COLUMN

第217回 忘れられた名作 〜シリウスの伝説〜

 腹巻猫です。9月30日にすぎやまこういち先生が亡くなりました。60〜70年代には歌謡曲のヒットメーカーとして名を馳せ、70年代後半から80年代にかけてはアニメ『科学忍者隊ガッチャマン[劇場版]』『サイボーグ009』『伝説巨神イデオン』や映画「ゴジラVSビオランテ」などの映像音楽で活躍。後年はゲーム「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽で多くのファンを魅了しました。本当に残念です。心より哀悼の意を表します。


 すぎやまこういちのアニメ音楽の代表作といえば、上記の『科学忍者隊ガッチャマン』『サイボーグ009』『伝説巨神イデオン』がまず挙がる。それに異論はないが、筆者はもうひとつ大好きな作品がある。劇場アニメ『シリウスの伝説』である。
 今回は、すぎやまこういちを偲んで、この作品を聴いてみたい。
 『シリウスの伝説』は1981年7月に公開されたサンリオ製作の劇場アニメ。サンリオの辻信太郎が「『ファンタジア』を超えるアニメ映画を」と意欲を燃やし、3年の歳月をかけ、8万枚以上の動画を使って完成させた力作である。
 遠い昔に仲たがいし、憎みあっている水の一族と火の一族。ふたつの一族は一切の交流を絶ち、それぞれの領域を守っていた。
 ある日、禁を侵して火の領域に入り込んだ水の一族の少年シリウスは、火の一族の王女マルタと出会い、恋に落ちる。それは許されない恋だった。ふたりは火の一族と水の一族が反目するようになった真相を知り、水と火が仲良く暮らせる星をめざそうとする。
 ギリシャ神話風のストーリーを美麗な映像で描いたメルヘン。フルアニメーションで描かれるキャラクターや自然現象、絵本のように美しい背景美術など、見ごたえのある作品だ。シリウスとマルタを演じるのは古谷徹と小山茉美。共演に榊原郁恵、宇野重吉、内海賢二、武藤礼子、鈴木ヒロミツら。出演者も豪華だった。
 筆者は公開当時劇場で観た。が、正直なところ、ピンとこなかった。当時は『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『機動戦士ガンダム』などのSFメカアニメ全盛期。メルヘン路線の本作は方向性が違いすぎて、自分の趣味に合わなかったのかもしれない。
 しかし、すぎやまこういちの音楽は気に入った。衝撃を受けたと言ってもよいくらいだった。
 劇中に流れるのは、サーカスが歌う主題歌「時をゆるやかに」「愛のカンタータ」とNHK交響楽団が演奏する音楽。流麗な旋律と豊かな音に包まれる体験は圧倒的で、観終わる頃には頭の中を音楽がぐるぐると回っていた。さっそくレコードを買い、くり返し聴いた。

 すぎやまこういちのフィルモグラフィの中で、本作はTVアニメ『伝説巨神イデオン』(1980)とその劇場版『THE IDEON』(1982)のあいだに位置する作品。『イデオン』的な響きも聴けるし、のちの「ドラゴンクエスト」を予感させる部分もある。
 音楽は映像に合わせたフィルムスコアリングで作られている。が、映像が完成する前から音楽制作は始まっていた。すぎやまこういちは1980年の暮れに、それまでにできあがっていたフィルムを見せてもらい、作曲に取りかかったと証言している。
 「こんなに美しい画面に、負けることのない音楽が果たして私に書けるのだろうかと、不安になりながらも、意識は“よおし、がんばりがいがあるぞ”と闘志を燃やしたのです。」(LPレコード「シリウスの伝説 オリジナル・サウンドトラック」ライナーノーツより)
 そして、何度も旋律を作り、書き直し、3ヶ月目にやっと納得のいくメロディができた。
 中心になるのは2つの主題歌「時をゆるやかに」と「愛のカンタータ」のメロディ。こんなにも美しく格調高いアニメソングがあっただろうか。この2曲のモチーフは劇中音楽に編曲されて、くり返し使われる。
 もうひとつ、切ない別れの場面に流れる「哀しみのテーマ」とも呼ぶべき主題があり、これもいくつかの変奏曲が劇中に流れている。
 音楽録音は1981年4月に行われた。スタジオはメディアスタジオとCBS・ソニー六本木スタジオ。公開は7月だから、音楽制作に余裕があったことがうかがわれる。
 演奏はNHK交響楽団。すぎやまこういちとは、劇場版『科学忍者隊ガッチャマン』の音楽でもコラボした実績があった。
 すぎやまはこう語っている。
 「『シリウス』は世界をマーケットとし、さらに、10年、20年後もなお生きつづけるスケールの大きな作品にしたいということでしたので、音楽もなまはんかなものではバランスがとれない。そこで、はやりすたりのないクラシックサウンドをベースに、絵の美しさに合わせて、ひたすら美しい旋律を作り、オーケストラの持つ豊かな色彩を引き出すようにこころがけました」(『月刊アニメージュ』1981年7月号)
 すぎやまこういちの原点はクラシック音楽。専門的な音楽教育は受けていないが、譜面を読みながら音楽を聴き、独学で理論を学び、感性を磨いた。そんなすぎやまのクラシック志向が存分に発揮された作品が『シリウスの伝説』だ。アニメ音楽・映画音楽と呼ぶより、「交響詩」「音楽叙事詩」と呼びたくなる。
 本作のサウンドトラック・アルバムはワーナー・パイオニアからLPレコードで発売された。
 収録曲は以下のとおり。

