腹巻猫です。楽しみにしていた「向田邦子没後40年特別イベント 風のコンサート」が無観客開催となり、2月27日から動画配信されました。さっそくチケットを買って鑑賞。バイオリン、チェロ、ピアノだけの編成ながら、みごとなアレンジと演奏に感動しました。オリジナルの劇音楽は小林亜星作曲の「過ぎ去りし日々」(「向田邦子新春スペシャル」テーマ曲)だけですが、純粋にコンサートとして聴きごたえがあります。3月10日までの配信なので、興味のある方はお早めにどうぞ。
向田邦子没後40年特別イベント
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最近気になっている作曲家の一人が得田真裕である。
2018年のTVドラマ「アンナチュラル」、2020年のTVドラマ「MIU404」。この2作の音楽を手がけたのが得田真裕だった。「アンナチュラル」ではブルガリアンボイス、「MIU404」ではイーリアンパイプスやティンホイッスルなど、現代の日本を舞台にしたドラマなのにヨーロッパの民族音楽を取り入れた音楽がユニークで、「ん、なんだこの音楽?」と思わせる。それが奇をてらったわけではなく、ドラマのテーマに沿っているのだから感心する。
得田真裕は1984年生まれ、鹿児島県出身。幼い頃からピアノを習い、少年時代にはバンドでギターを弾いていた。長崎大学教育学部芸術文化コースに進学し、在学中に作曲家になることを意識する。卒業後、神戸のゲーム会社を経て上京。数々の映像音楽を手がける作曲家・菅野祐悟に師事し、映像音楽の作り方を現場で学んだ。
これまで手がけた作品は、TVドラマ「花咲舞が黙ってない」(2014/菅野祐悟と共作)、「家売るオンナ」(2016)、「女の勲章」(2017)、「監察医 朝顔」(2019)、劇場作品「約束のネバーランド」(2020)など。今やゴールデンタイムのTVドラマを多く手がける売れっ子作曲家の一人だ。
アニメ作品は『戦国BASARA Judge End』(2014)、『重神機パンドーラ』(2018/眞鍋昭大と共作)、『キングスレイド 意志を継ぐものたち』(2020)、『デカダンス』(2020)くらいで、まだ数は少ないが、これからアニメでも売れっ子になっていくに違いない。
そんな得田真裕の作品から、今回は『デカダンス』の音楽を聴いてみよう。
『デカダンス』は2020年7月から9月まで放送されたTVアニメ。
環境破壊と文明の崩壊が進んだ未来の地球。絶滅寸前の人類は、移動要塞「デカダンス」の内部に住み、荒野をさまよっていた。地上にはガドルと呼ばれる怪物が生息し、人間やデカダンスを襲ってくる。
幼い頃にガドルに襲われて父と右腕をなくした少女ナツメは、成長してガドルと戦う戦士グループ「かの力」の一員になることを希望する。が、願いはかなわず、デカダンスの外壁を保守する装甲修理人として働くことに。不愛想なベテラン修理人カブラギの下で働き始めたナツメは、カブラギがかつてスゴ腕の戦士だったことを知り、自分にガドルとの戦い方を教えてくれと頼みこむ。しかし、カブラギはナツメに知られてはならない秘密を持っていた。
文明崩壊後の世界を舞台にしたSFアクションもの……かと思いきや、サイバーSFの要素が入った、ひねりの効いた作品である。人間の世界とサイボーグの世界、ふたつの世界で物語が進み、しだいにふたつの世界が密接にからんでくる。
得田真裕の音楽も、人間の世界とサイボーグの世界、ふたつの世界をテーマに書かれている。さらに、ナツメとカブラギの心情に寄せた音楽も柱のひとつになった。テーマごとにサウンドの異なる音楽がひとつの作品の中で共存しているのが本作の特徴である。それぞれのテーマを表現するサウンドに得田真裕らしい工夫がこらされている。
本作のサウンドトラック・アルバムは2020年10月にKADOKAWAから発売された。2枚組45曲入り。主題歌は収録されていない。
2枚組のうち、ディスク1は物語の舞台を表現する音楽や日常シーンの音楽、心情曲などを中心にした内容、ディスク2はサスペンス曲やバトル曲を中心にした内容だ。いわば、ディスク1が「ナツメ修行篇」、ディスク2が「激闘篇」とでもいうべき構成。ディスク2のほうがSFアニメらしい派手な曲が多いが、得田真裕らしさが感じられる面白い曲が多いのはディスク1だと思う。
ディスク1を聴いてみよう。収録内容は以下のとおり。
- The other side
- The other side -floating mix-
- DECA-DENCE
- Solid Quake
- Crack down
- Prison of despair
- Hope for the future
- Tankers’ dwelling
- Rapid progress
- Peaceful days
- Crazy Creepy
- Smug emotion
- Like dystopia
- Strategic method
- A ray of light
- First trigger
- First trigger -Natsume’s determination mix-
- Noise of insecurity
- Anarchistic real
- Ambivalent emotion
- Breaking trust
- Deadend
- Well done!
