腹巻猫です。9月20日(土)に筆者が主催するサントラDJイベント「Soundtrack Pub【Mission#25】流用ライブラリ音楽のすばらしき世界」を蒲田のライブハウスStudio80(スタジオ・オッタンタ)で開催します。サントラ盤を買って「なぜ、あの曲が入ってないの?」と思ったことがある人にはきっと興味深いイベントだと思います。ご都合よければぜひご来場を。詳細は下記を参照ください。
「Soundtrack Pub【Mission#25】流用ライブラリ音楽のすばらしき世界」
http://www.soundtrackpub.com/event/2014/09/soundtrack_pubmission25.html
一部に熱狂的なファンを持つTVアニメ『おにいさまへ…』のオリジナル・サウンドトラック・アルバムが9月24日に発売されることになった。放映から23年を経ての快挙! 筆者もアルバムの企画から構成・解説までかかわらせていただいた。
そこで、本連載でも「番外編」として2回(予定)にわたって、この『おにいさまへ…』の音楽とサウンドトラック・アルバムについて書いてみたい。前編となる今回は、筆者と『おにいさまへ…』とのかかわりとサウンドトラック・アルバムの企画実現にいたる経緯まで。
『おにいさまへ…』は1991年7月からNHK BS2で全39話が放映されたTVアニメ作品。原作が『ベルサイユのばら』の池田理代子、監督とキャラクターデザイン・作画監督が出崎統×杉野昭夫の名コンビ。そして、音楽は『宝島』(1978)、『スペースコブラ』(1982)でも出崎監督とタッグを組んでいる羽田健太郎! 出崎ファンには夢のような作品だ。
物語はなかなか陰影深い。名門女子高を舞台に思春期の少女たちの愛憎が渦巻く濃厚な人間ドラマである。出崎作品のキャラクタードラマが好きな人だったら、ハマること間違いなしの名作だ。
けれど、一般受けする内容かというと、日曜18時の「サンデーアニメ劇場」枠で放送されていながら「安心して親子で観て」とはなかなか言いづらい。ちょっと禁断の領域をのぞき見るような気分にさせられる作品なのである。そのためか地上波での再放送もなく、出崎作品の中でも「知る人ぞ知る」カルト作品のような扱いになっている。
筆者が『おにいさまへ…』をしっかり通して観たのは、1993年にレーザーディスクが発売されてからだったと思う。放映でも観た記憶があるのだが、そのときはとびとびだったのだろう。「出崎統作品のファンなのに申し訳ない!」と思ってレーザーディスクが発売されたときに全話購入したはずだ。
この『おにいさまへ…』、麻薬のようなおそろしい作品である。観始めたらぐいぐいと引き込まれ、最後まで観通さないではいられない。しかも、登場するキャラクターが『エースをねらえ!』のお蝶夫人なみに強烈なキャラクターばかり。そのエキセントリックな言動を描く出崎演出の濃厚さに酔っぱらって、まとめて観たらしばらくは日常に復帰できない。でも観続けずにいられない。いまだに熱狂的なファンがいるのもむべなるかな、なのである。
出崎作品の中でも、『宝島』や『あしたのジョー』が「男の世界」だとしたら、本作は「女の世界」。少女マンガ特有の華やかさと気品、そして、情念が匂い立つような艶やかさが作品からただよっている。
そんな本作品の独特の雰囲気づくりに貢献しているのが、羽田健太郎による音楽だ。
たとえば、第1話の導入部。少年時代の武彦が幼い奈々子と出会う回想シーンの音楽からして魅力的だ。弦のやわらかい合奏が静かにクレシェンドして、幻想的な雰囲気をかもしだす。そこにまぶしいきらめきのように入ってくるチェンバロの音色。羽田健太郎自身が奏でる甘美で哀愁のあるメロディである。物語のプロローグをハネケンの音楽が気品高く、香り豊かに演出している。偶然の出会いの場面が「運命のめぐりあい」に見えるふしぎ。映像演出と音楽が作り出した名場面だ。
また、同じく第1話で奈々子が通学バスの中で男装の麗人・朝霞れい=サン・ジュスト様と出会う場面。オーケストラとピアノが華麗にからみあうピアノ・コンチェルトが出会いの衝撃を表現する。もはやアニメというより舞台劇、オペラかミュージカルの一場面ではないかと錯覚してしまうようなドラマティックなシーンだ。ここでも、羽田健太郎がピアノを弾くコンチェルトが映像以上に雄弁にドラマを語っている。
ほかにも、劇中でれいが弾くピアノ・ソロの曲やしみじみとした場面に流れるフリューゲルホルンによるエンディングテーマのアレンジ曲など、名場面と音楽がわかちがたく結びついている。
『おにいさまへ…』を観た人のほとんどが、映像に負けないくらい音楽を印象深く記憶していることと思う。この魅力的な音楽がサウンドトラック・アルバムとして聴けないものか……。それはこの作品に魅せられたファン共通の思いだったはずだ。
