第1回 新海誠監督の成熟した作品。『言の葉の庭』

 明日(2013年5月31日)、新海誠の最新作『言の葉の庭』が公開される。新海監督はこの作品でさらに1ステップ、上のステージにあがっている。

 改めて、新海監督について紹介することにしよう。彼は、アニメ界において特別な位置にいるクリエイターである。彼は、2002年に個人制作の短編『ほしのこえ』を発表している。この作品で彼は原作と監督だけでなく、作画、美術、撮影などを1人で担当。デジタルを効果的に使った映像表現は斬新なものであり、現代的なテーマとSF設定、思春期の淡い恋愛などを絡めた内容と共に、多くの観客から熱い支持を集め、アニメ界の寵児となった。
 以来、『雲のむこう、約束の場所』『秒速5センチメートル』『星を追う子ども Chidren who Chase Lost Voices from Deep Below』と劇場アニメーションを発表。それらはいずれも彼が監督・脚本を担当したオリジナル作品である。『雲のむこう、約束の場所』以降は、個人制作ではなくっているが、撮影監督や美術監督などを兼任している。
 新海誠が生み出した作品は、物語においても、映像に関しても彼の個性が色濃く反映しており、それがそのまま作品の魅力につながっている。すなわち、疑いようもなく彼は「作家」なのである。彼が特別な存在である理由は、それだけではない。日本の商業アニメ界において、自身のオリジナルで(しかも、自身の作家性をセールスポイントとして)劇場アニメーションを発表し続けている唯一の監督なのだ(宮崎駿監督と細田守監督は? と疑問に思われるかもしれないが、宮崎監督には既存の原作を映像化したものもあるし、細田監督のオリジナルはまだ2作だけだ)。オリジナル作品であることに絶対的な価値があるとは言わないが、それが貴重なものであるのは間違いない。

 そんな新海監督の最新作が『言の葉の庭』である。主人公は靴職人を目指す高校生のタカオ。彼は雨の日の朝、日本庭園で、ある年上の女性と出逢い、雨の日のたびに逢瀬を重ねる事になる。というのが、物語の発端だ。SF的な設定もなければ、思春期のフワフワした感覚もない。地に足の着いた世界で、存在感のある男女の物語が綴られていく。彼らのドラマは爽やかであり、瑞々しい。

 『言の葉の庭』を観ると、新海誠監督が、作り手としてより成熟したことが分かる。物語は普遍的なものとなり、コアなアニメファンでなくても入りやすい作りとなった。曖昧さもなければ、描写不足もない。46分という短い作品であるが、物足りなさを感じさせる事もない。多くの観客が楽しめる仕上がりだ。語り口が抜群に巧くなっている。大人が自然に楽しめる、大人のアニメーションだ。
 映像も素晴らしい。今までの新海作品も、光の表現、緻密な画作りに力が入れられており、それが魅力となっていた。特に光の表現のレベルの高さは、他のクリエイターの追従を許さない。『言の葉の庭』では、雨などの水の表現にも力が入れられており、表現の幅が広がっている。これでもかとばかりに美しい場面が続出する。いや、全シーンが美しい映像で埋めつくされている印象だ。はっきりと映像が作品のセールスポイントとなっている。

 また、この作品は「どうして実写でも撮れる日常的な物語を、アニメで描くのか?」という疑問にも答えている。それについても、ここで語りたいところだが、公開前にそこまで説明するのはやりすぎだろう。
 少しCMをさせていただく、7月発売予定の「アニメスタイル004」(現在、編集作業中!)では、新海誠監督のロングインタビューを掲載する。作品のメイキングについてだけでなく、「成熟した作品」になった理由についてもうかがった。「日常的な物語をアニメで描くことの理由」についても、同記事で触れることにしたい。

 今年は多くの地方において、梅雨入りが例年よりも早くなりそうだ。ジメジメした日々が始まるわけだが、梅雨時の物語であり、雨が重要なモチーフである『言の葉の庭』を鑑賞するには、むしろベストタイミング。この映画を観ると、雨の日が楽しくなるかもしれない。

●『言の葉の庭』公式サイト
http://www.kotonohanoniwa.jp/

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