腹巻猫です。令和の時代もよろしくお願いします。都内で5月19日まで開催中の「シド・ミード展」眼福でした。『YAMATO2520』『∀ガンダム』の展示もあり。もう1回ぐらい行きたい。
今回は90年代アニメの中でも個人的に心に残る1本、『ママは小学4年生』を取り上げる。
『ママは小学4年生』は1992年1月から12月まで放送されたTVアニメ。サンライズ制作のオリジナル作品である。『魔神英雄伝ワタル』(1988)、『魔動王グランゾート』(1989)などを手がけた井内秀治が総監督を務めた。
ある日突然、15年後の未来からやってきた自分の赤ん坊を育てることになった小学4年生の少女なつみと周囲の人々の奮闘を描くSF作品。といってもSF要素は最小限に抑えられ、なつみの子育ての苦心や赤ん坊をめぐる騒動が、ときにコミカルに、ときに感動的に描かれる。SF的設定を借りて「親子の絆」を描いた、ほかにあまり類のないユニークな作品である。1993年にはSFファンがすぐれたSF作品を選出する「星雲賞」のメディア部門を受賞。派手さはないが、根強いファンがいる名作だ。
しかし、音楽については謎がある。
音楽担当としてクレジットされているのは、千住明、神林早人、加藤みちあきの3人。
千住明は(記録に残る限り)これが初のアニメ作品である。それまでに劇場作品と単発ドラマを数本担当しているだけで、映像音楽作家としては駆け出しの時期だった。本作の翌年には『機動戦士Vガンダム』の音楽担当に抜擢され、TVドラマではヒット作「高校教師」(1993)、「家なき子」(1994)を続けて担当して注目される。まさにこれから飛躍しようとする直前の作品が『ママは小学4年生』だった。
神林早人は井内秀治監督の『魔神英雄伝ワタル2』(1990)の音楽を門倉聡、兼崎順一と共同で手がけている。代表作のひとつはTVアニメ『コボちゃん』。アニメソングの作・編曲も多い作家である。
加藤みちあきは1989年におおたか静流とのユニットdidoを結成し、1989年にポリスターよりアルバム「Pagina」をリリースしてメジャーデビュー。J-POPからCM音楽、映像音楽と多彩な分野で活躍する音楽プロデューサー、ギタリスト、作・編曲家である。アニメでは『ホワッツマイケル』(1988/馬飼野康二と共同)、『神風怪盗ジャンヌ』(1999) などの音楽を手がけている。
ひとつの作品に3人の作曲家がクレジットされることも珍しいし、映像音楽の経験が少ない顔ぶれが集まった経緯も興味深いところだ。
さらに、サントラ盤を手にすると、もう1人意外な作家が参加していることがわかる。
その話の前に、本作の音楽アルバムを紹介しよう。
本作の音楽アルバムはビクター音楽産業(ビクターエンタテインメント/現・フライングドッグ)から2タイトルが発売されている。1992年5月に発売された「ママは小学4年生 音楽篇」と1993年11月に発売された「CDシネマ ママは小学4年生〜AFTER〜」である。後者はオリジナルドラマを収録したドラマCDだが、アルバムの後半はBGM集になっている。
収録曲は以下のとおり。
「ママは小学4年生 音楽篇」
- 未来からのプロローグ(作・編曲:神林早人)
- 愛を+ワン(歌:益田宏美)
- 友情(作・編曲:千住明)
- 急いで!!(作・編曲:千住明)
- 戸惑い(作・編曲:神林早人)
- さわやかな風(作・編曲:神林早人)
- 不思議なroute(作・編曲:千住明)
- この愛を未来へ(インスト・ヴァージョン)(作曲:樋口康雄/編曲:千住明)
- 夢のDoor(作・編曲:千住明)
- 愛を+ワン(インスト・ヴァージョン)(作曲:樋口康雄/編曲:千住明)
- みらいのテーマ(作曲:池毅/編曲:神林早人)
- ふれあい(作・編曲:神林早人)
- なつみのテーマ(作曲:神林早人/編曲:加藤みちあき)
- ほんのりLOVE(作・編曲:千住明)
- この愛を未来へ(歌:益田宏美)
- 未来へのエピローグ(作・編曲:神林早人)
「CDシネマ ママは小学4年生〜AFTER〜」
1.愛を+ワン〜Short version(歌:益田宏美)
