COLUMN

第8回 アニメ音楽アルバムの誕生 〜子どものための交響詩 ジャングル大帝〜

 腹巻猫です。4月29日に東京・中野で開催される同人誌イベント「資料性博覧会06」にサークル・劇伴倶楽部で参加します。お近くの方、お時間ある方、よろしければのぞいてみてください。中野イベントスペースにて12時〜16時開催です。


 1965年10月に放映が始まった『ジャングル大帝』は日本初の本格的なカラーTVアニメ作品である。手塚治虫の名作を絢爛たる色彩と音楽で映像化した60年代のTVアニメを代表する作品だ。
 音楽は冨田勲。80歳を迎えて新作「イーハトーヴ交響曲」を発表するなど、いまなお創作意欲衰えぬ日本を代表する作曲家の1人である。
 『ジャングル大帝』は音楽的にも画期的な作品だった。当時のTVアニメとしては異例の30人規模(証言によっては40〜60人規模とも)のオーケストラを使い、劇場作品並みのクオリティをめざして音楽が作られていた。しかも、毎回映像に合わせて作曲・録音していたというから驚く。
 その『ジャングル大帝』の音楽を1枚の交響詩アルバムとしてまとめたのが「子どものための交響詩 ジャングル大帝」である。これが日本における本格的なアニメ音楽アルバムの第1号となった。

 このアルバムは、TVアニメ『ジャングル大帝』の音楽をベースに制作されているが、「交響詩」というタイトルが示すとおり、厳密な意味でのサウンドトラックではない。アニメ版BGMのモチーフを盛り込みながら、交響詩として書き下ろされたオリジナル・アルバムである。しかし、『ジャングル大帝』の音楽の雰囲気はじゅうぶん味わえるし、1枚の音楽アルバムとして完成している。作曲者自身の手になるアニメ音楽のグレードアップ版という意味で、のちの「交響組曲 宇宙戦艦ヤマト」や「交響詩ガンダム」などに先駆けた作品といってよいだろう。なにより、アニメ作品をテーマにした音楽が1枚のアルバムとして発売され、ステレオ音響で楽しめるということは画期的だった。アニメ・サントラは、この1枚から始まったのだ。

 アルバム(LPレコード)の発売は1966年11月。監修は手塚治虫。構成をアニメ版の監督である山本暎一と音響監督の田代敦巳が担当している。ダブルジャケット仕様で、中面はオールカラー20ページの解説書という豪華なつくりだった。解説書には、オーケストラの楽器紹介と楽譜を使った楽曲解説、そして、手塚治虫描き下ろしの大判イラストをふんだんに掲載。「子どものための」という冠どおり、子どもにもわかりやすく音楽を解説し、絵本として眺めても楽しいという、手の込んだ作りのアルバムである。このアルバムは第21回芸術祭参加作品として発表され、奨励賞を受賞した。

 収録トラックは次のとおり。

いろいろながっき
  1. ジャングルの朝
  2. 動物たちのつどい
  3. かえり道
  4. ハンターがきた
  5. パンジャのかつやく
  6. 動物たちのよろこび
  7. つかまったエライザ
  8. パンジャの死
  9. 船につまれて
  10. レオのたんじょう
  11. エライザの話
  12. あらしの海
  13. ゆかいなさかなたち
  14. のこぎりざめ
  15. 星になったママ
  16. アフリカが見えた

 演奏:石丸寛指揮 日本フィルハーモニー交響楽団
(※レコードでは、8.までがA面、9.以降がB面)

