腹巻猫です。『トロピカル〜ジュ! プリキュア』のオリジナル・サウンドトラックCDが6月9日に発売されます。構成・解説・インタビューを担当しました。まなつやローラたちの元気いっぱいの活動を彩る明るい曲、楽しい曲をたっぷり詰め込みました。エンディング主題歌のイントロ違いバージョンも全タイプ収録。ぜひ、お聴きください!
https://www.amazon.co.jp/dp/B091QPNY43/
作家として代表作があることは幸福なことだけれど、いつもその作品を引き合いに出されると、もやもやすることもあるのではないか……。そんなふうに思うことがある。
作曲家・松谷卓の場合は「大改造!!劇的ビフォーアフター」のテーマ曲が代表作にあたり、筆者も「あの曲の作曲者」と紹介することが多い。
しかし、松谷卓の音楽は「劇的」と呼ぶよりも「しっとり」「美しい」と形容するほうがぴったりくる。劇場作品「いま、会いにゆきます」(2004)や「君の膵臓をたべたい」(2017)は、そんな持ち味が生かされた作品だ。
松谷卓が手がけたアニメ作品といえば『のだめカンタービレ』(2007)である。続編『のだめカンタービレ 巴里編』(2008)、続々編『のだめカンタービレ フィナーレ』(2010)も制作・放送された人気作品だ。が、『のだめ』といえば劇中で流れるクラシック音楽が主役の印象がある。
今回はTVアニメ『うさぎドロップ』の音楽を聴いてみよう。
30歳の独身男・河地大吉(ダイキチ)は、祖父・宋一の葬儀の場で所在なさげにしている6歳の少女・りんと出逢う。りんは宋一の隠し子で母親はゆくえ知れずだというのだ。りんを押し付けあう親戚に反発したダイキチは、りんを引き取ることを決意。りんとダイキチの同居生活が始まった。
結婚も子育てもしたことがないダイキチが幼いりんを育てることになり、初めてのことの連続で思わぬトラブルや変化に見舞われる。その日常がユーモラスに描かれるうちに、ダイキチとりんが本当の家族になっていく展開が感動的だ。アニメになりにくそうな題材だが、実写の生々しさがないぶん、共感しやすい作品になっている。唐突かもしれないが、筆者はちょっと『アルプスの少女ハイジ』を連想した。
見どころのひとつは、りんの子どもらしいしぐさや表情、言葉づかい。丁寧な作画とりんを演じた声優・松浦愛弓の力が大きかった。松浦愛弓はなんと当時9歳。大人の声優の芝居では出せないリアルな空気感に思わず引き込まれてしまう。
音楽を担当した松谷卓は1979年生まれ。1998年に19歳でファーストアルバムを発表し、ピアニスト、作曲家としてデビューした。2002年に手がけた「大改造!!劇的ビフォーアフター」の音楽が評判になり、以降は劇場作品やTVの音楽などで活躍しながら、オリジナル・アルバムの制作やコンサート活動も続けている。
『うさぎドロップ』の音楽は、作品の世界観に合わせた生楽器中心のスタイルで作られた。楽器は、松谷卓本人によるピアノと、バイオリンが2本、ビオラ、チェロ、フルート、オーボエ、クラリネット、バスーン(ファゴット)、アコースティックギターが1本ずつ。ぜんぶで10人の編成だ。「劇的ビフォーアフター」ようなドラマティックな音楽ではなく、日常に流れるさりげない音楽、ちょっとユーモラスな音楽、しみじみとした音楽などで構成されている。
ダイキチとりんの日常には大事件が起きるわけではない。けれど、日々の生活の中には2人にとっての大きな事件や新鮮な発見があふれている。音楽もシンプルな中に細やかな心情の変化や高揚感を宿したものになった。
本作の音楽にはりんのテーマやダイキチのテーマと呼べるような曲はない。メニュー上はあるのかもしれないが、そういう使い方はされていないようだ。りんの友だちになる少年・コウキとその母親・コウキママのテーマは設定されているが、キャラクターテーマとしてよりも、りんとコウキ、コウキママとダイキチの関係性に焦点を当てて使われている印象である。人と人の関係にフォーカスした音楽演出は本作の特徴だ。
本作のサウンドトラック・アルバムは2011年8月に「アニメ うさぎドロップ オリジナル・サウンドトラック」のタイトルでソニー・ミュージックエンタテインメント(レーベル:エピック・レコード・ジャパン)から発売された。
収録曲は以下のとおり。
- 訪れた変化
- 一人の女の子
- 大吉とりん
- 別れ
- 別れ2
- 建前
- 決意
- 朝ご飯
- 葛藤
- よくわからん
- 相談
- すっかり父
- 時間経過
- 喜び
- 疑問
- これは汗っ!
