COLUMN

第271回 心のありか 〜PLUTO〜

 腹巻猫です。12月23日(土)に明大前のカフェバーLIVREでサントラDJイベント劇伴倶楽部忘年会2023を開催します。特集「松本零士メモリアル」と題して、松本零士作品の音楽をいろいろ流す予定。早川優さんと腹巻猫のトークコーナーもあります。12:30〜17:00の開催ですので、夜予定がある方もぜひどうぞ!
 詳細は下記。
https://www.soundtrackpub.com/event/2023/12/20231223.html


 作曲家・菅野祐悟の映画監督デビュー作品「DAUGHTER」が公開されると聞いて、さっそく観に行った。デビュー作とは思えない完成度の高さで、キューブリックを思わせるシンメトリーにこだわった構図や計算された配色など、絵画でも才能を発揮する菅野祐悟ならではの作品に仕上がっていて感心した。ヒューマントラストシネマ渋谷では12月21日まで舞台挨拶&ミニコンサートつきで上映しているので、興味のある方はぜひこの機会にご覧いただきたい。

映画『DAUGHTER』公式サイト
https://saigate.co.jp/daughter/

 今回は、その菅野祐悟が音楽を手がけたアニメ『PLUTO』のサウンドトラックを聴いてみよう。
 『PLUTO』は2023年10月26日にNetflixで全6話が配信されたアニメ作品である。
 原作は浦沢直樹による同名マンガ。手塚治虫の代表作『鉄腕アトム』の1エピソード「地上最大のロボット」を大胆にリメイクした作品だ。「地上最大のロボット」の大枠はそのままに、キャラクター、ストーリーを大きくふくらませた独自の作品になっている。筆者は原作発表時に単行本で読んでいたので、アニメ化のニュースを聞いて完成を楽しみにしていた。
 世界最高水準のロボットが次々と破壊される事件が発生。ロボット刑事のゲジヒトは事件を調査するうちに、第39次中央アジア紛争時に国連平和維持軍として派遣された7体のロボットが標的になっていることに気づく。ゲジヒトは狙われているロボットをたずねて警告をするが、事件は止まらない。そして、日本のロボット、アトムも犠牲になってしまう。犯人は強大な力を持つ謎のロボット、プルートゥだった。
 オリジナルの「地上最大のロボット」はアトムが主人公なのだが、『PLUTO』ではロボット刑事のゲジヒトが狂言回しの役割で、前半の主人公的扱いになっている。連続ロボット殺人(破壊)事件を追うミステリー風展開の中で、キャラクターの背景や葛藤が描かれていく。アニメ版は原作を忠実に映像化していて、見ごたえたっぷり。個人的には出演声優陣の豪華さもうれしかった。

 音楽は数々の劇場作品・ドラマ・アニメ音楽で活躍する菅野祐悟が担当。
 生楽器を中心とした、王道の映画音楽スタイルの音楽である。菅野祐悟のアニメ作品といえば、『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズや『PSYCHO-PASS』シリーズなど、「おっ」と思わせるカッコいい曲やエッジの効いた曲が聴けるのが楽しみだが、本作はそういうタイプとはちょっと違う。アニメの音楽というより、余分な装飾や過剰な演出を抑えた、実写劇場作品を思わせる音楽だ。
 主要キャラクターであるゲジヒトには、レトロなジャズ調のテーマが設定されている。ジャズ調にしたのはミステリードラマの雰囲気をねらったと同時に、原典である『鉄腕アトム』へのオマージュの意図もありそうだ。劇場アニメ『METROPOLIS』(2001)を観てもわかるように、手塚治虫が描いた未来世界にはジャズサウンドがよく似合うのである。
 ゲジヒトのテーマとともに記憶に残るのが、プルートゥにつけられた曲だ。こちらはコントラバスやブラスの低音のサウンドが強調された曲で、1フレーズ鳴っただけで「プルートゥだ」と思わせるモチーフが効果的。劇中でもそれを生かした巧みな演出がされている。本編の頭に原作マンガの絵を使ったマーベル作品のようなイントロがついているが、そのバックに流れているのもプルートゥのモチーフである。
 サウンド的には、菅野祐悟自身が演奏するピアノの音が印象的。本作ではピアノがキャラクターの心情を表現する役割を担い、音楽の肝になっている感がある。そのピアノを作曲家自身が弾くことで、スコアに書ききれない微妙なニュアンスまでも音にすることができる。いわば魂がこもった音楽になっているわけだ。
 ただ、情報不足でわからないのが、この音楽がどのように作られたかという点。場面展開に合わせて曲調が次々と変化していく曲が多く、映像に合わせたフィルムスコアリングで(もしくは台本や絵コンテを手がかりに)作られたと思われる。が、そういう曲がひとつの場面でなく、複数の場面で使われていたりする。つまり、個々の楽曲はフィルムスコアリング的だが、音楽演出としては溜め録り的なのである。
 想像するに、過去に当コラムで取り上げた『地球外少年少女』のケースと同じように、溜め録りとフィルムスコアリングのハイブリッドになっているのではないだろうか。つまり、ゲジヒトのテーマのようなくり返し使う音楽と、特定のシーンに合わせたフィルムスコアリング的な音楽の両方を作り、フィルムスコアリング的音楽もライブラリとして使っていく方式だ。60分×全8話分の音楽をフィルムスコアリングで作ると、劇場作品4本分くらいのボリュームになる。作曲するのも録音するのも(予算的にも)大変である。そういうことでハイブリッド方式が採用されたのではないか(想像です)。

