腹巻猫です。10月21日にCD「アニメ『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』オリジナルサウンドトラック VIOLET EVERGARDEN:Echo Through Eternity」が発売されました。腹巻猫はブックレット掲載のインタビューを担当しています。商品は3枚組で、1枚目が現在公開中の劇場版のサントラ、2枚目が昨年劇場公開された『ヴァイオレット・エヴァーガーデン 外伝—永遠と自動手記人形—』用に書かれた新曲集、3枚目が本アルバムのために書き下ろされたイメージ音楽集という構成。EVAN CALL渾身の音楽をお聴きください。
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ものすごい勢いでヒット中の『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』。筆者も公開初日に観に行って、濃密なドラマと映像と音楽に心を揺さぶられた。音楽はTVシリーズと同じく梶浦由記と椎名豪が担当している。
TVアニメ『鬼滅の刃』では、梶浦由記がメインテーマとそのアレンジBGMを手がけ、それ以外の音楽は椎名豪がフィルムスコアリング(エピソードごとに映像に合わせて作曲する方式)で作っている。『鬼滅の刃』を支える音楽の多くが椎名豪の手によるものなのだ。
今回は椎名豪が音楽を担当したアニメ作品『京騒戯画』を取り上げよう。
『京騒戯画』はバンプレストと東映アニメーションの共同企画によるアニメ作品。2011年にWEBアニメ版第1弾(全1話)が、2012年にWEBアニメ版第2弾(全5話)が配信され、2013年10月から12月にかけてTVアニメ版(全13話)が放映された。『映画 ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー…ですか!?』(2010)で注目を集めた松本理恵が監督(シリーズディレクター)を務めたオリジナル作品である。
舞台は、京都であって京都ではない「鏡都」。そこでは、人とモノノケがともに暮らし、人は死なず、壊れたものもいつの間にか元通りになる。そのふしぎな世界に、ある日、時空の狭間から赤い目をした少女・コトが落ちてきた。母親を探しにきたというコトは、鏡都を自由に暴れまわり、街の均衡を乱し始める。やがて、鏡都の街の真実が明らかになり、街に崩壊の危機が訪れる。
設定は少々わかりづらい。実は最後まで観てもよくわからないところがある。が、物語の主眼は世界の種明かしではなく、家族の再生のドラマだ。ポップで濃密な映像とテンポのよい演出に引き込まれて観ているうちに、人間関係や世界のなりたちがぼんやりと呑み込めてくる。2度、3度と観て楽しめる、噛みごたえのある作品である。
音楽はWEBアニメ版第1作のみ高木洋が担当。WEBアニメ版第2作とTVアニメ版を椎名豪が担当した。
椎名豪は1974年生まれ。神奈川県出身。ナムコに入社し、「テイルズ オブ レジェンディア」「ゴッドイーター」など多数のゲーム音楽を手がけた。2011年からアニメ音楽にも進出。短編アニメ『桜の温度』(2011)、伊藤潤二原作のOVA『ギョ』(2012)の音楽を担当したのち、『京騒戯画』に参加する。連続TVアニメの音楽は本作が初めてだ。ほかのアニメ作品に、TVアニメ『ゴッドイーター』(2015)、『十二大戦』(2017)、『叛逆性ミリオンアーサー』(2018)、『鬼滅の刃』(2019)などがある。
『京騒戯画』の音楽を椎名豪が担当することになったのは、松本理恵監督がゲーム『テイルズ オブ レジェンディア』の音楽を聴いて、「いつか一緒にやりたい」と思っていたからだという。
『京騒戯画』の音楽は、WEBアニメ版がフィルムスコアリングで、TVアニメ版は溜め録り方式で作られている。WEBアニメ版では映像に沿って、松本監督とのやりとりをくり返しながら音楽をつけていった。
『京騒戯画』の音楽の重要なモチーフのいくつかはこのときに作られている。メインテーマや挿入歌「The Secret of My Life」などだ。1作ごとに、まったく別の作品であるかのように異なるテイストの音楽が作られているのが特徴である。このWEBアニメ版の音楽は、TVアニメ版の中でも効果的に使用されている。
TVアニメ版では、映像よりも人間ドラマに重点を置いて音楽が作られた。メインテーマをアレンジしたコトのテーマ、家族愛のテーマ、ミステリアスなコトの父・稲荷(明恵上人)と母・古都のテーマなどが発注されている。ほかに、鏡都の街の生活を描写する音楽やコトのアクション曲などが用意された。曲調は、和の要素あり、讃美歌風あり、バロック風、ハリウッド映画音楽風、ロック、テクノもありと幅広い。楽器や音色の選び方に椎名豪ならではのこだわりがあり、1曲ごとに工夫が凝らされていて、耳に残る。それでいて、バラバラな感じはなく、ひとつの世界観を持った音楽になっているのがすばらしいところだ。
