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第203回 逆転する時間 〜四月は君の嘘〜

 腹巻猫です。フジテレビのアニメ放映枠「ノイタミナ」の放映開始15周年を記念した「ノイタミナ presents シネマティックオーケストラコンサート」が5月29、30日に開催されます。ノイタミナの名を冠したオーケストラ・コンサートははじめて。『図書館戦争』『四月は君の嘘』『約束のネバーランド』の3作が取り上げられ、各作品の音楽を担当した作曲家も参加するそうなので期待が高まります。チケットは現在発売中。
https://www.noitamina-concert.jp


 音楽を題材にしたアニメの音楽作りは難しい。まず演奏シーンの音楽がある。昔のアニメだとレコードから選曲して使ったりしていたが、今はプロのミュージシャンに演奏してもらうケースがほとんどである。そして、演奏シーンの音楽が立派であれば、背景音楽、いわゆる劇伴のほうもそれなりのクオリティが期待される。シンセの打ち込みだけですますというわけにはいかないのだ。
 『四月は君の嘘』はクラシック音楽を演奏する中学生を主人公にしたアニメである。新川直司の漫画を原作に2014年10月から2015年3月まで放映された。
 少年時代から天才ピアニストと期待された有馬公生は、11歳の冬、母の死をきっかけにピアノが弾けなくなってしまう。ピアノから遠ざかったまま14歳になった公正の前にバイオリンを弾く少女、宮園かをりが現れた。かをりは公正を強引に伴奏者に任命し、バイオリン・コンクールのステージに上げる。かをりにふりまわされるうちに、公正は音楽への想いを少しずつ取り戻していく。
 音楽がテーマといっても、ライバルと競ってコンサートで勝ち進む物語ではない。基本はボーイ・ミーツ・ガール。公正とかをり、公正の幼なじみの少女・澤部椿の3人の関係が主軸になる青春アニメだ。最終回でかをりの秘めていた想いが明らかになる。そこから第1話にさかのぼって観返すと、物語が違ったふうに見えてくる。心憎い構成の作品である。

 音楽を担当したのは横山克。幼い頃からピアノを習い、中学生2年生のときにシンセサイザーを買って作曲に興味を持つようになった。国立音楽大学作曲学科在学中の2005年から作曲家として活動。劇場作品、TVドラマ、アニメ、ドキュメンタリー、CM、アーティストへの楽曲提供など幅広い分野の作品を手がけている。映像音楽の代表作に、NHK連続テレビ小説「わろてんか」(2017)、実写劇場作品「ちはやふる」3部作(2016〜2018)、TVアニメ『荒川アンダーザブリッジ』(2010)、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』(2015)、『空挺ドラゴンズ』(2020)などがある。
 横山克は「音楽モノの名作アニメに憧れて、この仕事を志した」という(サウンドトラック・アルバムの対談インタビューより)。本作の音楽を担当することにプレッシャーもあったが、やりがいも大きかった。
 『四月は君の嘘』では、キャラクターが演奏するピアノやバイオリンが心理描写にもなっている。こういうとき、背景音楽はピアノやバイオリンを使わないようにして劇中の演奏シーンと干渉しないようにする手もあるのだが、本作はそうではない。あえて、ピアノとバイオリンを音楽の中心に据えている。そして、劇中で演奏される音楽はエコーを深めにかけるなどして響きを変え、背景音楽と明確に区別している。
 イシグロキョウヘイ監督から提示された音楽のキーワードは「透明感」と「ボーイ・ミーツ・ガール」だった。音楽の軸となったのはメインテーマ「四月は君の嘘」と「私の嘘」と題された曲。この2曲のメロディがさまざまにアレンジされて、劇中の重要なシーンに使用されている。繊細だけどセンチメンタルにならず、青春ものらしい爽やかさが感じられる音楽である。
 ただ、これだけだと際だった特徴のない、よくある音楽になってしまう。そこで横山克はエレクトロの要素を混ぜるというひと工夫を加えた。このアイデアが効いている。「おや?」と思わせる、ひっかかりのある音楽になっているのだ。
 本作のサウンドトラック・アルバムは「四月は君の嘘 ORIGINAL SONG & SOUNDTRACK」のタイトルで2015年1月にアニプレックスから発売された。横谷克作曲の挿入歌4曲を含む65曲入りの2枚組。主要な楽曲はほぼ収録されている。
 ディスク1を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. 君は忘れられるの
  2. 四月は君の嘘
  3. 視界が紅い!?
  4. 夕暮れ時の下校
  5. 私の嘘〜PianoSolo
  6. 母の夢
  7. ゆるすまじ盗撮魔
  8. 女同士の“かわいい”
  9. 私、ヴァイオリニストなの
  10. For you〜月の光が降り注ぐテラス(歌:EMA)
  11. 彼女は美しい
  12. 今日のことは忘れられないよ
  13. まるで映画のワンシーンのように
  14. 春の香り
  15. 君は春の中にいる
  16. 暴力上等
  17. こういう気持ちを何て言ったかな
  18. 友人A君を私の伴奏者に任命します
  19. おとなしく伴奏しろー!!!
  20. バンソウバンソウバンソウバンソウ
  21. 弟みたいな存在〜PianoSolo
  22. 暗い海の底
  23. 挫けそうになる私を支えてください
  24. ぼくの住んでいる街はカラフルに色付いている
  25. My Truth〜ロンド・カプリチオーソ(歌:EMA)
  26. アゲイン
  27. 夏の日差し
  28. 季節が変わる
  29. 水面
  30. ウソとホント
  31. 君がいる
  32. 思ったより大きいな
  33. 友人A〜PianoSolo

