COLUMN

第110回 少しだけ形をとる

 2015年の1月は三が日だけ休んで、4日日曜日から仕事開始。以降、この月内はほぼ休みがなくなった。
 何カットか映像の試作を試みようとして、それを1月中に形にしてみようとしていた。
 色を塗って動かしてみれば、鉛筆の線だけのときよりもずっとキャラクターの見え具合が分かるし、ハイライトや影のつけ方を含めた描き込み密度の是非も分かる。
 できあがった画面を見た松原さんは「あご先はあまりとんがらせたくないなあ」というキャラクターの描き方についてのひとつの方向性を得たようだった。そうしたところから始まって、こうの史代キャラをアニメーション化するに際し、「ふつうのアニメ」と意識的に変えなくてはならないところを自分たちの中で明確化していかなくてはならない。
 トレース線の色ひとつとっても、黒っぽいのがよいのか、グレーにするのか、茶色にするのか、どれが適っているのか確かめていきたいし、背景の具合をどう方針づければよいのか見定めたかった。
 色をつけたり背景を描いたりするといっても、全体の設計にいたる前段階として、カットごと各個にバランスをとりながらやってみるという感じの作業になる。
 それから画面サイズも試してみたい。今はちょっと引き気味で作っているのだが、これでいけるのかどうか。
 もっともこうの史代風らしからぬことになりそうな軍艦の描きっぷりも試してみたい。
 それぞれの検証ポイントに対しては、「今ここで作ろうとしているのが『この世界の片隅に』である」ということが判断ポイントになってゆく。
 色々な撮影素材を用意して、撮出し三昧となるが、軍艦のハーモニーなどは監督が自分で塗らなくてはならない。小物の色指定も、考証を踏まえて、ある程度演出側で行わなければならない。
 撮影自体は1月24日(土)に打合せをして、数日で撮り切りとなる。目盛にあわせて貼り込まなければならないものがかなりたくさんあったので、たいへんだったはずだ。
 1月28日(水)、できあがったカットたちは、そのままでは何なので、編集してつなげてみた。仮の音楽もつけてみた。翌々日30日(金)、もう少し編集を詰めてみる。
 31日(土)は、前回のこのコラムで述べた、池田宏・月岡貞夫最終講義の日。
 2月1日(日)、正月以来、やっとお休みになる。
 休みながらも、あそこはこうすべきだった、ああすべきだったという思いが渦巻いてくる。全編がすっかり完成してしまってからそうした思いに襲われたくないので、この段階でやっているのだ、ともいえる。
 音楽に合わせて編集したのも良し悪しで、それなりに長い尺の中で色々芝居しているカットを短く切って使ってしまったのは、この作品らしさを考えたらマイナスだった。とりあえずできているカットをつなげたものに音楽をつけたことですっかりPVみたいに思い始めているのかもしれないが、純粋に本編から抜粋しただけではなくPVなのだとしたら、もっと意味が通じるようにしたほうがいいのかもしれない。だとしたら、そうだ、あのカットにはグラマンを飛ばさなくては、などと。

 所属している日本アニメーション協会(JAA)から、2月4日(水)に、文化庁メディア芸術祭で受賞した海外アニメーション作家を招いたパーティをするので、来ませんか、とお誘いのメールをいただいた。実は受賞者のひとり『コップの中の子牛』を作った朱彦潼さんは、自分が非常勤講師をしている東京芸大大学院映像研究科アニメーション専攻の学生でもあったので、おめでとうをいいたかった。なので、これはぜひ参ります、と答えた。パーティの会場でゲスト作品の映像を流すという話に、ちょっと誤解してしまって、こちらの映像を持っていったらそれも流してもらえるのかと思ってしまった。
 「いや、そういう趣旨ではないのだけど……ひょっとして……『この世界の片隅に』ですか?」
 「そのできたての一部です」
 「それは……」
 みたいなやりとりがあって、結局、当日持ち込めば映してもらえるという話になってしまった。
 4日の昼、急遽編集をやり直す。音楽は使用契約が間に合わないのでカット。カット数を減らし、ワンカットを長めにする。
 パーティの会場は六本木のお店なのだが、あわてて持ってきたDVDは、店のデッキが読んでくれなかった。自分たちのスタジオのデッキでは一応テストしてきたのだったが。
 「誰かパソコン持ってない? ドライブついてるの」
 「あ、あります」
 コマ落ちしないように、パソコンに映像データをダウンロードする時間、お客さんたちを待たせてしまうことになって落ち着かない気分。
 「あと1分。……よーし、ダウンロードできた」
 昨年夏の中島本町に間に合わず、秋の練馬アニメーションカーニバルにも間に合わなかった『この世界の片隅に』の映像が、試作品的なものとはいえ、はじめてスタッフ以外の人々の前で流れされた。それどころか、パソコンを操る山中幸生さんは、何を思われたのか、繰り返し再生してくれたのだった。2回、3回と映像は流れた。
 映像を映す前にあまり細かな説明をしなかったのだが、映った画を見て、
 「これ、こうの史代さんの?」
 と、反応してくれる人もあった。
 「原作への愛情こもった映像ですね」
 といってくれる人もあった。
 日本と海外のアートアニメの作家たちの前で幸せな初お披露目となったと思う。
 こんな機会を与えてくださった和田敏克さん、ありがとうございました。会長の古川タクさん、森まさあき副会長、パソコンで再生してくださった山中幸生さん、お店の方々、パーティにお越しのみなさん、ありがとうございました。
 だけど、これはまだ道半ばの映像なので、この次お目にかけるときには、もっと変わってるはずですので。

 編集やり直してみた、といったら丸山さんは、
 「元ので良かったのに」
 といった。
 「俺はあの映像でもう涙ぐんじゃったのだから」と。

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