腹巻猫です。連日35度を超える猛暑にぐったりです。ほとんど家にこもってます。みなさまも熱中症にお気をつけて。
先日、放映当時買っていなかったサントラ盤を中古で入手した。それを聴いていて思うところがあったので取り上げたい。
買ったのは「みゆき 音楽編 〈MIYUKI Music Issue〉」。1983〜1984年に放映されたTVアニメ『みゆき』のサウンドトラックLPだ。
あだち充の人気マンガを原作にキティ・フィルムが製作したTVアニメ作品。アニメ制作もキティ・フィルム三鷹スタジオで行われた。あだち充マンガの初アニメ化作品である。
平凡で優柔不断な高校生・若松真人は、ある日、憧れの同級生・鹿島みゆきと急接近する。ところが同じ日、外国で暮らしていた血のつながらない妹みゆきと6年ぶりに再会し、同居することに。真人と2人のみゆきとの三角関係を描いたラブコメディだ。エンディング主題歌「想い出がいっぱい」が大ヒットしたので、歌だけは覚えているという人も多いだろう。
あだちマンガの空気感の再現という点ではのちの『タッチ』に一歩ゆずるが、主役3人の心情が丁寧に描かれた、よくできた作品だった。初期の真人のモノローグを多用した演出も雰囲気がある。妹の若松みゆきの声はソロデビュー前の荻野目洋子だし、鹿島みゆきは昨年急逝した鶴ひろみなので、今見直すといろいろ感慨深い。
音楽はライオン・メリー、天野正道、安西史孝の3人の共作になった。
ライオン・メリーは、あがた森魚のサポートメンバーに始まり、戸川純、大滝詠一、葛城ユキ、元ちとせなどのレコーディングやツアーサポートで、また、自身のバンド・メリーズで活躍したキーボード奏者、作曲家。
天野正道はアニメ『ジャイアント ロボ THE ANIMATION 地球が静止する日』(1992〜1998)、『STRATOS4』(2003)などの音楽で知られる作曲家、指揮者。
そして、安西史孝は『うる星やつら』(1981〜1986)の音楽を風戸慎介らと共作で手がけた作曲家、キーボード奏者だ。
同じキティ・フィルム製作の『うる星やつら』の音楽も複数作曲家の共作というスタイルだった。それを踏襲した形である。
音楽は、4リズムにサックス、フルート、シンセなどを加えた小規模の編成。シンセは控えめで、生楽器の音色を生かした軽いロックやフュージョン風の曲が中心だ。コミカルにもシリアスにもなりすぎないタッチが、作品に合っていた。
劇中には挿入歌として既製楽曲がたびたび挿入されている。終盤は毎回エンディングに「きょうの挿入歌」とクレジットが出て紹介されるくらいだった。来生たかおとヴァージンVS(あがた森魚のバンド)の曲が多かったが、井上陽水「傘がない」(6話)、白竜「ロンリーボーイ・ロンリーガール」(26話)、上田正樹「ルーレット」(32話)など渋い選曲もあった。挿入歌が、登場人物の言葉にならない微妙な心情を表現している。本作の特徴のひとつである。
サウンドトラック・アルバムは「みゆき 音楽編 〈MIYUKI Music Issue〉」のタイトルで1983年8月にキャニオンレコードから発売された。サウンドトラック2枚目「みゆき 音楽編2 〈MIYUKI Music Issue 2〉」が1984年2月に発売されている。どちらもCD化はされていない。
収録曲は以下のとおり。
A面
- BGM-1(★)
- BGM-2(☆)
- BGM-3(☆)
- BGM-4(※)
- BGM-5(★)
- BGM-6(※)
- BGM-7(★)
- BGM-8(☆)
B面
- BGM-9(★)
- BGM-10(★)
- BGM-11(★)
- BGM-12(★)
- BGM-13(※)
- BGM-14(※)
- BGM-15(※)
- BGM-16(※)
- 想い出がいっぱい(歌:H2O)
曲名を見て「な、なんじゃ、こりぁあ!」と思った人、筆者が手を抜いたわけではないのです。こういう曲名なのです。
世の中には音楽メニューをそのまま曲名にしたようなサントラや、Mナンバーをそのまま曲名にしたサントラもある。後者はあえて「曲名をつけない」という選択をした結果、制作時に付番されていたMナンバーをそのまま使ったものだ。
しかし、本アルバムの場合はあきらかに違う。単に収録順に1から16まで番号を付けたのだろう。