本作のサウンドトラック・アルバムは2013年11月に日本コロムビアから「京騒戯画 音楽集」のタイトルで発売された。選曲・構成は椎名豪自身が担当。曲名は筆者がつけさせていただいた。本編に刺激されて、楽しみながら曲名を考えたことを覚えている。思い出に残るアルバムである。
収録曲は以下のとおり。
- ココ(TVサイズ)(歌:たむらぱん)
- 鏡都開闢
- 永遠の都
- コト
- 見えない絆
- 険呑至極
- 三人議会
- ご機嫌ななめ
- コトかく立てリ
- 金剛巨人ビシャマル
- 電脳戯画
- ショーコ
- 口笛鳴らして
- 妄想戯語
- 華のにぎわい
- 鏡都鞍馬寺
- まどろみの昼下がり
- 大恐慌
- The Secret of My Life(歌:Aimee Blackschleger)
- 天衣無縫
- 駅開き
- 八瀬—雅(みやび)—
- 八瀬—変化(へんげ)—
- 始まりも終わりもなく
- 黒兎を追って
- その先の永遠
- 雪の約束
- 惑星統合機関神社
- コトかく語りき
- 風と雲と夕焼け空
- 傷心寥寥
- 稲荷
- 古都様
- 影を慕いて
- 迷走戯画
- 再会を待ちながら
- 逢魔が刻
- 世界の果てまでも
- 夢を生きる
- 疾走銀河(TVサイズ)(歌:TEPPAN)
1曲目がTVアニメ版オープニングテーマ。40曲目がWEBアニメ版の主題歌であり、TVアニメではエンディングテーマとして使用された歌だ。
BGMは、WEBアニメ版音楽とTVアニメ版音楽を分けずに混ぜて収録している。TVアニメ本編では両方の音楽が区別なく使用されているので違和感はない。両方合わせて『京騒戯画』の音楽という構成意図なのだろう。以下、特に断らない限り、話数はTVアニメ版の話数を指す。
トラック2「鏡都開闢」は第2話以降のアバンタイトルに使われた曲。ストリングスにシンセの音がからんで、幻想的で美しいサウンドを作り上げている。短いながらインパクトのある曲だ。
トラック3「永遠の都」は本作のメインテーマ。WEBアニメ版第1話で作られたメインテーマのロング・バージョンである。キラキラした神秘的な導入から始まり、木管がメインテーマのメロディをおだやかに奏でていく。コーラスが加わり、クラシカルに展開。『京騒戯画』の世界と物語を象徴するスケール豊かな曲だ。第1話冒頭のコトと稲荷が登場する場面や、実質的最終話となる第10話のラストシーンなど、重要な場面で流れている。
トラック4「コト」はメインテーマをアレンジしたコトのテーマ。木琴やエレキギターの音色で、自由で活発なコトのキャラクターを表現している。
次の「見えない絆」はメインテーマのアレンジによる家族愛のテーマ。ストリングスをメインにした室内楽風のアレンジが温かい。
3曲続けてメインテーマのメロディが続くが、ここまでで、本作のスケールの大きな世界観とコトのキャラクターと物語を貫く家族愛のテーマの3つが紹介されたことになる。巧みな導入である。
トラック6の「険呑至極」はノイズミュージック風の前半から後半の映画音楽的な危機描写に展開するサスペンス曲。
雰囲気が変わったところで、トラック7「三人議会」が続く。鞍馬、八瀬、明恵の3人がふしぎな空間で会議を開く場面に流れている曲だ。楽器違いで、鞍馬バージョン、八瀬バージョン、明恵ヴァージョンが作られており、ここに収録されたのは、そのいずれでもないストリングス・バージョン。優雅な曲調が聴きどころである。
トラック9の「コトかく立てり」は、WEB版第1話でコトの成長を描く場面に流れた3分近い長い曲。バイオリンの流麗なメロディが美しい前半から、中盤はアップテンポのコトの活躍テーマになる。前向きで力強い、椎名豪らしい曲調だ。
トラック10からトラック12はWEB版第2話からの選曲。ロボットアニメ主題歌を模した「金剛巨人ビシャマル」が笑えるが、児童合唱団風コーラスにあえて感情をこめないで歌ってもらうなど、実は細かいところまで気を遣った曲である。TVアニメ版では第3話に登場した。
トラック13「口笛鳴らして」は筆者も気に入っている曲のひとつ。タイトルどおり口笛をフィーチャーした曲で、第2話の回想シーンでコトが先生(稲荷)を起こす場面などに流れている。この口笛、あえてプロの奏者ではなく素人(といっても椎名豪の知人でサックスが吹ける人)に吹いてもらったのだという。
トラック16「鏡都鞍馬寺」は三人議会の1人・鞍馬が主を務める鞍馬寺のテーマ。表向きは古い寺だが、内部は近代技術の粋が集められている。その設定に合わせて、前半ではお経が聞こえ、中盤からリズムが加わってロックに、終盤はふたたびお経が聞こえてくるユニークな構成。このお経は本物の僧侶に唱えてもらったそうである。
