COLUMN

第11回 レコード界の常識を破壊した怪獣 〜ゴジラ〜

 腹巻猫です。今回は特撮サントラの話です。アニメ音楽と特撮音楽は互いに刺激しあい、影響しあいながら発展してきました。特撮にあまり興味がないアニメファンの方もおつきあいください。


 日本映画が生んだ世界的人気キャラクター・ゴジラ。
 1954年に公開された第1作「ゴジラ」以来、2004年公開の「ゴジラ FINAL WARS」まで、国内では28作品が制作・公開されている。
 そのゴジラ劇場作品の音楽を収録したレコードが初めて発売されたのは、1978年のことだった。第1作公開から実に24年間も、映画ファン、ゴジラファン、サントラファンは「ゴジラ」のオリジナル音楽をレコードで聴くことはできなかったのだ。アニメや特撮(怪獣)作品のサウンドトラックが商売になるとは誰も思ってなかった時代。その常識の壁を打ち砕いたのが、われらが「ゴジラ」だった。

 1977年9月25日に東宝レコードより発売されたLPアルバム「日本の映画音楽 伊福部昭の世界」が、映画音楽のアルバムとしては爆発的な売れ行きを記録した。「ゴジラ」「ラドン」「地球防衛軍」などの東宝特撮映画のテーマ音楽がこのアルバムで初めてレコード化され、特撮映画ファンがこぞって購入したのである。
 このヒットを受けて企画・発売されたのが「ゴジラ オリジナル・サウンドトラック」(1978年2月25日発売:東宝レコード:品番・AX-8100)だ。選曲・構成を担当したのは、少年時代から特撮作品の研究家・編集者として活動していた竹内博。レコードでは酒井敏夫の名で執筆している。竹内氏は日本のSF映像研究サークルのさきがけである〈怪獣倶楽部〉の主宰であり、円谷プロダクションの社員(プランナー)でもあった。惜しくも2011年に亡くなったが、日本の特撮・アニメ研究の土台を築いたと言ってよい人物である。

 「ゴジラ オリジナル・サウンドトラック」という名がついているが、このアルバムはゴジラ・シリーズ第1作「ゴジラ」のサウンドトラック盤ではない。発売時点で公開されていたゴジラ劇場全15作品——「ゴジラ」(1954)〜「メカゴジラの逆襲」(1975)——から名曲をよりすぐったコンピレーション・アルバムだ。
 これが実に密度の濃い、考え抜かれた名盤だった。
 筆者(腹巻猫)はこのアルバムと、同じく竹内博が酒井敏夫名義で構成・解説を手がけた「ウルトラオリジナルBGMシリーズ」(1979年3月25日〜:キングレコード)がのちのアニメ・特撮サントラのお手本になったのだと思っている。
 収録曲は次のとおり。

A面

 1.黒部谷のテーマ (「ゴジラ」[1954]より)
 2.大戸島の神楽 (「ゴジラ」[1954]より)
 3.ゴジラ出現 (「ゴジラ」[1954]より)
 4.ゴジラ・タイトル (「ゴジラ」[1954]より)
 5.ゴジラの恐怖 (「キングコング対ゴジラ」[1962]より)
 6.怪獣総進撃・タイトル(「怪獣総進撃」[1968]より)
 7.シーホーク号SOS(「キングコング対ゴジラ」[1962]より)
 8.怪獣大戦争マーチ(「怪獣大戦争」[1965]より)
 9.侵略者の予感(「メカゴジラの逆襲」[1975]より)

B面

 10.X星人円盤現わる(「怪獣大戦争」[1965]より)
 11.カマキラス出現(「ゴジラの息子」[1975]より)
 12.メカゴジラ現わる(「ゴジラ対メカゴジラ」[1974]より)
 13.キングコング輸送作戦(「キングコング対ゴジラ」[1962]より)
 14.キングコング対ゴジラの戦い(「キングコング対ゴジラ」[1962]より)
 15.キングキドラの誕生(「三大怪獣地球最大の決戦」[1964]より)
 16.モスラの旅立ち(「モスラ対ゴジラ」[1964]より)
 17.小美人とモスラ(「モスラ対ゴジラ」[1964]より)
 18.メカゴジラの逆襲・タイトル(「メカゴジラの逆襲」[1975]より)
 19.モスラ対ゴジラ・エンディング(「モスラ対ゴジラ」[1964]より)

 音楽:伊福部昭(11,12以外)、佐藤勝(11,12)

