腹巻猫です。前回の『ベルサイユのばら』で、第25話でオスカルが舞踏会にドレス姿で現れる場面の曲を「愛の光と影 —秘めた恋—」(M53)と紹介したら、「その場面はその曲ではないのでは?」とお便りをいただきました。ご指摘どおり、正しくはエンディング主題歌アレンジの別の曲「お前は光 俺は影」(M27)が使われていました。CDの解説書も間違っています。お詫びして訂正します。「愛の光と影 —秘めた恋—」はその場面には使われていませんが、CDでは「その場面をイメージした選曲」としてお楽しみください。
アニメ『ストライクウィッチーズ』の音楽を集大成したCD-BOX「ストライクウィッチーズ 劇伴コレクション」が8月24日に発売される(当初発表の7月27日発売から延期になったもよう)。CD3枚+Blu-ray Audio1枚の4枚組。今回は、その『ストライクウィッチーズ』の音楽について書いてみたい。
『ストライクウィッチーズ』は島田フミカネのイラストを原案にしたアニメ作品。並行してコミック版、小説版、ゲーム版、ドラマCDなども制作されているメディアミックス作品だ。
アニメ版は2006年に10分程度のプロモ映像が制作されたあと、2008年からTVアニメ『ストライクウィッチーズ』全12話を放送。2010年にTVアニメ第2期『ストライクウィッチーズ2』全12話が放送された。2012年に新作劇場版を公開。2014年にOVA『ストライクウィッチーズ Operation Victory Arrow』全3巻が発売された。そして、2016年には新作TVアニメ『ブレイブウィッチーズ』が待機している。10年にわたって新作が作り続けられている息の長い作品なのである。
舞台は、われわれの世界とよく似た、けれど少し違う世界地図と歴史を持つ世界。1930年代、世界は異世界から現れた謎の敵「ネウロイ」の侵攻によって危機に瀕していた。軍隊の攻撃が通用しないネウロイと互角に戦えるのは、魔法力を持った「ウィッチ」と呼ばれる少女だけ。ウィッチたちは魔導エンジンを搭載した飛行脚「ストライカーユニット」を装着して空を飛び、魔法力を駆使して、襲いくるネウロイに立ち向かう——。架空戦記ものとメカと美少女を組み合わせた「男の子の好きなもの全部盛り」みたいな作品である。
主役は第501統合戦闘航空団「ストライクウィッチーズ」に所属する11人の少女たち。各国から集まった少女たちの友情と、それぞれのキャラクターを生かしたドラマが見どころになっている。愛らしい絵柄から萌えアニメのように思われそうだが、内容はいたってまっすぐ。学園部活もの的な味わいもある青春群像劇だ。
この『ストライクウィッチーズ』シリーズの音楽を担当しているのが長岡成貢。三重県出身の作曲家である。独学で作曲を学び、ポップスの作曲・アレンジ・プロデュースなどで活躍するいっぽう、多くの映像音楽作品も手がけている。映像音楽では、OVA『天地無用! 魎皇鬼』(1992)、TVアニメ『神秘の世界エルハザード』(1998)、『宇宙のステルヴィア』(2003)、劇場アニメ『花の詩女 ゴティックメード』(2012)、TVドラマ「JIN」(2009/高見優と共作)などの作品がある。
『ストライクウィッチーズ』の主な舞台はヨーロッパ(作中では欧州と呼ばれる)。いつ襲来してくるかわからない敵を哨戒し、迎え撃つ航空隊。この設定から、映画好きの人なら1969年に公開されたイギリスの「空軍大戦略」を思い出す人もいるだろう。「空軍大戦略」ではロン・グッドウィンとウィリアム・ウォルトンが手がけた音楽が絶大な効果を上げていた。戦争映画音楽の傑作の1本である。
本作の音楽は、「空軍大戦略」に代表されるような往年の戦争映画音楽の味わいを持っている。生オーケストラを主体にした、ティンパニやスネアドラムのリズムが印象的な楽曲群だ。こうした音楽を安易に使うと「好戦的」と言われかねないのだが、本作の場合は、戦う相手は異界の敵、戦うのが少女たち、という条件が好戦的なイメージを薄めていて、戦争映画的な音楽がぴたりとはまっている。
TVアニメ第1作『ストライクウィッチーズ』のサウンドトラック・アルバムから紹介しよう。
