COLUMN

第150回 鬼気迫る和の響き 〜どろろ〜

 腹巻猫です。阿佐ヶ谷のミニシアター・ユジク阿佐ヶ谷で上映中の劇場版『おはよう!スパンク』デジタルリマスター版を観ました。スクリーンで観るにふさわしい高画質。青春ドラマ的なストーリーもぐっときます。2月8日までの上映ですが、めったにない機会ですので、ご都合つく方はぜひ。3月は劇場版『エースをねらえ!』を上映するそうです。

https://www.yujikuasagaya.com/ohayo-spank


 TOKYO MXやBS11で放映中(Amazon Primeでも配信中)のリメイク版TVアニメ『どろろ』がなかなかいい。旧作の設定・雰囲気を継承しながら新しい解釈や表現に挑んで、現代的な作品に作り変えている。邦楽器やコーラスを取り入れた池頼広の音楽も、旧作の冨田勲の音楽へのリスペクトが感じられる、力の入ったものだ。
 今回は、旧作『どろろ』の音楽の話。

 旧作のTVアニメ『どろろ』は、手塚治虫の同名マンガを原作に虫プロダクションが制作した作品。1969年4月から9月まで全26話が放送された。のちに「世界名作劇場」を放送する「カルピスまんが劇場」枠の第1作である。
 多くのTV番組がカラー制作に移行した時代に、本作はモノクロで制作・放送されている。パイロット版はカラーで制作されたが、赤い血が飛び散る描写がお茶の間にふさわしくないとスポンサーが難色を示したために、思い切ってモノクロにしたそうだ(杉井ギサブロー監督のインタビューより)。これが逆に功を奏して、妖怪もの・時代ものにふさわしい迫力を生んでいる。冨田勲の音楽が、またモノクロの映像に合っていた。
 『どろろ』の音楽は、冨田勲がそれまでに手がけた虫プロ作品=『ジャングル大帝』『リボンの騎士』のような、各話ごとに音楽を作曲・録音する作り方ではなく、多くの音楽をあらかじめ録音しておく「溜め録り方式」が採用されている。編成は少人数のオーケストラに琵琶、鼓、尺八、男声コーラスなどを加えたスタイル。TVシリーズ用には少なくとも3回の録音が行われたことが判明している。
 『どろろ』の音楽をひとことで言うなら、「鬼気迫る」という表現がぴったりくる。無常感ただよう琵琶の音、夢幻的な男声コーラス。小編成ゆえに各楽器の音が冴え、張り詰めた緊迫感がある。冨田勲によれば、琵琶は「百鬼丸が呪いを打ち破る感じ」、男声コーラスは「魔物が迫ってくる感じ」を表現しようとしたものだそうだ。その音楽イメージは、1968年1月に完成したパイロット版の音楽ですでに固まっている。
 冨田勲は1969年1月から放送されたNHK大河ドラマ「天と地と」の音楽を担当している。この「天と地と」のテーマ音楽も、霧の中から聞こえてくるような琵琶の音と男声コーラスが印象的な曲(冨田勲は舞台となる越後地方を訪れたときに見た、雪に覆われた淡色の情景をイメージしたという)。『どろろ』の音楽は、その「天と地と」に通じるサウンドである。どちらが先に作曲されたかは定かでないが、冨田勲が同時期に大河ドラマとTVアニメで呼応するような音楽を書いていたことは興味深い。
 本作のテーマ曲としては、藤田淑子が歌う「どろろのうた」(「どろろの歌」表記もある)が有名だ。はずむリズムに乗せて言葉遊びのようなコミカルなフレーズから始まる歌は、バイタリティあふれるどろろのイメージ。中間部でシリアスな曲調に転じ、ふたたびコミカルに戻る構成がユニークだ。作詞を手がけた設定・脚本の鈴木良武によれば、原作にある権力への抵抗のメッセージを反映したものだという。シリアスな部分が権力(侍)を表現し、コミカルな部分はそれを笑い飛ばすどろろを表現しているのだろう。不思議な歌だと思っていたが、鈴木良武のコメントを読み、ようやく腑に落ちた。惜しくも昨年末に亡くなった藤田淑子の表情豊かな歌唱がすばらしい。
 現存するフィルムは、この「どろろのうた」がオープニングとエンディングに使われている。が、ファンの間では知られた話だが、もともと『どろろ』のオープニングには別の曲が使われていた。男声コーラスによるシリアスで重厚な(大河ドラマ風の)音楽が流れていたのだ。それが、パイロット版から使われている本作のメインテーマある。しかし、スポンサーからの要望等により、途中から「どろろのうた」に差し替えられたという。男声コーラス版のオープニング映像は見つかっていないが、DVDの特典映像でオリジナルBGMテープを使用して再現されている。
 『ジャングル大帝』『リボンの騎士』と同様に、本作の音楽もなかなか商品化に恵まれなかった。1979年に日本コロムビアから初の単独LPアルバムが発売されたが、これはA面にパイロット版の音声、B面に最終話の音声を収録した、いわゆるドラマ盤だった。
 その後、サウンドトラック盤の発売が企画され、発売間近まで制作が進んだこともあるが諸事情により中断。2016年、冨田勲の死後に日本コロムビアから発売された10枚組CD-BOX「冨田勲 手塚治虫作品 音楽選集」の1枚として、初めて劇中音楽が商品化された。
 その収録内容は以下のとおり。

