COLUMN

第1回 アニメの「撮影」って?

 WEBアニメスタイルをご覧の皆様はじめまして。アニメの撮影、ビジュアルエフェクトを仕事にしております泉津井と申します。アニメスタイル007で『響け! ユーフォニアム』の記事を書かせていただいたご縁で、WEB版でも原稿を書かせていただく事になりました。これから数回の予定でアニメの「撮影」について、アレコレ書いていく予定です。
 この連載では、アニメファンでも普段馴染みのないであろう「撮影」というセクションの仕事の内容や役割などについて解説しつつ、仕事にまつわるエピソードなども交えていければと思っています。自分のフィールドであるアニメの「撮影」という仕事の魅力を知ってもらい、皆さんがより深くアニメを楽しむ一助になれば幸いです。

 まず第1回目は「撮影」とは一体何をしているのか、というところから始めたいと思います。なお現在のアニメの撮影は完全にデジタルに移行しており、作業内容からすれば合成もしくはコンポジットと呼んだ方が現状に近く、実際いくつかの作品ではそうした表記になっています。ですが、ここでは伝統的な呼び方である「撮影」で統一しましょう。

 撮影というと、どんなイメージを抱かれるでしょうか? 漠然と映像を合成しているというのはわかると思いますが、具体的な作業や仕事の詳細についてはなかなか知る機会がないかもしれません。撮影は、画としてのアニメの制作工程の最後の出口であり、作品の最終品質を担保する上でその重要性が高いセクションです。大雑把に言うと、映像の演出と品質の保証というふたつの点で、大きな役割を担っているのです。

 撮影を始める前から納品までの流れを簡単に記してみましょう。各社ごとに細かい違いがありますが、おおむねこのような形になっています。

●フォーマット設定……映像の仕様の決定。TVか劇場かなど、作業する画像サイズやフレーム比、納品時のファイル形式等を決める
●作品打ち合わせ………撮影監督が監督と作品の画作りの方向性を決める
●撮影打ち合わせ………演出、作画、背景、CGなどの部署と実際の作業に必要な素材の作り方や作業の振り分けなどを決める
●事前準備………………撮影作業に必要な素材を準備し、テストや演出意図の確認などを行う
●撮影作業………………上がってきた各種素材を指定に合わせて合成、カメラワークやエフェクトなどを付加し、映像として仕上げる
●ラッシュチェック……撮影ずみのカットを納品前にチェックする
●納品……………………完成した映像を決められた形式で編集室に送る
●リテイク………………納品後に発覚した間違いや演出からの指示によって修正を行う

 打ち合わせや作業は映像演出に関わる部分、フォーマット設定やチェックなどは映像品質の保証に関わる部分ですね。クリエイティブな作業とテクニカルな作業が重なっているのが撮影と言っていいでしょう。以下、これらの項目についてもう少し詳しく説明します。

 まず「フォーマット設定」ですが、具体的には、最終的な映像の納品形式を決めることです。現在はチャンネルが、放送やネット配信など多岐にわたり、映像フォーマットもHDから4Kまで各種混在している状況なので、パッケージ化も含めて、それぞれの状況に合った妥当な仕様を選択する必要があります。予算と手間も大きなファクターを占めています。作業上、無理のない設定を選ばないとあとあと大変なことになりかねません。
フレームの比率や画像サイズ、スキャン解像度などは、作画や仕上げにも影響する部分です。無理のないよう、各セクションの状況も鑑みて、決定する必要があります。
現在はTV作品の劇場化も含めて地上波デジタルのHDフォーマットが主流ですが、オリジナル劇場作品の場合は、ビスタやスコープサイズといった実写劇場作品と同じフレームフォーマットが選択される場合もあります。ただ、ネイティブのフルHDや2Kといったサイズで制作されている作品は非常に少ないのです(細かな話は、次回以降で触れるつもりです)。