- ナイト
- コウキのテーマ
- コウキママ
- 憂い
- 恋心
- 宋一の覚悟
- 心配
- お出掛け
- 戸惑い
- 家出
- 幸せ
- 触れ合い
- はじめの一歩(歌:杉並児童合唱団)
- SWEET DROPS – piano version -
- High High High – piano version -
トラック30と31はオープニング主題歌とエンディング主題歌のピアノ・アレンジ・バージョン。トラック29の「はじめの一歩」はりんの保育園の卒園式で子どもたちが歌った曲の児童合唱団バージョンである。主題歌は収録されていない。
本アルバムの発売はアニメの放送開始から1ヶ月後。アニメの制作と並行してサントラ盤を準備していたことになる。
筆者も経験があるが、放送中に発売されるサントラ盤の構成は気を遣う。放送が進んでいないと本編で流れる音楽がわからないし、先の展開まで見越して曲を入れるとネタバラシになってしまうことがある。
本アルバムの場合はおそらく、数話分の選曲が決まっていたか、あらかじめ使用場面を想定して発注と作曲が行われたのだろう。トラック1からトラック16あたりまでは第1話と第2話の音楽演出にほぼ沿った形で選曲・構成されている。解説書にも、各曲ごとに使用された場面を紹介するコメントが掲載されている。だから、本編をふり返りながら聴くことができる。
1曲目の「訪れた変化」は第1話の冒頭、ダイキチが祖父の葬儀に向かう場面に流れる始まりの曲。ピアノとギターの淡々としたリズムにオーボエのメロディが重なり、後半は弦楽器とピアノによる温かい曲調に展開していく。まさに物語の中で描かれる「変化」を象徴する曲。第5話でダイキチとりんが実家に向かう場面や第8話の夏休みの始まりなどに選曲されている。
2曲目の「一人の女の子」はりんの登場場面に流れる曲。ピアノのシンプルなリズムに始まり、フルートと弦楽器のメロディが現れると、ちょっとさみしげな雰囲気に変わる。「りんのテーマ」というよりも「ダイキチから見たりんの印象」的な曲だ。第1話でりんが所在なさげにしている場面や、第2話でりんがダイキチのあとをついていく場面などに選曲された。
トラック3「大吉とりん」は2人の日常を軽快なタッチで描写する曲。3拍子のリズムの上で木管楽器や鍵盤ハーモニカのメロディが踊る。後半にはギターの爽やかな演奏が楽しい雰囲気をかもしだす。ダイキチとりんが買い物をする場面や朝食を食べる場面、ダイキチが授業参観のためにりんの小学校にやってくる場面などに使われた。
ここまでの3曲が、本作の物語を象徴する導入部分になる。
弦合奏によるトラック4「別れ」とピアノとストリングスによるトラック5「別れ2」は第1話の宋一の葬儀のシーンで使用。「別れ2」はりんが宋一が好きだったりんどうの花を摘んで棺に入れ、「もう起きないの?」と言って泣く場面に流れた印象深い曲。
この2曲を単純に「悲しみ」の曲と分類するわけにはいかない。「別れ」は第10話でダイキチが熱が出たりんを心配する場面に使われているし、「別れ2」は第7話で春子がダイキチに「ずっと女の子でいたかった」と話す場面や第9話でダイキチとりんとコウキとコウキママが4人で夕食を食べる場面などに使われている。家族の深いつながりや思いやりを表現する曲というイメージである。
余談だが「別れ2」という曲名は味気なく、なんとかならなかったのだろうかと思ってしまう。
家族会議の憂鬱な空気を表現する「建前」を経て、ダイキチがりんを引き取る決意をする場面のトラック7「決意」。前半はピアノソロが迷う気持ちを表現し、一瞬の静寂のあとにストリングスのメロディが入って、胸にわき上がる気持ちを伝える。使用回数は少ないが、第3話でりんがダイキチに「私より先に死んじゃうの」と不安を口にする場面など、記憶に残るシーンに使用された曲だ。
トラック8からは、「朝ご飯」「葛藤」「よくわからん」「相談」とユーモラスな雰囲気の曲が並ぶ。実は松谷卓はこうしたとぼけた味の曲も得意分野なのではないかと筆者は思っている。じわじわと笑いがわいてくるような曲調がうまい。「よくわからん」と「相談」はダイキチが慣れない経験にドギマギしたり焦ったりする場面にたびたび使われ、意外と使用回数は多い。第2話でりんがおねしょをごまかすシーンに流れたトラック16の「これは汗っ!」も同じ仲間に入る曲。
トラック12の「すっかり父」はピアノソロが奏でる家族愛の曲。第2話で保育園に預けられるりんとダイキチが別れぎわに指切りをする場面や、第5話でダイキチのひざに乗ったりんが「ダイキチが泣いたら抱っこしてあげる」と言う感動的な場面に流れていた。しみじみと胸にしみるやさしいメロディと演奏は「これぞ松谷卓!」と言いたくなる。ピアノソロといえば、トラック20「憂い」、トラック23「心配」も松谷卓らしい繊細なタッチの曲である。