1〜4.百鬼丸誕生の章
 1M-21/1M-28/1M-44 T2/1M-55
5.『どろろ』オープニング
 メインテーマ1(百鬼丸のテーマ)〈2M-1 T2〉
6〜10.どろろの章
 1M-11T2/1M-61/1M-15 T2/1M-5′/1M-40
11〜14.百鬼丸の章
 1M-27/2M-62 T2/1M-34/琵琶法師の唄(歌:滝口順平)
15〜18.みおの章
 2M-60′/2M-78/2M-64/1M-5
19〜24.万代の章
 1M-24/2M-15/2M-37/2M-45 Test/1M-35/1M-39
25〜29.無残帖の章
 2M-90/1M-59/1M-51 T3/2M-63/2M-60
30〜42.ばんもんの章
 2M-29/1M-4/2M-23/2M-56/1M-58/2M-79/2M-85 T2/1M-30/2M-82/2M-52/1M-6/2M-48/1M-7
43〜45.「どろろのうた」ヴァリエーション
 2M-16/3M-27/3M-28 T2
46〜48.二人旅の章
 1M-31/3M-5 T5/3M-7 T2
49〜50.『どろろと百鬼丸』オープニング
 3M-24/どろろのうた(歌:藤田淑子)
51〜55.妖怪かじりんこんの章
 3M-9/3M-1/3M-3 T5/2M-88/3M-13
56〜57.妖馬みどろの章
 3M-10/3M-30 T2
58〜66.最後の妖怪の章
 2M-91/2M-70 T2/2M-25/2M-62′/1M-22 T4/3M-8/2M-42/1M-2/2M-17 T2
67.クロージング
 百鬼丸の歌(歌:葵公彦)