 次に「作品打ち合わせ」ですが、最初の撮影打ち合わせ、と言った方がいいかもしれません。最初に、監督を中心に作品の画的な方向性を決めていく打ち合わせです。監督から作品の世界観や演出の方向性についての説明があり、それに合わせて撮影監督が全体の雰囲気作りや撮影効果などの大まかな方向性を考えることになります。ここで決まった方針が作品全体のカラーを決定づける事になります。作品の中で特に力を入れる表現や、全体を通じて特殊な画作りになる場合などは、この打ち合わせを元に表現の開発やテストが行われます。

 次の「撮影打ち合わせ」は、「処理打ち合わせ」と呼ぶところもあります。ここからは実作業の段階です。監督や演出の他にCGや背景、仕上げの担当者、場合によっては原画の担当者も交えて実際のカットを作り上げるために必要な素材や作業の検討を行います。デジタルでの作業は撮影セクションとCGセクションのどちらでも可能な表現もあり、その作業の振り分けも、効率やクオリティを勘案してこの時に行います。おなじみのスタッフであれば、大まかな部分はある程度、各セクションにお任せで、細かい部分のみ打ち合わせといったこともあります。細部については作業ごとに各部署の担当者と個別に行われることになりますが、各社各作品ごとにその形態は異なります。

 「事前準備」では、撮影に使用する基本データのテンプレートの準備、打ち合わせで必要になった素材、エフェクトや処理を自動で一括して行えるスクリプトの作成などを行います。現在日本のアニメは、100%に近い比率でAdobe社のAfter Effects(以下AE)が使用されています。スクリプトや各種エフェクトの連動を行うエクスプレッションに関しては、このAE上動作するJavaScriptをベースにした言語で開発しています。各々自分で独自のスクリプトを書かれる方もいますが、複雑なものは社内のプログラマーに任せて、各社独自のスクリプトを作品ごとに用意していることが多いようです。朝や夕方、屋内や屋外など、話数やシーンごとに異なる設定が用意されますので、かなりの分量になります。他社との連携がある場合は、互換性確保のためにソフトやプラグインのバージョンが揃っているかなどの細かな確認も必要です。

 ここまでが主に撮影監督の仕事になります。こうした準備を踏まえて、各カットの撮影担当者に対して説明と作業の振り分けが行われ、次の「撮影作業」に入ります。

 「撮影作業」では、いよいよ実際に素材の合成を行います。仕上がってきた素材をレイアウトやタイムシートに書かれた演出指示のとおりに画面に配置することが基本になりますが、素材の不備や、レイアウト時からの位置や大きさの微妙な違いなどもあって、バランスが悪い部分などは独自の判断で修正を行います。その上でエフェクトと呼ばれる各種の処理を加えていきます。絵コンテなどであらかじめ指示があるものの他に、撮影監督や担当者いの判断で、処理やカメラワークに独自の味つけが加えられることになります。撮影の醍醐味とも言える作業です。もちろん演出を無視して好き勝手にやる訳ではありません。絵コンテを読み込み、きちんと演出意図を読み取った上で、現状の画をクオリティアップするにはどうしたらいいか考える必要があります。このあたりも今後、触れていければと思います。

 他にも「線撮」や「タイミング撮」と呼ばれる作業が入る場合があります(このフローチャートに入れていいのかは少々迷うところですが)。
これは編集やアフレコなど音作業用に未完成のカットを先行して撮影する作業です。「線撮」は文字どおり、原画や動画といった仕上げがされていない状態の“素の素材”を、本来の秒数どおりに撮影する作業です。元が原画の場合は「原撮」、動画の場合は「動撮」と呼ばれます。ラフな映像とは言え、アフレコ用にセリフのタイミングにキャラクター名のボールド(テロップ)を入れたり、セルの重ねが見えるように切り抜いたりと手間の掛かる作業です。これらは映像特典としてソフトのおまけに付く場合もあるので、見たことがある方もいるのではないでしょうか。作画マニア的にはアニメーターの生の線が見られて嬉しいものですが、現場からすると、スケジュール破綻を象徴するものなので、喜んでもいられません。それでも間に合わない場合は「レイアウト撮」や「コンテ撮」など、さらに工程を遡った状態の画を使ったものが作られます。最近では線撮を専門に請け負ってくれるスタジオもあるので、撮影現場が直接関わる事は少なくなっているようです。
 もう一方の「タイミング撮」は、背景とセルが彩色または仮彩色まで終わった状態で効果などを入れずに撮影したものです。色も背景もあるので一見すると完成品のように見えてしまうため、間違わないよう画面上に「タイミング」などと目立つ色でボールドが入れられています。とりあえず公開前の試写はこれで乗り切る、という事もあるとかないとか……。
 いずれもまず視聴者の目に触れる事はない映像です。本来必要ない作業に手間と予算を割かざるを得ないというのも変な話ですが、これがないと制作が間に合わないというのが今の業界の現状なのです。

