腹巻猫です。本年もよろしくお願いします。新年早々「スター・ウォーズ フォースの覚醒」観てきました。懐かしい再会と変わらぬ音楽に胸が熱くなります。ジョン・ウィリアムズにはシリーズ完結までがんばってほしいです。
今年は2016年。特撮ファンにとってはTV特撮番組の革命となった「ウルトラQ」「ウルトラマン」の放映開始(1966年)から50年となる記念すべき年だ。
ではアニメはというと、40年前の1976年に忘れられない名作が放送されている。日本アニメーション制作の世界名作劇場の第2作『母をたずねて三千里』である。
原作はイタリアの作家エドモンド・デ・アミーチスが著した「クオーレ」の1エピソード。出稼ぎに行ったまま連絡の途絶えた母親を探して、少年マルコがイタリアからはるか南米まで一人旅をする物語だ。
原作では短い挿話として登場する物語をふくらませ、1年間の連続アニメに仕上げたのは、『アルプスの少女ハイジ』を手がけた監督・高畑勲、キャラクターデザイン・作画監督・小田部羊一、場面設定・宮崎駿のスタッフ。脚本は『太陽の王子ホルスの大冒険』の深沢一夫が全52話を1人で書き上げた。南ヨーロッパや南米の光を意識した美術はのちに劇場版『銀河鉄道999』や『幻魔大戦』を手がける椋尾篁によるもの。そして、音楽は坂田晃一が担当している。映像、ドラマ、音楽、すべてが最高水準の日本アニメ史上に残る名作である。
本作でアニメ作品を初めて手がけることになった坂田晃一は、TVドラマの世界では広く知られる作曲家だ。
1942年、東京生まれ。チェリストを志して東京藝術大学に進学し、在学中に作曲の魅力に目覚める。が、大学で学んでいた純音楽のあり方に疑問を感じ、売れっ子作曲家として活躍していた山本直純に入門する。すぐに山本の仕事の手伝いが始まり、大学は3年で中退してしまった。1965年、箏奏者・野坂恵子から委嘱されたオリジナル作品で作曲家デビューを果たす。以後、TVのCMやドラマの音楽を中心に活躍を始めた。
代表作は、NHK連続テレビ小説「雲のじゅうたん」(1976)、「おしん」(1983)、NHK大河ドラマ「おんな太閤記」(1981)、「春日局」(1989)、TVドラマ「2丁目3番地」(1971)、「華麗なる一族」(1974)、「池中玄太80キロ」(1981)、「家政婦は見た」シリーズ(1983〜2008)など。「池中玄太80キロ」で西田敏行が歌った主題歌「もしもピアノが弾けたなら」は紅白歌合戦にも登場するヒット曲になった。また、劇場アニメ『コクリコ坂』の主題歌「さよならの夏」は、日本テレビ系TVドラマ「さよならの夏」(1976)の主題歌として坂田晃一が作曲・編曲し、森山良子が歌った歌がオリジナルである。
TVドラマでは主題歌とBGMは別の作家が担当することが多いが、坂田晃一はほとんどの場合1人で両方を手がけ、しかも多くのヒット曲を生み出している。それだけ、坂田の作り出すメロディは魅力的で聴く者の心を打つ。
日本屈指の美しい音楽を書く作曲家。筆者は坂田晃一のことをそう思っている。哀愁を帯びた美しい曲調はフランスの映画音楽作曲家ジョルジュ・ドルリューの音楽をほうふつさせる。坂田がTVドラマのために書いた名曲の数々は2012年に「坂田晃一/テレビドラマ・テーマトラックス」のタイトルでCDにまとめられたので、ぜひ聴いていただきたい。
さて、『母をたずねて三千里』では、主題歌・挿入歌のほかに200曲近い劇中音楽(BGM)を録音している。音楽録音の回数は4回。1年間のTVアニメとしては異例の回数と曲数だ。
その理由のひとつには、本作の舞台がイタリアから、地中海、大西洋、ブラジル、アルゼンチンと次々と変っていくことが挙げられる。舞台が変わるごとに、各地方の民族楽器や曲調を取り入れた音楽を新たに録音しているのだ。また、マルコが旅の途上で出会う人々にもさまざまなドラマがあり、それに合った音楽を用意する必要があった。キャラクターが口ずさむ歌も、ほとんどオリジナルで作られている。こうしたこだわりが本作の世界観に厚みを与えている。