実はキャニオンレコードは他の作品でもこういう曲名をつけている。他ならぬ『うる星やつら』のサントラ2枚目、「うる星やつら MUSIC CAPSULE 2」だ。曲名はM-1、M-2、M-3……。こちらはMナンバーにも見えるので、まだ罪が少ないとも言える(そんなことないか)。いや、「MUSIC CAPSULE 2」の発売日は1983年9月。「みゆき 音楽編」の1ヶ月後なので、同じBGM-1、BGM-2ではまずいと思って、こっちをM-1、M-2にしただけではないか。
では、「みゆき 音楽編2」は? と思って調べると、BGM-17、BGM-18……と「音楽編」の番号の続きになっていた。
当時のキャニオンレコードのサントラが全般にこういう曲名のつけ方をしていたわけではない。『トム・ソーヤーの冒険』も『新竹取物語 1000年女王』も、ちゃんと1曲ずつ内容をイメージさせる曲名がついている。なぜか『みゆき』と『うる星やつら』はこういう曲名になっているのだ。
これは、アニメ音楽ビジネスに参入して間もないキャニオンレコードにサントラを作るノウハウがなく、ディレクターまかせにしたために生じたことだという。このあたりの事情は、CD「女性声優グループ音楽史[ポニーキャニオン編]」(1996/ポニーキャニオン)初回盤に付属している60ページに及ぶブックレット「アニメーション音楽史[ポニーキャニオン編]」に詳しい。
BGM-1、BGM-2という曲名のつけ方はユーザーに親切でないだけでなく、ビジネスでも損をしている。「『みゆき』のサントラ買おうかな」と思って店頭で収録内容を見ても、曲名がこれではどんな曲が入ってるかわからない。やっつけで作ったような商品に見える。だから、このアルバムはあまり売れなかったらしい。
では、中身はつまらないかというと、まったくそんなことはないのである。今聴いてもなかなか味わいのある、いいアルバムだ。曲ごとの作・編曲者がクレジットされている点も評価したい。
BGM-1はサックスをフィーチャーしたロックンロール風の曲。『ジャイアント ロボ』のシンフォニックな音楽のイメージが強い天野正道だが、こういうバンド編成の小粋な音楽も書くのだ。4話で若松みゆきが高校の編入試験に合格したことを知った真人の同級生・竜一が大はしゃぎする場面に流れている。
他の天野正道の音楽も一緒に紹介しよう。BGM-5はフルートとピアノをフィーチャーしたさわやかでメロディアスな曲。途中からストリングスが加わって上品な雰囲気に。「鹿島みゆきのテーマ」というイメージだ。
BGM-7はサックスが陽気なテーマを奏でる軽快な曲。4話で真人がみゆきを編入試験に合格させようと家事を引き受ける場面に流れた。「がんばれ!お兄ちゃん」という感じだろうか。
BGM-9はサックスとフルートが流麗なメロディを歌う爽快感のあるフュージョン。1話で若松みゆきがサーフィンをしながら登場する場面に使用されている。ずばり、「若松みゆきのテーマ」というイメージ。
BGM-10はサックスとピアノ、ストリングスによる艶っぽくムーディなナンバー。真人がエッチな妄想をふくらませる場面などに流れている。曲名をつけるなら「むふ(ハート)」というところ。
BGM-12はテナーサックスがもの憂げな、ムード歌謡みたいな曲。3話でみゆきと竜一を送り出した真人が悶々とするユーモラスな場面に使用された。「真人の憂鬱」とでも呼びたい曲だ。
BGM-2、BGM-3、BGM-8はライオン・メリーの作曲。アルバムの中でも異彩を放っている。BGM-2は小粋なピアノとバンドがセッションする軽快な曲で、70年代アイドル歌謡曲みたいなピアノのメロディが印象的。
BGM-3は「♪シュビドゥバ」と女声スキャットが入るファンキーな曲。若松みゆきに自分をアピールしまくる竜一の場面に流れている。BGM-8も頭から女声スキャットが「♪ドゥビドゥバ」と歌い出すはじけた曲だ。1話で黒いビキニの水着を手にした真人と同級生の好夫がにんまりする場面に使用。曲名をつけるなら「男ってやつは……」とか。
いずれも、あがた森魚や戸川純など、個性的なアーティストのサポートをしてきたライオン・メリーならではの遊び心にあふれたナンバーである。
シンセをメインにしたユーモラスなBGM-4、BGM-6は『うる星やつら』の安西史孝の作曲。どちらも歌メロのようなメロディの曲で、密かに歌詞があるのでは? と思ってしまう。本作の代表的なコミカル曲だ。
