COLUMN

第134回 大物登場 〜幻魔大戦〜

 腹巻猫です。『タッチ』の芹澤廣明さんがアメリカで歌手デビューするというニュースが飛び込んできました。アメリカでお仕事しているらしいとは聞いていましたが、そんなプロジェクトが進んでいたとは。すばらしいです。それに合わせて、「芹澤廣明 ANIME GOLDEN HITSTORY」なるベストアルバムが発売されることに。『タッチ』などのアニメ作品を集めた2枚組。『ナイン』の主題歌が一堂にそろうのは貴重です。

〈作曲家35周年記念〉芹澤廣明 ANIME GOLDEN HITSTORY
https://www.amazon.co.jp/dp/B07C5HJ2YV/


 1976年の「犬神家の一族」を皮切りに70年代後半〜80年代の映画界を席巻した角川映画。出版社のノウハウと強みを生かし、出版、TV、ラジオ等のメディアを駆使した宣伝で、「人間の証明」「野生の証明」「戦国自衛隊」など、次々とヒット作を送り出した。
 そんな角川映画が70年代末からブームとなったアニメに目をつけないはずがなく、1983年3月、満を持して劇場アニメを公開する。『幻魔大戦』である。
 宇宙のすべてを破壊しようとする幻魔とそれに対抗する超能力戦士たちの壮絶な戦いを描くSF作品。平井和正と石ノ森章太郎の原作をりん・たろう監督で映像化した。アニメーション制作はマッドハウス。大友克洋がデザインしたキャラクターや高層ビル街が廃墟と化していくさまを描く美術、そうそうたるアニメーターが手がけた作画など、見どころ満載の作品である。

 角川映画といえば、主題歌を印象づける宣伝戦略も印象深い。観てなくても、あるいは観たあとで内容は忘れてしまっていても、主題歌だけは口ずさめる作品がたくさんある。「復活の日」ではマイルス・デイビスのプロデューサーを務めたテオ・マセロを音楽プロデューサーに起用し、主題歌にはジャニス・イアンが歌う「ユー・アー・ラヴ」を使用。南極ロケとともに国際的スケールの映画作りを印象づけている。
 本作も例外ではなく、音楽監督にプログレッシブ・ロックバンド、エマーソン、レイク&パーマー(ELP)のキース・エマーソンを起用。主題歌をアメリカの女性シンガー、ローズマリー・バトラーに歌わせて(1982年の角川映画「汚れた英雄」主題歌に続いての起用)話題をさらった。
 しかし……いっぽうで話題作り優先の角川映画には首をひねるところもあった。たとえば「復活の日」では、テオ・マセロのプロデュースによるサントラ・アルバムやシンフォニー・アルバムを発売したにもかかわらず、作中で使用された曲のほとんどはレコードに入っていない羽田健太郎の曲で、サントラファンを悩ませた。『幻魔大戦』でも多くの場面は青木望が作曲した曲が使われている。
 『銀河鉄道999』の音楽などで知られる青木望は本作では「音楽」とクレジットされている。キース・エマーソンの曲の隙間を埋める映画音楽的楽曲を提供する重要な役割だ。青木望らしいメロディアスな曲もあるいっぽう、キース・エマーソンの音楽に寄せたシンセ音楽もたくさんあり、音楽世界の統一を図っている。
 「音楽監督」とクレジットされたキース・エマーソンの仕事はどのようなものだったのだろうか。
 映画音楽作品集「Keith Emerson at the movies」のライナーノーツでキース・エマーソンが『幻魔大戦(HARMAGEDON)』について語っている。それによれば、キースは作品が完成するまで映像を見ることができなかったのだそうだ。最初から6曲だけ書いてくれという注文で、送られてきたのは、いくつかの画と大まかなストーリーラインだけ。本来なら映像を観て、絵にタイミングを合わせて作曲するところだが、それはかなわなかった。作曲を進めながら音楽がフィットするように願っていた、とキースは語っている。映画音楽というより、イメージ音楽的な作り方だったようだ。
 それでも、「『幻魔大戦』といえばキース・エマーソンの音楽」というファンは多い。実際、見せ場となるシーンにはキース・エマーソンの曲が流れ、エンドクレジットに流れる主題歌の印象も強い。「復活の日」に比べると、本作のキース・エマーソンの音楽は期待された仕事をみごとに果たしているのだ。
 サウンドトラック・アルバムはキャニオンレコードから発売された。1998年にカルチュア・パブリッシャーズのボルケーノ・レーベルでCD化されている(販売はワーナーミュージック)。
 収録曲は以下のとおり。

