腹巻猫です。プリキュア・シリーズ最新作『ドキ ドキ! プリキュア』のオリジナル・サウンドトラック盤が5月29日に発売されます。構成・解説・インタビューを担当しました。音楽は前作までの高梨康治さんに代わって、『侍戦隊シンケンジャー』『AKB0048』などを手がけた高木洋さんが担当。新たなプリキュア音楽が誕生しました。ぜひ聴いてみてください。
日本初のアニメ・サントラはなんだろう?
アニメの「音楽」をレコード化したという意味では、前々回のこの連載で取り上げた「子どものための交響詩 ジャングル大帝」が挙げられる。しかし、その回でも書いたとおり、これは劇中音楽をもとにアレンジ・演奏された新録音で、厳密な意味でのサウンドトラック・アルバムではなかった。
では、オリジナルBGMを収録した、本来の意味での日本初のアニメ・サントラは?
それは、1973年10月から1974年3月にかけてよみうりテレビ系で放映されたTVアニメ『冒険コロボックル』の音楽アルバムである。
話を続ける前にお詫びしておくと、実はこの作品、現在、DVDやCDで手軽に映像・音楽を鑑賞することができない。といっても、超マイナー作品であるとか、封印された作品であるというわけではない。おそらく、70年代に子ども時代を過ごした人の多くが観たことがある作品だと思う。
『冒険コロボックル』は佐藤さとるの児童文学「コロボックル」シリーズをアニメ化した作品だ。アニメーション制作はエイケン。アイヌの伝承に登場する小人・コロボックルを主人公にしたメルヘン・アニメである。このアニメのおかげで「コロボックル」の名を知った子どもたちも多いだろう。派手さはないが、エイケンらしい良質の作品だった、と思う。なにぶん、筆者も初回放映以来再見していないので細かいことは覚えていないのだ。ただ、ペギー葉山が歌った主題歌は当時から好きだった。
主題歌はヒロコ・ムトーが作詞、筒井広志が作曲・編曲を手がけている。オープニング「白い風にのって」はタイトルどおり、風に乗って旅するようなイメージのふんわりとさわやかな歌。エンディング「冒険コロボックル」は、主役のコロボックル3人=ボックル、ラブラブ、クスクスの名前を織り込んだユーモラスな歌。この2曲の主題歌だけは、現在もCD等で聴くことができる。
そして劇中音楽はボブ佐久間が担当。主題歌を担当した筒井広志とともに、小林亜星率いるアストロミュージックに参加していた作曲家だ。アニメファンには、TVアニメ『科学忍者隊 ガッチャマン』『宇宙の騎士 テッカマン』、TV特撮「スーパーロボット レッドバロン」などの音楽や主題歌アレンジを手がけた作曲家と言ったほうがわかりやすいだろう。
1973年12月、キングレコードから『冒険コロボックル』の歌と音楽を収録したLPレコードが発売された。タイトルは「冒険コロボックル コロボックル達の小さな世界』」(品番:SKM(H)-2159)。収録内容は主題歌2曲と挿入歌1曲、そして、オリジナルBGM23曲。番組内で使われたBGMをそのまま収録した、日本初の本格的なアニメ・サントラ・アルバムである。
仕様は30センチLP。ジャケットには主役であるコロボックル3人と、コロボックルの友だちとなる少年・せいたか君が描かれている。ジャケットの裏面には収録曲リストと歌詞を掲載。見開きのない、いわゆるシングル・ジャケットの形式だった。
詳しい収録曲は以下のとおり。
A面
- ●白い風にのって(歌:ペギー葉山)
- ●冒険コロボックル(歌:ペギー葉山)
- ●コロボックル達の小さな世界
- コロボックルの音楽
- ラブラブの音楽
- クスクスの音楽
- コロボックル、ラブラブ、クスクスの音楽
- すがすがしい朝の音楽
- たのしい散歩の音楽
- ジャングルの冒険の音楽
- 息づまる緊張の音楽
- 迫る危険の音楽
B面
-
- 怪獣とコロボックル達の戦いの音楽
- 照りつける太陽の音楽
- コロボックル達の夢の音楽
- ひとりぼっちの音楽
- こみあげる悲しみの音楽
- 夕ぐれの音楽
- 静かな夜の音楽
- ラブラブの愛の音楽
- ●せいたか君達の世界
- ならず者の音楽
- のどかな授業風景の音楽
- 軽快な遊びの音楽
- 美しい友情の音楽
- 不気味な音楽
- 空想の音楽
- ●コロボックルの歌(歌:芹洋子)
A面の1、2曲目とB面最後の曲が歌で、残りはBGMである。BGMはステレオで収録されている。
BGMパートを聴いてみよう。SFアニメのダイナミックな音楽が印象的なボブ佐久間は、この作品でも質の高い音楽を提供している。
「コロボックルの音楽」はトランペットが主旋律を取る活動的な曲。コロボックルたちのテーマだ。「ラブラブの音楽」はチェンバロと木管をメインにしたリリカルな曲。「クスクスの音楽」は「ラブラブの音楽」のバリエーションで、ストリングスが加えられている。「コロボックル、ラブラブ、クスクスの音楽」は主題歌「白い風にのって」のフルートとストリングスによるアレンジ曲。ここまでがキャラクターテーマになる。
「すがすがしい朝の音楽」「楽しい散歩の音楽」「ひとりぼっちの音楽」「夕ぐれの音楽」などはコロボックルたちの日常を描写する曲。金管・木管のやわらかい音色を生かした、ちょっとバート・バカラックかヘンリー・マンシーニ風の小粋な曲に仕上げられている。