【A面】

  1. プロローグ〜愛のカンタータ
  2. 美しい夜明け
  3. 海のギャングエレキ
  4. 王子シリウスの行進
  5. 竜神の聖域
  6. リリカの岬にて

【B面】

  1. シリウスのいない海
  2. マルタの運命
  3. マブゼの酒盛〜天国と地獄より〜
  4. 哀しみよ永遠(とわ)に
  5. 星への出発(たびだち)
  6. 時よゆるやかに

 全曲収録ではない。A面では物語の序盤(全体の3分の1くらい)の音楽が使用順に収録され、B面では物語の中盤からラストまでの音楽が一部順序を変えて抜粋収録されている。重要なシーンの楽曲は押さえられており、作品全体をふり返りながら音楽アルバムとしても鑑賞できる、理想的な構成だ。
 1曲目「プロローグ〜愛のカンタータ」は、メインタイトルからオープニング・クレジットのバックに流れる曲。サーカスが歌う主題歌「愛のカンタータ」が聴ける。史劇映画音楽のような重厚なタイトル曲からリリカルな「愛のカンタータ」につながる展開は導入にふさわしく、「どんな物語が始まるのだろう」とわくわくさせる。
 オープニングが終わり、海の中の夜明けの場面に流れる曲が「美しい夜明け」。サメの子チークがシリウスを起こして、一緒に海中を泳ぐ場面にかけて流れる。映像に合わせたユーモラスな表現が聴ける、映画音楽らしい曲。
 次の「海のギャングエレキ」はチークや魚たちがおそれる恐ろしい電気クラゲのテーマ。この曲には、(電気クラゲだけに)エレキギターがフィーチャーされている。ちょっと『伝説巨神イデオン』の戦闘音楽を思わせる。アルバムの中では異色の曲。
 「王子シリウスの行進」は、16歳になり、成人式を迎えることになったシリウスが魚たちを引き連れて海中を進む場面の曲。シリウスのりりしさを表現するマーチである。のちの「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽を思わせる、クラシカルなヨーロッパ風の曲。
 シリウスが水の一族の王の証を受け取る場面に流れる厳かな「竜神の聖域」をはさみ、序盤の大きな見せ場の曲「リリカの岬にて」がA面のラストに登場。7分を超える大曲である。
 火の一族の領域に入っていったシリウスが、マルタとはじめて対面する。ふたりは惹かれあい、たちまち恋に落ちる。その場面に流れるドラマティックかつロマンティックな音楽だ。導入部は、とまどい震えるふたりの心を表現する音楽。やがて、ふたりの心が触れ合うと、サーカスが歌う「時よゆるやかに」へと展開する。シングルレコード・バージョンとは異なる、劇中音楽と一体になった歌と演奏である。音楽と映像の相乗効果で心に残る名場面になった。
 アルバムB面の1曲目は「シリウスのいない海」。「愛のカンタータ」の甘美なアレンジから始まる。ピアノやトランペットによるロマンティックな演奏にうっとりするところだ。
 曲は、マルタとシリウスがひそかに逢瀬を重ねる場面に流れる。後半は不安な曲調に転じ、サスペンスを演出する。シリウスがマルタと会っているあいだに、海では電気クラゲが魚たちを襲い、大騒ぎになっていたのだ。だから曲名は「シリウスのいない海」。
 「マルタの運命」は「時よゆるやかに」のアレンジ曲。曲はふたつの部分に分かれている。最初の部分は、マルタがシリウスに別れを告げる場面に流れる哀愁を帯びた変奏曲。続いて、サーカスがスキャットで「時よゆるやかに」のメロディを歌う幻想的な変奏になる。こちらは物語の終盤でマルタが少女から大人の女性に変身を遂げ、女王となって目覚めるシーンに使われている。別々のシーンのために書かれた曲が1トラックにまとめられているが、うまい編集だ。
 「マブゼの酒盛〜天国と地獄より〜」は、B面の中でも、ほっと息がつけるトラック。ウツボのマブセが酒盛りをする場面からチークの愉快な活躍場面にかけて流れている。おなじみ、オッフェンバックの「天国と地獄」のモチーフのアレンジ曲だが、よくあるドタバタ風のアレンジでなく、テンポを落としたユーモラスで可愛いアレンジになっている。すぎやまこういちのセンスと編曲の技が光る曲だ。
 「哀しみよ永遠(とわ)に」は本作の「哀しみのテーマ」である。ソロバイオリンが奏でる旋律が切なく胸を打つ。使用場面は前曲「マブセの酒盛り」の場面より前で、マルタを慕う火の精ピアレが自分を犠牲にしてマルタを助けようとする場面に流れていた。同じモチーフが物語の終盤でシリウスがチークの死を悲しむ場面の曲にも登場する。
 そして、「星への出発(たびだち)」は物語のラストを飾る曲である。水と火が仲良く生きられる星へ行こうとしたシリウスとマルタ。しかし、その夢はかなわなかった。哀しみと希望に彩られたラストシーンに流れるのは、「時よゆるやかに」のストリングスを中心としたアレンジ。哀感に満ちた前半から、後半は厳かで重厚な曲調となり、コーダは壮大なフィナーレを聴かせる。交響曲の1楽章であってもおかしくない、聴きごたえのある終曲だ。
 アルバムのラストはエンディング・クレジットに流れる主題歌「時よゆるやかに」。レコード・バージョンのフルサイズで、物語の余韻にたっぷりとひたることができる。

