COLUMN

第169回 同年代の挑戦 〜交響詩篇エウレカセブン〜

 腹巻猫です。12月7日にサントラDJイベント・Soundtrack Pub【Mission#41】劇伴酒場忘年会2019を蒲田studio80にて開催します。今回は特に特集企画は設けず、さまざまな映像音楽を聴きながら、ゆるゆると飲んだり話したりする空間にしたいと思います。お気軽においでください。サントラDJを募集します。テーマは映像音楽であればなんでもOK。持ち時間は1人30分。われこそは! という方は、ぜひエントリーしてください。詳細は下記。
https://www.soundtrackpub.com/event/2019/12/20191207.html


 TOKYO MXの『交響詩篇エウレカセブン』の再放映が10月末に終了した。放映は週1回。映像配信や映像ソフトでいつでも観られる作品だが、本放映のままのフォーマットで1年間観る体験は格別なものだった。
 あらためて、音楽がとてもいいと思った。音楽自体も、音楽の使い方もいい。
 『交響詩篇エウレカセブン』は2005年4月から2006年4月まで放映されたTVアニメ作品。ボンズ制作、京田知己監督によるSFロボットアニメである。
 舞台はスカブコーラルと呼ばれる珊瑚状の大地に覆われた惑星。巨大ロボットとともに空から墜ちてきた少女エウレカとの出逢いをきっかけに反体制グループ・ゲッコーステイトに加わった少年レントンの冒険と成長を描く物語だ。
 謎の生命体コーラリアンの秘密やゲッコーステイトと政府軍の対立、もう1人のエウレカとも呼べるアネモネの登場など、多彩なエピソードがからみあう作品だが、軸となるのはレントンとエウレカとのボーイ・ミーツ・ガールの物語。その軸が最後までぶれずに貫かれているのが心地よい。
 放映終了後の2009年、劇場版『交響詩篇エウレカセブン ポケットが虹でいっぱい』が公開され、2012年には続編TVアニメ『エウレカセブンAO』が放映された。2017年からは新劇場版『EUREKASEVEN HI-EVOLUTION』3部作が順次公開されている。現在も新作が制作されている人気作品だ。
 音楽は佐藤直紀。佐藤は劇場版『ポケットが虹でいっぱい』、および『HI-EVOLUTION』の音楽も担当している。
 1970年生まれの佐藤直紀は本作を担当したときに35歳。本作が放映された2005〜2006年には、TVアニメ『ふたりはプリキュア Max Heart』、実写劇場作品「ローレライ」「ALWAYS 三丁目の夕日」、TVドラマ「海猿」といった人気作、話題作を手がけていた。技量も意欲も充実し、代表作と呼べる作品を生み出していた時期である。『交響詩篇エウレカセブン』も、佐藤直紀の代表作のひとつに数えられる作品になった。
 本作の音楽演出の特徴に、ダンスミュージックやテクノミュージックのアーティストの楽曲が使用されていることがある。オープニング&エンディング主題歌のみならず、挿入曲としてもアーティストの楽曲が使用され効果を上げていた。しかしながら、当コラムでは佐藤直紀の劇中音楽(BGM)に絞って紹介する。

 筆者は放映当時、アニメ雑誌の仕事で本作の音楽について佐藤直紀にインタビューしたことがある。そのとき、佐藤直紀が本作を引き受けた理由のひとつとして、スタッフが同年代だったことが大きいと語っていたことが印象に残っている。
 監督の京田知己は佐藤直紀と同じ1970年生まれ。シリーズ構成の佐藤大とキャラクターデザインの吉田健一は1969年生まれ。同年代のスタッフがポスト・ガンダム、ポスト・エヴァンゲリオンと呼べるような新しい作品を作ろうとしているのを見て、一緒にやってみたいと思ったのだという。
 リクエストされたのは、オーケストラを使った正道の音楽。ただし、佐藤直紀は少年時代からほとんどアニメを見たことがなく、「ロボットアニメらしい音楽」がどういうものかまったく知らなかった。それがかえって新鮮で爽快な音楽を生み出すことになった。
 本作の音楽は3月、6月、9月と3回にわたって60数曲が録音されている。初回音楽メニューはM-1〜M-37の37曲+エキストラ2曲。追加音楽メニューはM-38〜M-52の15曲。最終音楽メニューはM-53〜M-60の8曲。1年間放映されるTVアニメの音楽としては少ない曲数である。そのぶん、1曲1曲が印象深く、耳に残る音楽になった。
 本作のBGMを収録したサウンドトラック・アルバムは2タイトル。「交響詩篇エウレカセブン ORIGINAL SOUNDTRACK 1」が2005年11月に、「同2」が2006年4月にアニプレックスから発売されている。いずれもBGMとアーティスト楽曲を収録した2枚組。ボーカル曲のみを集めた「交響詩篇エウレカセブン COMPLETE BEST」というアルバムも発売されているが、サウンドトラックのほうにもアーティスト楽曲がしっかり収録されているのが本作らしい。
 2タイトルのアルバムの総収録曲数は83曲。うち佐藤直紀によるBGMは58曲。本作のために制作されたBGMの大半が収録されている。

