腹巻猫です。スタジオ・ジブリの最新作『思い出のマーニー』を観ました。英国児童文学の名作のアニメ化とあっては児童文学好きとしても見逃せません。舞台を日本に移し替えながら、原作のエッセンスを損なわずに映像化した脚色のうまさに感心。透明感のある村松崇継の音楽も印象に残りました。
『思い出のマーニー』の音楽を担当した村松崇継の名になじみのないアニメファンも多いかもしれない。過去に『ひめチェン! おとぎちっくアイドル リルぷりっ』(2010)というTVアニメの音楽を担当しているが、サントラは未発売。『思い出のマーニー』が2作目のアニメ作品だ。しかし、実写劇場作品、TVドラマの分野では多くの作品を手がけて大活躍中の作曲家・ピアニストである。
村松崇継は1978年生まれ。高校在学中の1996年にピアノ・ソロ・アルバム「窓」を発表。国立音楽大学在学中の2001年に映画「狗神」で映画音楽デビューを果たした。
それからの活躍はめざましい。2002年に映画「突入せよ!あさま山荘事件」、2004年にNHK連続テレビ小説「天花」の音楽を担当。以降、劇場作品「魍魎の匣」(2007)、「クライマーズ・ハイ」(2008)、「誰も守ってくれない」(2009)、「大奥」(2010)、TVドラマ「氷壁」(2006)、「だんだん」(2008)、「小公女セイラ」(2009)、「大奥〜誕生〜」(2012)など、数々の映像音楽作品を手がけてきた。
少年時代から作曲を始め、映画音楽の作曲家になりたいと思っていたという。中学生のときには「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で知られる映画音楽作家アラン・シルヴェストリに50通もの手紙を送り弟子入りを申し込んでいたというから恐れ入る(残念ながら返事は来なかったらしい)。
筆者が村松崇継の名に注目し始めたのは、2006年頃からだった。当時、minimums(ミニマムズ)という女性3人組のパーカッション・グループのライブをよく聴いていて、そのステージで村松崇継のオリジナル曲がよく演奏されていたのだ。とりわけ「紙について思う僕のいくつかのこと」という曲はそのふしぎなタイトルとともに印象に残った。その頃から筆者にとって村松崇継は「気になる作曲家」だった。
村松崇継の音楽を『思い出のマーニー』で初めて知ったというアニメファンに、村松サウンドを紹介してみたい。先に書いたように、村松崇継のアニメ作品は少ない。そこで、今回は村松崇継が2009年に発表したソロ・アルバム「Piano Sings」を取り上げよう。
収録曲は以下のとおり。
- Departure
- 誕生
- No Other Love
- 『だんだん』〜テーマ曲
- The Magic Is Gone
- あなたがいるから
- 魍魎の匣
- eel The World
- 彼方の光
- Asian Future
- いのちのうた
- 真実の行方
- 映画『クライマーズ・ハイ』〜テーマ曲
オリジナル曲とTVドラマや劇場作品に提供した曲のセルフ・カバーで構成。旧作を集めた「ベスト盤」ではなく、過去の映像音楽作品も新たな解釈と演奏で新録音したアルバムである。
本アルバムが作られた背景が興味深い。職業音楽家としてデビューを果たしたものの、仕事に追われるままに曲を書くようになった村松崇継は、以前のように曲を書くことを楽しめなくなった自分に気づいた。「このままでは音楽家としてだめになってしまうのでは……」と悩んだ村松が、自分本来の音楽をもう一度見つめなおそうと挑んだ作品が「Piano Sings」なのである。
1曲目の「Departure」は、村松崇継が作曲家としての再出発の決意を込めたオリジナル曲。躍動するピアノはまさに“飛翔”のイメージ。体の内から湧き上がる気持ちがそのまま「歌」になったようなメロディに、村松の気持ちがストレートに伝わってくる。
2曲目の「誕生」はNHKで放送された特別番組「日本の、これから/人口減少社会」(2005)の番組内ドラマ「幸福2020」のテーマ曲。村松自身のピアノ・ソロで収録されている。サントラ盤は発売されていないので貴重な演奏だ。美しいメロディに引き込まれる。
3曲目「No Other Love」は、村松崇継が夢見る恋愛を表現したという壮大なラテン曲。村松のロマンティストの一面が垣間見えるオリジナル曲。