 以上が、「シリウスの伝説 オリジナル・サウンドトラック」の全曲。美しいメロディと壮大なシンフォニック・サウンドが聴ける名盤だと思う。
 すぎやまこういちは、自身の作品を東京都交響楽団の演奏で録音したアルバム「君だけに愛を 東京都交響楽団×すぎやまこういちヒット曲集」(2008年発売)の中で、「コスモスに君と」とともに「時をゆるやかに」を取り上げている。アニメソングから選曲されたのはこの2曲だけ。すぎやまこういちにとっても、重要な作品のひとつなのだろう。
 しかし、本作はいわば、「忘れられた名作」である。
 サウンドトラック・アルバムは一度もCD化されていないし、主題歌「時をゆるやかに」と「愛のカンタータ」は、サーカスのベスト盤(2枚組CD)「GOLDEN☆BEST/サーカス 歌の贈り物」に収録されているだけ。いずれも配信はされていない。
 クラシカルな曲のためか、DJイベントなどで流れることもほとんどない。多くの人に聴いてもらいたいのに、その機会がないのだ。あまりにもったいない。
 本編はAmazon Prime Videoなどで観られるので、ぜひ、映像とともに音楽を堪能していただきたい。
 ところで、この原稿を書くためにAmazonの商品をチェックしたら、筆者は「GOLDEN☆BEST/サーカス 歌の贈り物」と「君だけに愛を 東京都交響楽団×すぎやまこういちヒット曲集」をそれぞれ2回買っていた(とAmazonが教えてくれた)。買ったことを忘れて注文したのだと思うが、それだけ、本作の音楽がお気に入りなのである。
 ワーナー・パイオニアさん、ぜひ、サントラ盤のCD復刻、または配信をお願いします。

GOLDEN☆BEST/サーカス 歌の贈り物
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君だけに愛を 東京都交響楽団×すぎやまこういちヒット曲集
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