腹巻猫です。2月3日に発売された「六花の勇者 オリジナル・サウンドトラック」の構成を担当しました。音楽は大島ミチルさん。ロシアで録音された豪快にして繊細な音楽は圧巻です。ぜひお聴きください。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0186YI8EG/
今年2016年は『DRAGON BALL』のアニメシリーズ放送開始から30周年にあたる。
アニメ版『DRAGON BALL』の音楽といえば、『DRAGON BALL』(1986-1989)、『DRAGON BALL Z』(1989-1996)の音楽を手がけた菊池俊輔の名がまず浮かぶところだが、そのあとを継いで2013年から『DRAGON BALL』シリーズの音楽を担当しているのが住友紀人である。
今回は、その住友紀人が初めて手がけたアニメ作品『屍姫』を取り上げたい。
住友紀人は1964年、徳島県出身。幼い頃からピアノで曲作りを始め、オーケストラ部に所属していた高校時代には「スター・ウォーズ」のスコアを耳コピで書いたという。バークリー音楽大学に進学し、卒業後、音楽プロデューサーとしてデビュー。アメリカで練習したサックスの腕を生かし、ジャズ・サックス・プレーヤーとして、レコーディング、演奏ツアー、作曲、アレンジなどで活躍する。俳優・織田裕二のプロデュースを担当したのがきっかけで、織田裕二主演の「ホワイトアウト」(2000)の音楽を依頼され、これが映像音楽デビュー作となった。
以降、TVドラマ「やまとなでしこ」(2000)、「エースをねらえ!」(2004)、「アンフェア」(2006)、NHK朝の連続テレビ小説「つばさ」(2009)、劇場作品「沈まぬ太陽」(2009)、「テルマエロマエ」(2012)、劇場アニメ『DRAGON BALL Z 神と神』(2013)、TVアニメ『DRAGON BALL 超』(2015〜)などの音楽を担当。サックス・EWI(ウインド・シンセサイザー)奏者、サウンド・プロデューサーとしても活動している。
『屍姫』は2008年10月から2009年3月まで全25話が放送されたTVアニメ作品だ。赤人義一のマンガ原作を會川昇が脚色、むらた雅彦が監督した。アニメーション制作はガイナックスとフィール。1話から13話は『屍姫 赫』、14話から25話は『屍姫 玄』のタイトルで放送された。タイトルは分かれているが、放映時間も物語も連続したひとつの作品である。
強い未練・妄執を持って死んだあとに動き出して人間を襲う死者=屍と、その屍を狩るために作られた生ける死者=屍姫の戦いを描くダークファンタジー。ゾンビ対ゾンビとでも言おうか。屍姫となった少女たちと切なくも壮絶な宿命が胸に迫る作品である。
初のアニメで、しかも、それまで住友紀人が手がけていた実写の映画やドラマとは、まったく毛色の異なる題材。とまどいそうなところだが、住友紀人はむしろ書きやすかったという。
サントラのライナーにも書かれているが、住友紀人自身、小さい頃から「霊」を感じたり見てしまったりすることがよくあり、死を身近なものに感じていたのだそうだ。住友紀人にとって、『屍姫』の世界は入りやすい世界だった。
そうして生まれた『屍姫』の音楽。
こういう題材なら、ホラーっぽいおどろおろどしい音楽や、逆にゴシック調の美しい音楽をつけて恐怖を盛り上げるのが常道だが、住友紀人はそのどちらとも違うアプローチで挑んでいる。
シンセサイザーと生楽器を組み合わせた、生々しさのない、現実から少し浮遊したような独特のサウンド。現代的で洗練されていて、情緒に流れるところがない。型どおりの「ホラー音楽」とは一線を画した音楽だ。ストレートな「怖い音楽」「悲しい音楽」ではなく、聴いているうちに、「死者を感じるってこんな感じ?」「死者の気持ちってこんな感じ?」と感じてしまう音楽なのである。
サウンドトラック・アルバムは2008年11月に『屍姫 赫』のサントラが、2009年5月に『屍姫 玄』のサントラが、キングレコードから発売された。
「屍姫 赫 オリジナル・サウンドトラック」の収録内容は以下のとおり。
- 屍達のセレナーデ
- The Enclosure
- 招かれざる者
- 想い出のかけら
- Sweet Home
- Tactics
- かぎろひ
- The Crusher
- 生きる証し
- 最後の聖戦
- The Curse
- 眠れる星の蒼い砂(ピアノ)
- 眠れる星の蒼い砂(歌:飯塚真弓)
- 闘いの狭間
- Take It Easy
- Brand New Morning
- The Still Of The Night
- 悲しみの刻印
- Cruel World
- Beautiful fighter(ララバイ)
- 殺戮の天使
- Candle Of Life
- 復讐の誓い
- 呪われた街
- Beautiful fighter(レクイエム)
構成(曲順と曲名)は住友紀人自身。ほぼ作曲した順であり、住友紀人が「屍姫」を理解していった曲順になっているそうだ。最初のほうは第一印象で全体の世界観を描いた音楽。しだいに屍姫の内面の弱さや苦悩などが現れ、終盤では、それでも戦わざるをえない宿命と闇の世界にたどりつく。アルバムの流れがひとつのストーリーになっているのだが、そのストーリーはアニメの物語とリンクしているのではなく、「屍姫」という存在を表現するストーリーなのである。