 筆者は高校生時代にこのアルバムを買い、何度も聴いた。その時点でまだ観たことのないゴジラ劇場作品もあったが、まったく気にならなかった。重厚で酩酊感を誘う伊福部音楽にも圧倒されたが、シャープな佐藤勝の音楽もお気に入りだった。
 「15作品から名曲をよりすぐったら密度が濃い名盤ができるのは当然ではないか」と思われる方もいるかもしれない。が、それは違う。たとえば筆者が解説を担当した「大怪獣伝説〜東宝特撮映画メインテーマ大全集〜」(2005年3月:テイチクエンタテインメント)というアルバムがある。「ゴジラ」(1954)〜「ゴジラ(リメイク版)」(1984)まで、昭和の東宝特撮映画36作品のタイトル音楽を収録したアルバムだ。これはこれでよいアルバムだと思うのだが、構成的にはただタイトル曲を年代順に並べただけで、網羅的ではあるけれども、アルバムとしての個性は薄い。
 いっぽう、「ゴジラ オリジナル・サウンドトラック」は強烈な個性を持ったアルバムである。選曲と曲順に明確な構成者の意思が感じられる。
 酒井敏夫=竹内博は本アルバムのライナーノーツで選曲・構成意図をこう語っている。
「構成にあたっては、音楽の印象によるゴジラ物語を語ることを念頭においた。したがって映画公開順序、及び作品中での使用順序はあまり考慮せず、自由に選曲、構成していった。……A面はゴジラの登場から、その前進、人間との戦いが中心で、B面は、ゴジラと様々なライバルとの戦闘が中心となる様、構成した」

 個々の曲の説明は省くが、このアルバムの構成のポイントは3つあると思う。
 まず、1曲目から4曲目までの流れ。「ゴジラ」シリーズのサントラなのだから、1曲目が「ゴジラ・タイトル」でもおかしくない。が、1曲目に置かれたのはホルンが雄大なテーマを奏でる「黒部谷のテーマ」。2曲目は村に伝わる神楽の曲。3曲目は音楽ではなく、タイトル曲とともに使用されたゴジラ登場のSEである(これも伊福部昭の作)。「ゴジラ・サントラ・ベスト」のようなアルバムを作るとしたら、怪獣と直接つながりのない1曲目や2曲目はオミットされてしまうと思う。それをあえて1、2曲目に置いたのは、物語の開幕の雰囲気をねらったためだ。
 この、「雰囲気を作るために派手ではないが印象深い曲を冒頭に置く」という構成手法は「ウルトラオリジナルBGMシリーズ」でも使われている。「ウルトラセブン」ではミステリアスな「地球防衛軍基地」を、「帰ってきたウルトラマン」では主人公の死を描写した悲哀曲「郷秀樹」を、「ウルトラマンレオ」では叙情的な「故郷は地球」をいずれも冒頭に配し、アルバムの導入としている。
 2つ目はA面とB面で印象を変えたこと。A面は「ゴジラ登場〜対人間」、B面は「ゴジラ対ライバル怪獣〜エンディング」と明確にテーマを決めている。映画公開順なら、A面の途中から第3作「キングコング対ゴジラ」の音楽が登場してもいいはずだ。そこをぐっとこらえて選曲することで、大きな「うねり」が感じられる構成になっている。CDではA面・B面の変化は出せないが、全体をいくつかの大きなパートに分けて構成する手法は有効で、筆者も「プリキュア」シリーズのサントラなどで採用している。
 「うまいなあ」と思うのは、A面最後に置かれた「侵略者の予感」だ。あえて不安感をあおる曲を置くことでB面への期待を盛り上げる、みごとなフック(引き)になっている。
 3つ目は、SEや台詞を適宜挿入していること(音楽にはかぶらないように配慮されている)。これはビデオが普及していない時代だからこそ、とも言える工夫で、本編の音を挿入することで映像をイメージしてもらうねらいがあったという。家庭用ビデオと映像ソフトが急速に普及する80年代以降はあまり採られなくなった手法だ。近年は俳優の台詞やSEにも権利が発生することから、こういうアプローチはなかなか難しい。しかし、聴いていて盛り上がるのは、実はこういうSE・台詞入りのサントラなのである。特にSFアニメやロボットアニメでは、発進シーン、戦闘シーンなどの音楽はSEと一体になって記憶に残っているので、SEが入るとひときわ盛り上がる。「宇宙戦艦ヤマト」では、波動砲発射音などのオリジナルSEとともに音楽を楽しむ「サウンド・ファンタジア・シリーズ 宇宙戦艦ヤマト」(1996年:コロムビア)なるアルバムが発売されたし、筆者が氷川竜介氏と一緒に担当した「機動戦士ガンダム TVシリーズ総音楽集」(2003年:キングレコード)では、わざわざME集のディスクを1枚作って、SEと音楽をMIXした音源を収録している。こういう作り方はもう一度見直されてもよいのではないかと思う。

