腹巻猫です。11月30日に「劇場版 エースをねらえ! 総音楽集」が発売されました。主題歌とBGMを2枚のCDに集大成。『新・エースをねらえ!』スコア流用曲もフォローし、初公開となる主題歌のオリジナル・カラオケも収録しています。ブックレットには、劇場公開時に出崎統監督がプログラムに寄せたコメントの再録と作曲家・馬飼野康二の最新インタビューを掲載。7月に発売されたBlu-rayとともにお楽しみください!
劇場版 エースをねらえ! 総音楽集
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前回、1980年のカラー版『鉄腕アトム』の際に樋口康雄が音楽を担当する予定があったと書いた。
それから23年。2003年に『ASTRO BOY 鉄腕アトム』のタイトルで新しいTVアニメ版『鉄腕アトム』が制作された。音楽を担当したのは、現代音楽作曲家として知られる吉松隆である。
手塚治虫の原作ではアトムの誕生日は2003年4月7日と設定されている。『ASTRO BOY 鉄腕アトム』はアトム誕生の年を記念したアニメ作品だった。『鉄腕アトム』の原作マンガがスタートしたのは1952年。それから半世紀。初アニメ化の1963年からも40年が過ぎた。遠い夢のような未来だと思っていた21世紀が実際にやってきたのだ。21世紀になっても『鉄腕アトム』のアニメを放送しているなんて、手塚治虫は想像していただろうか。
『ASTRO BOY 鉄腕アトム』は2003年4月から2004年3月まで、フジテレビ系で全50話が放送されたTVアニメ作品である。監督は映画監督の小中和哉。TVアニメの監督はこれが初だが、もともと実写のSF・ファンタジー作品や「ウルトラマン」シリーズなどを手がけている監督なので違和感はない。アニメーション制作は手塚プロダクション。アニメーションディレクターは望月敬一郎が担当した。
アトムの声は、第1作の『鉄腕アトム』以来、長年アトムの声を担当してきた清水マリから津村まことに交代している。清水の都合ではなく、世代交代を意識してのこと(当時の清水マリの複雑な心情は、昨年清水が上梓した著書「鉄腕アトムと共に生きて—声優が語るアニメの世界」に書かれている)。新世紀のアトム誕生を印象づける出来事だった。
音楽を担当した吉松隆は1953年生まれ。東京都出身。『鉄腕アトム』の原作マンガを読んで育ち、TVアニメの第1回放送もしっかり記憶しているというアトム世代である。中学生で交響曲の作曲家を志し、独学で勉強を始めた。高校卒業後、慶應義塾大学工学部に進むも、作曲に没頭する日々。この頃、一時期、作曲家・松村禎三に師事する。また、70年代プログレッシブ・ロックにも心酔した。音楽に入れ込むあまり大学は休学、とうとう中退してしまう。以後は、アルバイトで生活費を稼ぎ、ロックやジャズのグループに参加したりしながら、独学で作曲を続けた。1978年、岩崎ちひろ美術館で開催された原田力男プライベート・コンサートで、作品「忘れっぽい天使I」が初演され、作曲家デビューを果たす。
以後、徐々に作品が認められるようになり、1984年、初めての個展を開催。同年、作曲家・西村朗と「世紀末音楽研究所」を設立した。交響曲をはじめとする純音楽作品を数多く発表するいっぽう、エマーソン・レイク&パーマーの代表作「タルカス」をオーケストラ作品に編曲して録音するなど、クラシック音楽とロックを横断するような活動も行っている。
現代音楽界では異端とも呼ばれる抒情的な作風、音楽や音楽業界に対する反骨的な発言など、とんがった精神を持つロック・ミュージシャンのような現代音楽作曲家だ。冨田勲や樋口康雄を天才と呼ぶなら、吉松隆は「鬼才」の呼び名がぴったりくる。
あくまで純音楽の作曲家で、映像音楽は『ASTRO BOY 鉄腕アトム』のほか、NHK大河ドラマ「平清盛」(2012)、劇場作品「ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ」(2009)など数本しかない。本作は吉松隆ワークスの中で異色にも見える。
