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第41回 2003年(平成15年)『鋼の錬金術師』のヒットとフジテレビ深夜枠の混迷

 2003年は、『鋼の錬金術師』が放映開始された年である。
 『機動戦士 ガンダムSEED』の後番組であり、毎日放送の竹田靑滋が再び企画を担当。土曜夕方6時枠、通称・土6をヒットアニメ枠として定着させる決定打となった作品である。実制作はボンズ。原作は、荒川弘がスクウェア・エニックス刊「月刊少年ガンガン」に連載していた同名漫画だが、監督の水島精二、ストーリーエディターの會川昇らは、そこに独自の設定と解釈を加味してアニメ化を行った。本作は最高視聴率8.4%を記録したほか、05年には後日談を描く劇場版も公開され、両者を合わせたDVD売上は100万枚に及ぶこととなった。
 この年のもうひとつの話題作が『ASTRO BOY 鉄腕アトム』だ。30分シリーズ第1作『鉄腕アトム』の2度目のリメイクであり、アトムの公式の誕生日・2003年4月7日にちなみ、その前日にフジテレビ系でスタートした。
 深夜枠の新番組は、前年の25本に対しこの年は51本とほぼ倍増。その飽和状態は制作会社とTV局双方に混乱を招く結果となった。特に顕著だったのはフジテレビである。月曜深夜の『WOLF’S RAIN』、水曜深夜“あにめ缶”枠の『GAD GUARD』『TEXHNOLYZE』などでは、スポーツ中継の延長による放映の遅れや休止が相次いだ。また、納品が間に合わずに前週と同じ回を放映したり、最終話までの放映枠が確保できず、未放映分をCS放送やDVD収録でまかなったり、という異例の事態も起きた。この編成面での迷走は翌年まで続くことになる。
 NHK衛星第2では、逆に整理統合が行われた。94年春から9年間にわたり、週4〜5日のペースで計8〜10本の異なるアニメを供給してきた“衛星アニメ劇場”は、再放送枠を減らし、この春より土曜朝8〜9時台に3本のみを放送する方針へと転向。10月の宇宙航空研究開発機構(JAXA)の設立と呼応するように、『プラネテス ΠΛΑΝΗΤΕΣ』『ふたつの スピカ』という2本の近未来SF作品を放送し、好評を博した。
 佐藤順一、五十嵐卓哉という師弟コンビがそれぞれ『カレイドスター』『明日のナージャ』という少女アニメで健闘したのも本年である。片やサーカス、片や旅芸人の世界で生きるヒロインの物語は、魔法ではなく、現実の世界から人々に希望や娯楽を与える職業という点が共通しており、どちらも堅実さとひたむきさが光った。

(13.05.15)本文修正

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データ原口のサブコラム

 『鋼の錬金術師』の連載誌である「月刊少年ガンガン」は、「ドラゴンクエスト」で知られるゲームメーカー・エニックスが91年に創刊。後発の少年漫画誌としては異例の成功を果たし、90年代には『南国少年 パプワくん』『魔法陣 グルグル』をはじめとする人気作品が次々とアニメ化されたほか、90年代後半には小学館、集英社、講談社と映像化作品の数を争うほどの重要な出版社へと成長した。だが、01年、初代編集長を務めた保坂嘉弘が退社し、新会社マッグガーデンを創設したことに続き、当時の編集長・飯田義弘も追って移籍。同誌の抱えていたマンガ家や作品(「まもって守護月天!」「新撰組異聞 PEACE MAKER」「魔探偵ロキ」など)を新雑誌「月刊コミックブレイド」へと奪われる危機を迎えた。その後、新編集長・松崎武吏による体制の立て直しが図られるなか、01年8月号より新連載作品として登場したのが他ならぬ「鋼の錬金術師」だった。03年4月には、「ファイナルファンタジー」のスクウェアと合併し、スクウェア・エニックスとして再出発。2大ヒットRPGを持つ両メーカーの融合は、ゲーム業界のみならずマンガ業界、アニメ業界にとっても注目の的となった。『鋼の錬金術師』のアニメ化が行われたのは、その半年後にあたる10月である。すでに「ガンガン」の看板作品であった本作は、アニメによる認知度の高まりを追い風として、同誌の売り上げ部数をさらに好転させたのである。
 さて、『鋼の錬金術師』のヒットはもちろん、原作の力に追うところ大であるが、同時に、当時の世相が作品と共鳴した部分もあったのではないかと思われる。
 03年とはどういう年だったか。01年の9・11テロを遠因とするアメリカのイラク侵攻が開始されたのがこの年の3月。大量殺戮兵器を保有している、という曖昧な憶測のまま空爆を強行するブッシュ大統領の姿勢に、西側諸国でさえ賛否両論に割れた議論が巻き起こった。一方、日本国内では、01年に発足した小泉純一郎内閣による「痛みを伴う改革」というスローガンの響きがまだ耳新しかった頃だ。小泉首相は、何のためらいもなくイラク派兵に賛同した。日米の同盟関係を前提にした当然の判断ではあったが、ここでも、日本国内ではさまざまな論議を呼んだことは言うまでもない。「復讐の連鎖」という言葉が採り上げられ、その是非が話題になったのも同時期である。
 現実の世相は、フィクションにも確実にフィードバックされる。TVアニメからもまた、複数存在する「正義」の矛盾に踏み込んだり、幸福を得るために支払う代償へと眼を向けた作品が登場した。それらの作品で描かれる正義の揺らぎにこそ、きれいごとではない真実味と説得力が感じられたように思う。
 02年、特撮では『仮面ライダー龍騎』が、まさに複数の正義の戦いを真正面から描いたことで話題となった。アニメでは『鋼の錬金術師』に描かれる「等価交換」というキーワードの中に、03年ならではの正義への問いかけが潜んでいたように思える。それは、自らが傷を負わないままでは、正義を主張することに何かしら後ろめたさを感じるような空気、と言いかえてもいいだろう。『金色の ガッシュベル!!』もまた、アニメ版『龍騎』といえるような、戦いの混迷と傷が描かれたが、ここでは主人公・ガッシュが志向する「やさしい王さま」というキーワードが、一種の贖罪を約束する言葉として響いていた。
 21世紀を迎えた今、かつて63年に『鉄腕アトム』が予言していたような未来図は実現せず、もっと暗澹たる現実が横たわっている。ロボットが人間たちに人権を求める世界どころではない。人間と人間とがまだ和解も理解もし合えていない世界がそこにあった。
 にもかかわらず、新作『ASTRO BOY 鉄腕アトム』の舞台は2003年となっている。第3作目にして、ついに『アトム』の物語はパラレルワールドに突入してしまったことになる。しかも、それまではあまりクローズアップされなかった天馬博士の人格や孤独が、お茶の水博士と対比される形で描かれるようになった。まるで「アマデウス」のモーツァルトとサリエリの関係が、天馬博士とお茶の水に対応するかのように、多少邪推して楽しむことができる仕掛けにもなっている。ところで、手塚治虫自身がもし、9・11テロを眼にしていたら、どんな新作『アトム』を描いていただろうか。
 ちなみに、現実の03年4月7日、アトムは手塚プロの所在地・埼玉県新座市の市民に正式に認められ、アニメキャラクターとしては初めて、特別住民票の取得者になったそうだ。