SPECIAL

橋本昌和監督インタビュー
原作マンガの世界を大切に、楽しい作品にしようと思った

 今回で21作目を数える映画『クレヨンしんちゃん』シリーズの最新作が、4月20日から全国劇場で公開中だ。タイトルは『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』。しんのすけたちカスカベ防衛隊のメンバーが、日本のB級グルメを守る「伝説のソース」を運ぶ使命を託され、命がけの大冒険を繰り広げるアドベンチャー巨編だ。ソースの健さんを始めとするB級グルメ・チーム、彼らを敵視する謎の組織・A級グルメ機構が放つ刺客たちなど、個性豊かなゲストキャラクター陣の饗宴が楽しい。ギャグとアクションが散りばめられた、にぎやかな一編に仕上がっている。
 監督をつとめたのは『TARI TARI』『レイトン教授と永遠の歌姫』の橋本昌和。ナンセンス・コメディに定評のあるベテラン脚本家、浦沢義雄がシリーズ初登板を果たしたのも話題のひとつだ。「B級グルメ」と「サバイバル」という意表をつくテーマで長編を作り上げた橋本監督に、お話をうかがってきた。

橋本監督
PROFILE

橋本昌和(Hashimoto Masakazu)

1975年生まれ、広島県出身。東映アニメーション研究所卒業後、Production I.G、ビィートレインを経て、2002年にフリーの演出家となる。TV『あたしンち』『鋼の錬金術師』『ケモノヅメ』のコンテ・演出などを手がけ、劇場長編『レイトン教授と永遠の歌姫』で監督デビュー。『TARI TARI』では監督・シリーズ構成をつとめた。

取材日/2013年4月11日
取材場所/東宝本社
取材・構成/岡本敦史
撮影/永塚眞也

── 橋本監督が今回の作品に参加されたきっかけは?

橋本 映画『クレヨンしんちゃん』には、前にも『ちょー嵐を呼ぶ 金矛(キンポコ)の勇者』と『嵐を呼ぶ黄金のスパイ大作戦』の絵コンテに参加したことがあったので、それで声をかけていただいたんだと思います。

── 引き受けたときは、わりと即答だったんですか。

橋本 そうですね。すぐに「やります」と返事をしました。

── 初めて人気シリーズの最新作を監督するにあたって、プレッシャーや意気込みは?

橋本 いや、人気シリーズの監督をやるんだとか、そういうことはあまり考えないようにしました。意気込みは十分だったので、それ以上のプレッシャーは必要ないかなと(笑)。だけど、臼井儀人さんが元々描かれた『クレヨンしんちゃん』の世界を大切にしたかったので、まずマンガを読むことから始めたんです。映画の『しんちゃん』って、やっぱり感動というのがキーワードになるじゃないですか。でも、原作はこれでもかというくらいギャグ満載だった。それで、笑いのたくさんある楽しい作品にしようと思ったんです。

── 過去作品のどれかを意識したりは?

橋本 それもしませんでした。あくまで原作をもとに自分にとっての1本目を作るんだという気持ちで、初めて映画『しんちゃん』を観る方にも、これまで作られてきた映画『しんちゃん』を観続けてきたファンの方にも楽しめる作品にしようと思っていました。

── 「B級グルメ」というテーマは、どの段階で決まったんですか。

橋本 最初は、子供たちの冒険を描く内容にしたいというところから始まったんです。それで、脚本の浦沢(義雄)さんと話し合うなかで「B級グルメ」というテーマが出てきたという感じですね。

── そうなんですか。じゃあ、B級グルメはあとから出てきたテーマで、当初は「しんちゃんたちの冒険もの」というコンセプトでスタートしたんですね。

橋本 そうです。

── 脚本は浦沢義雄さん・うえのきみこさんの連名ですが、どのようなやりとりで書かれたんですか?

橋本 物語の大筋やキャラクターは、浦沢さんから出てきたものです。それをベースに、うえのさんが『クレヨンしんちゃん』らしくなるようアレンジした感じです。うえのさんはTVシリーズにも参加されていたので、「このキャラクターがそんなことをしたら『しんちゃん』らしくない」といった部分を調整してもらったりしました。だから、それぞれがパートごとに分担して書くようなやり方ではなかったです。

── 劇中にはいろんな食べ物が登場しますが、リサーチのために実際に食べてみたりしたんですか。

橋本 トリュフは実際に食べてみました。そのときの印象を、劇中の子供たちの台詞に盛り込んだりしています。キャビアは食べる機会がなかったので想像で描きました。イクラみたいな感じかなと(笑)。

── A級グルメ対B級グルメという「価値観」をめぐる戦いが、子供のころの「原体験」に繋がっていく展開は、とても映画『しんちゃん』らしいと思いました。

橋本 最初は確かに価値観の対立からドラマが始まるんですが、A級にもB級にもそれぞれよさがあると思うので、「どちらかが優れている」という結論にはしたくなかったんです。敵役のグルメッポーイがB級グルメに対して憎しみを抱いている理由も、ただ単に彼がA級至上主義者だからではなくて、実は子供のころの苦い思い出に起因していたりする。単純な対立構図にはしたくなかったんです。そういうバランスがお客さんにも伝わればいいな、と思っていました。

── 今回は「サバイバル」というテーマに関しても、結構がっつり描かれてますね。森で遭難したカスカベ防衛隊の姿を通して、おなかが空くと人間は心が荒んでいくというハードな現実が映しだされていました(笑)。

橋本 単なる一直線の冒険アクションというだけでなく、ドラマチックな展開も盛り込みたいと思ったんです。それで中盤、心細さと空腹から仲間割れしてしまったカスカベ防衛隊が、ついに解散の危機に陥ってしまう。

── 結構みっちりと、ギスギスした空気感が描かれていたのが意外でした。

橋本 ギスギスしているといっても子供なので、可愛いものですけどね。どんなに喧嘩しても、最後にご馳走を前にしたら「わーい!」と喜んで、つらかったことも全部忘れちゃうような(笑)。

── 今回はゲストキャラが非常に多いですが、そのあたりも浦沢テイストなんでしょうか。

橋本 そうですね。キャラクターについては、ほとんど浦沢さんの脚本に書かれていたものです。非常にアイデア豊富な方ですから。

── 中には出オチみたいな人もいますが(笑)、デザイン点数も多くて大変だったのでは?