が、『鉄腕アトム』もまぎれもなく吉松隆の音楽である。「映像音楽だから」みたいな遠慮や手加減はない。むしろ、『鉄腕アトム』という題材に嬉々として取り組んだ雰囲気が伝わってくる。なにせ吉松は、影響を受けた人物の1人に手塚治虫を挙げ、本作の話がある前から「鉄腕アトム」に想を得た「アトム・ハーツ・クラブ組曲」なる作品を発表したり、鉄腕アトムの誕生日をカウントダウンする時計を買って手元に置いたりしていたそうなのだ。
本作の音楽監督は、オーケストラ・アルバムや映画音楽のプロデュースを手がけている音楽プロデューサーの磯田健一郎。本作では、吉松隆の得意とする音楽を生かすために、管弦楽編成による収録を決めた。オーケストラは日本フィルハーモニー交響楽団。指揮・渡邊一正。近年は海外のオーケストラで録音するアニメ音楽も増えたが、実は国内のオーケストラで録音するほうがお金がかかるので、これはとてもぜいたくなことなのである。 さらに本作の音楽は、キャラクターごとにライトモチーフを設定するワーグナーの楽劇のような手法が採られることになった。さらに吉松隆は、楽器の音色による性格づけも行いたいと希望。それを実現するためにソリストを担う奏者が用意された。加えて、オーケストラとは別メンバーによって小編成の別バージョンも録音するという、手の込んだ音楽録音が行われている。
本作のサウンドトラック・アルバムは2枚発売されている。1枚目は2003年3月発売の「ASTRO BOY 鉄腕アトム ORIGINAL SOUNDTRACK SCORE」。2枚目は2004年1月発売の「ASTRO BOY 鉄腕アトム MUSIC FROM METRO CITY ORIGINAL SOUNDTRACK PART2」。いずれもソニー・ミュージックからリリースされた。1枚目は管弦楽編成の楽曲、2枚目は小編成の楽曲を中心とした構成である。
サウンドトラック1枚目の収録曲は以下のとおり。
- アストロボーイ
- アトムのワルツ
- 科学省長官:お茶の水博士
- 天馬博士の野望
- 大都会の影
- ポリス出動
- 悲しき英雄
- ウランのワルツ
- 宇宙艇発進
- 断片化した回路
- スキップらんらん
- 異次元へ
- 悲壮
- 地上最大のロボット
- バトル・フィールド
- 異郷へ
- コラール
- ウランのワルツ(小編成版)
- 異郷へ (小編成版)
- アトムのワルツ(小編成版)
本作の前期主題歌はZONEが歌う「true blue」。サントラには主題歌は収録されていないが、主題歌のメロディには吉松隆によるアトムのモティーフが組み込まれている。
トラック1「アストロボーイ」を聴けば明らかだ。冒頭から金管が奏でる弾んだメロディは、「true blue」のサビのメロディそのまま。サックスのソロが同じ主題の変奏を奏でる。ふたたび金管がメロディを反復し、今度は弦楽器が変奏を奏でる。そんなふうにひとつの曲の中で主題が反復され、展開していく。管弦楽の小品のような構成を持った、本作の音楽を象徴する曲である。
アトムを表現する楽器としてサックスが選ばれているのが面白い。トラック2の「アトムのワルツ」ではソプラノサックスが踊るようにメロディを奏で、木管がアトムと会話をするかのように呼びかけ、返事をする。
本作で描かれている21世紀は、誰も実際には見たことのない、もうひとつの夢の未来。懐かしく温かい未来とアトムの人間っぽさがサックスとオーケストラのアンサンブルで表現されている。
御茶ノ水博士を表現するのはファゴット(バスーン)である。トラック3「科学省長官:お茶の水博士」は管弦楽による行進曲風の前奏から始まる。広壮な科学省のビルの中をお茶の水博士が大股で歩いてくる姿が浮かぶ。続いて、ファゴットがユーモラスな主題を奏で、博士の親しみやすい風貌と人柄を描いていく。サントラ2の「小編成版」では低音のサックスが同じメロディを担当している。いずれの版でも低音の木管の音がお茶の水博士のイメージにぴったりだ。
実はこの曲、お茶の水博士の場面にはあまり使われず、ストーリーテラーロボット・フランケンのテーマとして使われることになった。