ボブ佐久間ファンにとって興味深いのが、「ジャングルの冒険の音楽」「息づまる緊張の音楽」などのサスペンス/アクション系の曲だ。この時期のボブ佐久間は、アメリカのロック・バンド「シカゴ」の影響を受け、パンチの効いたブラス・ロック風アレンジを積極的に取り入れていた。『冒険コロボックル』のために書かれたサスペンス/アクション音楽も、曲だけ聴くと「ガ、ガッチャマン?」と思わず言ってしまいたくなるような曲調になっている。とりわけ、「迫る危機の音楽」「怪獣とコロボックル達の戦いの音楽」なんて、『科学忍者隊 ガッチャマン』や『スーパーロボット レッドバロン』の劇中で使われてもまったく違和感がないようなカッコよさである。
「ラブラブの愛の音楽」はテナーサックスがロマンティックに奏でる大人っぽいバラード。大人向けドラマなら、バーかキャバレーのシーンに合いそうな、「ちょっとやりすぎ?」と思うような音楽になっている。本編で使われたことがあるのか、機会があれば確認してみたい。
人間側の音楽の1曲目「ならず者の音楽」は、スパニッシュな曲調。これはコロボックルたちの脅威となる人間のテーマではないかと思われる。「のどかな授業風景の音楽」「軽快な遊びの音楽」などはせいたか君たちの日常描写曲。「美しい友情の音楽」はストリングスによる美しいテーマで、シリアスなドラマにも合いそうな曲だ。
アルバムの最後に収録された「コロボックルの歌」は、原作者の佐藤さとるが作詞を手がけた歌。作曲・編曲は主題歌と同じ筒井広志。「四季の歌」のヒットで知られる芹洋子が透明感のある歌声で、コロボックルたちのふしぎな世界を歌っている。この歌は残念ながらCD化されていない。
以上が『冒険コロボックル コロボックル達の小さな世界』の全貌である。
このアルバム、いろいろと考えさせられる1枚である。
まず、のちのアニメ音楽アルバムの方向性を予言する内容になっていること。
60年代に「子どものための交響詩 ジャングル大帝」をリリースした日本コロムビアは、1978年発売の「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」のヒットを受けて、「交響組曲」「交響詩」と題したアルバムを次々と発売する。劇中音楽をそのまま商品にせず、「組曲」「交響詩」といった形式にまとめてリリースするのが日本コロムビアのスタイルだった。
一方キングレコードは、1979年に『機動戦士ガンダム』のオリジナルBGMを収録したサウンドトラック・アルバムを発売する。BGMをステレオ録音し、手を加えずに原曲のままの形でリリースしたのは、当時としては画期的なことだった。これが、キングレコードのサントラ作りのスタイルとして定着し、やがて、コロムビアも後続メーカーもこれにならうようになる。その原型は、すでに『冒険コロボックル』で作られていたのだ。
でも、「冒険コロボックル コロボックル達の小さな世界」は、サントラ盤としてなにか物足りない。『機動戦士ガンダム』のアルバムは何度も繰り返し聴いて、曲順まで刷り込まれているが、『冒険コロボックル』のアルバムは、たぶんそういう聴き方はされないだろうなと思う。『機動戦士ガンダム』のアルバムにあって、『冒険コロボックル』のアルバムにないもの。それは「構成」という考え方、もしくは視点である。
「冒険コロボックル」のBGMの曲タイトルを見て、「なんだか素っ気ないな」と思われた方も多いのではないだろうか。作曲家に音楽を発注するための「音楽メニュー」をそのまま曲名にしたような印象だ。曲順も、コロボックル側、人間(せいたか君)側に分けて並べただけで、あまり工夫がない。
この原稿を書くために参考にしている小冊子「STARCHILD HANDBOOK」(1983年にキングレコードが販促用に頒布した冊子)によれば、このアルバム、もともとBGM集にするつもりだったわけではなく、「歌が3曲だけではLPにならないため、穴うめにBGMを…という苦肉の策で」音楽を収録したのだそうである。
素材としてのオリジナルBGMを聴きやすい順に並べ、イメージをふくらませる曲タイトルをつける。そのひと手間が「冒険コロボックル」にはない。だから、なんだか、あるものを寄せ集めただけのような印象を受けてしまう。「構成がない」とはそういうことである。曲自体はいいだけに、とてももったいないのだ。
しかし、無理もないのである。1973年当時、TV番組用に録音されたBGMを集めてアルバムにしようという発想はレコードメーカーにはなかった。「冒険コロボックル コロボックル達の小さな世界」は、アニメ・サントラが商品として成熟する前の、夜明け前の1枚だったのだ。アニメ・サントラがビジネスとして成長していくためには、「サントラ構成」という独特の考え方とノウハウが育っていく必要があった。
次回は、サントラ夜明けの時代と構成のことについて、続けて書いてみたい。
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