COLUMN

第244回 再会を待ちながら 〜花の詩女 ゴティックメード〜

 腹巻猫です。12月2日にNHKホールで「渡辺宙明 追悼コンサート」が開催されます。今年6月、96歳で亡くなった渡辺宙明先生のメモリアルコンサート。ご子息の渡辺俊幸さんが音楽監督と指揮、一部の楽曲のアレンジも担当。私が好きな『戦え!!イクサー1』からも選曲されているそうなので楽しみです。まだ若干チケットが残っているようなので、迷っている方はぜひ。
https://chumei2022.com/


 少し前のことになるが、11月1日から10日間限定でリバイバル上映された劇場アニメ『GOTHIC MADE 花の詩女』を劇場に観に行った。
 永野護が原作・脚本・監督を務めた作品。初公開は2012年11月で、今回は10周年記念の上映だった。
 本作は永野護の意向により、映像ソフト化や配信はされていない。12Kの解像度で制作された映像とこだわりぬいた音響を劇場で体験してほしいということらしい。
 大スクリーンで観る映像は格別で、作画や色彩の美しさを堪能した。音響はドルビーアトモスだったので、これも極上。音楽のすばらしさにも感動した。
 作品は劇場でしか観られないが、サウンドトラック・アルバムはCDで発売されている。今回は『GOTHIC MADE 花の詩女』の音楽を聴いてみたい。

 音楽を手がけたのは長岡成貢。「ストライクウィッチーズ」シリーズの音楽でもおなじみの作曲家である。
 本作の企画が決まったときから音楽は長岡成貢に頼もうと決めていた、と永野護がサウンドトラック・アルバムの解説書で明かしている。
 永野の妻でもある声優・歌手の川村万梨阿が、1997年に発売されたOVA『神秘の世界エルハザード2』の主題歌「眠れない夜には」を歌った。作・編曲を担当したのが長岡成貢だった。その曲を聴いて、「いつかこの作曲家と仕事をしたい」と思っていたそうだ。
 さらに2004年、長岡成貢が故郷・三重県の明和町で開催される「斎王まつり」で川村万梨阿をゲストボーカルに迎えたコンサートを行った。それに同行した永野護が、斎王の伝説からヒントを得て思いついたのが『花の詩女 ゴティックメード』の物語だった。
 余談になるが、筆者が長岡成貢にインタビューしたとき、雑談の中で斎王まつりの話を聞いたことがある。長岡成貢は長年、斎王まつりに音楽を提供していて、CDも発売している。故郷の祭りに音楽で参加できることに格別な想いがあるようだった。
 それから間もなく、筆者は第55回日本SF大会「いせしまこん」に参加するために三重県を訪れた。斎王まつりの時期ではなかったので祭りは見られなかったが、伊勢の雰囲気に触れることができた。ついでに鳥羽水族館を見学して帰ってきた。水族館はおまけだが、この風景と空気が長岡成貢の音楽を育てたのだろうかと考えたことを思い出す。
 話を戻すと、『GOTHIC MADE 花の詩女』では川村万梨阿が主役を務め、挿入歌や主題歌を歌っている。
 物語の舞台は植民惑星カーマイン。惑星の歴史の語り部である「詩女(うため)」は、代々記憶を受け継ぎ、都へ登る儀式を行うことになっている。新しい詩女になった少女ベリンが都に旅立つ日、ドナウ帝国の皇子トリハロンが彼女を警護するために現れた。2人は互いの考え方や立場の違いにとまどいながら、都への旅を続けていく。
 音楽づくりは川村万梨阿が歌う曲の制作が先行した。特に劇中でベリンが数え歌を歌うシーンは、曲に合わせて作画することになっていた。
 永野護は音楽について、ひと言「いい曲を作ってください」と長岡成貢に依頼したという。
 まるっとおまかせみたいな言い方だが、曲づくりは大変だったそうだ。永野護は自分がほしい音楽にこだわり、長岡成貢も自分がイメージする音楽にこだわった。ひとつの曲に複数のアレンジが作られ、何人ものミュージシャンが演奏し、録音スタジオをいくつも使い、テイクを重ねた。「昨今のアニメ映画では桁外れの予算と時間をかけて『花の詩女』の音楽が作られた」と永野護はふり返っている。
 その音楽が収録されたサウンドトラック・アルバムは、2012年10月に日本コロムビアから発売された。劇中音楽と川村万梨阿の歌3曲を収録した充実盤だ。
 収録曲は以下のとおり。

  1. ベリンのテーマ
  2. 詩女の旅立ち
  3. セイラーソング
  4. 歴史の闇〜ウォーキャスター
  5. 湖水地方
  6. トレーサー
  7. 暗雲〜太陽風の気まぐれ
  8. 種の理由
  9. ゴティックメード V1
  10. ゴティックメード V2
  11. GTM・カイゼリン
  12. 巨大な陰謀
  13. 都にて…
  14. ベリンの数え歌
  15. 茜の大地
  16. 空の皇子 花の詩女