収録曲は以下のとおり。
- 西暦1939年
- TRIKE WITCHES 〜わたしにできること〜(歌:石田燿子)
- 芳佳、その力
- 父への想い
- ストライカーの飛翔
- ネウロイ襲撃
- 傷ついた戦士たち
- みんなを守るために
- ウィッチの斗い
- 哀しみ
- 訓練開始
- カールスラントの悲劇
- バルクホルンの想い
- 浜辺にて
- 飛べ!シャーリー
- 栄光の記録
- 少女たち
- サーニャのうた(ピアノ・バージョン)(歌:石田燿子)
- 犯人は誰だ
- つかの間の安らぎ
- 郷愁のパ・ド・カレー
- 悲恋
- ミーナと坂本
- 再会
- ペリーヌ
- 決闘
- スピードレース
- ネウロイとコンタクト
- 苦悩
- ネウロイの巣へ
- 急襲
- 陰謀
- ウォーロックの異変
- 大決戦
- 平和の祈り
- ブックマーク ア・ヘッド(歌:福圓美里、千葉紗子)
BGMをほぼ完全収録した36曲入り。2曲目と最後の曲はオープニング&エンディング主題歌のTVサイズだ。
構成と解説は本編の音楽監督を務めた吉田知弘が手がけている。音楽演出を熟知した人が構成しているだけに、曲順も曲名もスキがない。ファンも納得の好アルバムになっている。
トラック1「西暦1939年」は第1話冒頭で使用されたプロローグ曲。ネウロイの恐怖を描写する不安な曲だ。重苦しい曲調を1曲目に置くことで、次の主題歌「STRIKE WITCHES 〜わたしにできること〜」の開放感が際立つ。巧みな導入部だ。
トラック3の「芳佳、その力」は第1話で宮藤芳佳が治癒魔法を発揮する場面に流れた曲。もともとはストライカーユニットで飛行するスピード感を描写した曲だが、緊張感と冒険心を表す曲調は魔法少女のテーマとしてもはまっている。弦の細かい上下動は「飛行」を表す音楽表現として、本作のBGMの中にたびたび登場する手法だ。
トラック4「父への想い」は、死んだと思っていた父からの手紙を受け取った芳佳のとまどいを表す曲。ハープとクラリネットが神秘的な雰囲気と暖かい心情を描写する。シンプルながら心に響く曲。
次のトラック5「ストライカーの飛翔」は本作のBGMの中でもとびきりの聴きどころ。スネアドラムのロールに続く金管の勇壮なフレーズが空に飛び立つ高揚感を表現。中間部ではストリングスの流麗なメロディが風を切って飛翔する爽快感を描写する。ミリタリーチックだけど悲壮感を感じさせず、空を飛ぶよろこびと開放感をストレートに表現した本作を代表する楽曲だ。
トラック6「ネウロイ襲撃」は襲いくるネウロイの脅威を表現するサスペンス曲。戦争映画的な生々しい恐怖を想起させる曲である。
戦いの恐ろしさを目にした芳佳の苦悩を描写するのがトラック7「傷ついた戦士たち」。それに続くトラック8「みんなを守るために」は戦いを拒んでいた芳佳の心情の変化と希望を表現する曲。音楽メニューでは「勝利」と題されている。その曲を立ち上がる芳佳の気持ちに当てた選曲の妙と、選曲意図を的確に表現した曲タイトルがすばらしい。
トラック9「ウィッチの斗い」は芳佳の初陣を飾った胸躍る曲。ウィッチたちの空中戦を描写する曲だ。細かく刻む弦の動きが緊張感と闘志を表現し、トランペットの勇壮なメロディがウィッチたちの華麗な活躍を盛り上げる。戦いの曲ではあるが、メジャースケール(長調)で書かれているので悲壮感よりも空を飛びまわる爽快感のほうが強調された曲になっている。「ストライカーの飛翔」と並ぶ本作の代表的なBGMのひとつである。
トラック10「哀しみ」はホルンが奏でる抒情的な曲。音楽メニューでは「夕暮れの情景」と指定されている。父が亡くなっていたことを知った芳佳の哀しみの場面に使用された。芳佳の気持ちよりも、芳佳を見守る戦闘隊長・坂本美緒の心情に寄り添った選曲だろう。
このトラック10までが本編第1話、第2話の内容に沿った構成になっている。ストーリー性のある巧みな構成であるし、音楽的な流れも気持ちいい。サントラ構成の見本のような作りである。