トラック17「大恐慌」は頭から不穏な曲調のスペクタクル音楽。オーケストラとコーラスが危機感をあおる前半から、後半はストリングスがメインのヒロイックな曲調になる。メニューには「迫りくる恐怖」と書かれているのだが、ホラー映画のようなダークな曲にならないところが椎名豪サウンドの魅力である。
次の「The Secret of My Life」は本作の音楽の中でもとびきり重要な、かつ人気のある曲(挿入歌)。もともとはWEBアニメ版第5話のために作られた歌だ。TVアニメ版では第9話のラスト、崩壊し始めた鏡都を救うために明恵がコトのもとに走るシーンに流れている。本作のもうひとつの主題歌とも呼ぶべき曲である。
トラック20「天衣無縫」はコトの活躍テーマを3曲編集したトラック。コトの登場とアクションをイメージした躍動感あふれる曲だ。第0話や第7話のコトのアクションシーンに選曲されている。こういうハイテンションの曲は演奏もハイテンションで、録音は楽しかったが苦労した、と椎名豪はふり返っている。
ハイテンションな曲といえば、追っかけの曲と怒りの曲の2曲を編集したトラック38「世界の果てまでも」も高揚感がみなぎる。この曲の前半は第0話でコトが鏡都を暴れまわるシーンに使用。スパニッシュなフレーズで怒りを表現した後半は、第1話終盤で鏡都にコトが落ちてくる場面や第8話で鏡都の崩壊を前にしたコトが「なんとかするから」と立ち上がる場面で使用されている。
トラック21「駅開き」は第4話の駅開き(鏡都の人々が要らなくなったものを捨てる行事)の場面に流れた曲。もともとはWEBアニメ版第3話用に書かれた。鏡都の空を要らなくなったものが流れていくふしぎな場面。シンセの電子的な音色が組み合わさった、明確なメロディのない曲である。ミニマルでもないし、アンビエント(環境音楽)風とも違う。エスニックなテクノとでも呼ぶべき、ユニークな曲のひとつである。
続く「八瀬—雅—」と「八瀬—変化—」の2曲は三人議会の1人・八瀬のふたつの顔を表現する曲。バロック風の「雅」、荒々しい「変化」。同じメロディでもアレンジの違いで曲の表情ががらっと変わるのが聴きどころだ。
本作の音楽の中で、筆者がとりわけ心に残ったのが、「雪の約束」「風と雲と夕焼け空」「夢を生きる」の3曲である。
いずれも、もともとはWEBアニメ版第4話のために書かれた曲。しっとりした曲調で、感傷を抱えた明恵とコトの心が触れ合うエピソードを彩った。このエピソードはTVアニメ版にも組み込まれている。
トラック27「雪の約束」は第5話の明恵の少年時代の回想場面に使用。ピアノが奏でる哀愁を帯びた上品なメロディ(メインテーマのモティーフが現れる)が明恵の孤独を表現する。
トラック30「風と雲と夕焼け空」は、第5話でスクーターに乗った明恵とコトが秋空の下を疾走する場面に流れた曲。爽快感と開放感のある美しいシーンである。音楽も、軽快なリズムの上で弦楽器や管楽器のフレーズが踊って、ミュージカルの一場面を観ているような気分になる。後半は大きく盛り上がったあと、抒情的な曲調になり、余韻を残して終わる。音楽と映像がぴたりとはまった名場面だ。曲名もこのシーンの印象からつけた。
トラック39「夢を生きる」は第5話のラスト、夕焼けのすすき野原でコトと明恵が語らうシーンに流れた曲。ピアノが奏でるメロディにそっとバイオリンが加わる導入部がとても映画的ですてきだ。曲はしだいに盛り上がり、メインテーマのメロディが顔を出す。中盤で静かになると、讃美歌のような女声コーラスが聞こえてくる。終盤は弦とピアノをメインにした壮大なコーダ。アルバムの締めくくりにふさわしいドラマティックな曲である。第5話以外でも、第1話で明恵上人と黒うさぎの物語がナレーションで語られる場面や第7話でコトが母親と再会する場面などに使用されている。本作の音楽の中では、メインテーマに次いで重要な曲と言えるだろう。
しかし、椎名豪は、音楽の中でもネガティブな部分を作るのが苦手で、このWEBアニメ版第4話の音楽を作るのがいちばん大変だったと語っているのが興味深い。
椎名豪の音楽は変に屈折したところがなく、まっすぐだ。ハイテンションの曲はどこまでも勢いがあり、聴いていて元気になる。悲しい曲でも感情を押しつけることなく、救いがある。多彩なサウンドや曲調を操る作曲家であるが、ポジティブで曇りのない曲こそ椎名豪の本領だと思う。『京騒戯画』では、そのポジティブさが家族の再生のドラマを支えていた。
そして、それは『鬼滅の刃』の音楽にも通じる。大ヒットの背景には音楽の力もあるはずなのだ。これからテレビや劇場でアニメ『鬼滅の刃』を観る方は、ぜひ音楽にも耳を傾けながら観ていただきたい。
京騒戯画 音楽集
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