〈ボーナス・トラック〉
68.メインテーマ2(百鬼丸のテーマ)〈1M-1 T2〉
69.どろろのうた(2コーラス カラオケ)〈2M-13 2コーラス〉

 BGMは1曲1トラックで収録。構成・音楽解説は貴日ワタリ。エピソードごとに複数の曲をまとめたブロックを中心にして、全26話の物語の流れを追う構成である。
 最初の「百鬼丸誕生の章」は、第1話の百鬼丸誕生までを再現したブロック。闇の奥から響くような男声コーラス、弦楽器や木管、ピアノ、ティンパニなどが不気味なサウンドを構築して盛り上げる。恐怖映画音楽風の緊迫感あふれる曲が続く。
 そして、初期オープニングをイメージした「メインテーマ1(百鬼丸のテーマ)」。幻想的な中に運命の重さと哀しみを感じさせる、これぞ「『どろろ』の音楽」と呼びたくなる曲である。
 続く「どろろの章」は、第1話のどろろと百鬼丸の出会いまでを彩った曲を集めたブロック。低音の弦が奏でる2分を超えるメインテーマのバリエーション「1M-5′」が聴きごたえがある。
 「百鬼丸の章」「みおの章」は、百鬼丸の生い立ちが語られる第2話で使用された音楽を集めたブロック。やさしいメロディの「2M-78」、予告編にも使用されたサスペンスタッチのメインテーマのバリエーション「1M-5」が耳に残る。「琵琶法師の唄」は劇中で流れた琵琶法師が歌う曲だ。
 「万代の章」から、いよいよ、妖怪退治の音楽に突入。冨田勲は50〜60年代にサスペンス、怪談、時代劇、任侠ものなど、さまざまなジャンルの映画音楽を手がけているので、こういった効用音楽的表現もお手のものである。音にこだわる冨田勲らしく、電気的に加工したり、リバーブ(エコー)を加えたりしたサウンドも聴くことができる。
 そんな中、「無残帖の章」に収録された、幼いどろろに母親が粥を運ぶ回想場面の曲「2M-63」、オカリナが涼やかな「2M-60」などが心に残る。
 百鬼丸が自らを捨てた家族と邂逅するエピソードを描いた「ばんもんの章」はひときわドラマティックなブロック。メインテーマの琵琶によるスローアレンジ「1M-4」、同じくバイオリンによる物悲しい変奏「2M-79」、DVD特典の初期オープニング再現映像に使用されたメインテーマの力強いアレンジ「1M-6」などが聴きどころだ。
 明るめの道中物風の曲を集めた「「どろろのうた」ヴァリエーション」と「二人旅の章」のブロックを挟んで、『どろろと百鬼丸』とタイトルが改められてからの展開になる。
 「妖怪かじりんこんの章」の1曲目、軽快なリズムに乗ってストリングスが流れるようなメロディを奏でる「3M-3」が楽しい。第3回録音(Mナンバーの頭の数字が録音回数)の楽曲は初期の鬼気迫る感じが薄れて、ポップス風のモダンな音楽になった印象である。それはそれで魅力的だ。
 最後のブロック「最後の妖怪の章」には、最終話「最後の妖怪」で使用された曲が集められている。路線変更で明るい作風に変わった『どろろと百鬼丸』だが、最終話は百鬼丸の宿命に決着をつけるシリアスなエピソード。音楽も、第1回録音、第2回録音の楽曲がメインになっている。尺八による寂寥感ただようメインテーマの変奏「1M-2」、「どろろのうた」の希望的なアレンジ「2M-17」で物語は幕を閉じる。
 「クロージング」として収録されたのは、番組では使用されなかった挿入歌「百鬼丸の歌」。放送当時発売されたレコード等に収録されていたマカロニウエスタン調の名曲である。
 ボーナス・トラックはメインテーマのステレオ・バージョン、そして「どろろのうた」のカラオケ。どちらも冨田勲のすばらしいオーケストレーションが堪能できるトラックだ。

 冨田勲は60年代に「キャプテンウルトラ」「マイティジャック」「空中都市008」などのSF特撮作品を手がけ、70年代にはシンセサイザーを使った新しいサウンドを追求するなど、未来的、先進的な音楽を作る作曲家という印象が(筆者には)ある。
 しかし、ドキュメンタリー「新日本紀行」や大河ドラマ「新・平家物語」「天と地と」、映画「たそがれ清兵衛」「千年の恋 ひかる源氏物語」などでは、日本的なサウンドや旋律を前面に出した音楽を提供しているし、「大モンゴル」「アジア古都物語」といった大陸を舞台にしたドキュメンタリー作品ではエキゾティックな冨田サウンドを聴かせてくれる。「誰も聴いたことがない音」を追求し続けた冨田勲にとっては、SFも時代劇も現代劇も、西洋も東洋も、区別がなかったのだろう。晩年には宮沢賢治の童話を題材にした「イーハトーヴ交響曲」を発表するなど、むしろ、日本的なものに回帰していた。
 『どろろ』は、初期の和の冨田サウンドが堪能できる貴重なアニメ作品である。そのサウンドは「新日本紀行」などの情緒的な音楽とは異なる、鬼気迫るような緊張感に富んだもので、冨田勲作品の中でも異彩を放っている。シンセサイザーに傾倒する直前の作品としても重要である。
 「冨田勲 手塚治虫作品 音楽選集」のディスク5には『どろろ』パイロット版の音楽と「百鬼丸の歌」の別バージョンも収録されている。他のディスクに収められた『ジャングル大帝』『リボンの騎士』『千夜一夜物語』などもサントラファン必聴のお宝音源。ぜひ一緒にお聴きいただきたい。

冨田勲 手塚治虫作品 音楽選集
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