2~7.ドラマ
8.この愛を未来へ〜Short version(歌:益田宏美)
〈ミニBGM集〉
9.天才!江地さん(作・編曲:神林早人)
10.恋はトラブル(作・編曲:加藤みちあき)
11.危険な予感(作・編曲:神林早人)
12.みらいちゃんのしっぽ(作・編曲:神林早人)
13.今夜は騒ごう(作・編曲:加藤みちあき)
14.ド・キ・ド・キ(作・編曲:千住明)
15.タイムマシン(作・編曲:神林早人)
16.夢が丘の希望(作・編曲:神林早人)
「音楽篇」は主題歌2曲とBGM14曲を収録。頭にプロローグ曲とオープニング主題歌を、最後にエンディング主題歌とエピローグ曲を配した構成。日常、心情、ミステリー、サスペンスとバラエティに富んだ曲が選曲され、イメージアルバム風にまとめられている。
しかしながら、総収録時間は40分足らずと短くて、ファンにはもの足りなかった。
そのためか、2枚目の「CDシネマ」にはBGM8曲が追加収録された。
繊細でクラシカルな音楽を書く作家という印象が強い千住明だが、本作ではシンセサイザーを取り入れた小編成の曲を提供していて、まだ本領発揮の感じではない。神林早人と加藤みちあきの曲も、同様にシンセ+小編成のオケ+バンドという編成。クラシック寄りでもなく、完全にポップス寄りでもなく、その中間的なサウンドである。
注目は「音楽篇」のトラック11「みらいのテーマ」だ。作曲者は池毅。TVアニメ『超獣機神ダンクーガ』の音楽や『DRAGON BALL』『おジャ魔女どれみ』の主題歌など、キャッチーな楽曲で知られるヒットメーカーである。『ママは小学4年生』のサントラではこの1曲のみにクレジットされている。
「みらいのテーマ」は、第2話以降、本編冒頭に毎回のように流れる「あたし、水木なつみ、小学4年生」というなつみのナレーションのバックにかかるおなじみの曲だ。池毅らしいポップなメロディの曲……というより、完全に歌メロ。もしや主題歌のコンペに残った曲だったのでは……? と想像がふくらむ。
先に触れた、『ママは小学4年生』の音楽にかかわったもう1人の「意外な作曲家」が池毅なのだ。
池毅の参加を含め、本アルバムからは、なんとなく音楽の方向性を決めかねているような雰囲気がうかがえる。
赤ちゃんをめぐるドタバタに焦点を置いたにぎやかな作品なのか、親子の絆と友情に焦点を置いた心情重視の作品なのか。要素としてはどちらも重要なのだが、本編を観てきたファンとしては、後者の方向の音楽をもっと聴きたかったという思いが残る。
以下、2枚のアルバムから印象深い曲を紹介しよう。
「音楽篇」のトラック3「友情」はトランペットの温かい音色が奏でるミディアムテンポの日常曲。なつみとクラスメートとの友情や日常生活を描写する曲として第1話から使われている。アルバムの導入にぴったりのさわやかな曲。
同じくトラック9「夢のDoor」はバイオリンが美しいメロディを奏でるしっとりとした心情曲。2クール目の重要エピソードである第17話「ゴメンネみらいちゃん!」で、なつみが同級生の大介にロンドンに行く決意を話す場面に流れている。
その第17話で、なつみがみらいと離れて暮らす寂しさを大介に打ち明ける場面に流れたのがトラック14「ほんのりLOVE」。ピアノ・ソロによるメロディが胸に沁みる曲で、なつみと大介のラブテーマという趣だ。この曲は第49話「わたしがママです!」で、なつみがクラスメートたちにみらいは未来から来た自分の赤ん坊だと真実を明かす感動的なシーンに使われている。
トラック12「ふれあい」は、オーボエのメロディが切ない心情曲。第17話と最終話では、なつみが悲しみをこらえてみらいと別れる決意をする場面に流れていた。
ほかに、タイトル通り風が吹き渡るようなトラック6「さわやかな風」、次回予告に使われたメロディを発展させたトラック13「なつみのテーマ」も聴きごたえがある楽曲だ。
樋口康雄の曲を千住明が編曲したトラック10「愛を+ワン(インスト・ヴァージョン)」は、木管とストリングスのアンサンブルがクラシカルで優雅なサウンドを聴かせる、さすが千住明と言いたくなる曲。本編では短いアレンジがたびたび使われていた。
