腹巻猫です。TVアニメ黎明期から数々のアニメソングで活躍した小林亜星先生が亡くなりました。歌の仕事が有名ですが、『狼少年ケン』『魔法使いサリー』『ひみつのアッコちゃん』などではBGMも担当し、ジャズテイストあふれる音楽を聴かせてくれます。筆者は『ドロロンえん魔くん』と『花の子ルンルン』の取材でお世話になりました。たくさんの名曲をありがとうございました。心より哀悼の意を表します。
6月4日から公開中の劇場アニメ『シドニアの騎士 あいつむぐほし』の音楽はTVシリーズの朝倉紀行から変わって片山修志が担当している。
片山修志は近年めきめきと頭角をあらわしてきた作曲家のひとり。1985年、千葉県出身。バンド活動などを経て、高梨康治らが所属するTeam-MAXに参加。TVアニメ『OVERLOAD』(2015)、『幼女戦記』(2016)、『ランウェイで笑って』(2020)などの音楽を担当している。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』では劇場作品らしい本格的なフィルムスコアリングの音楽で壮大な物語を盛り上げた。
今回は片山修志が手がけた『蜘蛛ですが、なにか?』の音楽を聴いてみよう。
『蜘蛛ですが、なにか?』は2021年1月から連続2クールの予定で放送されているTVアニメ。馬場翁による原作小説を監督・板垣伸、アニメーション制作・ミルパンセのスタッフでアニメ化した。
女子高校生だった主人公の「私」は授業中に突然、激しい光に包まれ、異世界に転生してしまう。目覚めた私は蜘蛛になっていた。驚き、とまどう私(通称・蜘蛛子)だが、生きるためにモンスターや人間と戦い、サバイバルを続けるうちに自身が強力なモンスターへと進化していく。いっぽう、蜘蛛子と同時に異世界に転生した同級生たちは、それぞれに数奇な運命をたどっていた。
近頃流行の「異世界転生もの」だが、主人公が蜘蛛に転生するのがポイント。蜘蛛子は生きることに貪欲で、人間の倫理観にしばられず、モンスターも人間も平気で倒していく。バイタリティあふれる行動はふしぎな爽快感がある。
本作は蜘蛛子側の物語と人間側の物語が並行して描かれる構成になっている。ふたつの物語はまじわるようでまじわらない。かと思うと実は意外なかたちでつながっていることがしだいに明らかになる。謎めいた展開も本作の魅力のひとつだ。
音楽面では蜘蛛子役の悠木碧が歌うエンディング主題歌が評判だが、片山修志による劇中音楽もなかなか名作である。
劇中音楽は、大きく蜘蛛子側の曲、人間側の曲に分かれている。また、モンスターの恐怖や緊張感などを描写する曲は蜘蛛子側にも人間側にも使われる。物語と同様に音楽も複数の視点に分かれた構成になっているのが面白い点だ。
蜘蛛子側の曲の多くは明るくユーモラス。とぼけた曲調がひとりでボケてひとりでツッコむ蜘蛛子のキャラクターにぴったりである。片山修志はシンセサイザーやギター、フルート、クラリネットなどを使った親しみのある軽やかな音楽で蜘蛛子の心境を表現する。蜘蛛子の前向きな気持ちが音楽からも伝わり、聴いていて心地よい。
また、独特な要素として、レベルアップ、スキルアップ、進化、といった蜘蛛子の変化にともなう曲がある。これらはコンピュータゲームで流れるジングル音楽風に作られており、それがコミカルな効果を上げている。
そして、蜘蛛子に欠かせないのがバトルの曲。優勢、劣勢、互角、とバトルのさまざまな局面に対応できるようにたくさんの曲が作られた。『シドニアの騎士 あいつむぐほし』でも激しい戦闘シーンを盛り上げる音楽が印象的だったが、本作でも勢いのあるバトル曲が映像を熱く彩り、蜘蛛子の闘志を印象づけている。
いっぽう人間側の曲は、優雅な日常曲、しっとりとした心情曲、権力闘争を描く緊迫感のある曲、蜘蛛子とは違ったタイプの戦いの曲など、こちらもバラエティに富んでいる。コミカルな曲はほとんどなく、シリアスな曲が多いのが特徴だ。
音楽の種類が多いため、曲数も多い。BGMは前期(第1クール)用に60曲以上が作られ、さらに後期(第2クール)用に40曲以上が追加されている。
本作のサウンドトラック・アルバムは2021年4月28日に「TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』オリジナルサウンドトラック」のタイトルでKADOKAWAから発売された。2枚組全63曲入り。前期用に制作されたBGMをほぼ完全収録している。
ディスク1を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。
- So I’m a Spider, So What?
