腹巻猫です。1stシリーズ放映から35周年ということもあって、「ガンダム」シリーズの企画商品やイベントが活発です。音楽では6月11日に発売されたCD「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア 完全版」が私の周囲でも評判。公開当時のサントラに未収録の音源も増補したマニアも納得の内容。近年のサントラ不況ムードを吹き飛ばす快作です。
ということで、今回取り上げるのは『機動戦士ガンダム』。「ガンダム」シリーズ第1作だ。
詳しく紹介するまでもない名作であり、音楽についてもさまざまな面から語りつくされた感がある本作。サントラ・アルバムも何度もリイシューされている。放映当時のオリジナル盤のCD化、ドラマ編アルバムにのみ収録されたBGMを加えた増補盤、未使用曲を含めたすべての楽曲を網羅した「総音楽集」、オリジナル・アルバムを当時のままの装丁で紙ジャケ復刻したCD-BOX。「総音楽集」と紙ジャケBOXは私もお手伝いさせていただいた。
「とにかく全曲ほしい」というファンには「総音楽集」が、「音だけでなく、当時のアートワークも含めぜんぶほしい」というファンには紙ジャケCD-BOXがお奨め。
が、今回は、あえて、放映当時発売されたアルバム「機動戦士ガンダム」を虚心に振り返ってみたい。『機動戦士ガンダム』は作品だけでなく、サントラ盤も新しい試みに満ちていた。アニメサントラに新しい風を吹き込んだのが、「機動戦士ガンダム」だったのだ。
『機動戦士ガンダム』の放映開始は1979年4月7日。サントラ盤は同年6月5日にキングレコードから発売されている。
収録曲は以下のとおり。
- 翔べ!ガンダム(池田鴻)
- 悲愴、そして決然と
- 長い眠り
- 慈しみ
- 安堵
- ガンダム大地に立つ
- 颯爽たるシャア
- 勇壮なるガンダム
- 虚無感
- ジオンの脅威
- 戦いへの恐怖
- スペースコロニー
- サスペンス
- ジオン公国の陰謀
- 不安
- 敵地をスパイする
- 窮地に立つガンダム
- 苦い勝利
- 平和への祈り
- アムロの旅立ち
- 永遠にアムロ(池田鴻)
今なら、「うん、うん、オーソドックスな構成だよね」と思ってしまうかもしれない曲順とタイトル。でも、発売されたときは実に斬新だったのだ。
まず、当時のサントラとしては曲数が多い。オリジナルBGMに手を加えず、1曲1トラックで収録しているためである。これが新しかった。
1979年当時のアニメサントラの主流は、BGM数曲を1曲にまとめて「組曲」風に編集するか、TV用のBGMとは別に観賞用の別バージョンを録音して商品化するというスタイルだった。
『機動戦士ガンダム』はマルチトラックで録音した素材からTV用のモノラルMIXとレコード用のステレオMIXの2種類をトラックダウンしている。つまり、TV用もレコード用も演奏は同じ。曲の構成もそのまま。オリジナルBGMをそのまま商品化するというスタイルを初めて意識的に取り入れたのが『機動戦士ガンダム』だった。
曲名も大人っぽい。「悲愴、そして決然と」「颯爽たるシャア」「窮地に立つガンダム」など、ちょっと文学的な言葉が選ばれている。たかが曲名と思われるかもしれないが、これが「ガンダム大ピンチ!」とかだったら興ざめだろう。
構成も絶妙だ。レコードではトラック10までがA面。11からB面になる。A面にはアップテンポの躍動感のある曲や主題歌アレンジ曲などが集中し、B面は戦争の厳しさを描くシリアスな曲、そして繊細な情感を表現する曲がまとめられている。これが、たとえば、クライマックスに主題歌アレンジ「勇壮なるガンダム」が置かれて、最後は明るい「安堵」で締めくくるような曲順だったら、本編のイメージとかけはなれた印象のアルバムになったはずだ。
発売時期から逆算すると、構成時には本編は数本しか完成していない。当然、イメージアルバム的構成になるが、『機動戦士ガンダム』という作品の雰囲気をよく表した名構成だと思う。特に最後の3曲「苦い勝利」「平和への祈り」「アムロの旅立ち」の流れがいい。物語の主役が「人間」であることが曲順に表現されている。構成と曲名を手がけたのは本作の音響監督・松浦典良(ノンクレジット)。お見事というほかない。
音楽を担当したのは、渡辺岳夫と松山祐士(「祐」は正しくは「示」編に「右」の字)。渡辺岳夫は『巨人の星』(1968)、『アルプスの少女ハイジ』(1974)、『キャンディ・キャンディ』(1976)など、どちらかといえば人間ドラマ志向の作品で活躍してきた作曲家。松山祐士は渡辺岳夫と長年コンビを組んできた作編曲家だ。渡辺岳夫はじんわりと胸にしみるような情感のある音楽を得意とし、松山祐士はメリハリのきいた躍動感のある音楽を得意としていた。『機動戦士ガンダム』では2人の音楽性ががっちりとかみあって「全方位死角なし」とでも言うべき充実した音楽世界を生み出している。