 解説書では永野護が各曲解説を書き、使用された場面や音楽制作の裏話を紹介している。
 1曲目は「ベリンのテーマ」。本作のメインテーマでもある。金属の弦を張ったイランの民族楽器サントゥールが使われている。サントゥールの澄んだ響きにストリングスが重なり、詩女の神秘性を描写する。エスニックで美しい曲調は『神秘の世界エルハザード』にも共通するものだ。
 永野護の解説によれば、この曲のイメージに合う音を探すのが大変だった。サントゥールの音色にたどりつくまでに世界中の楽器がスタジオに集められ、試されたそうだ。
 2曲目「詩女の旅立ち」はベリンたち一行が都に旅立つシーンに流れる女声スキャット(ボーカリーズ)の曲。のちに登場する「ベリンの数え歌」のスキャットバージョンである。ボーカルはベリンを演じた川村万梨阿。やさしくノスタルジックなメロディと川村万梨阿の歌声の組み合わせが絶品で、このシーンを観て、聴いて、心をわしづかみにされた人も多いのではないか。序盤の聴きどころである。
 トラック3「セイラーソング」はベリンとトリハロンの旅の描写、惑星カーマインの風景が紹介されるシーンで流れる曲。ピアノとサントゥールとベースのトリオで奏でられる。音数が少ないぶん、楽器の音色が際立ち、メロディーの優美さにぞくぞくする。
 トラック5の「湖水地方」も同じ曲想の情景描写曲。ピアノの代わりにハープがアルペジオを奏でる。ハープ奏者は朝川朋之。朝川は作曲家として永野護原作の劇場アニメ『The Five Star Stories』(1989)の音楽を担当していた。奇しき縁である。『The Five Star Stories』も昨年(2021年)、角川映画祭で上映されていたのを観たので記憶に新しい。
 次の曲「トレーサー」で雰囲気が一変する。前の曲までは生楽器による演奏だったが、これはシンセサイザーのみで作られた曲。ほとんどリズムだけで構成されている。ベリンとトリハロンを監視する謎の追跡者の登場場面(だったと思う)に流れて緊迫感をあおる。実は劇中に使用されたのはデモバージョンで、もっとヘビーな音の「完成版」もあったのだそうだ。デモを使ったのは「音がもっともソリッドだった」からと永野護は解説している。サントラファンとしては完成版もボーナストラックで入れてほしかったなぁと思う。
 トラック8「種の理由」はピアノとハープが奏でる可憐で優雅な曲。エンニオ・モリコーネやニーノ・ロータが好きだという長岡成貢の音楽性がよく表れている。『ストライクウィッチーズ』のような作品ではアクション系の曲が印象に残りがちだが、長岡成貢は本当にきれいな曲を書く人なのである。この曲は、ベリンとトリハロンのあいだのわだかまりが消え、ふたりが微笑む場面に流れた。緊迫したシーンのあいだでほっとひと息つくところである。
 トラック9「ゴティックメード V1」と次の「ゴティックメード V2」は後半の聴きどころ。
 ゴティックメード(GTM)は本作に登場する巨大ロボットの名称。GTMの起動シーンは作品全体の中でも見せ場になっている。「ゴティックメード V1」では金属的なシンセの音と強いリズムが敵GTMの威容を描写。この曲では永野護が自らベースを弾いている。
 「ゴティックメード V2」は「V1」のオーケストラバージョン。激しくうねるストリングスとリズムが緊迫感を表現する。トリハロンのGTM・カイゼリンの起動シーンに使用された。ゴティックメードの曲はいくつものバージョンが作られたが、その中からGTMの起動音をじゃましないものとして採用されたのがこのバージョンである。
 カイゼリンの戦闘シーンに使われたのがトラック11の「GTM・カイゼリン」。シンセサイザーのみで演奏されたリズム主体のテクノロックである。このシーンには別の曲が用意されていたのだが、予備として作っておいたこちらの曲が採用された。「カイゼリンのエンジン音を邪魔せず、イケイケムードを盛り上げる」という理由なのだそうだ。映像音楽は映像や効果音やセリフと合致してこそなのだなぁとあらためて思う。
 トラック13「都にて…」は都にたどりついたベリンとトリハロンが語らう場面に流れる曲。アコースティックギターのソロで奏でられる。ギター奏者・嘉多山信のほぼアドリブなのだそうだ。おだやかな演奏から、言葉にしきれないふたりの気持ちが伝わってくるようで、みごとだ。
 アルバムのラストには川村万梨阿が歌う曲が3曲続けて収録されている。ベリンが花の種をまきながら歌う「ベリンの数え歌」、エンディングに流れる「茜の大地」、そして主題歌「空の皇子 花の詩女」。作中でも、ラストにこの3曲が続けて流れる。しかもすべてフルサイズ。ちょっとした音楽映画みたいで、ゴージャスな趣向である。
 しかし、そうしたくなる気持ちもわかる。3曲とも実にいい曲だからだ。
 作詞はすべて川村万梨阿が担当。「ベリンの数え歌」はわらべ歌みたいに始まるが、サビでぐっと感情が入ってきて、胸をつかれる。もうひとつのベリンのテーマとも呼べる曲だ。
 「茜の大地」はエンドクレジットのバックに流れる歌。少しさみしげな曲だが、その曲調ゆえに、物語が終わったあとの余韻に静かにひたることができる。夕陽に照らされた大地の前でベリンがさみしく歌っているイメージの曲である。
 主題歌「空の皇子 花の詩女」はベリンとトリハロンのテーマ。ピアノとシンセの幻想的なイントロから川村万梨阿の歌が始まり、しばらくは浮遊感のあるサウンドが続く。2コーラス目からドラムのリズムとエレキギターが加わり、曲は急に力強い雰囲気になる。まるでベリンの強い意志を示すように。この変化が鮮やかで感動的だ。歌に込められた願いと希望とともに作品は幕を下ろす。

 『花の詩女 ゴティックメード』を観る機会は、またしばらくないかもしれない。手にすることができるのは音楽だけである。だからこそ、このアルバムをくり返し、深く味わいたい。
 本アルバムは、一時CDショップで在庫切れになっていたが、現在は在庫が復活している。映像の代わりと思わずに、音楽が作り上げる世界、音楽でしか体験できない世界をぜひ楽しんでほしい。劇場で再会できる日を待ちながら。

花の詩女 ゴティックメード オリジナル・サウンドトラック
Amazon