COLUMN

第64回 どこから見てもヒーローじゃない 〜宇宙船サジタリウス〜

 腹巻猫です。8月8日のSoundtrack Pub【Mission#27】、そして、コミックマーケット88の劇伴倶楽部スペースにお立ち寄りくださったみなさま、ありがとうございました! いよいよ夏も終盤。8月23日には高梨康治のライブ「Cure Metal Nite 2015」が新宿ReNYで、8月30日には渡辺宙明の映像音楽をオーケストラで演奏する初のコンサート「渡辺宙明寿記念コンサート」が渋谷区大和田さくらホールで開催されます。まだまだ熱い夏は終らない!


 DJイベントSoundtrack Pub【Mission#27】で筆者が紹介した作品のひとつに『宇宙船サジタリウス』があった。2006年に発売された2枚組CDアルバム「宇宙船サジタリウス 歌と音楽の旅」に少しだけ関わったこともあり、思い出深い作品である。今回はその音楽を紹介しよう。
 『宇宙船サジタリウス』は1986年1月から1987年10月までテレビ朝日系で全77話が放送された日本アニメーション制作のTVアニメーション作品。イタリアの物理学者アンドレア・ロモリが描いた絵本が原作としてクレジットされているが、原作からはメインのキャラクターデザインや設定を借りただけで、ほぼ日本独自のオリジナル作品になっている。
 舞台は恒星間航行が発達した未来。地球人の宇宙パイロット、トッピーとラナ、宇宙考古学者のジラフ、そして異星人の吟遊詩人シビップらが、宇宙船サジタリウス号を駆ってさまざまな星で冒険を繰り広げるSF作品。
 本作の大きな特徴は地球人のキャラクターが犬やキリンやカエルなどに似た動物のような容姿をしている点だ。原作から受け継いだデザインだが、これが未来の地球人の姿なのか、それとも『ワンワン三銃士』(1981)や『名探偵ホームズ』(1984)のようなアニメならでは表現なのか、はっきりした説明はない。いずれにせよ、このキャラクターのおかげで、SFでありながらシリアスなSF作品とは一味違う、現代のおとぎ話のような印象を受ける作品になっている。
 トッピーとラナはそれぞれ30代、40代の冴えないおじさん宇宙パイロット。ジラフもシビップもヒーローではない。さまざまなしがらみや悩みをかかえた人間臭いキャラクターとして描かれている。等身大のキャラクターが織りなす物語が多くの視聴者の共感を得た。放送から30年近くを経ても熱心なファンに支持されている人気作である。

 そんな本作の音楽を担当したのは、ピアニスト、作・編曲家として活躍する美野春樹。
 美野春樹は東京藝術大学作曲家卒業。在学中からクラブやキャバレーでピアノ弾きのアルバイトをして、卒業後はシャンソンの名店・銀巴里で美輪明宏や金子由香里らの伴奏ピアニストとして活動したという。並行してアレンジや作曲の仕事も始め、CM音楽やアルバムのアレンジを手がけるようになる。「土曜ワイド劇場」等のドラマ音楽を皮切りに映像音楽にも進出。『宇宙船サジタリウス』は初めて手がけたアニメ作品だった。
 作曲家としての映像音楽作品はそれほど多くない美野春樹だが、ピアニストとしては数々のアニメやドラマ、映画音楽の録音に参加している。『宇宙海賊キャプテンハーロック』(1978)で知られる横山菁児は、『聖闘士星矢』(1986)以降の自作の録音には必ず美野春樹を呼んでいるそうだ(美野の前の常連ピアニストが羽田健太郎だった)。ほかにも多くのアニメ音楽で美野春樹の美しいピアノを聴くことができる。ぜひお手持ちのアニメ・サントラのミュージシャン・クレジットを覗いてみてほしい。
 さて、一風変わったデザインのキャラクターを主人公にした『宇宙船サジタリウス』の音楽。美野春樹は奇をてらうことなく、また、SFものだからといってシンセサイザーに頼ることもなく、生オーケストラを中心にした実に華やかで端正な音楽を提供している。そのサウンドは、美野春樹が手がけたジャズ・アルバムや映画音楽のアレンジ・アルバムを思わせる艶やかで躍動感に富んだ音。たとえるならブロードウェイのミュージカルやショー音楽を思わせるような音だ。この音が、『宇宙船サジタリウス』の世界を上品で明るい、アメリカのファミリー向け映画のような雰囲気に見せていると思う。
 本作のサントラ盤は放送終了後の1988年10月に「宇宙船サジタリウス 歌と音楽集」のタイトルで日本コロムビアより発売された。これはファンのリクエストによって実現した、主題歌・挿入歌と主要BGMを収録した1枚ものCDアルバム。その後、2006年に放映20周年記念盤として発売されたのが2枚組CD「宇宙船サジタリウス 歌と音楽の旅」。未収録BGMを大幅に増補した決定盤である。構成・解説は貴日ワタリ、音楽解説(総論)を早川優、美野春樹と堀江美都子のインタビューを不破了三が担当した。サントラ音楽ライター勢ぞろいみたいな、ぜいたくな布陣のアルバムだ。
 収録タイトルは以下のとおり。