  1. ハルマゲドン序曲
  2. 啓示(フロイのテーマ)/THEME OF FLOI
  3. 失われた惑星〜J.S.バッハ トッカータとフーガ ニ短調より〜
  4. サイオニクス・プリンセス
  5. フライング、フライング/JOE AND MICHIKO
  6. 甦る使命
  7. 光の天使/CHILDEN OF THE LIGHT
  8. 幻魔咆哮
  9. ソニー・ザ・キッド/SONNY’S SKATE STATE
  10. 遙かなる時
  11. 幻魔の攻撃/ZAMEDY STOMP
  12. 地球を護る者/CHALLENGE OF THE PSIONICS FIGHTERS

 レコードでは6曲目までがA面、7曲目からB面になる。全12曲のうち、キース・エマーソンの曲が6曲、青木望の曲が6曲という構成。
 曲順は作中での使用順と異なるが、情感主体のA面、アクション主体のB面と、コンセプトを感じさせる曲順は聴きごたえがある。
 トラック1「ハルマゲドン序曲」はタイトルバックに使われた導入の音楽。青木望の曲である。
 鼓童の演奏する長い太鼓ソロから始まる。佐渡を拠点に活動する和太鼓集団・鼓童は、キース・エマーソン、ローズマリー・バトラーとともに、本アルバムのフィーチャリング・アーティストとしてクレジットされていて、この曲と「幻魔咆哮」の2曲の演奏に参加している。これが縁……なのかどうかわからないが、鼓童の前身・鬼太鼓座の創設者・林英哲は1985年の角川劇場アニメ『カムイの剣』の音楽を宇崎竜童とともに担当している。
 作中では太鼓ソロをバックに女預言者が不気味な予言を語る。続いて、幻魔の声が響き、タイトルが大きく映し出される。曲はシンセによる不安な曲想へ展開。これから始まるドラマへの期待をあおった。
 トラック2「啓示(フロイのテーマ)/THEME OF FLOI」はキース・エマーソン作曲。シンセのアタックから始まり、夢幻の世界をさまようような幻想的なフレーズが続く。単調になりそうな曲想を青山純のドラムが引き締めている。
 爆発したジェット機から宇宙空間にテレポートしたプリンセス・ルナ(小山茉美)が、宇宙生命体フロイ(美輪明宏)の声を聴く場面に流れた曲である。
 トラック3「失われた惑星〜J.S.バッハ トッカータとフーガ ニ短調より〜」はバッハの曲を青木望が編曲した。悲壮感を宿したドラマティックな曲想にアレンジされている。
 フロイがルナに幻魔とサイオニクス戦士ベガのことを語るバックに流れた。宇宙の黙示録を思わせる幻魔との戦いの歴史を伝える曲である。
 トラック4は青木望作曲の「サイオニクス・プリンセス」。エレピのアルペジオをバックにアルトフルートが美しいメロディを奏でる。アコースティックギターとオーボエが受け継ぎ、ストリングスの流麗な演奏が続く。青木望の持ち味が生かされた叙情的な曲だ。
 フロイからサイオニクス戦士としての使命を伝えられたルナが、地球で眠りについていた戦士ベガ(江守徹)とめぐり遭う場面に使用されている。
 トラック5はキース・エマーソン作曲の「フライング、フライング/JOE AND MICHIKO」。ストリングス風のシンセの音が神秘的な旋律を奏でるロマンティックな曲だ。
 丈の超能力を知った姉・三千子(池田昌子)が丈を励ます場面、それに続いて、丈が三千子と一緒に超能力で空を飛ぶ場面に流れている。
 トラック6は青木望作曲の「甦る使命」。弦による悲しみのメロディから始まり、弦と木管楽器による切ない旋律に展開。劇場版『銀河鉄道999』の音楽を思わせる青木望らしい曲想が胸を打つ。
 クライマックス前、富士山に巣食う幻魔を攻撃しようとした丈が力尽き、炎に包まれた樹海をさまよう場面に使用。迫り来る滅亡を前にした丈が苦悩し、再び使命に目覚めて立ち上がる場面に流れてドラマを盛り上げている。
