COLUMN

第284回 冒険する音楽 〜終末トレインどこへいく?〜

 腹巻猫です。6月26日にTVアニメ『終末トレインどこへいく?』のサウンドトラック・アルバムがリリースされました。本作は西武池袋線沿線を舞台にしたSFファンタジー作品。西武池袋線は筆者がよく利用する路線で、毎回、見慣れた駅や聞き覚えのある駅が登場するが楽しみでした。今回は、本作の音楽を紹介します。


 『終末トレインどこへいく?』は2024年4月から6月まで全12話が放送されたTVアニメ。『ガールズ&パンツァー』の水島努が監督と音響監督を務め、アニメーション制作をEMTスクエアードが担当したオリジナル作品である。
 7G回線開通時の事故により、奇怪な世界に変貌してしまった地球。地上の風景は大きく変わり、人々の多くも人間とは異なる姿になっていた。
 主人公の女子高生・千倉静留が暮らす埼玉県・吾野も、21歳3ヵ月を越えた大人がみな動物に変身してしまう異変が起きていた。ある日、静留は新聞に載った写真に2年前にけんか別れしてしまった幼なじみの同級生・中富葉香の姿を見る。葉香が池袋にいると知った静留は、吾野駅のホームに放置されていた電車を動かして池袋に向かうことにした。同級生の星撫子、久賀玲実、東雲晶、犬のポチさんも電車に乗り込み、静留についていく。異世界と化した西武池袋線沿線をたどりながら、静留たちは池袋への旅を続ける。
 面白かったなあ。オリジナル作品だから先がどうなるのかわからず、毎回わくわくしながら観ていた。
 静留たちが訪れる西武池袋線沿線の光景が、どれもシュールでユニーク。見慣れた日常が異界に変貌するSFファンタジー作品ならではのセンスオブワンダーを味わった。最近流行の異世界ものでは、舞台は異世界の設定でも地球とそんなに変わらない風景である作品が多いのだが、本作は掛値なしの異世界。「ふしぎの国のアリス」の世界をさらにシュールかつ怪奇にしたような世界が見られるのが楽しみだった。
 本作を観ながら、筆者は『宇宙戦艦ヤマト』第1作を思い出していた。電車の旅なら『銀河鉄道999』だろうと思われるかもしれないが、筆者にとって『宇宙戦艦ヤマト』第1作は「未知の宇宙を旅する物語」。ガミラスとの戦いよりも、旅の途中で遭遇する未知の宇宙生物や壮大な天体現象に面白さを感じていたのだ。『終末トレインどこへいく?』も未知の世界を旅する物語である点が共通している。初期のエピソードではラストに「池袋まであと○駅」と残りの駅数が表示されていたことも『宇宙戦艦ヤマト』第1作を連想させた。
 後半は展開がやや駆け足になったことが惜しまれる。もっとふくらませられるなと思ったエピソードがあるし、通り過ぎた駅にも停車して、2クール放送してほしかった。

 音楽は辻林美穂が担当。シンガーソングライターとして活動するかたわら、TVアニメ『異世界食堂』の音楽なども手がける音楽家である。
 本作の音楽の中心になっているのは3つのモチーフ。メインテーマ「終末トレインどこへいく?」と静留が操縦する電車「アポジー号」のテーマ、そして、静留と葉香のテーマ「ふたりのきもち」のメロディである。静留と葉香のテーマが設定されているところが重要だ。本作は突き詰めると「静留と葉香の物語」なのだから。
 それ以外に、静留たちが立ち寄る西武池袋線沿線の町のエピソード用に作られた曲がある。近年のTVアニメは放送前に全話分のシナリオが完成していることが多く、音楽もシナリオの特定の場面を想定して作られるケースがある。本作もそれに近い音楽作りが行われているようだ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2024年6月26日に「オリジナルTVアニメーション『終末トレインどこへいく?』オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでフライングドッグからリリースされた。メディアは配信のみで、CDやアナログ盤での発売はない。収録曲は以下のとおり。

  1. 終末トレインどこへいく? -main theme-
  2. アポジー号 -go go Apogee-
  3. みんなと一緒
  4. ふたりのきもち -すれちがい-
  5. 腰巾着
  6. スワンボート
  7. キノコの里I
  8. キノコの里II
  9. ふたりのきもち -もう知らない-
  10. 終末トレインどこへいく? -darkness-
  11. じわじわゾンビ
  12. ダッシュゾンビ
  13. あなたたちには私が必要
  14. 私にはあなたたちが必要
  15. アポジー号 -dreamy-
  16. 息を潜めて
  17. 俺がルール
  18. 練馬の国のアリス -main theme-
  19. 練馬の国のアリス -nightmare-
  20. 練馬の国のアリス -battle-
  21. 終末トレインどこへいく? -sunny-
  22. お父さんだきゅるん
  23. 漫画で世界を変えるんだI
  24. トキワビーム -dramatic-
  25. トキワビーム -romantic-
  26. 漫画で世界を変えるんだII
  27. アポジー号 -go faster-
  28. 抜け出せない迷宮
  29. 逃げて!
  30. ふたりのきもち -ひとりぼっち-
  31. 終末トレインどこへいく? -dash-
  32. ディストピア
  33. 魔女王
  34. ふたりのきもち -ごめんね-
  35. ありがとう
  36. 黒豹便のテーマ(歌:大渕野々花)
  37. 黒豹便のテーマ -instrumental-