 「いろいろながっき」は芥川比呂志のナレーションでオーケストラの楽器をひとつずつ紹介するプロローグ的パート。のちに作られた改訂版(後述)ではこのパートは割愛されているが、本アルバムにとって大切なパートだと思う。「響き」にこだわり続けた作曲家・冨田勲が、楽器ごとの特性を熟知し、慎重に楽器と奏法を選んでオーケストレーションしていることが、このパートを聴くことで理解できるからだ。
 雄大なジャングルの情景を描写する「ジャングルの朝」から交響詩は始まる。アニメのオープニングでもおなじみのメインテーマのメロディが聴こえてくると「ああ、『ジャングル大帝』が始まる」という懐かしさとわくわく感の入り混じった感情に包まれてしまう。金管の豊かな響きとバーバリックなパーカッションが印象深い楽章である。
 次の「動物たちのつどい」は本アルバムの中でも聴きどころのひとつ。雄大なトランペットの響きに導かれ、さまざまな楽器によって動物たちが集まってくるさまが表現されている。「冨田サウンドここにあり」という感じのみごとな楽章であり、演奏だ。
 木管が楽しく歌う「かえり道」をはさんで、「ハンターがきた!」からドラマチックかつ変化に富んだ展開に突入。ここからの一連のトラックは映像音楽ならではの臨場感と高揚感があり、サントラ・ファンにはたまらないところである。
 終盤の「星になったママ」から「アフリカが見えた」も本アルバムの聴きどころだ。慈愛に満ちた静謐な響きが幼いレオを包み込む「星になったママ」。「アフリカが見えた」では一転して躍動感あふれる「レオの歌」の主題がレオの勇気と決意を描写し、父・パンジャの思いを受け継いだレオの旅立ちを祝福して交響詩は終わる。

 さすが冨田勲。みごとな充実感である。聴き終わると「すごく壮大なドラマを観たなあ」という思いがこみあげてくる。だが、実は「子どものための交響詩 ジャングル大帝」で描かれている物語はアニメ版の第1話に相当する部分。『ジャングル大帝』のほんの序章なのである。
 先に、このアルバムはアニメ版の音楽をベースに制作されていると書いたが、もっと具体的には、多くの部分がTVアニメ第1話の音楽をベースに作曲されている。たとえば「あらしの海」や「のこぎりざめ」の曲中でオルゴールを模した音が聴こえてくるが、これは海に放り出されたレオが海上に浮かぶオルゴールに出会うシーンの劇中音楽を引用しているためである。
 実は筆者は、70年代にこのアルバムを手にして以来、長い間、これは『ジャングル大帝』のもっと大きな範囲の物語を交響詩にしたものだと思っていた。第1話だけが描かれていると知ったときは驚いたものである。
 しかし、物足りない印象はない。そもそも『ジャングル大帝』の第1話は、原作の連載4ヶ月分に相当するストーリーを脚本家の辻真先が苦心の末、1話分にまとめたものだ。「子どものための交響詩 ジャングル大帝」は、その物語をTVよりもゆったりしたペースで音楽で語っていく。レオの将来の姿のひな形であるパンジャの威厳と誇りも、命から命へ、世代から世代へと「思い」が受け継がれていくという『ジャングル大帝』を通底するテーマも、50分の音楽の中に表現されている。『ジャングル大帝』の精神は、この交響詩の中に凝縮されているのである。

 2009年、冨田勲はこの作品を自ら改訂し、「交響詩ジャングル大帝 〜白いライオンの物語〜 《2009年改訂版》」として発表した。スコアが行方不明になっていたため、コンサートなどで演奏できるよう、新たに譜面を起こして録音し直したのである。オリジナル版は1985年と2001年の2度にわたってCD化されているが、いずれも早い時期に廃盤になっていたので、これはうれしいニュースだった。現在、手軽に聴けるのは、この改訂版である。
 改訂版アルバムはCD+DVDの2枚組。CDはナレーションがかぶっていて曲だけを楽しみたい向きには聴きづらいが、DVDではナレーションなしの演奏を選択して聴くことができる。冨田勲がこだわったサラウンド音響による『ジャングル大帝』の世界。ぜひ聴いていただきたい。

 『ジャングル大帝』の音楽には、ほかにもトピックスがある。「子どものための交響詩 ジャングル大帝」に先駆けて、日本コロムビアは「ジャングル大帝 ヒット・パレード」というタイトルの歌のアルバムを発売している。「子どものための交響詩」がアニメ音楽アルバムの第1号なら、アニメソング・アルバムの第1号と呼べるのがこの「ヒット・パレード」だ。このアルバムについては次回書いてみたい。

交響詩ジャングル大帝 〜白いライオンの物語〜 《2009年改訂版》

COZX-411-2/3990円/日本コロムビア
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ジャングル大帝 オリジナルサウンドトラック

BVCH-1529/2548円/BMGビクター
※1997年公開の新作劇場アニメのサウンドトラック。冨田勲が音楽を担当した。
原作のラストシーンまでが描かれた、いわば『交響詩ジャングル大帝』を補完する作品。
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イーハトーヴ交響曲

COGQ-62/2940円/日本コロムビア
※冨田勲最新作! 初音ミクとオーケストラの競演。
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