橋本 キャラクターデザインの末吉(裕一郎)さんには、楽しいアイデアをたくさん出していただいて助かりました。グルメッポーイも最初はかなりクールな悪役然としていたので「もうちょっと子どもっぽい要素を足してください」とお願いして、前髪をパッツンと切ってコミカルさを出してもらったり。寿司夫婦仮面も、もう少しアクセントが欲しいとお願いしたら「じゃあマグロを持たせてみようか」とか(笑)。

── ソースの健さんは、どうしてあんな独特の頭身に?

橋本 (笑)。僕も最初に画を見た時はびっくりしたんですが、B級グルメのリーダー的存在という設定なので、ああいう特徴的な外見でもいいかなと思って。しんちゃんがそのまま大人になったような佇まいというか。

── 特に人物造形の難しかったキャラクターはいますか?

橋本 やっぱりグルメッポーイですね。敵役なんですが、本当に芯から悪い人間にはならないよう気をつけました。一見怖いんだけど、どこか子供っぽい部分や、人間的なもろさもある。そのバランスをどうとるかという描写に関しては非常に悩んで、コンテ段階でも調整したりしました。

── ものすごく細かい話になりますが、しょうがの紅子が住んでいるアパートの描写がやけにリアルでしたね。あの場面にはこだわりが?

橋本 あそこはリアルな雰囲気にしたかったんです。しょうがの紅子はソースの健さんの恋人だから、やっぱり裕福な暮らしをしている普通の人ではなくて、夜の仕事をしていて、明るいうちはアパートで寝ているような人がいいなあと思って。そんな昭和の生活感を出そうと思ったら、あそこだけ生々しさが突出してしまいましたね(笑)。紅子役の渡辺直美さんもまた生っぽい芝居をする方だったので、なおさらそういうムードが濃くなりました。

── ああいうところが映画『しんちゃん』の楽しみです(笑)。コンテは橋本監督をはじめ、5人くらいで書かれていましたが、割り振りはどのように?

橋本 僕は序盤とラストを担当しました。あとは、キャビアの場面、トリュフの場面といったパートごとに描いてもらった感じです。

── ラストシーンはものすごくアッサリと、スパッと終わらせていましたね。あれは監督の好みなんですか。

橋本 そうですね。浦沢さんもあんまりエピローグをだらだら描くような方ではないですし、僕もスパッと気持ちよく終わらせたいと思ったので。あとはエンディングでフォローすればいいかな、と。

── ちなみに、前2作の監督もつとめた増井壮一さんはどのパートを?

橋本 増井さんには、前半の子供たちの日常芝居を主に描いてもらっています。紅子からソースを渡されるところとか。

── 紅子のアパートのくだりは、どなたが?

橋本 あそこは僕です(笑)。

── 作画に関して、活躍の目立ったスタッフはいますか?

橋本 皆さん頑張ってくださいましたから、特に個人名を挙げるのは申し訳ないんですけれども、今回は映画『しんちゃん』では久々に、湯浅政明さんに原画で参加してもらっています。コンテを描いている段階で「もしかしたら参加してくださるかも」と聞いていたので、そのパートは湯浅さんが描いてくれることを想定したアクションシーンになっています。

── カスカベ防衛隊がグルメッポーイの飛行船から逃げるくだりですよね。急に画面のトーンが変わるので、アニメスタイル読者なら全員わかると思いますが(笑)。

橋本 ええ。「湯浅さんなら」と思って、ちょっと大変な場面をお願いしたら、コンテ以上のものになって上がってきました(笑)。中盤の大きな見せ場になっていると思います。湯浅さんは非常に独特のスタイルを持っている方なので、そこはこの映画のテーマとも共通すると思ったんです。完璧に正しく整理されたA級より、にぎやかに個性が弾けるB級でありたい。正しさよりも楽しさとエネルギーを。湯浅さんはまさにそういう感覚を映画に与えてくれたと思います。

── 橋本監督は、湯浅さんが監督した『ケモノヅメ』9話の演出も担当されていますが、その繋がりで原画を依頼したわけではないんですね。

橋本 ええ、シンエイ動画さんからのオファーです。『ケモノヅメ』はとても印象に残っている仕事ですね。

── そういえば、9話のコンテは増井さんでしたよね。

橋本 それも偶然なんです。『鋼の錬金術師(2003年版)』でもそうだったんですが、僕はたまたま増井さんのコンテ回を演出することが多くて。増井さんのコンテから、いろいろと影響を受けていると思います。

── 出来上がった作品の手応えはいかがですか?

橋本 笑いのツボは人それぞれなので、コメディは難しくて。自分が面白いと思っても、子供たちにはウケなかったりするし……。こればっかりはお客さんに観てもらうまで結果が分からないので、結構ドキドキしていたんですが、試写会では頻繁に子供たちの笑いが起こっていたので嬉しかったです。

── おお、大成功ですね。

橋本 楽しい作品になっていると思いますので、ぜひ劇場に足を運んでいただけると嬉しいです。

●公式サイト
 http://www.shinchan-movie.com/