[DISC1]
スターダスト ボーイズ(歌:影山ヒロノブ)
神秘なる宇宙の旅
サジタリウス号
トッピーとラナ、ジラフとともに
新しい仲間、シビップ
シビップの歌(歌:堀江美都子)
だめだめカルテット
ソウル・ブラザー(歌:影山ヒロノブ)
守るべきもの
LIVING IN THE LIFE(歌:影山ヒロノブ)
不安
迫り来る恐怖
サジタリウス・コレクションPART-1
追跡
悲しみの連鎖
対立〜愛が心にこだまする
再び、訪れる危機
夢光年(カラオケ)

[DISC2]
パルバラのテーマ—ファンタジーください—(歌:山野さと子)
マグロックの王女、パルバラ
愛の詩
愛が心にこだまする(カラオケ)
ラザニア、ラザニア
サジタリウス・コレクションPART-2
スターダスト ボーイズ(カラオケ)
様々な星、様々な人
不思議な世界
星屑たちの哀歌
宇宙漂流
高まる緊張
勇気を胸に立ち上がれ
戦闘開始!
サジタリウス号、絶体絶命
愛が心にこだまする(歌:堀江美都子)
旅の終わりに
夢光年(歌:影山ヒロノブ)

 ボーカル曲とそのカラオケ以外はBGMを収録したブロック。各ブロックはBGM数曲で構成され、1曲1トラックで収録されている(曲数が多いので1曲ごとの表記は省略した)。
 曲順はストーリーを細かく追うのではなく、キャラクターやテーマ・モチーフ、曲のイメージなどで大きく分けた構成。全話を観ていなくても本作の雰囲気が味わえるアルバムになっている。
 オープニング主題歌に続く「神秘なる宇宙の旅」は、本作の開幕を告げるブロック。第1話冒頭で使用されたD-1 T2は宇宙の神秘をイメージさせる曲。低音の金管にキラキラした打鍵楽器の響きと木管・弦が重なり、宇宙で待つ脅威や冒険を予感させる。続くD-6 T3も謎が渦巻く惑星や星雲の姿が目に浮かぶようなサスペンスを含んだスケール感豊かな曲。こうした宇宙をイメージした曲でもシンセサイザーを極力使わず、生楽器の響きを精巧に組み合わせて構築しているのが『宇宙船サジタリウス』の音楽の特色のひとつだ。
 「サジタリウス号」はタイトルロールである宇宙船サジタリウスをイメージしたブロック。花が舞うようなピアノのフレーズに導かれて弦が流麗な旋律を奏でる1曲目M-14はピアニスト・美野春樹ならではの美しい楽曲。2曲目のC-2はホルンの音色がじんわりと沁みる大らかな曲。弦の合奏やピチカートをバックにフルートが歌うM-2は、トッピー、ラナたちがのんびりと宇宙を行く場面が目に浮かぶ「旅のテーマ」ともいうべき曲。アコースティックなサウンドを聴いていると、宇宙ものというより風光明媚な大陸や海、山を旅しているような気分になる。だから、サジタリウス号の冒険はスペースオペラというより、「千夜一夜物語」のシンドバッドの旅や「80日間世界一周」のような、ちょっと懐かしい冒険旅行の雰囲気がただよっているのである。
 「トッピーとラナ、ジラフとともに」と「新しい仲間、シビップ」は本作のメインキャラクターをイメージしたブロック。トッピー、ラナ、ジラフの愉快なやりとりが思い出されるユーモラスな曲も魅力的だが、ここで注目はシビップの曲。サボテンのような姿をした異星人シビップは本作のキーパーソン(キーエイリアン?)とも言うべきキャラクターだ。
 B-6B、B-6はシビップのテーマで、このメロディをシビップ役・堀江美都子のスキャットで録音したのが次に登場する「シビップの歌」。劇中の重要なシーンにたびたび流れ、感動の名場面を彩った曲だ。シビップの歌には人の純粋な心に訴える不思議な力がある……という設定を知ると、その声を堀江美都子が担当しているのもうなずけるのである。本作を代表する、もっとも印象深い曲と言ってよいだろう。
 本作で歌を披露するのはシビップだけではない。『宇宙船サジタリウス』では、まるでミュージカルのようにキャラクターが歌う場面がたびたび登場する。なかでもファンの記憶に残っているのはラナの大好物ラザニアを歌った「ラザニアの歌(仮称)」だろう。残念ながら本アルバムには劇中に流れた挿入歌は収録されていない。代わりに「ラザニアの歌」のカラオケとなったB-8、B-8′がDISC2の「ラザニア、ラザニア」に収録されている。
 本作のファンであれば、ミュージカルシーンの挿入歌を残らず収録してほしかったと思うところだが、マスターテープが残ってない等の事情もあり、本アルバムではBGMの収録を優先したとのこと。ミュージカル曲は映像込みで楽しみましょう。
 本アルバムで筆者の一番のお気に入りはDISC2の「勇気を胸に立ち上がれ」。ヒーローではないキャラクターを描いた本作だが、それでも意を決して危地におもむく場面が幾度となく登場する。そんな場面を盛り上げた決意のテーマとも言うべきM-5A T5。5拍子のリズムがスパイ映画風のサスペンスをイメージさせるM-4 T2。ブラス、弦、エレキギターのアンサンブルがヒーローらしくない主人公たちの活躍をカッコよく飾るD-9 T3。そして、本作のメインテーマともいうべきA-1 T3。主題歌のメロディ引用しながら、美野春樹ならではのアレンジで華麗に力強く本作のテーマを歌い上げている。「シビップの歌」と並ぶ『宇宙船サジタリウス』を代表する楽曲だ。
 このほか、影山ヒロノブが歌う主題歌と挿入歌、堀江美都子、山野さと子が歌う挿入歌も味わい深く、繰り返し聴きたくなる名曲ぞろい。特に美野春樹が作・編曲を手がけた「愛が心にこだまする」と「パルバラのテーマ—ファンタジーください—」は、本作のロマンティックな一面を象徴する名曲で、美野春樹のメロディ作りの冴えとアレンジの巧みさを堪能できるナンバーになっている(もちろん、ボーカルも素敵)。