1曲目の「屍達のセレナーデ」は無機質なループのリズムに哀感を帯びたメロディを乗せた屍姫のテーマ。本作のメインテーマと呼べる曲である。曲が進むと弦が加わり、情感が増していく。死者でありながら心を持ち、しだいに「生」に傾斜していく主人公の屍姫=マキナ(星村眞姫那)のイメージが重なる。第12話や第25話で悲愴な思いを胸に戦う屍姫の場面に流れた。
2曲目「The Enclosure」はシンセの打ち込み中心のバトル曲。屍の襲来や屍姫の戦いを描く音楽は、感情の乗らないデジタルなサウンド中心に作られている。8曲目「The Crusher」、19曲目「Cruel World」なども同様の方向性の曲だ。
3曲目の「招かれざる者」は不死の体を持ってよみがえり人間を襲う屍のテーマ。「あえてメロディではなく効果音的な音色のみで構成してみた」と住友紀人がコメントしているように、無機的なシンセの音が耳に残る曲だ。
4曲目「想い出のかけら」はパラグアイのハープ「アルパ」をフィーチャーした叙情的な曲。本作のもう一人の主人公・オーリ(花神旺里)の日常生活の描写などに使用された。
この曲をはじめ、5曲目「Sweet Home」、15曲目「Take It Easy」、16曲目「Brand new Morning」など、本作の日常描写曲はアコースティックギターや生のパーカッションを使ったぬくもりのあるサウンドで作られている。温かい曲調は屍をめぐる場面のダークな雰囲気と好対照をなしていた。
7曲目の「かぎろひ」はアルバムの中でもとりわけ胸を打つ聴きどころのひとつ。弦が奏でる美しい旋律は、悲しいようでもあり、希望をたたえているようでもある。「かぎろひ」とは「明け方の光=曙光」のこと、もしくは「陽炎」を表す古語だ。第12話でマキナの契約僧であった景世がオーリに契約を譲渡するシーンに使われた。『屍姫 赫』のクライマックスを彩った重要曲である。
クラシックギター・デュオ「いちむじん」の演奏による9曲目「生きる証し」は穏やかなギター曲。シンプルな曲調に「生と死」をめぐるテーマを潜ませた、味わい深い曲である。第11話で景世がオーリにマキナの生い立ちを話す場面、最終話(25話)で戦いを終えたオーリとマキナが大麟館に戻ってくるシーンなど、ストーリーの要となる場面に選曲されている。
12曲目と13曲目は第4話で屍となったアイドル御咲君の歌う歌として使用された劇中歌とそのインスト。本編からつながる形でエンディングテーマとしても使用されている。これも住友紀人の作。
ピアノとシンセが奏でる18曲目「悲しみの刻印」は使用頻度の高い情感曲。第1話でオーリとマキナが初めて出会う場面、第4話でマキナが自分の墓の前でオーリと話す場面、第12話で景世を喪ったマキナが慟哭する場面など、マキナの哀しみや苦悩を描写する曲としてたびたび使用された。
20曲目「Beautiful fighter(ララバイ)」はオープニング主題歌のピアノ・アレンジ。第1話でマキナの切ない心を知ってオーリが涙する場面、第13話でオーリが景世を思い出す場面などに使用された。こちらは「オーリの哀しみのテーマ」とでも呼べる曲だ。
アルバムの終盤に向かうにつれ、曲は深みを増してくる。
21曲目の「殺戮の天使」は戦うために作られた屍としての屍姫のテーマ。シンセの不安なうねりにギターのアルペジオが重なり、やがて弦による悲愴なメロディがそっと忍び込んでくる。急激な弦のクレッシェンドとともに突然終わるコーダは、屍姫の悲しい宿命を暗示しているようだ。
22曲目「Candle Of Life」は、生のはかなさを表現する曲。1曲目「屍達のセレナーデ」のメロディを透明感のある神秘的な曲調にアレンジしている。屍姫の心情に一瞬触れたような気持ちになる不思議な曲だ。
23曲目「復讐の誓い」は人の心の奥に潜む闇を表現する曲。暗い情感をたたえた弦の旋律のバックで不安なシンセの音が鳴り続ける。第11話でマキナが屍姫となった過去が描かれる場面に流れた。
スティーヴン・キングの傑作ホラー小説を思わせる曲名がついた24曲目「呪われた街」は、恐ろしい事件の予兆を表わす曲。不安をあおる曲調ではなく、明暗どちらともつかない中間色に仕上げられている。海外ドラマ音楽のようなセンスが住友紀人らしい。
そした最後の「Beautiful fighter(レクイエム)」は大編成(24人)のストリングスによる主題歌アレンジ。格調さえ感じさせる演奏にゴシックロマンの香りがただよう。最終話で、安息の地をあとにしたマキナがオーリに「私は生きたい」と語る、全篇の締めくくりとなる場面に流れた。アルバムの最後を飾るにふさわしい曲だ。
住友紀人の言葉によれば、本作の音楽のテーマは「死生観」なのだという。「生きる意味」「生のはかなさ」「死んだらどうなるのか?」、そんな疑問や感情が音楽の中に散りばめられている。
けれども、アルバムを聴いた印象はけして暗くない。といって明るくもない。明るいとか暗いとか、ひと言では片づけられない音楽である。住友紀人は、死者でありながら生き続ける屍姫の内面に分け入って、生と死が対立するものではなく、実はとても近いものだと表現しているようだ。「死者」を通して「生」を描くというテーマが結晶したアルバムである。