 曲順と曲名は、横山克自身が第1話から第6話ぐらいまでの音楽の使用順にもとづいて決めたそうである。ディスク1が、ほぼ第6話あたりまでの内容に相当する。本編を思い出しながら聴くと感動がよみがえる。
 1曲目の「君は忘れられるの」は、第1話のアバンタイトル、宮園かをりが登場するシーンに流れる曲。曲の冒頭、ふしぎな響きの音が入り、ピアノのメロディが続く。このふしぎな響きの音はシンセサイザーかと思いきや、ピアノの音を逆再生したものである。横山克の言うエレクトロの工夫だ。逆再生の音は、ほかの多くの曲にも使われていて、本作の音楽の特徴になっている。
 2曲目の「四月は君の嘘」は本作のメインテーマ。ピアノを中心にアコースティックギターやストリングスなどを重ねて、透明感と爽快感のある曲に仕上げている。このメインテーマのメロディをスローにアレンジした曲がトラック17の「こういう気持ちを何て言ったかな」。公正や椿の揺れる気持ちを表現する曲として使われた。
 トラック5の「私の嘘〜PianoSolo」は第1話で公正が母の遺影に語りかける場面に流れた曲。本作のシリアスな面を象徴するメロディである。
 続く、「ゆるすまじ盗撮魔」「女同士の“かわいい”」は第1話の曲タイトルそのままのシーンで使用されている。
 第1話のラストでかをりが公正に自己紹介する場面に流れたのがトラック9の「私、ヴァイオリニストなの」。キラキラしたピアノの音色とはずむリズム、シンセのアクセントなどで公正の高揚する気持ちを表現している。
 トラック12「今日のことは忘れられないよ」とトラック13「まるで映画のワンシーンのように」は第2話のバイオリン・コンクールの場面で続けて使用された。演奏を終えてロビーに現れたかをりが少女から花束をもらう。そして、公正たちに駆け寄って感想を求める。まぶしい光があふれるような「今日のことは忘れられないよ」がかをりのよろこびを、「まるで映画のワンシーンのように」が公正の複雑な心境を伝える。「まるで映画のワンシーンのように」は「私の嘘」の変奏だ。
 トラック14「春の香り」は第2話の楽譜に埋もれて眠る公正の場面に使用。まさに春のまどろみのような曲で、後半から聴こえてくるオーボエのメロディが美しい。次の「君は春の中にいる」は第2話で公正が桜の下でかをりと再開する場面の曲。余談だが本作のロケ地は筆者の家の近所が多く、この場面の背景もよく知っている場所である。
 そして、全編の中でも特に印象深い、第3話でかをりが公正を伴奏者に任命する場面。トラック18「友人A君を私の伴奏者に任命します」が流れる。ピアノの速いフレーズからストリングスの温かいメロディへ展開する、公正の気持ちの変化を代弁するような曲だ。メインテーマや「私の嘘」と並んで本作を象徴する楽曲で、以降のエピソードでも公正がステージに立つ場面などで使用されている。
 ユーモラスな「おとなしく伴奏しろー!!!」「バンソウバンソウバンソウバンソウ」は、第3話の曲タイトルそのままのシーンで使われた。こういう明るい曲も青春アニメらしい雰囲気を作る重要な要素である。
