腹巻猫です。この連載がUPされる週にはいよいよ最終回を迎える「あまちゃん」。半年間楽しませてもらいました。連続テレビ小説の次の作品「ごちそうさん」の音楽は菅野よう子、来年4月からスタートの「花子とアン」の音楽は梶浦由記というから、しばらく朝ドラの音楽から目が(耳が)離せません。
「あまちゃん」の音楽を担当した大友良英はアバンギャルドなフリージャズやノイズミュージックで活躍していた音楽家。映像音楽の分野でもいわゆる「劇伴」の枠に収まらない、刺激的な音の仕事をしてきた人物である。NHKドラマ「胡桃の部屋」「白洲次郎」などのサウンドトラック盤で大友の仕事を確認することができる。
その大友良英が連続テレビ小説、いわゆる「朝ドラ」の音楽をやると聞いてびっくりしたのが半年前。ここ数年の朝ドラ音楽は「ゲゲゲの女房」(2010)の窪田ミナ、「カーネーション」(2011)の佐藤直紀、「梅ちゃん先生」(2012)の川井憲次など、サントラファンの心をくすぐる人選で「うわ、攻めてるなあ」と(勝手に)思っていたので、大友良英がどんな仕事をするか興味津々で見守っていた。そしたら、80年代アイドル歌謡風の挿入歌や心温まるメロディアスな曲が登場して、「こんな曲も作るんだ!」と別の意味でびっくり。
しかし、「あまちゃん」の音楽特番で大友良英が「こんなふうに音楽を作ってます」と音楽制作の舞台裏を紹介するのを見て、深くうなずいたのである。大友はメニューに沿って1曲ずつきっちり譜面を作るのではなく、メインのメロディとコード進行ぐらいのラフな譜面を作って、あとは現場で演奏しながら作り上げていくそうなのだ。しかも、ドラマの進行に合わせて「こんな曲も必要」「こんなことをすると面白い」とアイデアを出しながら、まるで即興演奏のように音楽を追加していったという。作った曲は300曲に及ぶというから、いったい音楽予算はどうなっているのか? と変なところが気になってしまうが、大友らしい自由な作り方には、「そうだろうなあ」と納得してしまった。
同時に、「この作り方、まるでヤマタケじゃん!」と思ってしまったのは筆者だけではないだろう。
ヤマタケ=山下毅雄は主に60〜70年代に主にドラマや映画の音楽で活躍した作曲家だ。この連載でも以前『ルパン三世』の項で少しその仕事について触れたことがある。旧『ルパン三世』(1971)の音楽を作り上げた人物であり、『スーパージェッター』(1965)、『悪魔くん』(1966)、『ジャイアントロボ』(1967)、『冒険ガボテン島』(1967)、『佐武と市捕物控』(1968)、『ガンバの冒険』(1975)等の音楽を書いた、オールド特撮ファン・アニメファンには忘れられない作家だ。今年(2013年)、NHK BSプレミアムで不定期に放送されている時代劇「大岡越前」(新作)では、山下毅雄が書いたオリジナル版の音楽が新たに再演奏されて使われている(テーマ曲だけでなく劇中音楽も!)。「やはり『大岡越前』にはこの音楽だよ!」と多くのファンが思いながら観ているだろう。それほど、山下毅雄の音楽の印象は強烈だ。
生涯に7000曲以上を作ったという山下毅雄。その音楽づくりは実に型破りだったと伝説のように語られている。「台本をもらっても中は読まずに表紙だけ見て作曲する」「役者の顔を見ると音楽が浮かぶ」「譜面にはほとんどなにも書いてなくて、演奏家に現場で指示して音楽を作っていく」等々。今のサントラづくりではまずありえないような、自由でインスピレーション重視の作り方をしていたという。
大友良英の「あまちゃん」の音楽づくりが、まさに山下毅雄風なのである。作り方ばかりでなく、音楽性もどこか共通している。それも不思議ではない。大友良英は幼少時から山下毅雄の音楽を聴いて育ち、深く影響を受けた音楽家なのだ。