同じ安西史孝の曲でも、BGM-13、BGM-14、BGM-15、BGM-16は、いずれもピアノ、フルート、ストリングス、サックスなどの生楽器をメインにした小編成のメロディアスな曲。シンセのイメージが強い安西史孝だが、両親はバイオリンを弾いていて、自身も小さい頃からクラシックピアノを弾いていたそうだから、クラシカルな音楽も得意なのである。
フルートの快活なメロディから始まるBGM-14は、2話で若松みゆきが好奇心に目を輝かせながら街を歩く場面に使われた。みゆきの天真爛漫な魅力を描写する曲だ。
フルートとストリングスのアンサンブルがさわやかなBGM-15は朝のイメージ。真人とみゆきの登校シーンなどに流れている。
BGM-16はピアノとエレピが奏でるメロウなナンバー。フランス恋愛映画の音楽のような大人びた哀愁をただよわせる曲だ。本作のロマンティックな一面を表す、本アルバムの中でも聴きどころの1曲である。「たそがれメランコリー」なんて、ムードのある気取った曲名をつけたくなる。
と紹介してきたが、やはり曲名がBGM-1、BGM-2では読者もイメージがわきづらいのではないだろうか。
曲名は楽曲の顔。一度つけると10年も20年も、自分が思った以上に後世まで残ってしまうので、筆者も曲名を付けるときは非常に気を遣う。作曲家にとっては自分の子どもに名をつけるようなものだから、思い入れもひとしおだろう。「この名前でみんなに愛されてね」と思いを込めて名づけているのだ。
不思議なもので、ヘンな曲名だと思っても呼んでいるうちに慣れてしまう。『宇宙戦艦ヤマト』の「元祖ヤマトのテーマ」も最初は「うーん?」と思ったが気にならなくなった。けれど、だからこそ、曲名は安易につけてはいけないのだ。
いっぽう、曲名がついていてもMナンバーで呼ぶ人もいる。楽曲制作時には曲名はついていないのだから(つけている作曲家もいる)、厳格に考えればそれが正しいのだが、味気ない印象はぬぐえない。Mナンバーは一種の記号であって曲名ではない。曲を音楽ではなくデータとしてしか見てないような印象を受けるのだ。個人的には「曲名がついているなら曲名で呼んであげてほしいなあ」と思う。
「番号なんかで呼ぶな! おれは自由な人間だ!」というのはイギリスの傑作TVドラマ「プリズナーNo.6」の中のセリフだ。音楽にも人格があるなら、名前で呼んでほしいと思うのではないだろうか。
曲名は残念な「みゆき 音楽編」だが、曲自体はお勧めなので、アナログレコードが聴ける人は、中古盤で見かけたら入手して聴いてほしい。
最後に、本アルバムに収録された主題歌についても書いておきたい。
オープニング「10(テン)%の雨予報」とエンディング「想い出がいっぱい」の2曲とも、作詞・阿木燿子、作曲・鈴木キサブロー、編曲・萩田光雄の作。当時の歌謡界のヒットメーカーをそろえた豪華な顔ぶれである。歌のH2Oは、1980年に実写劇場作品「翔んだカップル」の挿入歌「ローレライ」でデビューした男性2人デュオ。
「10%の雨予報」は、鈴木キサブローらしいメロディのさわやかで軽快な曲。TVサイズはヒロイン「みゆき」の名が歌われているが、レコードサイズはその部分を別の歌詞に変えてある。ふつうのJ-POPとして売り出すための変更だろう。アニメソングのJ-POP化が進み始めた時代ならではの処理である。
「想い出がいっぱい」は、今でもTVなどで流れ歌われている、H2O最大のヒット曲。中学や高校の教科書にも載り、授業や合唱で取り上げられているそうだ。シングル盤は「想い出がいっぱい」がA面で、「10%の雨予報」がB面に収録されていた。阿木燿子のストーリー性のある歌詞と鈴井キサブローの郷愁を感じさせるメロディの組み合わせが、胸をざわざわさせる。
『みゆき』の主題歌と挿入歌(の一部)はアルバム「みゆきのLOVELYコレクション」にまとめられ、CDでも発売された。「10%の雨予報」は歌詞違いのTVサイズとレコードサイズの両方が収録されているのが気がきいている。この気配りがサントラにもあれば……と思うが、「LOVELYコレクション」の方は発売元がキャニオンレコードではなくキティレコードなのであった。
みゆきのLOVELYコレクション
Amazon