 トラック21の「弟みたいな存在〜PianoSolo」は椿の公正への気持ちを表現する曲。第3話で椿が公正のことを「ダメダメな弟って感じ」と話す場面に流れている。第20話の椿が公正と雨宿りしながら語らう場面では、この曲のフルバージョン(ディスク2に収録)が使用された。
 第3話でかをりが泣きながら公正に伴奏を頼むシーンに流れたトラック23「挫けそうになる私を支えてください」も「私の嘘」の変奏曲。青春のもどかしさや切なさが伝わるアレンジである。
 第3話のラスト、公正たちが自転車に相乗りしてコンクール会場に向かう場面に流れたのが、トラック24「ぼくの住んでいる街はカラフルに色付いている」。カラフルという形容がぴったりの明るくにぎやかなサウンドの曲。ここが、物語の上でも、アルバムの上でも、大きな盛り上がりになる。
 トラック26「アゲイン」は、第4話で演奏中にピアノが弾けなくなった公正に、かをりが「アゲイン」と言ってバイオリンを弾き始める場面に使用。迷うようなピアノのフレーズから、後半はリズムが加わり、華やかなサウンドに変わっていく。ドラマを感じさせるが盛り上げすぎない、絶妙なバランスの曲である。
 以降は劇中使用曲にこだわらず、物語をイメージした構成になっている。
 トラック30「ウソとホント」は、かをりの恋心をテーマにした曲で、ソロバイオリンがフィーチャーされている。優雅に聴こえるこの曲、実はバイオリンではすごく弾きにくいキーの曲なのだそうだ。かをりのちょっと屈折した心情が演奏にも反映されている。
 トラック31の「君がいる」は「私の嘘」のピアノソロによる切なく、はかない印象のアレンジ曲。第7話でかをりが公正の手のひらに自分の手のひらをあわせて公正を励ます場面に流れた。ほかにも、第15話で公正がかをりの見舞いに行く場面、第20話で椿が公正に告白する場面など、全編を通して重要な、感動的なシーンに使われている。
 アルバムのラストは「友人A〜PianoSolo」。おだやかでやさしいメロディのピアノ曲である。友人Aは公正のことだが、公正のテーマというより、椿もしくはかをりから見た公正を表現する曲なのだろう。

 『四月は君の嘘』の音楽は端正で美しい。が、それだけではなく、サウンドに工夫を凝らした個性的な音楽である。特に逆再生した楽器の音が効果的だ。特徴のある音で曲を印象付けると同時に、「逆から見れば(聴けば)違って見える(聴こえる)」という本作の物語の本質をついた工夫にもなっている。
 逆再生を取り入れたサウンドトラックというと、最近でも劇場作品「TENET」があったが、実は1937年公開の「舞踏会の手帳」ですでに試みられている。意外と古典的な手法である。これらの作品に共通するのは時間が重要なカギになっていること。『四月は君の嘘』の音楽は、過ぎゆく時間を押しとどめようとする想いの反映なのかもしれない。その想いはとても切ない。

四月は君の嘘 ORIGINAL SONG & SOUNDTRACK
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