- I’m a Spider
- No Way
- Why Did I Die?
- Hungry
- Labyrinth
- Fear of the Unknown
- Hunting
- Struggle
- Defeat You!
- Got the Skill
- Leveled Up
- Positive Feelings
- Fun to Play Alone
- Unbelievable!?
- Hurry, Hurry
- A Tragedy
- Reminiscence
- Let’s Rest Today
- Suspicion
- Ominous Sign
- Impending Danger
- The Terrible Monster
- Run Away
- I Couldn’t Do Anything
- Thinking
- Mysterious Power
- Magical Spider Girl
- To Be Stronger
- I’m on Fire
- Into the Battle
- Hard Fight
- It’s My Way
- Evolution
- Poison
- Leveled Up II
- Leveled Up III
- Preview
構成は筆者が担当した。すでに書いたように、本作は蜘蛛子側の物語と人間側の物語が並行して進む構成になっている。しかし、その構成を音楽で再現しても画がないのでわかりづらい。そこで、ディスク1は蜘蛛子側の曲だけで構成。ディスク2は人間側の曲を中心に収録し、最後にふたたび蜘蛛子の物語に戻ってくる構成にした。
ディスク1の1曲目「So I’m a Spider, So What?」は本作のメインテーマ的な曲。不穏な序奏から始まり、ちょっとコミカルで幻想的なメロディに展開する。「シザーハンズ」「バットマン」などのティム・バートン監督作品で知られるダニー・エルフマンの音楽を思わせる曲調だ。蜘蛛子の登場とダークヒーロー的な活躍をイメージさせる本作を象徴する曲。第1話の冒頭で流れたほか、前期の区切りとなる第12話で蜘蛛子が地下の大迷宮から地上に向かうラストシーンにも選曲されている。
トラック2「I’m a Spider」〜トラック5「Hungry」は、転生した蜘蛛子がとまどいながら状況を把握していく第1話のコミカルな場面で使われた曲。どの曲も軽快なリズムとふわっとしたメロディのからみが小気味よい。これらの曲は以降のエピソードでも蜘蛛子のモノローグのバックなどによく使われた。
「I’m a Spider」(「私は蜘蛛」)、「Why Did I Die?」(「私、なんで死んだ?」)などの曲名は蜘蛛子のセリフを拝借したもの。トラック3「No Way」は「ありえない」というニュアンスのスラングで、蜘蛛子の口癖「ないわー」のイメージで付けてみた。余談だが、最近は海外配信を想定して「曲名は英語で」と依頼されることが多い。
トラック6「Labyrinth」からトラック12「Leveled Up」までは戦いを通してスキルを獲得し、レベルアップしていく蜘蛛子をイメージした構成。不気味なムードから未知への恐怖、緊張、そしてバトル!〜勝利!〜スキル獲得〜レベルアップという流れである。「Struggle」は劣勢の戦い、「Defeat You!」は優勢の戦いをイメージした曲だ。
片山修志はバトル曲がうまい。場面に応じて、さまざまなスタイルのバトル曲を作る技術とセンスを持っている。本作は戦いの場面が多いので、ふんだんにバトル曲が聴けるのがうれしいところ。サントラの聴きどころでもある。
トラック13「Positive Feelings」からトラック19「Let’s Rest Today」までは「ちょっとひと休み」というイメージでコミカルな曲やおだやかな曲を集めた。
「Positive Feelings」は蜘蛛子の前向きな考え方を表現するギターの軽快な曲。「マイホーム作っちゃいました」(1話)、「わが世の春がキタ〜」(6話)など蜘蛛子が悦に入る場面によく流れている。聴いている方もポジティブな気分になってくる楽しい曲だ。
大げさな曲調の「A Tragedy」は蜘蛛子の体から魂が抜けて「完」と表示される第4話の場面など、悲劇的状況をコミカルに描写する曲。
「Let’s Rest Today」は「今日は休もう」(第2話)、「いやな想像はやめよう」(第4話)など、蜘蛛子が立ち止まったり思案したりする場面に使用された。とぼけた空気感が絶妙で、こういう曲もうまいなぁと思う。