 この後はラッシュチェックで映像の確認を行います。この時に使われるのが、マスターモニター(マスモニ)と呼ばれる放送用の品質をチェックするための業務用モニターと、一般的な民生用のモニターです。モニターも業務用と民生用で見え方に差があります。民生用はメーカーによってその映りに個性があり、全てのメーカーのモニターで同じ映りになるよう調整することはできませんので、定められた放送基準に合わせて調整された業務用のモニターで色味やレベルなどの確認を行います。同時にチェックする民生用のモニターは、あくまで参考です(一般的に民生用のほうがメリハリがあり、彩度が強めになります)。また、この時に発見されたテクニカルな撮影ミスやエフェクトの微調整などがリテイク作業に回されます。ずっと見ていたはずの担当カットでも見落としすることがままあり、ラッシュチェックでミスを指摘されることがよくあります。その意味からも、他人の目を通してチェックする事が重要です。

 チェックを終えたカットは、納品となります。TVシリーズの場合は編集中にもリテイクが発生するので、その場合はFTPやHDD持ち込みで編集室と現場がやり取りしながら納品時間ギリギリまで差し替え作業を行います。そのため、納品最終日は編集終了時まで現場で待機することになり、最後まで気の抜けない体力勝負になります(『SIROBAKO』で描かれていた状況もリアリティがあります)。
 余談になりますが、俗に言う「ポケモンチェック」も編集室で行われます。正確には「ハーディングチェック」と呼ばれるもので、「光過敏性発作」を起こす可能性がある動画の解析を行うツールを利用します。これで弾かれたものもリテイクとして戻ることになりますので、派手な爆発シーンやエフェクトなどは注意が必要になってきます。必要に応じて編集室でディレイ(前後のコマをダブらせる効果)や明るさを抑えるなどの対応がとられる事もあります。

 TVの場合は放映後、映画は上映終了後にパッケージソフト用のリテイクが発生しますが、これは別の予算とスケジュールで動くことになり、場合によっては大幅な変更が出ることがあります(最近も結構大きなの、ありましたね……)。ちなみにジブリでは完成後のリテイクは一切行わないため、何か不備があった場合、一生それを見続ける羽目になります……(≥≤)

 以上の説明からもおわかりだと思いますが、実際の作業もさることながら、より質の高い映像を作るためには事前の打ち合わせがとても重要になります。最近ではデジタル技術の進歩や実際に撮影を行う人のスキルの向上によって高度な表現も増えていますが、事前の準備なしにいきなり素晴らしい映像は作れません。特に多くの人や複数の会社にまたがって作業しなくてはならない関係上、画作りのコンセンサスを得ることが重要ですし、定形処理のテンプレート化やスクリプト化も多くの人が作業する現場には欠かせません。デジタル技術の進歩によって撮影がカバーする範囲も広がりを見せており、撮影の段階で複雑な手順を踏む作業や手間のかかる作業も増えています。そして現在制作されている膨大な作品数をこなす生産性を確保するために、現場では不断の努力が日々続いています。

 第1回は軽く流すつもりでしたが、かなり長くなってしまいました。次回は映像のフォーマットについての話の予定です。