トラック11からは第3話以降のエピソードで印象的な場面を拾いながら、バランスよく楽曲を並べている。劇中での使用場面に即して、バルクホルン、シャーリー、ミーナ、坂本、ペリーヌら、キャラクターの名を盛り込んだ曲名がつけられているのが秀逸だ。おかげでファンは感情移入して曲を聴くことができる。音楽メニューだけをもとにした構成では生まれない発想である。
筆者のお気に入りはスピード自慢のシャーリーの飛行場面を飾った「飛べ!シャーリー」。緊迫感に富んだイントロからトランペットとハープ、弦のアンサンブルが奏でる変化に富んだメロディに展開する。音楽メニューでは、勇気をふり絞って戦う芳佳の活躍のイメージと指定されているが、アクロバット飛行を思わせるめくるめくような曲想は、シャーリーの飛行場面にもぴったりだ。
ウィッチたちの訓練のようすを描く「訓練開始」とそのヴァリエーション「浜辺にて」も面白い。5拍子のリズムの上で流れるような弦のメロディが踊る。変拍子の効果で、どこか不安定な、ふわふわ浮かんでいるような気分になる。
「栄光の記録」「少女たち」「再会」などの日常曲も魅力的だ。素顔のウィッチたちの日々をやさしく包み込むような曲調が、本作の単なるバトルものでない一面を象徴している。こういう楽曲も実に『ストライクウィッチーズ』らしい。なんてったって「再会」の音楽メニューは「洗濯日和」と書かれているのだ。
アルバム終盤はクライマックスの展開に合わせて危機感を盛り上げる激しい曲が並ぶ。
トラック31の「急襲」は、ティンパニとスネアドラム、コントラバスの変拍子のリズムをバックに弦とブラスの不安なフレーズが乱れる戦闘曲。敵味方入り乱れての激戦をイメージさせる本作の音楽の中でもとりわけ戦争映画音楽っぽい曲だ。演奏時間も2分を超えて聴きごたえ充分。
ネウロイ側の視点の重苦しい襲撃テーマ「陰謀」、弦楽器と打楽器による同じフレーズの繰り返しが焦燥感をあおる「ウォーロックの異変」とサスペンスたっぷりのバトル曲が続く。パーカッションとギターのリフに弦のスリリングなフレーズが重なる「大決戦」は、4拍子のリズムに3拍子の(ように聴こえる)メロディを乗せるトリッキーな曲で、ミニマルミュージック的なアプローチが戦いの緊迫感をいや増している。
トラック35「平和の祈り」は、一転して、おだやかな平和イメージの曲。友情のテーマとして書かれた曲で、クラリネットとストリングスのやさしいメロディにトランペットの暖かい響きが加わり、ウィッチたちの絆を歌い上げる。ラストを締めくくるにふさわしい美しく感動的な曲だ。
最後のトラックは芳佳役・福圓美里と坂本役・千葉紗子が歌うエンディングテーマ「ブックマーク ア・ヘッド」。
物語はネウロイを退けたストライクウィッチーズの解散とともに終わる。アルバムは短い余韻ですぱっと潔く終わる感じだが、このあとTVアニメ第2期、劇場版、OVAが続いていることを思うと、それもまた味わい深い。
長岡成貢は、少年時代から映画と映画音楽に魅せられ、60〜70年代の映画音楽を浴びるように聴いて育ったという。本作の音楽に往年の戦争映画音楽の香りがただようのは、そんなところにも理由があるのだろう。
本作の音楽には、現代音楽的な技巧も随所に散りばめられている。が、けして難しい音楽には聴こえない。映像にぴたりとはまり、視聴者の心にすっと入ってくる素直な曲調と印象に残るメロディを持っている。映画音楽への愛情にあふれた、ストレートで、どこか懐かしさの感じられる音楽である。「この音楽があるから飛べるんだよ」とウィッチたちが言ってくれそうな、まっすぐな音楽だ。
さて、8月に発売される「ストライクウィッチーズ 劇伴コレクション」には、これまで発売されたサントラ盤の楽曲に加えて、別バージョンなどの未収録曲も収録されるそうだ。Blu-ray Audioディスクには劇場版サントラの5.1chサラウンド・ミックスが収録される。サントラ盤を持ってないという人は一度に集めるチャンスだし、すでに買っているファンも未収録曲を補完して本作の音楽をコンプリートするチャンス。作品を未見の方も、この機会に『ストライクウィッチーズ』の世界に触れてみてほしい。
日本コロムビア 『ストライクウィッチーズ』特設サイト http://columbia.jp/strikewitches/