本作の音楽商品としては、放送当時、主題歌・挿入歌とドラマを収録したLPアルバムが日本コロムビアから発売されている。しかし、名曲ぞろいの劇中音楽の商品化は、1984年発売のLPアルバム「アニメサウンドメモリアル 母をたずねて三千里」まで待たなければならなかった。これは主題歌・挿入歌全6曲とBGMを収録した音楽集だったが、収録時間の制約からBGMは17曲しか収録されていない。1992年には「FOREVERシリーズ」の1枚として新構成による音楽集CDがリリースされる。こちらはストーリーを追う形で37曲のBGMを収録。『母をたずねて三千里』ファンにとってはBGMがまとまって聴けるうれしいアルバムとなった。そして、2005年に2枚組CD「世界名作劇場メモリアル音楽館 母をたずねて三千里」が発売され、本作の大半の楽曲が商品化された(選曲・構成は筆者が担当した)。
上記の3枚のアルバムそれぞれで、収録BGMが微妙に違っている。本作の音楽を完全収録するためにはCD3枚組のボリュームが必要なので、「メモリアル音楽館」では、既発アルバムに収録された楽曲は収録の優先度を落としているのだ。だから、『母をたずねて三千里』のBGMをそろえようと思ったら、アルバム3タイトルをすべて入手するしかない(ただし「FOREVER」の収録曲は1曲を除いて「メモリアル音楽館」に収録済)。しかし、それだけの価値はある作品だと思う。
今回は、現在も入手可能な「世界名作劇場メモリアル音楽館 母をたずねて三千里」から本作の音楽を紹介したい。なお曲数が多いので、収録内容は下記を参照いただきたい。
http://www.amazon.co.jp/dp/B0006OR23I/
アルバム冒頭6曲は主題歌・挿入歌のレコードサイズを集めたソング・コレクション。
主題歌「草原のマルコ」が、もう身もだえしたくなるような名曲である。寂しげな歌い出しから明るい曲調に転じて、サビは一気に盛り上がる。南米のリズムや民族楽器を取り入れた意欲的な音楽作りがアニメ主題歌としても画期的だった。この歌は筆者が『宇宙戦艦ヤマト』に続いて自分の小遣いでレコードを買ったアニメソングだったと思う。歌のイメージに合わせたオープニング映像もみごとだった。
挿入歌では、「かあさんの子守唄」がすばらしい。やさしい曲調の中にちょっと寂しさを帯びていて、母を探すマルコの心情も投影されている。この歌はマルコの母アンナが歌う歌として本編中に使用されたほか、アレンジBGMも第5話などで使用されている。
BGMパートは物語の流れに沿って構成。110曲あまりを収録している。
「港町の少年マルコ」は、アコーディオンと笛が奏でる素朴な曲A-1から始まり、ジェノバでのマルコの日常を表現する曲で構成。
「いかないでおかあさん」は第1話のマルコと母アンナの別れの曲。坂田晃一らしい美しく胸を打つ情感曲が並ぶ。
「トニオにいさんとギター」では、曽我部和行演じるマルコの兄トニオが歌う「陽気なマルコ」を本編用の録音から収録。キャラクターが歌う歌——イメージソングではなく劇中で歌われる——がたっぷり聴けるのも、本作の特徴のひとつだった。
本作を代表する名曲のひとつが「屋根の上の小さな海」の最後に置かれたA-6。ギター、ベース、チェレスタをバックに笛の音が奏でる哀愁と懐かしさにあふれたメロディ。マルコとフィオリーナが屋根の上に並んで友だちの約束をする名場面に流れた。最終話でマルコが再会した母アンナに抱きつく場面にも使用された感動の曲である。
フィオリーナ、コンチェッタ、ペッピーノが歌う「踊り靴の歌」は残念ながらマスターになく、MEから収録。それでもCDで歌だけを聴けるのは貴重だ。
「マルコの旅立ち」のF-15はブロックタイトル通りの旅立ちのテーマ。軽やかなピアノのアルペジオに乗って弦がさわやかな旋律を聴かせる。
続く「すすめフォルゴーレ号」のブロックでも木管、ピアノ、チェレスタ、チェンバロなどが奏でる温かい音楽がマルコの旅立ちを見守るように流れる。坂田晃一の音楽の抒情的な面が生かされた楽曲たちである。
