COLUMN

第55回 水のように風のように 〜ARIA The ANIMATION〜

 腹巻猫です。2週間経ってしまいましたが、3月22日の「窪田ミナ×佐藤順一トークライブ」にたくさんのご来場ありがとうございました! CD「カレイドスター 究極の すごい サントラ」(2枚組)も好評発売中です。


 『カレイドスター』つながりで、今回は窪田ミナが参加した佐藤順一監督作品『ARIA』を取り上げよう。
 『ARIA』は天野こずえの漫画作品『AQUA』と『ARIA』を原作にしたアニメ作品。テラフォーミングされた未来の火星を舞台にした一種のSF作品だ。「一種の」というのは、ほとんどSFらしい事件や展開が起こらないから。惑星改造された火星は水の星となり「アクア」と呼ばれている。運河が街中をめぐる都市ネオ・ヴェネチアで観光客のためにゴンドラを漕ぐ水先案内人「ウンディーネ」を務める少女・灯里(あかり)を主人公にした日常感あふれる作品である。
 アニメ版は佐藤順一が監督。TVアニメ『ARIA The ANIMATION』(2005)、『ARIA The NATURAL』(2006)、『ARIA The ORIGINATION』(2008)とOVA『ARIA The OVA〜ARIETTA〜』(2007)が制作された。本稿では総称して『ARIA』と呼ぶことにする。
 TVアニメ3シリーズの主題歌と挿入歌の作・編曲を窪田ミナが担当。いずれも『ARIA』の世界観を象徴する、いつの時代のどこの国の音楽ともつかない、ふしぎな印象の歌に仕上がっている。
 劇中音楽はShoro Clubと妹尾武が担当した(クレジットは「Shoro Club feat.Senoo」)。Shoro Clubはブラジル音楽「ショーロ」を原点に音楽活動を展開する3人組ユニット。妹尾武はポップスへの楽曲提供やソロ活動で活躍する作曲家・ピアニスト。それぞれ独自の音楽活動を行っているアーティストだ。映像音楽作品は少ないが、Shoro ClubはOVA『ヨコハマ買い出し紀行 -Quiet Country Cafe-』(2002)の音楽を、妹尾武はTVドラマ「いま、会いにゆきます」(2005)や「チームバチスタの栄光」(2008)の音楽を担当している。また、本作と同じ「Shoro Club feat.Senoo」のユニットでTVドラマ「彼女が死んじゃった」(2004)の音楽の仕事もある。

 『ARIA』の舞台はイタリアの水の都ベネチアをモデルにしたネオ・ヴェネツィア。なのに音楽はイタリア風でもヨーロッパ風でもなく、ブラジルの音楽ショーロであるというのが面白い。ブラジルは多くの移民が築き上げた国だ。ネオ・ヴェネツィアもまた、地球を離れ火星(アクア)にやってきた移民の街。ショーロを演奏するユニットを音楽担当に選んだのは偶然ではない気がする……。
 と思って佐藤監督にうかがったところ、Shoro Clubの作り出す異国風のサウンドが『ARIA』の世界に合っていると考えて起用したとのこと。特に「移民」云々は考えになかったそうだ。Shoro Clubの原点はショーロだが、現在は独自の無国籍風音楽を展開している。ほのかに郷愁をたたえた「ここではないどこか」の空気感が『ARIA』の世界によく合っていた。
 『ARIA』の音楽をまとめて楽しむなら2009年に発売されたCD-BOX「ARIA The BOX」がお奨め。TVアニメ3作品のサントラから佐藤監督自身がセレクトしたベストBGM集1枚と主題歌・挿入歌集が1枚、未収録BGM集が1枚、以上3枚をセットにしたベストアルバムである。美しいデザインの作りで、ブックレットには各曲の解説も掲載されている。熱心なファンも納得の商品なのだ。しかしながらこのBOX、現在は品切れで入手困難。中古品も高値を呼んでいる。
 そこで、現在も入手しやすい第1作のサントラ「ARIA The ANIMATION ORIGINAL SOUNDTRACK」を紹介することにする。音楽配信でも売られているので気になる曲だけ買って聴いてみるというのもよいかもしれない。
 初回発売は2005年11月23日。収録曲は以下のとおり。

