腹巻猫です。およそ1年ぶりとなる「渡辺宙明トークライブ」を3月12日に阿佐ヶ谷ロフトで開催します。91歳を超えてなお創作意欲旺盛な渡辺宙明先生に最新作やヒット作のお話をうかがいます。チケットはe+で発売中。ぜひご来場ください。詳細は下記リンクからどうぞ。
http://www.loft-prj.co.jp/schedule/lofta/58961
サウンドトラックにはふつうのポピュラー音楽ではありえないような不思議な音楽、気持ち悪い音楽が必要とされることがある。そういう奇妙な音楽に出逢えることもサントラを聴く楽しみのひとつだ。
奇妙な音楽といえば、すぐ頭に浮かぶのがはい島邦明である。フジテレビのオムニバスTVドラマ『世にも奇妙な物語』のテーマ曲「ガラモン・ソング」を書いた作曲家だ。
はい島邦明の「はい」は正しくは「配」の上に「くさかんむり」が付いた字であるが、これは機種依存文字(コンピュータの機種が異なると文字化けしてしまう文字)なので本稿では「はい島」と表記する。
はい島邦明は埼玉県出身。少年時代は美術に興味があり、デザイン彫刻がやりたかったという。しかし美大に進むことはかなわず、大学は経済学部へ。卒業後は美術とも音楽とも関係ないパン屋を始めた。が、どうしても身が入らず、しばらくしてやめてしまう。1年ほどフリーターを経験したあと、劇団の音効の仕事に応募して採用された。
音効の仕事は、舞台に必要な音(音楽や効果音)をテープに仕込んでおいて芝居のタイミングに合わせて音を出すこと。その音はレコードなどのありものを使ってもよいのだが、はい島邦明は劇の中で使う音楽はすべて自分で作らなければならないと思いこんでいた。そのため、借金までしてシンセサイザーを買い、多重録音で曲を作り始めた。それが作曲家になるきっかけになった。
音楽の専門教育を受けたことはなく、コードのセオリーも知らない。できた音を自分がいいと思うかどうかだけを手がかりにシンセサイザーで音を作っていく。そんな白紙の状態から作り始めたユニークな音楽がCM業界で注目され、年間100本ものCM音楽を手がける売れっ子に。そして出逢った作品が「世にも奇妙な物語」(1990〜)だった。ちなみに「ガラモン・ソング」のタイトルは「ウルトラQ」に登場する怪獣「ガラモン」に由来しているそうだ。
「世にも奇妙な物語」以降、ドラマ、劇場作品、アニメ等の音楽で活躍。TVドラマ「NIGHT HEAD」(1992)、「ボーダー」(1999)、「ショカツ」(2000)、アニメ『SPRIGGAN』(1998)、『MASTERキートン』(1998)、『ガサラキ』(1998)、『MONSTER』(2004)、実写劇場作品「催眠」(1999)、「蟲師」(2007)などの音楽を手がけた。サスペンスものやミステリーものの印象が強いので、特撮ヒーロー作品「ウルトラマンマックス」(2005)、「仮面ライダーカブト」(2006)の音楽を担当したときは驚いた。が、怪獣や怪人、ヒーローの表現などにはい島独自のサウンドが生かされていて大いに納得した。近年では芸術家・岡本太郎を描いたTVドラマ「TAROの塔」(2011)、Amazonプライム・ビデオ配信の特撮ドラマ「仮面ライダーアマゾンズ」(2016)の音楽が印象深い。
今回は、そのはい島邦明が2002年に手がけたOVA『マクロス ゼロ』の話。
『マクロス ゼロ』は2002年から2004年にかけて全5話が発売されたOVA作品。「マクロス」シリーズ生誕20周年記念作品である。「マクロス」といえば宇宙を舞台にしたSF作品というイメージだが、本作は地球の南海の孤島マヤンを舞台にしたエスニックなムード満載の異色作品。マヤンの伝説で「鳥の人」と呼ばれている異星人の遺跡をめぐって統合軍と反統合同盟軍が衝突、平和な島が戦火に巻き込まれていく物語だ。ヒロインのサラが歌う「ARKAN」と鳥の人が歌う「滅びの歌」、ふたつの歌が物語の軸になっている。
サウンドトラック・アルバムは「マクロス ゼロ オリジナルサウンドトラック1」と「同2」の2タイトルがフライングドッグから発売された。2枚とも2014年に再発売されている。サウンドトラック1の収録曲は以下のとおり。
- Life Song(vocal:福岡ユタカ with Holy Raz)
- ARKAN〜part1〜(vocal:Holy Raz)
- VF-Zero
- 鳥の人
- Sky Shine
- Forest Song
- Welcome
- 滅びの風
- 海聖
- counter clockwise
- crack radio
- MAO
- Totem Spell
- GAN BORA
- Prayer
- MAYAN
- ARKAN〜part2〜(vocal:Holy Raz)
ボーカル曲も含めて、すべてはい島邦明の作曲。マダガスカルから来日した歌手Hory Razが本作の歌姫サラの歌声を担当している。
エスニック、テクノ、クラシカル、ポップス、さまざまな要素が混淆した不思議なサントラだ。そのどれもがはい島邦明独特のサウンドで色づけされているので、ちぐはぐな印象はない。自然に恵まれた南の島マヤンと文明世界からやってきた軍隊、そして異星人の遺した「鳥の人」。3つの異なる文化が肌触りの違う音楽で表現され、ひとつの世界を形作っている。異なる文化の衝突から生まれるドラマを描くのが「マクロス」シリーズの伝統だが、そのテーマが音楽にも反映されている。