トラック17以降は、コウキとコウキママの登場、ダイキチの従妹・春子の家出など、その後の物語の展開に沿った曲が収録されている。原作がある作品だから、ネタバレを心配する必要はないのだろう。
トラック17「ナイト」とトラック18「コウキのテーマ」は同じメロディを使ったコウキのテーマのヴァリエーション。コウキのやんちゃな感じがうまく表現された曲だ。
トラック19からの「コウキママ」「憂い」「恋心」の3曲は、コウキママのテーマとそのアレンジ曲。やさしく優雅な曲調の「コウキママ」がダイキチから見たコウキママの印象そのままで、聴いているとうっとりしてしまう。
ピアノソロによる「憂い」、ピアノとストリングス、木管などで奏でられるロマンティックな「恋心」、いずれもコウキママの主観よりもダイキチから見たコウキママを表現する曲として使われている。本作の中でもとびきり美しく可憐な曲だが、使用回数が少ないのがもったいなかった。
「宋一の覚悟」と題されたトラック22は、赤ん坊のときからりんを育てた宋一の思いを表現する曲。おだやかな弦合奏がやさしく美しいメロディをしっとりと奏でていく。派手ではないし、感情をあおる曲でもないが、聴くうちに胸に温かいものが流れ出す。これも松谷卓らしい、いい曲だ。
本曲は第4話でダイキチが宋一の残した手紙を読む場面で初使用。第8話ではりんが「おじいちゃんのりんどう、うちに持ってきてよかったね」と言うシーンに、第10話ではりんの発熱にうろたえるダイキチをコウキママが「ダイキチさんがいれば大丈夫」と安心させる場面に使用された。物語が始まった時点で宋一は亡くなっているのだが、その気持ちはりんとダイキチに受け継がれていることを音楽が表現している。音楽演出としても秀逸である。
さて、すでに書いたとおり、本アルバムはアニメの放送開始1ヶ月後に発売されている。それから2ヶ月後に放送される最終回でどの曲が使われるかは、制作時にはわかっていないはずだ。
ふたたび筆者の経験の話になるが、最終回がわからないままサントラを作るのはなかなか悩ましいことである。あえていつも通りの日常の曲で締めくくることもあるが、多くの場合は「たぶんこうなるだろう」と想像して、物語の終わりにふさわしい曲をアルバムの最後に収録することにしている。
本アルバムの(BGMパートの)ラストに収録されたのは、トラック27「幸せ」とトラック28「触れ合い」の2曲。いずれもピアノとストリングス、木管楽器などによる、愛情や希望を感じさせる曲である。
実はこの2曲、最終回(第11話)のラストシーンで続けて使用されているのだ。流れる順序は逆だが、物語を締めくくる曲として選ばれている。アルバムの構成と本編の音楽演出がリンクして、サウンドトラックとして理想的な形になった。構成者は(クレジットされていないが)最終回の選曲に思わずガッツポーズしたのではないだろうか(筆者ならそうする)。
「触れ合い」は第6話でダイキチがりんの木を植え換えるために実家の庭に入る場面、第8話でりんの実母・正子が墓参りをするりんとダイキチをものかげから見守るシーンに使用。最終話ではダイキチが「子どもとの時間もかけがえのない大事な時間」というコウキママの言葉を思い出す場面に流れた。ピアノの旋律にストリングスが寄り添い、オーボエやクラリネットがやさしくメロディを歌い出す。そのメロディをピアノが引き継いでいく。離れていても触れ合う心を伝える感動的な曲である。
「幸せ」は第5話でりんに「ダイキチはダイキチでいい」と言われたダイキチが泣く場面で初使用。最終話では墓参りをして帰る電車の中でダイキチがりんとのこれまでの日々を回想する場面からラストシーンまで使われた。ドラマティックに盛り上がるわけではないし、情感たっぷりに歌い上げるわけでもないけれど、日常の中にあるかけがえのない幸せをイメージさせる。本作のテーマを象徴する曲である。
ボーナストラック的に収録された「SWEET DROPS -piano version」は、第10話で発熱したりんをダイキチが看病するシーンに長尺で使われている。使用されたのは1回だけだが、物語全体の大きな山場のひとつに選曲されて印象に残るナンバーになった。またまた余談だが、PUFFYが歌うこの曲の原曲「SWEET DROPS」は、2010年代アニメソングの名曲のひとつだと思う。
アニメ『うさぎドロップ』を彩った名曲は、本アルバムに収録された曲だけではない。いくつか「あの場面の曲も入れてほしかった」と思う曲が思い浮かぶ。が、発売時期から考えれば、物語の展開に沿って代表的な楽曲を収録したベストなアルバムだ。最終回ラストに使われた2曲でアルバムも締めくくられているのがすばらしい。それは、松谷卓が作品のテーマを的確に受け止めて音楽にした結果だろう。ダイキチとりんの日常にささやかな驚きやよろこびがあふれているように、『うさぎドロップ』の音楽にも、聴くたびに気が付く発見やよろこびがあふれている。
アニメ うさぎドロップ オリジナル・サウンドトラック
Amazon