  1. ゴンドラの夢
  2. ウンディーネ -forest mix-
  3. 鐘楼のパトリ 〜ネオ・ヴェネツィア〜
  4. AQUA
  5. 夏便り
  6. アクアアルタ日和
  7. 満月のドルチェ
  8. 恋とはどんなもの?
  9. バルカローレ
  10. 迷い込んだ路地へと
  11. 幻想カーニバル
  12. 静かにあふれる涙
  13. 届かぬ想い
  14. 逆漕ぎクイーン
  15. ARIA
  16. 水の鏡
  17. アドリアの海辺
  18. 星影のゴンドラ
  19. オレンジの日々
  20. 天気雨
  21. サンタクロウスの空
  22. 歓喜の街
  23. AQUA -reprise-
  24. そして舟は行く
  25. Rainbow -acoustic ver.-

 1曲目の「ゴンドラの夢」は毎回のアバンタイトルに使用された曲。ギター、バンドリン、ウッドベース(コントラバス)のアンサンブルで奏でられる、タイトルどおり夢心地で漂っているような気分になる曲だ。
 2曲目はオープニング主題歌「ウンディーネ」の別バージョンで、牧野由依が造語の歌詞で歌っている。造語とは既存の言語ではない、独自に造られた言葉のこと。作詞を手がけたボーカリストの河井英里は造語で作詞し歌うことを得意としていた。番組のオープニングでは日本語詞で歌われるバージョンが使用されたが、この造語バージョンのほうが『ARIA』の世界にはふさわしい。
 3曲目の「鐘楼のパトリ 〜ネオ・ヴェネツィア〜」は妹尾武の作・編曲によるリリカルな曲。1話のアリシア登場シーンに使用された。キラキラと輝く水面や朝の光をイメージさせる曲だ。17曲目の「アドリアの海辺」はShoro Clubの編曲・演奏によるこの曲の変奏で躍動感のある曲に生まれ変わっている。
 4曲目「AQUIA」は「『ARIA』と言えばこの曲」と呼びたくなる使用頻度の高い曲。陽光の下、水辺で生き生きと活動する人々の姿が目に浮かぶような南国の香りがする明るい曲だ。Shoro Clubの笹子重治作曲による本作のメインテーマとなるメロディである。
 6曲目「アクアアルタ日和」はウッドベースの低音を効果的に使った三拍子の愛らしくもユーモラスな曲。火星猫のアリア社長の登場シーンによく使われていた。
 7曲目「満月のドルチェ」は妹尾武の作・編曲によるチェロとピアノの美しい曲。じんわりと胸にしみてくる曲調は、本編ラストなどの「恥ずかしいセリフ」のシーンに流れて静かな感動を演出していた。「ドルチェ」はイタリア語で「甘い」の意。たっぷり4分もある聴きごたえのある曲である。「ARIA The NATURAL ボーカルソング・コレクション」には河井英里によるこの曲のボーカリーズ版が収録されている。
 9曲目の「バルカローレ」もまた『ARIA』の音楽を語る上ではずせない重要な曲。劇中でアテナが歌う歌として挿入されたボーカル曲だ。作・編曲は窪田ミナ。遠い記憶の彼方から聴こえてくるような幻想的な曲調は一度聴いたら忘れられない。オープニングテーマと並んで『ARIA』を象徴する曲のひとつである。
 造語詞とボーカルを担当した河井英里は「ワーズワースの冒険」の主題歌「シャ・リオン」をはじめ、多くのサウンドトラックやテーマソングに参加したボーカリスト。『カレイドスター』でも歌姫サラの歌声を担当した。『ARIA』にはなくてはならない「声」だったが、惜しくも2008年8月に43歳の若さで逝去している。アテナ役・川上とも子も今はいない。そんなことを想いながら聴くと切なさがこみあげてくる。
 10曲目「迷い込んだ路地へと」は、タイトルのどおり、いつの間にか知らない路地に迷い込んでしまったような不思議な感覚を伝える曲。1曲目の「ゴンドラの夢」と同じ夢心地のような気分にさせてくれる曲で、このふわっとした感じが『ARIA』の音楽の魅力のひとつだと思う。
 ずばり「ARIA」と題された15曲目は、河井英里のスキャット(ボーカリーズ)で歌われるメインテーマの変奏。水上都市ネオ・ヴェネツィアの美しい情景や夕焼けのシーンが目に浮かぶような曲だ。
 20曲目「天気雨」は妹尾武の作・編曲による詩情豊かな曲。ピアノと弦楽器、ギターによる演奏がしみじみと心にしみる。Shoro Clubが本作の異国風の香りを担当しているとすれば、妹尾武はしっとりとした心情や情景を描く叙情的な部分を担当しているようである。
 続く21曲目「サンタクロウスの空」も妹尾武の作・編曲。川井英里のボーカルが切なく胸に迫る名曲だ。1期第4話で灯里がふしぎな少女から託された手紙を届けに行くシーンや1期最終話で灯里たちが初日の出を見る場面など、印象深い名場面に使用されていた。
 23曲目「AQUA -reprise-」はメインテーマの穏やかな変奏曲。「reprise」は主題の反復を意味する音楽用語だが、昔の映画音楽のサントラではアルバムの終盤でメインテーマがふたたび登場するときなどに「reprise」と表記することがよくあった。最近ではあまり見かけなくなったが、ここでは「reprise」の表記がしっくりくる。気の効いた曲名だ。
 24曲目「そして舟は行く」はShoro Clubの秋岡欧の作曲、妹尾武の編曲とピアノによるコラボ曲。ゆったりと静かに時間が流れていくような、『ARIA』の世界観を映したような好曲である。映画ファンならご存知のとおり、この曲名はイタリアの映画監督フェリーニが監督した映画のタイトルでもある。
 ラストはエンディングテーマ「Rainbow」をアルバムの雰囲気にあったアコースティック・ギターによるシンプルな伴奏で収録。

