最近作った大判のポスターは、すずさんの横顔と軍艦青葉という2種類なのだけれど、あまりにも違いすぎる意匠をなんとか横並びにさせるために、両方ともに白鷺をあしらってみた。鷺は原作の物語上でちょっとばかり意味合い深いモチーフになっている。
前に広島で川の上をゆく水上タクシー(雁木タクシー)に乗せてもらって、中島本町から江波のあたりまで下ってみたのだけれど、江波まで着いたら本当に鷺がたくさんいたのでびっくりした。江波はほとんど河口に近い場所なので、海鳥の世界かと思ってたのだけど。
河舟に乗せてもらったすずさんのコースは、その反対に江波から中島本町の手前まで本川を遡上する。今現在なら江波から本川の対岸を見ると吉島の土地が広がってるのだけど、このほとんどは戦時中の埋立地で、すずさんの子供時分にはもっと吉島の陸地は短かった。川の都・広島の南のほうが何本かの洲に別れている中で、埋め立て前にまだしも長かったのが江波で、東隣の吉島はずっと短かった。だから、河舟に乗り込んだすずさんの右舷側に対岸はなくて水面ばかりで、ずっと向こうの宇品まで見渡せていたはずだ。
江波も吉島も戦前までの土地の海岸線だったラインは今も丸い弧を描いた道になっているので、地図で見ても現地にたってもよくわかる。そこから南の埋立地は整然と縦横に並んだ道でできている。
少し行くと短いながらも吉島の南端が見えてくる。すずさんから一番初めに見えてくるのは「瀦溜場」という場所のはずだ。ちょりゅうじょう。はじめは、何のことだか、と首をひねっていたのだが、マンホールのこととか紐解くうちに理解できてきた。まだ汚水処理場がない頃、町中で集めた下水をここまで流してしばらく溜めてから海へ流す場所だったらしい。まだ水洗トイレじゃないから、そういた排水は流れてこない。中性洗剤もない。雨水と、ちょっとばかり家事で使ったような水くらいだったのに違いない。
瀦溜場の北には工場がいくつか並んでいて、それを過ぎると長い塀が続く。長くて高い塀。広島刑務所の塀だ。これは原爆の前からのものが今も残っている。この辺のことを文書上で取材している頃、たまたまこの刑務所(今も刑務所のままなのだ)から塀を登って脱獄する、という事件が起きた。おかげで塀の高さが新聞に載って、よくわかって、助かってしまった。ところで、戦前からある塀は一体何色なのだろう? こういうもののたいがいは塗り直されてしまっているはずだ。とはいえども、なにかかつての名残くらいはないかとロケハンのついでに車で周りをグルグル回ってしまった。どうも被爆直後の写真に写った同じ塀とあまり様子が違わないみたいなので、まあ、色もそんなに変わってないはずだと思いたい。
刑務所からさらにさかのぼると、吉島の方の陸地の上にはしばらく民家の並びが続いて、それから最初にくぐる橋が現れる。今だったらその手前に吉島橋や舟入橋が架かっているのだけれど、こうしたものは新しい。ひょっとしたら渡し舟くらいはあったかもしれないが。
最初に現れる、戦前の時代に本川の一番南の橋だったのは、住吉橋。たもとには住吉神社がある。なんだかいつの間にかこの橋のことを「木製」と思い込んでしまってた。絵コンテにもそんな感じで描かれてしまっている。なんでちゃんと調べてなかったのか、大正末年にはコンクリ製の橋に架け変えられていたのだった。今のうちに気がついてよかった。準備の初期の頃から折に触れて眺めていた「わがなつかしの広島」(NHK広島編)という冊子があって、古くからの広島の住人の人たちが今はなくなってしまった町の景色を絵に描いたのを集めたものだ。たいていは子供時代の思い出なので、神社のお祭の絵なんかもある。今になってやっと気がついたのだが、その表紙が祭礼でにぎわうコンクリ製の住吉橋の絵だったのだった。最近になってようやく見つけたコンクリ製住吉橋の写真(被爆直後の半分崩落した状態のもの)と形がよく一致している。
住吉橋をくぐると、その上流に新大橋が見えてくる。というあたりから、今、浦谷さんが描いているレイアウトに登場する。そこからふたつ川上の相生橋までが一望される大俯瞰ロングショットのレイアウト。昭和14年12月の航空写真、昭和20年7月の航空写真、広島住民の森冨茂雄さんが記憶を頼りに描いた絵、いろいろ集めた写真、戦前の地図、戦後になって復元された戦前の町割りの地図なんかを頼りに。
描く浦谷さんが、ときどき鉛筆を停めてこっちにやってくる。
「ねえ、この郵便局の裏にあるはずの西向寺、西蓮寺の墓地って、こっちの空中写真のどこにあたるのかな?」
と、たずねられて、さすがにたじろいだ。さ、西向寺?
なんだっけ、それ? 手元の本や何かを引っ張り出してしばらくパラパラやって、思い出した。原爆ドームの裏にあって、原爆の爆風がほとんど真上から来たので墓石が倒れなかった、あの墓地のことか。ようやくそのあたりの詳細がわかるものが引っ張り出せて、しどろもどろせずにすむ。
「このあたりは何なのかな?」
うっ。広島城の南、旧市民球場のあたり。広島第一陸軍病院。というかこの時点だと衛戍病院?
「こっちの写真の通りに建物描いといていいのかな?」
うううう。ちょっと待って。ちょっと待って。
「ああ、建物ない!」
「ない?」
「まだない。というか、大正時代にあって、昭和14年の航空写真にも写ってるものが、あいだで一時期なくなってるっぽい」
「?」
「こっちの相生橋とその辺が一緒に写ってる写真、相生橋の形からすると、昭和9年10月以降で、商工会議所がまだ建ってないから昭和11年以前。一番時期が近いんだけど、写ってない」
「へっ? 商工会議所もないの?」
そんな会話が延々続くのだった。終点はまだ少し遠い。
親と子の「花は咲く」 (SINGLE+DVD)
価格/1500円(税込)
レーベル/avex trax
Amazon
この世界の片隅に 上
価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon
この世界の片隅に 中
価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon
この世界の片隅に 下
価格/680円(税込)
出版社/双葉社
Amazon