 本アルバムは、多くの特撮ファン、映画ファン、サントラファンに支持されるヒット作になった。新たな鉱脈を見出した東宝レコードは、1978年5月に日本の特撮映画の音楽をコンパイルした「SF映画の世界 Part.1〜Part.3」を発売。キングレコードは1978年3月から「ウルトラオリジナルBGMシリーズ」の発売をスタートし、アニメでは「無敵鋼人ザンボット3(ドラマ+BGM)」(1979年2月)、「機動戦士ガンダム(BGM集)」(1979年6月)、「未来少年コナン(ドラマ+BGM)」(1979年10月)などを発売して、アニメサントラの新しい流れを作っていく。また、コロムビアは「交響組曲 宇宙海賊キャプテンハーロック」(1978年5月)、「交響詩 銀河鉄道999」(1979年7月)などの組曲路線と並行して、「海のトリトン テーマ音楽集」(1979年8月)を皮切りとする「オリジナルBGMコレクション」シリーズをスタート。すでに放映が終了していた「宝島」「科学忍者隊ガッチャマン」などのBGM集を続々とリリースし始める。新旧のアニメ・特撮作品のオリジナル音楽がレコードで聴けるようになる、サントラ・リリースラッシュの時代が訪れるのである。その端緒を開いたのは、「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」(1977年12月)と「ゴジラ オリジナル・サウンドトラック」(1978年2月)だったと言って間違いないだろう。

 さて、本アルバムについて、竹内博は「物語」を想定して構成したと語っている。
 しかし、筆者はそれだけではこのアルバムの魅力・意義は説明できないと思う。このアルバムから感じるのは、強い「デザイン性」である。「素材をどう組み合わせ、どう見せるか」というデザイナー的、もしくは編集者的視点が働いていると感じるのだ。
 竹内博は、「少年マガジン」の大図解ページの構成などで知られる編集者・SF研究家の大伴昌司に師事した人だ。圧倒的な知識と情報を背景に、大胆かつ緻密な構成で題材の魅力を訴える大伴昌司のビジュアル的な編集手法が、「ゴジラ」のレコード構成にも反映されていると思う。
 「黒部谷のテーマ」から「大戸島の神楽」「ゴジラ出現」を経て「ゴジラ・タイトル」へ至る流れなど、「表紙を開くと、扉に大自然を遠くからとらえた写真、さらに開くと神楽を踊る村人たちの写真、また開くと山中に残るゴジラの足跡、そして、ゴジラの全身像をとらえた中表紙」という写真集のような誌面構成が頭に浮かんでくる。
 そして、中身は「進撃するゴジラ」「破壊するゴジラ」「ライバル怪獣と戦うゴジラ」など、小テーマを掲げたグラビア構成。締めくくりには、全体を総括する意味で初代ゴジラのメロディがふたたび登場する「メカゴジラの逆襲・タイトル」を置くという抜かりのなさ。「ゴジラの魅力とは?」「ゴジラ音楽の魅力とは?」を分析し、それを最大限に伝えるためにはどんな構成がふさわしいかを考え抜いた結果が、アルバムの選曲・曲順に表現されている。
 「ゴジラ オリジナル・サウンドトラック」が後世に与えた最も大きな影響は、この「デザイン感覚」ないしは「編集感覚」をレコードに持ち込んだことだと思う。構成者(=編集者)の意思が入ることで、アニメ・特撮サントラは「子ども向けのレコード」から「作品研究の要素を持つファン向けの商品」へと進化していった(ライナーノーツにスタッフ・インタビューや音楽メニューを掲載するのも竹内博が始めたことだ)。その結果、70年代末から80年代にかけて、アニメ・特撮サントラは書籍や雑誌・ムックと並んで、ファンが作品をより深く理解し、楽しむための重要なアイテムとなっていくのである。この時代のサントラ盤の多くを、ファンが「名盤」と呼んで愛着を持っているのは、単なるノスタルジーではないと思う。

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