 実のところ、筆者は『ARIA』を観ていて「劇中音楽が印象に残った」という記憶があまりなかった。一部のボーカル曲を除いて音楽は映像の背景となって溶け込み、淡々と時間が流れていたような印象がある。ところがあらためてサントラを聴くと、「ああ、この音楽は覚えている!」と一気に記憶がフラッシュバックした。映像を観ていると聴き流してしまうことも多いけれど、実はしっかり記憶に刻まれている音楽。それが『ARIA』の音楽なのだ。
 ゆったりした展開。事件らしい事件もなく、激しい感情の動きもなく、ふわっとした印象で終わる物語。「気がついたら眠っていた」と言っても許される作品(褒めてます)。そういう雰囲気が『ARIA』にはある。そこに流れる音楽は、過剰に主張せず、水のように風のように風景に溶け込んで、観ている人をやさしく包み込んでくれる。そういう音楽がこの作品にはふさわしい。
 さて、第1期放送から10周年を迎えた2015年、『ARIA』シリーズの新作『ARIA The AVVENIRE』の制作が発表された。音楽がどうなるかも気になるところ。これを機にCD-BOX「ARIA The BOX」もぜひ再発してもらいたい。

ARIA The ANIMATION ORIGINAL SOUNDTRACK

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ARIA The NATURAL ボーカルソング・コレクション

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ひまわり/河井英里

※『ARIA』シリーズで河井英里が歌った曲を中心に、
未発表曲やライブ・ヴァージョンなども収録した追悼アルバム。
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