もともと美術を志望していたはい島邦明は、音楽を作るときも音という絵の具で絵を描くようなイメージで曲を作っていくそうだ(筆者がインタビューさせていただいたときに聞いた言葉)。イメージに合う音(色)を探すこと、音を作ることにこだわり、時間をかける。
本作の音楽も耳に飛び込んでくる音のイメージにまず圧倒される。音が立体感や手触りを持って迫ってくる。多彩な音を使った音楽を「色彩感豊か」と表現することがあるが、はい島邦明の音楽からは色彩だけでなくマテリアルを感じるのだ。まさに彫刻のような音楽である。
トラック1「Life Song」は第2話のエンディングに使用されたボーカルナンバー。ジャングル風リズムのバンドサウンドにシンセのループとエスニカルなコーラスが重ねられて、異文化混淆の香りがたっぷりだ。はい島邦明は、80年代に六本木インクスティックを拠点に活動した即興演奏中心のバンド〈HAO〉にキーボード奏者として参加していた。だから、こういう音楽も得意なのである。
トラック2の「ARKAN〜part1〜」はハープとストリングスをバックに歌われる美しいボーカル曲。この歌はマヤンの巫女サラが歌う歌として劇中にくり返し使用されている。同じメロディが16曲目「MAYAN」の中にも登場する。マヤンの世界を象徴する歌である。
曲の後半は大きく表情が変わり、金属的なシンセの響きが島の騒乱と危機を描写する。やがて戦火に包まれることになるマヤンの未来を予感させる構成である。
トラック3「VF-Zero」は統合軍の戦闘機VF-0の飛行シーンやドッグファイトのシーンに付けられた曲。緊迫感を盛り上げるイントロから激しくスピード感のある曲調に展開し、戦闘機同士のバトルが描かれる。マヤンの世界と対照をなす軍隊の世界を描写する曲だが、バックのリズムにエスニカルな要素を入れて南の島の空気感を潜ませている。なかなか一筋縄ではいかない音楽である。
「マクロス」シリーズらしいスリリングなバトル曲としては、ほかに「Sky Shine」「counter clockwise」「GAN BORA」などが聴きごたえがある。
トラック4「鳥の人」はマヤンの伝説に謡われる「鳥の人」のテーマ。幻想的な民族音楽風の曲だ。男声ボーカルと女声コーラスが重なり合い、バックにはシンセサイザーによるエスニカルなサウンドが流れる。「鳥の人」の正体は古代に地球に飛来した異星人の遺跡なので、宇宙的・異界的なイメージも漂う。はい島邦明らしい、ジャンル分け不能の音楽である。
トラック9「海聖」も異星文明を描く曲だ。シンセサイザーのリズムに牧歌的な旋律が重なってミステリアスな雰囲気が広がる。海の底に眠る異星人の遺跡のイメージだろう。この曲は、第3話でサラの妹マオが異星人の遺跡から採取された血液(のような液体)を輸血される場面に使用された。
本作の舞台マヤンの自然と暮らしを描く曲が「Forest Song」「Welcome」「MAO」。「Forest Song」では鳥の声やせせらぎの音などを挿入して、ミュージックコンクレート風の音響を作り出している。明るく愛らしい曲調の「MAO」は本作のもうひとりのヒロイン・マオのテーマ。本編では第2話のちょっとユーモラスな場面に使用されている。
トラック13の「Totem Spell」は第2話のアバンタイトルでマヤンの長老が島の伝説を語る場面に流れる曲。「鳥の人」に通じる曲調の不思議な音楽である。
激しい戦闘を描写する「GAN BORA」を挟んで、第3話でマヤンの村が戦火に包まれる場面に流れた曲「Prayer」が続く。静かな哀感をたたえた美しい曲調が島の悲劇を印象づける。
トラック16の「MAYAN」は、ストリングスが厳かに奏でるマヤン島の自然と命を描写する曲。次にもう一度サラの歌「ARKAN」が流れて、アルバムは締めくくられる。
本アルバムの収録曲は劇中使用順に並べられているわけではない。が、丹念に聴いていくと、構成意図は明らかだ。南の島マヤンの視点に立った曲順になっているのである。美しい南の島マヤンと島に伝わる伝説、伝説を目当てにやってくる軍隊。そんな構図を思い浮かべて聴くと、アルバムならではの『マクロス ゼロ』の世界が浮かび上がってくる。
1990年代からハリウッドの映画音楽は明確な旋律を持ったメロディ主体の音楽からシンセサイザーが作るループトラックや特徴的な音を核とするサウンド主体の音楽へと変化してきた。日本の映像音楽でその先鞭をつけたのがはい島邦明だったと思う。
『マクロス ゼロ』はそんなはい島邦明のサウンドへのこだわりが詰まった作品だ。はい島らしい不思議な曲もあるし、バトル曲、エスニカルな曲、美しい曲など多彩な曲調が楽しめる。物語のクライマックスに流れる「滅びの歌」を収録した「サウンドトラック2」もお奨めである。
ミステリー・幻想小説の分野では、ひねりの効いた少し不気味な後味を残す小説を「奇妙な味」と称する。わかりやすくはないが、その魅力がわかるとはまってしまう通好みの小説だ。はい島邦明の音楽も「奇妙な味」と呼びたくなるような独特の魅力を持っている。バラエティに富んだ『マクロス ゼロ』を入り口に、はい島サウンドの奥深い世界に触れていただきたい。