ところが、本作のサウンドトラック・アルバムは放映中も、放映が終わってからも発売されなかったのである。
アニメサントラにかかわる仕事をするようになって以来、筆者の宿願のひとつが『おにいさまへ…』のサウンドトラック・アルバムの実現だった。
作品と音楽が大好きだったこと以外にも理由はあった。ほかならぬハネケンの音楽だったからだ。
本連載の『宝島』の回(第13回)でも書いたように、筆者は少年時代に『宝島』の音楽に出会ってなみなみならぬ衝撃を受けていた。ハネケンは特別な作家のひとりだった。
2003年に『爆竜戦隊アバレンジャー』の音楽をハネケンが担当したとき、筆者は羽田健太郎にインタビューしたり、録音現場を取材したりする機会を得た。そのとき、ハネケン本人からも「『おにいさまへ…』の音楽が好きだって人、多いんだよね」という言葉を聞いていた。その口調から、ハネケンにとっても思い出深い作品であることが察せられた。余談だが、ハネケンは筆者に会うと、素なのか冗談なのか、いつも筆者のことを「まねき猫さん」と呼んでいた。
本作が放映された1991年という年、羽田健太郎は数年前から映像音楽の仕事をしだいに減らし、クラシック音楽家としての活動に力を入れ始めていた。本作はハネケンが担当した最後の連続TVアニメ作品だ。そういう意味でも貴重な作品であるし、ハネケンにとっても思い出の作品だったのだろう。なおさら、筆者の中で『おにいさまへ…』サウンドトラックの実現は悲願になっていた。
チャンスは2003年の秋にめぐってきた。日本コロムビアから羽田健太郎の映像音楽作品を集めたアルバム「ハネケン・ランド —羽田健太郎・サウンドトラックの世界—」が発売されることになり、『おにいさまへ…』のBGMを収録する機会を得たのだ。
このアルバムの選曲・構成・解説を担当したのは筆者の友人でもある音楽ライターの不破了三。筆者は頼まれて(というか自分から売り込んで)『おにいさまへ…』の収録部分のみの選曲と解説を担当させてもらった。
このときは「『おにいさまへ…』コーナーは10分程度」と枠が決まっていたため、4曲のみを選んで組曲とした。毎回のサブタイトル音楽(M-1)、第1話で印象深い使われ方をした上述のプロローグの曲(M-2)とピアノ・コンチェルトの曲(M-9)。そして、明るい軽快な曲も入れようと、友情のテーマとして書かれたM-18を選曲した。ほんとうは主題歌アレンジ曲も入れたかったのだが、主題歌のメロディは羽田健太郎作曲ではないということで、このときは選べなかったのである。
この「ハネケン・ランド」をきっかけに『おにいさまへ…』単独アルバム化も実現できればとメーカーに何度か企画を提出したが、やはり作品としての知名度がいまひとつなためか、実現には至らなかった。
ネット上ではファンが熱心な活動を続けていた。商品化リクエストサイト「たのみこむ」やmixiの「おにいさまへ…」コミュニティなどでもサウンドトラック実現を望む声が繰りかえし挙がっていた。だが、結局「ハネケン・ランド」から10年、単独アルバム化の機会がないまま時は過ぎてしまったのである。
2012年、サウンドトラック専門の独立レーベル《SOUNDTRACK PUB》が立ち上がったとき、まっさきにリリースしたいタイトルのひとつに考えたのが『おにいさまへ…』だった。
このレーベルは「大手メーカーでは実現しづらいサントラを自分たちで出そう」というコンセプトで立ち上げたもので、いわば「自分たちが欲しいサントラを自分たちで作る」ためのレーベルだった。「誰もやらないなら自分たちでやる」ときが来たのである。
『おにいさまへ…』の企画をどのように実現したのか。権利のクリアや音源・画像素材等の手配をどのように行ったのかといった裏話に関心のある読者もいると思う。が、ここでは詳らかに語ることはできない。BGMの音源をあらためて探すだけでも大きな苦労があったと記すのみにとどめておきたい。結果的には、関係者や当時のスタッフ、その周辺にいた方たちの多大な協力を得て音源の発見にいたり、発売にこぎつけることができた。深く感謝したい。
また、本作の音楽を語る上で忘れてはならない2曲の主題歌——放映当時キティ・レコードから発売されたオープニングテーマ「黄金の器 銀の器」とエンディングテーマ「気まぐれな妖精」——も、現在権利を所有するユニバーサルミュージックと交渉の末、借りることができた。これもたいへんありがたいことだった。
ということで、主題歌とBGM、『おにいさまへ…』の音楽世界を構成する「2つの秘宝」がそろった。初めて本作品に出会ってサントラ化を夢見てから20年あまり。ついに悲願がかなう日が来たのだ。
今はただ、こう言うほかない。
——涙がとまりません…。(つづく)
おにいさまへ… オリジナル・サウンドトラック
STLC-013~014/3800円/SOUNDTRACK PUB
Amazon