今回は「あまちゃん」終了記念に大友良英の手がけたアニメ音楽をなにか……と思っていたのだが、残念ながら実写作品ばかりでアニメは見当たらなかった。
が、しかし。
あれですよ。あれがあるではないか。
「山下毅雄を斬る 大友良英 プレイズ・ザ・ミュージック・オブ 山下毅雄」
90年代のヤマタケ・ブームの折に、大友良英が発表したヤマタケ・トリビュート・アルバムである。
1999年9月10日、Pヴァイン・レコードから発売された。収録曲は次のとおり。
- プレイガールBGM
- ルパン三世 Ending Theme
- ジャイアントロボ
- スーパージェッター
- 悪魔くんオープニングテーマ
- 涙から明日へ(『時間ですよ』より)
- 七人の刑事 PLOT-1
- 七人の刑事 PLOT-2
- ガンバのうた
- 冒険ガボテン島
- 佐武と市捕物控オープニングテーマ
- 大岡越前オープニングタイトル
- ルパン三世 ワルサーのテーマ
- ルパン三世 Ending Theme(Jazz Version)
- 冒険者たちのバラード(『ガンバの冒険』より)
- 煙の王様
- Song for T.Y.
曲目を見てわかるとおり、山下毅雄作品をカバーしたアルバムである(最後の1曲のみ、ヤマタケに捧げたオリジナル曲)。演奏には、のちに『LUPIN the Third 峰不二子という女』の音楽を担当する菊地成孔も参加している。
「カバー」と呼んですませるにはあまりに刺激的、挑戦的なアルバムだ。ヤマタケ・ブームのさなかには、山下毅雄のトリビュート・アルバムやリミックス・アルバムが数多く発表されたが、ヤマタケ音楽に肉薄したものは少なかった。
大友良英のこのアルバムはすばらしい。カバーというより再構築、いや20世紀哲学風に言えば「脱構築」というべき傑作である。
たとえば「ルパン三世 Ending Theme」。チャーリー・コーセイのボーカルに伊集加代子のスキャット。オリジナル・ミュージシャンをフィーチャーしながら、原曲よりもダークな方向に振りきった「脳内で30年熟成された『ルパン三世』の音」とでも呼ぶべき「いまの音」になっている。「佐武と市捕物控」では、邦楽器を入れたフリージャズ風のセッションに、かすかに、遠く、オープニングテーマのメロディが聞こえてくるという、アニメ本編の実験的映像をほうふつさせるような音づくり。「ジャイアントロボ」はTV版オープニングのSEを取り入れて、狂的なパンクロックにアレンジ。「スーパージェッター」はトイ・ピアノや女声ヴォーカルを使ってリリカルに、原曲がデキシー・スタイルの「ガンバの冒険」はサイケデリック・ロック風にと、その自由で大胆な発想はヤマタケ音楽そのもの。「奇才、奇才を知る」というか、奇才・大友良英だからこそ実現できた奇才・山下毅雄の音楽の再生である。
「原曲とイメージが違う」という人もいるかもしれない。けれど、そういう人は原曲を聴けばよいのだ。これは山下毅雄の音楽の「再演」ではない。山下毅雄をモチーフにした大友良英の音楽である。聴き始めは違和感があるかもしれないが、2曲、3曲と進めていくとはまることうけあい。「原曲よりカッコええ!」「なんかよくわかんないけどすごい!」と心のままにつぶやいながら聴くのが吉。すぐれた音楽は一度は時間の砂にうずもれたとしても、さまざまな邂逅を得てふたたびすぐれた音楽として再生する。そんなことを思ってしまう名盤だ。
ヤマタケ音楽のすばらしさと大友良英(とその仲間たち)のしなやかで力強い「音楽力」に触れられる1枚。この強靭な音楽の延長に「あまちゃん」の音楽がある。「あまちゃん」で大友良英を知ったという人にも、ぜひ聴いてもらいたい。そして、オリジナルの山下毅雄も!
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