 本作のサウンドトラック・アルバムは2023年10月25日に「PLUTO オリジナルサウンドトラック」のタイトルでフライングドッグからCD(2枚組)とデジタル配信でリリースされた。全46曲収録。収録曲は下記を参照。

https://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A022609/VTCL-60581.html

 構成(曲順)はちょっとふしぎである。
 本編の流れと曲順とは必ずしも合致していない。個人的には本編の流れに沿った構成にしてほしかったなあと思う。音楽がすばらしいだけに惜しまれる点だ。
 ディスク1の1曲目はゲジヒトのテーマ「Clues to the Truth」。レトロなジャズタッチの曲だ。ゲジヒトの登場場面に曲の頭数小節がブリッジ的に流れる演出もあり、ライトモチーフとしても機能している。第1話から第5話までは、この曲がメインテーマ的扱いで、エンディング曲として使用されている。
 トラック2の「Spirit of Love」はピアノの前奏からコーラスの入ったエモーショナルな曲調に展開する曲。筆者の想像だが、これは「アトムのテーマ」、もしくはアトムに象徴される「ロボットの心」を表現する曲だと思う。ディスク2のトラック21「Get Close to Each Other」はその変奏で、劇中ではこちらのほうがよく使われている。第2話でアトムがゲジヒトのために泣く場面や第5話で天馬博士がアトムの誕生を回想するシーン、最終話のラストシーン直前など重要な場面に流れた曲である。
 トラック3の「Restless Period」はピアノ、フルート、ストリングスなどが奏でる心情曲。ゲジヒトの悲しみのテーマ的に使用されていた。第5話のゲジヒトの回想シーン、第6話でゲジヒトの妻ヘレナがゲジヒトを想う場面での使用が心に残る。
 トラック4「Feel Elegant」はピアノとバンドが演奏するジャズタッチの曲。これもまた筆者の想像であるが、これはアトムの妹ウランのテーマではないかと思っている。ディスク2のトラック16「Already Alive at Heart」は同じメロディをピアノとフルートとストリングスでしっとりと奏でた曲で、そちらは第3話や第5話のウランのシーンに選曲されているからだ。ジャズ調の「Feel Elegant」のほうは、第3話のレストランのシーンのBGMとして使用されていた。
 ここまでがアルバムの導入部で、トラック5から物語が始まる感じになる。
 トラック5「Panic Sense」、トラック「Puzzled Mind」と事件発生を思わせる不穏な曲が続く。次のトラック7「Non-Existence」は、過去に犯した事件のために幽閉されているロボット、ブラウ1589の登場シーンに使われていた。
 ここからはアルバムの構成から離れて、本編の展開に沿って印象深い曲を紹介していこう。
 第1話の後半は、盲目の作曲家ダンカンとロボット、ノース2号のエピソードである。ノース2号の協力を得て完成した曲をダンカンが演奏するシーン。ディスク2のトラック3「Cherished Memories」が流れる。曲の途中でノース2号とプルートゥとの戦闘になり、いったん別の曲(ディスク1のトラック21「Looming Crisis」)が流れるが、戦いの終盤から「Cherished Memories」に戻る。音楽と映像が一体となった名シーンだ。このエピソードではディスク2のトラック2「母の口ずさむ歌」も重要な役割を果たしている。
 第2話は格闘技ロボットとして活躍するブランドのエピソード。ブランドと家族の場面に流れるにぎやかな曲がディスク2のトラック6「Ordinary but Precious Day」。ブランドとプルートゥの戦闘場面にはディスク1のトラック15「A Tactic We Can’t Lose」。ブランドの最後のシーンにはストリングスによる悲しみの曲「The Sorrow is World」(ディスク1:トラック12)が流れていた。「The Sorrow is World」は、第1話で山岳ガイドロボット、モンブランの死を市民が悼むシーンにも選曲されている。