トラック20「Suspicion」からトラック25「I Couldn’t Do Anything」までは強敵の出現と蜘蛛子の敗北をイメージ。シリアスな曲調の音楽を集めた。
「The Terrible Monster」は地龍アラバの登場場面に使われた曲。怪獣映画音楽のような重量感のある曲調が地龍の巨大さと強さを表現する。もともとは蜘蛛の魔物「マザー」用に書かれた曲である。「I Couldn’t Do Anything」は敗退した蜘蛛子が、「手も足も出なかった」と落ち込む場面の曲。
続いてトラック26「Thinking」からトラック32「Hard Fight」までは蜘蛛子の反撃をイメージして構成。魔法のスキルを身に付け、作戦を練り、強敵を倒す。このあたりの丁寧な描写は本作の見どころだ。
「Thinking」はタイトルどおり蜘蛛子が「考える」場面によく流れる曲。同じフレーズをくり返す構成はミニマルミュージック的味わいがあり、ずっと聴いていても飽きない。
「Magical Spider Girl」は第8話で蜘蛛子の心の中に魔法担当の並列意志が登場する場面に使われた曲。魔法少女アニメの変身BGMを意識した曲調だ。タイトルは「魔法少女蜘蛛子」のイメージで付けてみた。使用回数は少ないながら印象に残る曲のひとつ。
「To Be Stronger」は蜘蛛子の修行シーンを想定した曲で、蜘蛛子がより強くなるために奮闘する場面によく選曲されている。エレキギターが奏でるロック調の「I’m on Fire」は蜘蛛子が勇敢に敵に向かっていく場面などに使われた。
「Into the Battle」は蜘蛛子のメインのバトル曲。スキルを駆使して華麗に戦う蜘蛛子のイメージをスピード感のある曲調で表現する。次の「Hard Fight」は互角の戦いを描写する緊迫感に富んだ曲。どちらも、第4話の猿の魔物、第8話の火龍、第12話の地龍アラバなど、強敵との対決場面に使用されている。ここがディスク1のクライマックスである。
そしてトラック33「It’s My Way」は、蜘蛛子の日常を描くユーモラスな曲。戦い終えた蜘蛛子のイメージで収録した。「今なら食いしん坊キャラでいけるな」(第3話)、「もっと肉を持ってこいー」(第4話)、「いや〜日差しがしみる」(第13話)など、蜘蛛子の能天気な場面に使われている。やはり蜘蛛子はこうでなくては……と聴いていてほっとする。
トラック34「Evolution」以降はボーナストラック的に、レベルアップや進化のシーンにジングル的に使われる短い曲を集めた。最後の「Preview」は次回予告に使用されている曲。もともとはレベルアップ用の曲である。
という感じで、ディスク1は転生した蜘蛛子のサバイバルを描くイメージでまとめた。この1枚だけでも本作の雰囲気が伝わると思う。
ディスク2はコンセプトを変え、蜘蛛子の同級生たちの物語に付けられた曲を中心にまとめた。ディスク1との雰囲気の違いを聴き比べてみるのも面白い。ディスク2の終盤は地龍アラバと蜘蛛子との決戦をイメージして、ディスク1に収録できなかった激しいバトル曲を収録。最後はもう一度、蜘蛛子の日常に戻り、ハードロック調の軽快な音楽で締めくくった。
『蜘蛛ですが、なにか?』の音楽はコミカルからシリアスまでバラエティに富んでおり、その振り幅も広い。ほかの作品だとシリアスな曲が主役でコミカルな曲が脇役みたいになりがちだが、本作の場合は逆。コミカルな曲が重要であり、音楽演出の中核を担っている。本編では曲が短い時間で切られてしまうことが多いので、なかなか全体像がわかりづらいが、どの曲もセンスよく丁寧に作られていることに感心する。本アルバムでその魅力をじっくり味わってもらいたい。
さて、6月30日には後期用の追加録音曲を収録した「TVアニメ『蜘蛛ですが、なにか?』オリジナルサウンドトラック2」が発売になる。2枚組で全48曲収録予定。今回は人間側の曲が多いのが特徴だ。筆者が気に入っているのは“吸血っ子”ソフィア関連の曲。こちらもぜひ、お聴きいただきたい。
TVアニメ「蜘蛛ですが、なにか?」オリジナルサウンドトラック
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TVアニメ「蜘蛛ですが、なにか?」オリジナルサウンドトラック2
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