の後に第60話「虎とへんくつ医者」、第61話「王将の道」、第63話「めりけんジョー」等の「直人と市井の人々とのドラマ」が続き、第64話「幸せの鐘が鳴るまで」で、直人は自分一人の力で不幸な境遇にいる全ての人達を救うことが不可能であることを悟る。これらの「直人と市井の人々とのドラマ」は全てアニメオリジナルのエピソードである。
 希望の家で原作の直人はショックを受け、アニメの直人は感情を大きく揺さぶられることはなかった。インドでアニメの直人は世界に不幸な境遇がいることを重たいものとして受け止め、原作の直人にとっては大きな問題ではなかった。この違いが面白い。どうしてそうなったのかは、次回で考えることにしたい。

●第21回 アニメの伊達直人が変わっていった理由 に続く

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