 トラック7「光の天使/CHILDEN OF THE LIGHT」はキース・エマーソン作曲、ローズマリー・バトラーが歌う本作の主題歌である。角川映画の主題歌は記憶に残る曲ぞろいだが、本作も一度聴いたら忘れられない名曲。美しいメロディラインが耳に残る。LPのライナーノーツで角川春樹は本曲を“シンセサイザーによる讃美歌”と評している。キースもまた「宇宙の拡がりを意識した曲で、テーマには讃美歌に通じるものがあるのではないか(大意)」と答えている。
 青山純がドラムスで参加。ラストシーンからエンドクレジットに流れて作品のフィナーレを飾った曲である。
 トラック8「幻魔咆哮」は青木望作曲による幻魔の接近を表現するサスペンス曲。バックでは鼓童の太鼓が鳴り続け、不安感をあおる。
 地球に潜む幻魔の手下が廃寺でたくらみをめぐらす場面に使用。緊張感のある映像とうらはらに永井一郎と滝口順平のやりとりがユーモラスで笑える場面だ。
 トラック9「ソニー・ザ・キッド/SONNY’S SKATE STATE」はキース・エマーソン作曲。ニューヨークのスラム街に暮らす超能力少年ソニーのテーマである。
 たたみかけるようなシンセのメロディが型破りではじけた雰囲気を演出。跳躍する高音のフレーズは「地球を護る者」にも登場する。中間部のロックっぽいシンセ・ソロが聴きどころ。
 トラック10「遙かなる時」は青木望作曲。サックスとエレキギターが甘いメロディを奏でるロマンティックな曲だ。終盤はビブラフォンが引き継ぐ。本編未使用曲だが、アルバムの中ではクライマックス前にひとときの安らぎを演出する曲になっている。
 トラック11「幻魔の攻撃/ZAMEDY STOMP」はキース・エマーソン作曲。シンセによる多彩なメロディが絡み合うサスペンス&アクション曲だ。作品の後半、三千子が幻魔の手下に襲われる場面から、超能力に目覚めた三千子が反撃する場面まで、ほぼフルサイズで使用されている。次の曲へ向けて最終決戦の雰囲気を盛り上げる曲である。
 トラック12「地球を護る者/CHALLENGE OF THE PSIONICS FIGHTERS」は主題歌シングルのB面にも収録された本アルバムのハイライト曲。もちろんキース・エマーソンの曲である。
 シンセが奏でる勇壮なメロディがサイオニクス戦士たちの勇姿を描写する。エレクトリカルパレードみたいな部分もあるが、それが意外に絵に合っているのだから面白い。4分にわたる大曲である。青山純がドラムスで、SHOGUNの芳野藤丸がギターで参加している。
 もともとニューヨークの戦闘シーンに流す予定だった曲で、実際そのシーンにも使われているが、りん・たろう監督が曲にほれこみ、クライマックスの炎の竜(幻魔)対サイオニクス戦士の死闘場面にたっぷり流れることになった。

 アルバムを通して聴くと、やはり、キース・エマーソンの曲が耳に残る。ただ、映像をしっかり支える音楽を提供した青木望の仕事も評価されてほしいところだ。
 イギリスで発売された『幻魔大戦』のサウンドトラックLPには、キース・エマーソンの曲のみが収録されている(A面が『幻魔大戦』、B面に他の作曲家によるTV番組サントラを収録したカップリング盤)。青木望の音楽を愛する日本のファンとしてはちょっと寂しいのである。
 角川戦略が生みだした『幻魔大戦』の音楽は、日本映画のスケールを越えようとする大物アーティスト起用が空回りせず、うまくはまった成功作だと思う。けれど、純粋に映画音楽を愛するものとしては、もやもやしたものが残る。が、仕方ない。それも角川映画の魅力のひとつなのだから。

幻魔大戦 オリジナル・サウンドトラック
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