 ブランドの好敵手であったヘラクレスは、ブランドの仇を討とうとプルートゥに挑戦する。その戦いが描かれる第5話。戦闘シーンに流れるのはディスク2のトラック20「Final Showdown」。続いてディスク1のトラック19「Solitary Combat」。どちらも緊迫感に富んだバトル曲である。
 第6話、ゲジヒトはついにプルートゥと対峙する。宿命的なシーンを彩る曲はディスク1のトラック10「Armful of Flowers」。哀感をたたえたピアノとストリングスが、ゲジヒトが感じたプルートゥの心を表現する。「Armful of Flowers」は第7話のプルートゥ対エプシロンの戦いのクライマックスにも使われていた。曲名から考えても、プルートゥの内面のテーマと受け取ってよいだろう。
 第7話は、戦いを嫌うロボット、エプシロンのエピソードである。エプシロンと子どもたちの心温まる場面のバックに流れたのはディスク2のトラック1「Warrior’s Family」。子どもたちが歌う「ボラーの歌」(ディスク2:トラック24)も同じ場面に使われた。
 エプシロン対プルートゥの戦いの場面にはスリリングな「Death Battle」(ディスク2:トラック18)。プルートゥを退けたエプシロンが無事帰還する場面にピアノとストリングスによるフランス印象派的な曲「Tragic Beauty」(ディスク1:トラック17)が流れている。「Tragic Beauty」は第3話でエプシロンが登場したときにも選曲された、エプシロンのテーマとも呼べる曲だ。
 プルートゥ対エプシロンの決戦の場面にはプルートゥのテーマ「Tremendous Twist」(ディスク2:トラック10)が流れて、その強さを印象づける。子どもを守ろうと最後のパワーをふりしぼるエプシロンの場面にディスク2のトラック17「Catastrophic Spiral」。死闘の決着にはディスク1のトラック16「Ray of Hope」(ドラムなし)が使用された。エプシロンとプルートゥの戦いはほぼ互角で、息詰まるような緊張感に満ちている。
 こんなふうに、本編を追体験しようとするとディスク1とディスク2を行き来しないといけないのが、本アルバムのちょっと困ったところ。
 しかし、最終話(第8話)のクライマックスは、アルバムの構成と本編の音楽の流れがほぼ一致しているので安心(?)してほしい。
 第8話は復活したアトムが地球を危機を救う展開になる。ヘラクレスの戦いの場面にも使われた「Final Showdown」(ディスク2:トラック20)が地球の運命をかけて飛び立つアトムを描写する。この曲は本来、この最終決戦のシーン用に書かれた曲ではないかと思う。
 地底で地上最大のロボットと対決するアトムの場面に「Love of Science」(ディスク2:トラック22)。本作の音楽の中でも随一のヒロイックな曲想が聴ける音楽である。この曲が流れるのはこのシーンだけで、溜めに溜めた心情があふれ出すような使い方がうまい。
 すべてが終わったあと、アトムとお茶の水博士が星空を見上げて語らう場面に、先に紹介したアトムのテーマとも言うべき「Get Close to Each Other」(ディスク2:トラック21)。このシーンでは、これまで登場したロボットたちの記憶がよみがえって、アトムならずとも涙がこぼれそうになる。
 そして、ラストシーンには「Zeal for Life」(ディスク2:トラック23)。5分を超える大曲である。ストリングスの静かな導入から、ピアノが奏でるやすらぎの旋律、そして、力強いリズムに支えられたホルンとストリングスによるメロディへと展開し、終幕の余韻を残す。第6話以降は、ゲジヒトのテーマに代わって、この曲がエンディングに流れていた。そう考えると、この曲が本来の(映画音楽的な意味での)メインテーマと呼べるのではないか。聴き終えたとき、交響曲を聴いたような満足感と感動がある。

 『PLUTO』は、ロボットの物語を通じて「心とはなにか」「人間らしさとはなにか」という古くて新しい問題に迫った意欲作である。その音楽は、ドラマ性と繊細な表現をあわせもった、菅野祐悟渾身の作品に仕上がった。あえて生楽器主体のクラシカルともいえるスタイルをとり、自らが演奏するピアノを中心に据えたところに、菅野祐悟の本気を感じる。この音楽、ぜひ、世界に届いてほしい。

PLUTO オリジナルサウンドトラック
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