 「交響詩篇エウレカセブン ORIGINAL SOUNDTRACK 1」から紹介しよう。収録曲は下記を参照。
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 京田知己監督とアニプレックスのスタッフによる構成は、『交響詩篇エウレカセブン』の最初の2クールの物語を音楽でふり返る趣向。ディスク1とディスク2をそれぞれ第1クールと第2クールに振り分けている。ディスク1は第1クールのオープニング主題歌「DAYS」で始まり、エンディング主題歌「秘密基地」で終わる。ディスク2は第2クールのオープニング主題歌「少年ハート」で始まり、エンディング主題歌「FLY AWAY」で終わる。まさに正道の構成。曲順は劇中使用順というより、物語をふり返った印象を重視して決められているようだ。
 ディスク1のトラック3「永い旅路」は佐藤直紀が苦心したという主人公・レントンのテーマだ。メニューには「基本的には明るく楽しいのですが、爽快さ等を控えてください」とある。本作の音楽メニューは単純に「こういう音楽」と言い切れない複雑な要求があり、映像ができていない状態で方向性を探るのはなかなか難しかった。佐藤直紀は、完成した映像を観て、ようやく監督の意図がつかめてきたという。
 次に収録された「望郷」はそのレントンのテーマの変奏で、少し落ち込んだレントンの心情を表す曲。第1話でゲッコーステイトに憧れるレントンが「おれも自由に生きたい」と心の中でつぶやく場面などに流れている。
 「遠い記憶」と題されたトラック5は、佐藤直紀らしいメロディが堪能できる曲。「ウォーターボーイズ」や「H2〜君といた日々」といった青春ドラマや劇場作品で佐藤直紀が書いてきた名曲を思い出す。アニメでこんな佐藤直紀節が聴けるのは実にうれしい体験だった。
 トラック7の「真実」もピアノと弦の旋律が美しく切ない曲だ。第2話でエウレカのロボット(劇中ではLFOと呼ばれる)・ニルヴァーシュに搭乗したレントンがエウレカに励まされる場面に流れる。エウレカの神秘的な一面を描写する曲である。
 トラック8「エウレカ」は第1話のレントンとエウレカとの出逢いのシーンに流れる曲。打ち合わせの段階から「きれいなピアノ曲で」と指定されていた。佐藤直紀は、ロボットが墜ちてくるのだからもっと派手でドラマティックな曲が合うのではないかと考えたそうだ。リクエストどおりのピアノ曲を作っても、実際は使われないのではないかと。しかし、映像ではメニューどおりに曲が使用され、みごとに合っていた。それを観て、佐藤は本作の世界観がつかめた気がしたという。
 青春ドラマとしての一面も持つ本作には、ちょっと気恥ずかしいような場面を彩る軽快な曲やユーモラスな曲も作られている。トラック12から17に収録された「オン・ザ・ヒル」「微笑みの恐怖」「Okamochi & Jersey」「セクシー・レディー・ブルージー」「禁断の果実」「宿無しが爪弾く」といった曲である。アルバムの中では、ほっとひと息つけるパートだ。こうしたリラックスした雰囲気の曲も佐藤直紀は実にうまい。
 トラック18「予兆」から緊張感が高まる。トラック19「胎動からの跳躍」は上下動する弦が危機感を盛り上げ、リズムとメロディが大きな展開を予感させるスケールの大きな曲。次のトラック20「戦闘空域」は第1話冒頭でも使用された戦闘曲。敵味方入り乱れる戦闘シーンをイメージさせる激しい曲だ。いずれもロボットアニメ音楽の花形とも呼べるサスペンス&バトル曲だが、意外にこういう曲が少ないのが本作の音楽の特徴である。
 トラック21「月光号」はゲッコーステイトの空船・月光号のテーマ。金管・木管楽器が高揚感たっぷりに歌い上げる勇壮な曲だ。第3話でレントンが月光号の勇姿を初めて目にする場面に流れていた。