「マルセイユの灯」のH-3は使用回数は少ないながらも印象に残る曲。フランス映画音楽のようなちょっと大人の香りのする哀愁を漂わせた曲調が、フランスの港町マルセイユの灯りが見えてくる場面にぴったりだった。
南米を舞台にしたエピソードでは、バンジョーやケーナなどの民族楽器や南米のリズムを使用した音楽が使用されるようになる。南米ムードをたっぷり味わえるのが「パンパの旅」の3-M-9C’や「はるかな北へ〜牛車の旅」の3-M-10D、4-M-2などのフォルクローレ風の曲。その印象は強烈で、『母をたずねて三千里』というと、こうした音楽を思い出す人も多いかもしれない。
さてさて、あまたある『母をたずねて三千里』の音楽の中で、筆者がもっとも気に入っている曲は……。それは、第42話から第45話まで登場するゲストキャラクターの少年パブロが「ロバとケーナが俺の友だち……」と劇中で歌う歌なのです。マスターテープに記載された曲名は「ケーナを吹く少年」。
CDでは「新しい友だちパブロ」のブロックにアレンジBGMと本編で使用されたボーカルを収録。放送当時から大好きだった曲で、『三千里』のレコードやCDが出るたびに「この曲は入っているか」と楽しみにしていた。初収録されたのは「FOREVERシリーズ」版のCD。ボーカルは「メモリアル音楽館」で初CD化になった。
余談だが朝日ソノラマから発売された「ファンタスティックコレクション 母をたずねて三千里/フランダースの犬」には、この歌の2番までの歌詞が掲載されていた。フルサイズの録音は残っていないのだろうか。あればぜひ聴きたい、商品化したいものである。
物語も終盤。マルコと母の再会をイメージした「とうとうかあさんに」のB-3はアンナのテーマともいうべき胸にしみる曲。よく聴くと「屋根の上の小さな海」のA-6と同じ旋律である。フィオリーナの場面とアンナの場面に、同じメロディの、しかしアレンジの異なる別の曲が使われているのはなかなか奥深い音楽演出だ。
「なつかしいジェノバへ」は大団円を飾る2曲。どちらもそのまま歌にしてもいいような美しいメロディの曲で、ヒットメーカー坂田晃一の面目躍如というところ。
マルコの長い旅に寄り添い、ときに励まし、ときにその想いを代弁してきた音楽は、素朴な響きと温かい情感に満ちている。この音楽がなければ、マルコの旅はずっと味気なく、みじめなものになっていたかもしれない。音楽と歌が、旅に情感とぬくもりを与え、希望の支えとなっていたのだ。
本作のあと、坂田晃一は世界名作劇場の『ふしぎな島のフローネ』(1981)、『南の虹のルーシー』(1982)でも音楽を担当。TVアニメ『青春アニメ全集』(1986)、TVアニメスペシャル『アンネ・フランク物語』(1979)、劇場アニメ『おしん』(1984)などの音楽も手がけている。レアなところでは、アニドウ・フィルムが制作したアニメ『この星の上に』(1998)の音楽を担当し、インディーズながらサントラCDも発売された。
坂田が手がけたアニメ作品はけして多くはない。しかし、どれも長く人の心に残る名作や派手さはなくとも良心的に作られた作品ばかりである。それは坂田の音楽にも通じる特徴だ。
坂田が少年時代からのめり込んだ楽器はチェロ。楽器の中でも音域や音色が人の声に近く、弦合奏をやさしく支え、ときには独奏楽器としてしみじみとした音色で旋律を聴かせるチェロが、坂田晃一の人間に情感に寄り添った音楽を育んだのかもしれない。
坂田晃一は、2000年より尚美学園大学の教授として後進の指導にあたり、現在は、尚美総合芸術センター長として活躍している。近年は川越市で開催されている「里山賛歌音楽祭」で宮沢賢治の世界を題材にした新作を発表。筆者も案内をもらって聴きに行ったが、坂田晃一らしい澄んだ水のような純度の高い音楽だった(そういえば、宮澤賢治の「セロ弾きのゴーシュ」でゴーシュが弾いているのもチェロだ)。まだまだ創作意欲旺盛な坂田晃一の新作に期待したい。