4曲目は、村松の代表作のひとつであるNHK連続テレビ小説「だんだん」(2008)のテーマ曲。双子のマナカナ(三倉茉奈、三倉佳奈)が主演したドラマを覚えている人も多いだろう。村松が本編のストーリーを思い描きながら書いたというテーマ曲は、序盤〜中盤〜終盤と曲調が変わっていくドラマティックな構成。抒情的でノスタルジックな旋律は「村松節」と呼びたくなる。村松自身のピアノ・ソロ・バージョンで収録。
5曲目「Magic Is Gone」は筆者のお気に入りのひとつ。WOWOWで放送されたドラマ「君ののぞむ死に方」(2008)の主題歌として書かれた曲を新たな解釈でリアレンジしたものだ。ウッドベースとパーカッションとストリングスとの競演で聴かせる、大人っぽくてちょっと切ないジャジーなナンバーである。
6曲目の「あなたがいるから」は映画「誰も守ってくれない」(2009)の主題歌のピアノ・ソロ・バージョン。映画版では少年合唱団リベラが美しいソプラノで歌い評判になった。あまりにも美しく祈りに満ちたメロディにうっとりとなる。村松崇継の音楽性が生かされた代表曲だと思う。
続く7曲目の「魍魎の匣」は京極夏彦原作の同名映画のテーマ曲(Amazonではなぜか「魍魎のおか」と表記されているが「匣(はこ)」が正しい)。この原作はアニメにもなったのでご存じの方もいるだろう。ちょっと(どころかかなり)怖いミステリ作品である。しかし村松崇継はサスペンス映画的なアプローチを避け、どこかアンニュイで寂しげな実に魅力的なテーマを書いている。非日常的要素の多い本作のサントラ盤はアニメ音楽ファンにもお奨めだ。
本アルバムに収録されたのは、村松自身のピアノ・ソロ・バージョン。作品の人間ドラマとしての側面に着目し、新たな解釈で演奏したものだ。原曲とは雰囲気が変わり、やるせない悲しみを帯びた繊細な曲として生まれ変わっている。
8曲目の「Feel The World」は環境破壊への警鐘の思いを込めたオリジナル曲。
9曲目「彼方の光」はNHK土曜ドラマ「氷壁」(2006)の主題歌をピアノ・ソロにリアレンジした曲。この曲もメロディの美しさに圧倒される。ドラマ主題歌版は少年合唱団リベラが歌唱。村松とリベラとの出会いのきっかけになった作品だった。
ジャー・パンファンの二胡に村松のピアノ、パーカッション、ストリングスがからむ10曲目「Asian Future」はアジアをイメージしたオリジナル曲。エキゾティックでありながら胸に染みる旋律は村松ならでは。
11曲目の「命のうた」は、NHKドラマ「だんだん」のシリーズ後半用に書かれた挿入歌。「命」をテーマに書かれた感動的な人生賛歌だ。「だんだん」ファンはドラマの展開を思い出して泣き、そうでない人も村松の情感のこもったピアノにぐっとくるはず。
「真実の行方」は現代社会でがんばる人に捧げる応援の曲として書かれたオリジナル。 ラストを飾るのは、2008年公開の劇場作品「クライマーズ・ハイ」のテーマ曲。1985年の日航機墜落事故を扱ったシリアスな作品だ。ともすれば重くなりがちな作品のテーマ曲を村松は祈りと希望の曲として書いている。本アルバムに収録されたピアノ・ソロ・バージョンは村松の気持ちが伝わる名演奏。
どの曲も、シンプルなアレンジにメロディの美しさが際立っている。そして、村松自身が弾くピアノの瑞々しさに心打たれる。映像音楽であっても、いたずらに技巧に走ったり、演出効果だけを求めた作為的な曲作りに向かわないのが村松サウンドの持ち味だ。派手な音作りがないぶん、一聴地味に聴こえるかもしれない。けれど、聴くほどに味わいの出てくるサウンドには「高原の自然水」のような純粋な音楽の魅力があふれている。
村松崇継の音楽は、ほんとうに自然の湧水のように、心の中からふつふつと湧き出てくるのだろう。奇をてらわない自然体の音楽。それは計算ではなく、村松の音楽に向かう誠実な姿勢から自然に生まれてきたものだと思う。その音楽性は『思い出のマーニー』の音楽にもまっすぐに受け継がれている。『思い出のマーニー』の音楽が心に残ったという人は、ぜひ、ほかの村松作品も聴いてほしい。本アルバムはその道案内となる1枚だ。
Piano Sings
TOCP-70678/2667円/EMI MUSIC JAPAN
Amazon
思い出のマーニー サントラ音楽集
TKCA-74120/2800円/徳間ジャパンコミュニケーションズ
Amazon