 主題歌の収録はないが、劇中に流れるCMソング「黒豹便のテーマ」とそのカラオケがボーナストラック的に収録されている。黒豹便とは静留たちの世界で活動している宅配便サービスである。
 曲の並びは劇中使用順どおりではないが、おおむねストーリーに沿った構成。聴きながら本編をふり返ることができる。ただ、本編で流れていて未収録になった曲もいくつかあるようだ。せっかく収録時間の制約がない配信アルバムなのだから、全曲収録か、それに近いボリュームでのアルバムにしてほしかった。
 1曲めの「終末トレインどこへいく? -main theme-」は本作のメインテーマ。シンセの不思議な前奏から徐々にリズムが加わり、短いフレーズがくり返される中にメインのメロディが少しずつ姿を現す構成。曲の半ばを過ぎて、ようやくメインのメロディの全体がピアノとシンセで演奏される。哀愁のあるメロディは、本作のテーマである静留と葉香の関係を思わせる。前進感のある曲調は本作が「旅」の物語であることを反映しているのだろう。第1話のラストで静留たちが池袋へ旅立つ場面をはじめ、途中で立ち寄った駅から出発する場面などにたびたび選曲された。
 アルバムには、この曲の3つの変奏が収録されている。トラック10「終末トレインどこへいく? -darkness-」はミステリアスなアルペジオがくり返される謎めいた雰囲気の曲。メインテーマのメロディは曲の後半に歪んだ音色のシンセで薄く流れるだけ。メインテーマのバリエーションとしては変わったアレンジだ。が、怪しげな曲調を生かして、静留たちが葉香の手がかりを得る場面や立ち寄った駅で不安を感じる場面などによく使われている。
 トラック21「終末トレインどこへいく? -sunny-」は生楽器の演奏によるほのぼのムードのアレンジ。異変が起きる前の日常の回想シーンや静留たちの語らいの場面に流れた。
 3つめの変奏曲がトラック31「終末トレインどこへいく? -dash-」。こちらは緊迫感のあるアップテンポのアレンジで、曲名通り、静留たちが危機から脱出しようとする場面などに使われた。
 トラック2「アポジー号 -go go Apogee-」は、静留たちが乗る西武2000系電車「アポジー号」のテーマである。シンセの短い前奏に続いてリズムが加わり、電車の進行を思わせる軽快なテンポで曲が展開する。シンセの短いフレーズがくり返されたあと、曲の後半になってメインのメロディが現れる。前進感のある曲調や曲の構成は、メインテーマ「終末トレインどこへいく? -main theme-」と似たところがあるが、こちらは静留たちの日常の描写にもっぱら使われている。第4話で静留たちが電車の中で語らう場面に流れたほか、最終話では静留たちが吾野へ帰っていくラストシーンに使用されていた。
 この曲の2つの変奏がアルバムに収録されている。トラック15「アポジー号 -dreamy-」は柔かいシンセの音色で演奏されるファンタジックなアレンジの曲。第5話で月の輝く空の下を電車が走る場面や第6話で静留たちが電車を「アポジー号」と名付ける場面に使われた。
 もうひとつの変奏曲はトラック27「アポジー号 -go faster-」。不気味なシンセの音の中に人の声が聞こえる、ちょっと怖いイントロから始まる。テンポアップし、4つ打ちのリズムを基調とした疾走感のある曲調に展開。第4話でアポジー号が恐い駅に停車せずに通りすぎる場面など、先を急ぐシーンに使われていた。
 トラック3の「みんなと一緒」は、静留と玲実、晶、撫子らのシーンにたびたび流れた日常曲。テンポのよいセリフの応酬をユーモラスに演出する曲だ。
 似た感じの曲としては、7G事件の黒幕であるポンタローのテーマ「腰巾着」(トラック5)や静留たちが旅の途中で出会う謎の仙人のテーマ「スワンボート」(トラック6)、第5話に登場する稲荷山公園駅の兵隊のボスのテーマ「俺がルール」(トラック17)、行方不明になっていた静留の父のテーマ「お父さんだきゅるん」(トラック22)などがある。キャラクターに付けられる曲がどれもユーモラス、コミカルに作られているのが本作の特徴のひとつである。