アトムの産みの親でありながらアトムに敵対していく天馬博士には、オルガンが割り当てられている。トラック4「天馬博士の野望」ではオルガンの序奏を受けて、木管と弦楽器が劇的で悲壮な主題を奏で始める。そのバックではずっとオルガンが鳴り続いている。バロック的な曲想を持った重厚な曲だ。アニメ音楽ではオルガンは悪のテーマを演奏する楽器としてたびたび採用されているので、この性格付けはぴったりだろう。サントラ2の小編成版ではシンセサイザーによるパイプオルガンの音色で奏でられ、デモーニッシュな雰囲気と悲劇性が強調されている。
そして、アトムの妹ウランを表現するのはピッコロ。トラック8「ウランのワルツ」はチェレスタと木管の伴奏をバックにピッコロの澄んだ音色がウランの愛らしさを描写する。クラリネットとフルートが変奏を奏で、ピッコロとのかけあいでいたずらっぽく展開。弦も加わって大騒ぎのような雰囲気になったところで、チェレスタとフルート、ピッコロが主題を反復して終わる。2分足らずの中にドラマを詰め込んだ、短いながらも充実した曲である。
情景・状況描写系の曲は、金管楽器の音色を生かしたビッグバンド風の色彩で書かれている。金管の温かい音色は本作のレトロフューチャー的な世界観を表現するのにうまく合っている。
悲しみを表現するトラック7「悲しき英雄」とトラック13「悲壮」は抒情的ではあるが感傷的ではない。主題が繰り返される中で曲の表情が複雑に変化していく。吉松隆の作風が表れた楽曲だ。
聴きどころのひとつはトラック9の「宇宙艇発進」。不安と期待がないまぜになったような管弦楽による序奏に続いて、細かいリズムをバックに弦楽器と金管がアトムの主題の変奏を奏でる。宇宙艇がカタパルトを進んでいくようすがイメージされる。全合奏で盛り上がったところでアトムの主題が登場。宇宙艇の発進を描写する。テンポダウンして弦楽器がゆるやかにメロディを奏で始めると、飛び立った宇宙艇が宇宙空間を悠々と進む姿が眼に浮かんでくる。ふたたび全合奏の盛り上がりとなり、新世界への旅立ちを暗示して曲は終わる。独立した音楽作品として聴けるドラマティックな構成の曲である。
トラック14の「地上最大のロボット」も聴きごたえがある。淡々と刻まれるリズムをバックに低音の弦楽器と金管が巨大なものが動くさまを描写する。不安なフレーズが反復される中、マリンバのアルペジオが危機の到来を暗示。弦楽器のうねりがサスペンスを強調し、全楽器がしだいにクレッシェンドして終わる。
次のトラック15「バトルフィールド」は前曲を受けて展開する烈しい戦闘の曲。金管群と打楽器がロボット同士のぶつかりあいを表現。管弦楽にエレキベースのリズムが加わり、シンフォニック・ロックのような盛り上がりを聴かせる。プログレッシブ・ロックに傾倒した吉松隆らしい楽曲だ。
トラック17「コラール」はアルバムの中でもひときわ美しく心に残る。弦合奏をバックにチェレスタとグロッケンシュピールがやさしい旋律を奏でる。1曲前の「異郷へ」にも同じメロディが使われていて、どこか寂しい気持ちと郷愁を呼び起こす。弦楽器が寄り添うように同じメロディを奏で始め、サックスが加わると、メロディはアトムの主題に発展する。このメロディはアトムの主題が変形したものだったのだ。金管、木管の数が増えて音が厚くなり、徐々にクレッシェンドしていく。夜明けのような荘厳さと希望を感じさせる全合奏で終結する。
「コラール」とは讃美歌の意味。祈りをともなった歌だ。この曲にはアトムに幸せな未来あれかしと願う祈りが込められている。そんな気がする。
サウンドトラック・アルバムというより、ロックのコンセプト・アルバムのような世界観を持ったアルバムである。曲の流れが物語を語るのではなく、個々の曲がピースとなって、全体でひとつの世界を描いている。『鉄腕アトム』という壮大な交響楽の世界があり、そこから、アトム、お茶の水博士、ウラン、サスペンス、戦い、悲しみなど、いろいろな要素をふっとつかんでこちらの世界に持ってきたらこんな音楽になりました。そんな風に作られたような音楽である。
アトムの世界を奏でる交響楽。これもまぎれもなく吉松隆の「作品」なのだ。