「悲愴、そして決然と」は哀しみを表現する前半部分と勇壮な決意を表す後半部分とからなる2部構成の曲。本編では別々に使われているが、もともと1つの曲として作られたものだ。『機動戦士ガンダム』にはこういう構成の曲がいくつかある。後半部分は第1話でガンダムが初めて立ち上がる場面、第10話でガルマが特攻する場面などに使われて、まさに「決然と」という印象。
「長い眠り」は、おなじみ「宇宙世紀0079」のナレーションバックに流れた曲だ。この曲も2部構成で、ゆったりした前半部から一転して後半は軽快な戦いの曲になる。後半部に入る「シュワワー」というシンセの音。今ではほとんど使われなくなったが、70年代にはアニメソングなどでよく使われた音である。シンセと生楽器のアンサンブルは『ガンダム』のサウンドの特徴のひとつだ。
戦闘シーンによく流れた「颯爽たるシャア」。トランペットのフラッター奏法を使った荒々しいフレーズがインパクト抜群の曲だ。「颯爽たるシャア」というタイトルだが、ガンダムの活躍場面にも流れていて、物語中盤では空中換装のシーンによく選曲された。
『機動戦士ガンダム』の音楽は全体に、「敵側の曲」「味方側の曲」という区分けがされていない。敵味方関係なく、戦闘を描写する曲、不安を表す曲、哀しみを表す曲等々が用意されている。人間群像の音楽、とでも言おうか。これも『ガンダム』の音楽の新しさである。
「ジオンの脅威」は空間系のサウンドで構築された不安曲。この曲もジオン側・連邦側の区別なく使われている。淡々としたリズムの上にフルートとケーナがメロディを奏でる構成。リズムには反復効果を生むディレイを、フルートには深いリバーブ(エコー)をかけて音が虚空に消えていくような虚無的な雰囲気を出している。この曲をA面の締めくくりとしてB面につなげる構成が渋い。
B面の1曲目「戦いへの恐怖」は『機動戦士ガンダム』を代表する曲のひとつだ。次々と表情が変わる変化に富んだ曲で、一部がアイキャッチに使用されている。もともとはジオン軍の出撃をイメージした曲だが、本編ではホワイトベース側の描写によく使われた。
「敵地をスパイする」は「ヒュー」という不思議な音が不安定な旋律を奏でるサスペンス曲。これはシンセサイザーではなくミュージックソー(ノコギリ)による演奏。近年ではミュージックソーがソロ楽器として演奏されることも珍しくなくなってきたが、古い映画音楽では怪奇描写などで効果音的に使われることが多かった。それを主旋律に採用したアイデアが面白い。シンセサイザーとは一味違う不思議な雰囲気を出している。
「窮地に立つガンダム」は『巨人の星』などでもおなじみの表現が聴ける緊迫曲。危機感が盛り上がったあと、次の曲「苦い勝利」ですっと空気感を変える構成の妙は、何度聴いても感動ものだ。
アルバムを締めくくる3曲は、この時期の渡辺岳夫が好んで使ったメロディラインとアレンジが顕著に現れた作品である。
フルートの調べがはかなく美しい「苦い勝利」は実は本編では未使用。フルートのバックに流れているストリングス風の音は70年代半ばから使われ始めたソリーナというシンセサイザーの音。渡辺岳夫が愛用した音のひとつである。透明感と広がりのある独特の音は『ガンダム』のサウンドを特徴づける音にもなっている。
「平和への祈り」は最終回のホワイトベース・クルーの脱出シーンが唯一の使用例になった。オーボエの音色がやさしい前半から弦が情感豊かに歌う後半への展開がドラマチックな曲だ。長いコーダ部分の表現が渡辺岳夫らしい。
「アムロの旅立ち」はアムロがマチルダにほのかな思いを抱くシーンなどに使われた重要曲。ここでもソリーナが活躍するほか、リバーブのかかった電子オルガン、金管、エレキベースなどが渾然となって独特のサウンドを作っている。『機動戦士ガンダム』の情感面を代表する曲である。
渡辺岳夫と松山祐士の職人的うまさが冴える『機動戦士ガンダム』の音楽。メロディやアレンジとともに、そのサウンドにも注目してほしい。
本作の音楽が作られた時代はシンセサイザーが急速に普及していく過渡期だった。『ガンダム』の音楽には、さまざまな楽器や奏法を駆使した生楽器による表現と、シンセサイザーや録音技術を駆使した新しい表現が果敢に取り入れられている。それはデジタル技術による音づくりが完成する以前の、人の手によって徹底的に工夫された音楽だった。だから、『ガンダム』の音楽は未来を志向しながらとても人間くさい。移りゆく時代を反映した新しくて懐かしい音楽。『機動戦士ガンダム』の世界を彩る音楽として、これ以上ふさわしい音楽はないだろう。
機動戦士ガンダム
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