 トラック22の「レントン・サーストン」は本作を象徴する楽曲のひとつ。弦の駆け上がりからオーケストラの雄大なメロディに展開する。新しい物語の始まりをイメージさせる、爽快感に満ちた曲だ。短縮編集されて毎回の次回予告音楽として使用されていた。
 トラック23「ニルヴァーシュ type ZERO」はニルヴァーシュのテーマ。音楽メニューでは「希望の依り代の曲」と指定されている。メニューどおりの力強い、希望にあふれた曲である。第2話でニルヴァーシュが虹色の光柱を発生させるセブンスウェル現象を起こす場面に流れていたのが印象的。
 本作の音楽を作るにあたって、佐藤直紀は当初、ハリウッド映画音楽のような、アメリカ的な正道のオーケストラ曲をイメージしたという。その代表格がこのニルヴァーシュのテーマ。が、映像とともに流れたとき、佐藤直紀は違和感を感じた。もう少し抑えたヨーロッパ的な音楽のほうが、この作品には合うと思えたのだ。そこで、第2回録音からは徐々にヨーロッパ的な要素を加えた音楽に修正していったのだそうだ。「ORIGINAL SOUNDTRACK 2」を聴くと、第2回録音、第3回録音と、本作の音楽が変化しているのがわかる。
 ディスク1の終盤は「いるべき場所」「世界のただ中で」「希望の空」と、ゲッコーステイトの中で居場所を見つけていくレントンをイメージさせる楽曲で締めくくるられる。いずれも、しみじみとした情感が胸に染みる曲である。ディスク1だけで完結したアルバムとして聴ける秀逸な構成だ。
 ディスク2では、エウレカの身に起こる異変、レントンの家出といった2クール目の展開に合わせて、不安や苦悩、孤独感等を描写する曲が多くなる。聴きどころは、アネモネの苦悩と狂気を表現する「type the END」。1曲の中で次々と表情が変わっていく複雑な構成の曲だ。それが、アネモネの戦いの描写によく合っていた。ディスク2は、ディスク1とはまた違った雰囲気でまとめられた1枚になっている。
 本作の劇中では、戦闘シーンに必ずしも激しい曲が流れず、キャラクターの心情に合わせたエモーショナルな曲が流れることが多い。そして、音楽を多用せず、必要な場面にたっぷりと流すことでひとつひとつの楽曲を生かしている。
 佐藤直紀の音楽には、ロボットアニメ的なケレン味や激しさはあまりない。ドラマに寄り添った情感を重視した楽曲が中心だ。しかし、地味ではない。佐藤直紀ならではのメロディアスでドラマティックな楽曲が映像を彩り、観る者の感情を揺さぶる。まるで青春ドラマのように。それが、『交響詩篇エウレカセブン』の独特の味わいになっている。

 放映当時のインタビューで、筆者は佐藤直紀に「同年代で新しいものが作れたという感触は?」とたずねてみた。その答えは「やれてよかったと思っているけれど、実は同年代ならではの手応えを感じたということは特になかったんです」(大意)というものだった。
 しかし筆者は、本作の音楽はやはり同年代が刺激し合って生まれたものだと思う。何を作るかよりも、誰と作るかが重要なときがある。30代半ばという、社会の中でようやく自分の思うことができるようになった年代のスタッフが作り上げたTVアニメ『交響詩篇エウレカセブン』。たとえ手探りで結果が見えなくても、持てる力をすべて注ぎ込んで新しいものを作り出そうという情熱と意欲が、音楽からも伝わってくる。このとき、このスタッフでなければ生まれなかった音楽なのだ。

交響詩篇エウレカセブン ORIGINAL SOUNDTRACK 1
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交響詩篇エウレカセブン ORIGINAL SOUNDTRACK 2
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