2枚目の「CDシネマ」には「音楽篇」からもれた重要な曲が収録されている。
トラック9「天才!江地さん」は自称天才科学者の江地さん(エジソンのもじり)のテーマ。江地さんが初登場する第12話「タイムマシンで出発!」で江地さんが作った蒸気機関車型タイムマシンが爆走するシーンに流れた。
同じく第12話でなつみたちがタイムマシンを見つける場面に流れたのがドラマティックな曲想のトラック15「タイムマシン」。ちょっと『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のテーマを思わせる曲である。
トラック12「みらいちゃんのしっぽ」はシンセの音色が楽しく軽快に踊るユーモラスな曲。なつみがみらいの世話に手を焼く場面やなつみと大介の口げんかの場面など、日常シーンを彩る曲としてよく使われていた。
トラック14の「ド・キ・ド・キ」は終盤のエピソードで、なつみとみらいをめぐるうわさ話が町に広まる場面やそれを聞きつけたレポーターがみらいの家に集まってくる場面などに使われたコミカルタッチのサスペンス曲。
「CDシネマ」に収録された最重要曲はトラック16「夢が丘の希望」だ。ストリングスの駆けあがりから始まるミュージカルナンバーのようなロマンティックな曲で、第17話のラスト、ロンドン行きをやめたなつみが大介の抱くみらいのもとに帰ってくる場面に使われた。また、最終話「さよならみらいちゃん」では、タイムマシンで未来に帰っていくみらいとなつみたちとの別れの場面に流れて感動を盛り上げた。『ママ4』ファンには忘れがたい1曲である。
さて、本作の音楽について語るなら主題歌に触れないわけにはいかない。
オープニング主題歌「愛を+ワン」とエンディング主題歌「この愛を未来へ」は、ともに岩谷時子の作詞、樋口康雄の作・編曲、益田宏美(現・岩崎宏美)の歌唱による曲。
個人的に「愛を+ワン」は90年代アニメソングのベストと呼びたい超絶名曲である。天才・樋口康雄。どうしたらこんな曲が生まれるのか想像もつかない。筆者が樋口康雄本人から聞いた話によれば、アメリカで仕事中に発注を受け、録音まで間がなかったので、帰国する飛行機の中でメロディを書き、帰国してすぐオーケストレーションして録音したのだそうだ。それでこんな曲ができてしまうのだから、やはり天才……。
同時に、録音がぎりぎりだったことから、本作の主題歌づくりは難航したのでは……? とまたも想像がふくらんでしまう。
ともあれ、すばらしい主題歌を得たことで、本作の音楽イメージは決定的なものになった。クラシック音楽を思わせる樋口康雄の精巧なオーケストレーション、岩谷時子のロマンティックな詩、益田宏美のみごとな歌唱。聴くたびにうっとりしてしまう。この歌が毎回流れることで、『ママは小学4年生』は日常アニメというよりも、スケールの大きな、時代を超えた大河ロマンの風格をそなえた作品に見えてくる。なつみたちの日常の背景にある、過去から未来へと連なる親子の絆を、この曲が表現しているのだ。
そして、エンディング主題歌「この愛を未来へ」に樋口康雄はユニークなしかけを施している。モーツァルトの「ピアノソナタK.545」を伴奏にしてメロディを作ってしまったのだ。これまた天才としか言いようがない発想と技巧である。
これで『ママは小学4年生』の音楽のピースがすべてそろった。
千住明、神林早人、加藤みちあき、池毅、樋口康雄、そして、モーツァルト。18世紀の天才から現代の天才、これから活躍する未来の作曲家までがそろった顔ぶれは壮観だ。本作の音楽がどのように作られたか、まだまだ研究の余地がある。しかし、時代を越えた作曲家の競演は、過去・現在・未来と続く親子の絆を描いた『ママは小学4年生』という作品にふさわしかった、と思うのである。
ママは小学4年生 音楽篇
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CDシネマ ママは小学4年生 〜AFTER〜
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