 トラック4「ふたりのきもち -すれちがい-」について触れる前に、特定のエピソード用に書かれた曲を紹介しよう。
 トラック7「キノコの里I」とトラック8「キノコの里II」は、第2話、第3話の東吾野駅のエピソードで使われた曲。静留たちは頭にキノコを生やした住民と出会い、親切にされる……と思いきや、恐ろしい目にあう。「キノコの里 I」は静留たちが住民から手厚いもてなしを受ける場面に流れるおだやかな曲。「キノコの里II」は「キノコの里I」を不気味に変形させた曲で、住民の異様さとたくらみがあらわになる場面に使われた。
 トラック11「じわじわゾンビ」とトラック12「ダッシュゾンビ」は、第6話、第7話の清瀬駅周辺のエピソードで使用。「じわじわゾンビ」は静留たちがゾンビの恐怖におびえる場面、「ダッシュゾンビ」はゾンビから逃げる場面やゾンビと戦う場面に使われている。
 その次の「あなたたちには私が必要」(トラック13)と「私にはあなたたちが必要」(トラック14)も第6話と第7話で使われた曲で、ゾンビの女王とゾンビたちとの奇妙な共生関係を描写している。サーカスのジンタを思わせる曲調が印象的だ。
 トラック18からの3曲、「練馬の国のアリス -main theme-」「練馬の国のアリス -nightmare-」「練馬の国のアリス -battle-」は、第8話の大泉学園駅のエピソードで使われた。大泉学園はアニメ「練馬の国のアリス」の世界になっているという噂だったが、静留たちの想像と異なり、「練馬の国のアリス」の悪役が支配する混沌の国になっていたのだ。このエピソードは1話で終わってしまったので、この3曲も1回ずつしか出番がなかったのが残念。
 トラック23からの4曲、「漫画で世界を変えるんだI」「トキワビーム -dramatic-」「トキワビーム -romantic-」「漫画で世界を変えるんだII」は、第10話の椎名町のエピソードで使われた曲。敵のトキワビームを浴びた玲実の姿が劇画調に変わってしまうなどパロディ感満載の楽しいエピソードだった。しかし、やはり1話で終わってしまったのが惜しい。パロディっぽく作られた音楽も、少ししか流れないのがもったいなかった。

 さて、「ふたりのきもち」である。本作の重要なテーマである静留と葉香の関係につけられた曲で、アルバムには4つのバリエーションが収録されている。
 トラック4「ふたりのきもち -すれちがい-」は、旅の発端となる、静留と葉香の気持ちのすれ違いを描写する曲。ピアノが切ないメロディを奏で、チェロがそれを引き継ぐ。第1話で静留が葉香との仲たがいを回想する場面に流れたほか、静留が葉香への複雑な想いに悩む場面、静留たちが葉香を心配する場面など使われている。
 トラック9「ふたりのきもち -もう知らない-」はシンセによる不安な曲で、曲の前半にはメロディらしいメロディが登場しない。後半になってようやく「ふたりのきもち」のモチーフが現れる。そのメロディも、傷ついた心を表現するように、ノイズのような音に覆われていている。思い切ったアレンジの曲だ。
 トラック30「ふたりのきもち -ひとりぼっち-」は、ピアノソロによるしっとりとした変奏曲。静留が小学生の頃の葉香との日々を回想する場面、葉香に会いたい気持ちを確認する場面などに使われた。ひとりぼっちのさびしさよりも、葉香への強い想いを表現する曲として使われている。
 トラック34「ふたりのきもち -ごめんね-」は、静留と葉香の気持ちが再び通じ合う場面に流れた、大団円の曲。最終話のクライマックスで、再会した葉香が吾野の日々を思い出し、静留と仲直りする感動的な場面にフルサイズで使用された。本作のテーマが凝縮された、もうひとつのメインテーマ、愛のテーマとでも呼ぶべき曲である。
 実は本作にはもう1曲、「ふたりのきもち」のメロディを使った曲がある。トラック33「魔女王」がそれだ。7G事件のあと、記憶を失い、「池袋の魔女」と呼ばれるようになった葉香を描写する曲である。シンセの混沌とした響きが重なる中に「ふたりのきもち」のメロディの断片が現れ、曲の後半ではストリングスによってメロディ全体が美しく奏される。葉香が「池袋の魔女」から本来の葉香に戻り目覚めるまでを1曲の中に織り込んだような、ストーリー性のあるアレンジだ。

 本作には、「魔女王」やメインテーマのように、1曲の中にドラマを感じさせる曲がいくつかある。先の展開が読めず、本作のタイトルそのままに「どこへ向かって行くのだろう?」と思いながら聴いてしまう。
 一般にアニメの溜め録りの音楽(劇伴)は映像に合わせて編集することを考慮して、曲を途中でつなげたり、曲の一部をくり返したりできるように作ることが多い。曲調が次々と変わっていく曲や凝った構成の曲は編集しにくいため、避けられる傾向がある。しかし、ドラマチックな展開のある曲が長いシーンにうまくはまった場合は、絶大な効果を発揮する。
 『終末トレインどこへいく?』の音楽は、あえてアニメ劇伴の定石をはずして、そういう効果をねらって作られたように感じる。それは辻林美穂がシンガーソングライターであることと関係しているのかもしれない。本作の音楽がどのように発注され、作られたのか、音響監督も務めた水島監督がこの音楽をどのように演出に生かそうとしたのか、聞いたみたいものだ。いずれにせよ、「先が読めないほうが面白いでしょう?」と言わんばかりの、冒険心に富んだ音楽である。

オリジナルTVアニメーション『終末トレインどこへいく?』オリジナル・サウンドトラック
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