1、2曲目の「The other side」と「The other side -floating mix-」はサイボーグの世界に流れるテクノポップ風の曲。80年代のゲームミュージックを思わせるが、アタック感を抑えたサウンドでやわらかい雰囲気に仕上げている。耳にやさしいテクノ、とでも呼びたくなる音楽である。
同じテクノサウンドでも、トラック4〜6の「Solid Quake」「Crack down」「Prison of despair」になると、ディストピアを思わせるノイジーなサウンドになる。トラック1から6までの流れは、アニメ本編を最後まで観てから聴くと「そういうことか」と思わせるうまい構成だ。
トラック3の「DECA-DENCE」は本作のメインテーマではなく、劇中に登場するゲーム「DECA-DENCE」のテーマ音楽。作品としての「デカダンス」のメインテーマはディスク2に収録された「DECA-DENCE’s Spear」という曲で、バトルシーンなどに使われた壮大な音楽である。
筆者が特に面白いと思った曲は、トラック9「Rapid progress」とトラック10「Peaceful days」。イーリアンパイプスやティンホイッスルなどを使ったケルトミュージック風の曲だ。第1話でナツメが甲板修理を始める場面に「Rapid progress」が流れたときは、「おおっ」と身を乗り出してしまった。
話がそれるが、サントラのミュージシャンクレジットを見るのが筆者の愉しみのひとつである。どんな楽器を誰が演奏しているかわかるからだ。楽器編成を知ることは音楽を読み解く手がかりになる。
『デカダンス』の音楽では、一般的なオーケストラ楽器に加え、アイリッシュフルート、アイリッシュホイッスル(ティンホイッスル)、イーリアンパイプス、フィドルといったアイルランド(ケルト)の民族楽器が使われている。人間の世界を表現する音楽にケルトミュージックが取り入れられているのが、本作の音楽的工夫だ。
得田真裕のインタビューによると、サイボーグの世界との違いを際立たせるために、より原始的な音として民族楽器の使用を考えたのだという。
ケルト的な音楽はファンタジー作品でよく使われる。いにしえの音楽を思わせ、ときに神秘的でもあるサウンドが、ファンタジーの世界にマッチするのだ。しかし、ケルトミュージックには温かく、情熱的な一面もある。『デカダンス』の音楽には、その温かい面が生かされている。
トラック12の「Smug emotion」はユーモラスなシーンによく使われた曲だが、これも温かいタッチのケルト風の曲。こういう曲を生ギターとベース、ピアノ、パーカッションなどでポップに作ってもよいはずだが、ケルト音楽を持ってくる発想がユニークであり、物語の上での必然性もある。「うまいなあ」と思うところだ。
そして、音楽の3番目の柱である、ナツメとカブラギの心情に寄せた曲。
トラック16「First trigger」と「トラック17「First trigger -Natsume’s determination mix-」は、ナツメやカブラギが、それまでの自分を変えようと決意し、行動を始める場面に流れる曲だ。ピアノソロから始まり、ストリングスがそっと加わって、しだいに盛り上がっていく。後半は弦楽器が主旋律を受け持ち、心が解き放たれるような感動的な曲調に展開して終わる。ナツメやカブラギの心情の変化を音楽が巧みに表現している。
トラック18「Noise of insecurity」はアイリッシュフルートとフルートがメロディを奏でる淋しげな曲。第10話で自信を失ったナツメを「かの力」の女戦士クレナイが励ます場面に流れている。
同じ第10話でナツメが父の死の真相をカブラギから聴く場面に流れたトラック19「Anarchistic real」は、ピアノとストリングスによる悲しみの曲。第7話のラストでナツメとカブラギが夕焼けの中で語らう場面も忘れがたい。
こうした心情寄りの音楽は生楽器中心のオーソドックスなサウンドで書かれていて、ナツメやカブラギの心情がまっすぐに伝わってくる。ほかの曲とのバランスを考えると自然にこういう編成と曲調になるだろうと思ってしまうが、音楽作りには時間がかかったそうだ。
心情を描く音楽は、人間の世界とサイボーグの世界、どちらの世界にもフィットする音楽でなければいけない。音を慎重に選ぶ必要があった。結果、選んだのがピアノやフルートなどの、人間の息遣いや手の感触が感じられる楽器だった。人間の心情をストレートに描くには、古典的でシンプルな楽器編成と曲調がふさわしいということだろうか。
筆者が特に印象深い曲がトラック20の「Ambivalent emotion」である。ストリングスと生ギターとピアノによる抑えたタッチの心情曲で、思うままにならない悔しさや、やりきれなさが伝わってくる。第4話でカブラギが戦場に出ようとするナツメを止める場面など、もっぱらカブラギの心情を表現する曲として使われた。本作の主人公はナツメよりもカブラギであり、そういう意味でも重要な曲である。
カブラギの秘密に触れたナツメの衝撃をイメージさせる「Breaking trust」「Deadend」を挟んで、最後のトラック23は「Well done!」。第4話で「かの力」の一員になることができたナツメのよろこびを表現する曲として使用された。明るく希望にあふれた曲調でディスク1を気持ちよく締めくくる。
物語は後半に入って波乱の展開になるが、それはディスク2で。ディスク2では、勢いのあるカッコいいバトル曲を聴くことができる。
「デカダンス」のサウンドトラック・アルバムは、ディスク1とディスク2で味わいの異なる、2度おいしいアルバムである。いや、サイボーグ世界、人間世界、心情ドラマの3本柱で作られた音楽は、1アルバムで3度おいしいと言うべきだろう。
デカダンス オリジナルサウンドトラック
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