 私見だが、生オーケストラと生バンド編成を中心にした『宇宙船サジタリウス』の音楽は、のちの『私のあしながおじさん』(1990、音楽・若草恵)や『美少女戦士セーラームーン』(1992、音楽・有澤孝紀)の華やかで小粋なサウンドの先駆けとなった気がする。80年代末から90年代にかけて日本コロムビアが送り出したアニメ音楽のひとつの方向性を示した作品だと思うのである。
 本作のあと美野春樹はTVアニメ『魔法使いサリー[新]』(1989)の音楽を担当。少女向けアニメということもあり、『宇宙船サジタリウス』のロマンティックな一面を大きく広げ、さらに凝縮したようなすばらしい楽曲を提供している。美野春樹本人のピアノがたっぷりフィーチャーされたその音楽は「音楽詩集 ピアノ協奏曲 魔法使いサリー」のタイトルでアルバムにまとめられた。『宇宙船サジタリウス』ファンにもぜひ聴いてもらいたい名盤である。
 美野春樹はスタジオ・ミュージシャン、作・編曲家として活躍するかたわら、自身のリーダーバンド「美野春樹トリオ」を率いて、またさまざまなアーティストと組んで、ライブ、コンサート活動を精力的に行っている。『魔法使いサリー』以降、音楽を担当したアニメ作品はないようだが、その魅力的なサウンドを、またアニメで聴かせてもらいたいものだ。
 ところで、今回紹介したCDに筆者も「少しだけ関わった」と冒頭で書いたが、実は筆者が手伝ったのは「宇宙船サジタリウス 歌と音楽の旅 A MUSICAL ODYSSEY OF THE SPACE SAGITTARIUS」というアルバムタイトルを考えただけ。元ネタはもちろんSF映画の金字塔として知られるあの映画です。これだけのことでクレジットに名前を載せてもらってスミマセン。

宇宙船サジタリウス 歌と音楽の旅

Amazon

音楽詩集 ピアノ協奏曲 魔法使いサリー

Amazon