呉ではいつも「石段の家」を宿にさせてもらっているのだが、その関係でお世話になっている女性の方がこうおっしゃった。
「大和ミュージアムの展示見てきましたけど……」
大和ミュージアムではアニメーション映画『この世界の片隅に』のレイアウト展が開かれていた。
「……おしまいのほうにあったあの和庄に焼夷弾が落ちてるところの絵、あれはわたしが見たのとは別の方角から見たのが絵になってるんですねえ」
「は?」
「え?」
焼夷弾が降るのを見た?
思わずとなりにいた松原さんと顔を見合わせてしまった。
え? いつ?
いや、それは当然1945年7月にだろう。
戦争体験があるような年輩だとはそれまで思わずに話をさせてもらっていたところに、唐突にそんな言葉が出てきて戸惑った。
「……で、おいくつだったんですか?」
「5歳でした」
昭和20年(1945年)7月1日から2日にかけての夜間空襲で、それまで被害らしい被害も蒙っていなかった呉市街の中心地域のほぼ全域が焼けた。
8月6日の原爆投下のときに上空から目立つ「T」字型の相生橋が目標とされたように、このときの呉の街の真ん中には堺川に沿って強制疎開で建物が撤去された防火帯があり、さらに九丁目筋の北側にもやはり強制疎開の防火帯が横に走っていて、巨大な「T」字型とも「7」の字型とも見えるパターンが浮かび上がっていた。その「7」の右上角が初弾の投下目標とされた。地上に住んでいる人から見れば「和庄の北の端あたり」という言い方になる。
米軍の焼夷弾空襲では、まずパスファインダー(先導編隊)が、このように定められた場所に大型のM47ケミカルボム(ナパーム充填)を投下し、火災を起こさせてマーキングする。この火災を目印に航続梯団が次々に投下してゆく。
7月1日夜は雲量9〜10と空が閉ざされ、小雨もときどき混ざった。この雨のことを米軍が空からガソリンを降らせている、と誤解する人もあったが、もともと梅雨時のことでもあった。地上と山の上にあった高角砲は敵の機影を見ることができず、空襲終盤に至ってやや雲が切れてくるまではまるで射撃できていない。一方で空の上の米軍は目標上空天候をはじめ雲量8、のち6としている。いずれにしても、空から地上の「7」字型が見えたのかどうかはよくわからない(海岸線や河川と違って、こうした建物の有無で作られる模様はB-29の地形レーダーには映らない)。
けれど、この夜のパスファインダーは和庄にM47焼夷弾を落とすことに成功しており、次いでM26イルミネーションフレアを投下した。あるいはパスファインダーが、地上を視認できない後続機のために、空中に吊光でマーキングを施したということなのかもしれない。
この照明弾は落下傘でぶら下がってほおずき色の強い光を放つ。
お話を聞かせていただいているご婦人は、
「提灯が空からぶら下がってるみたいでした」
と表現された。
この方は「7」字型の上辺の左角のあたりからその光景を見ておられたらしい。
「大和ミュージアムのあの絵は、わたしが見たのとちょうど反対側から見たところなんですかねえ」
「正反対じゃなくて、たぶん横から見た感じのはずです」
中島本町や呉の建物をレイアウト上で再現するのに、当時の写真を最大限活用して描いた。けれど、具体的な空襲の様子などということになると、写真もまったくなく、文字で書かれたものを頭に突っ込んで、あとは想像力で描ききるしかない。
そうして描いたもののことを、このまさにその光景に現実に直面された方は、
「自分が見たのと反対側から見ている」
と感じてくださっている。
それなりのものが描けている、と思ってもよいのだろうか。
この方は呉市街が焼失した後、広島北方の可部に疎開して、そこで8月6日の閃光も見ている。
「ぴかっと光って、怖くなってうちに逃げ込んだので、そのあとのきのこ雲は見てません」
昭和20年当時5歳。
ということは、昭和30年では15歳。
『マイマイ新子と千年の魔法』で、三田尻駅前で梅ヶ枝餅の話をしながら歩く防府高校女子3人組を描いたのだが(モブシーンの中の人物だから、気づきにくいかもしれない。ただ、セリフは全部書いたので作り手の記憶には強く残っている)、思えば、あののんきな女子生徒たちも小学校に入りたての年齢くらいで戦時を体験してたのだなあ。ああ、晴美ちゃんと同い齢くらいの女の子たちなんだ。
などということまで考えてしまった。
2014年7月30日(水)
広島呉から帰って来明け、レイアウト上り13カット。
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