1992年は、『クレヨンしんちゃん』と『美少女戦士セーラームーン』の放映が開始された年である。
『しんちゃん』は、『サザエさん』『ちびまる子ちゃん』と並ぶ3大ファミリーアニメのひとつとして、今日まで続く長寿作品となった。原作は臼井儀人。後ニ者との違いは、本作が大家族ではなく、親子3人(後に4人)という核家族を描いた点にある。本郷みつる、原恵一、水島努、ムトウユージら歴代監督は、庶民的な視点に寄り添う形で彼らの喜怒哀楽を追い、家族愛を描き続けた。また、大人びた言動と可愛らしさを兼ね備えた主人公・野原しんのすけも強烈な個性を発揮した。主演の矢島晶子は、独特の発声によってそこに生命を与え、アニメーターたちは、よれよれの描線で造形された自由度の高いデザインをもとに、競うように動きの魅力を追求した。
『セーラームーン』は、東映動画伝統の“魔法少女もの”に、『キューティー ハニー』の“戦う変身ヒロイン”の要素をミックス、さらに東映特撮のお家芸“戦隊もの”も加味したような企画が画期的だった。原作の武内直子は、自作『コードネームはセーラーV』を発展させる形で講談社「なかよし」にマンガを連載。SDの佐藤順一、キャラデザの只野和子らは、まるで舞うようにドレスアップする華麗な変身シーンを創出。主人公たちが守るべき対象が、恋や家族といった女の子の身近な価値観に根ざして設定された点でも、新時代のヒロインものの雛形を作った。本作は全5作がシリーズ化され、他社作品にも影響を与えた。一方、旭通信社とぎゃろっぷは、集英社「りぼん」発の『姫ちゃんの リボン』を発表。以後、『赤ずきん チャチャ』『ナースエンジェル りりかSOS』とシリーズ化され、講談社と集英社は魔法少女アニメの分野でも火花を散らすこととなった。
この年は、「ジャンプ」アニメをめぐる状況にも変化が見えた。それまで東映動画主流の印象があったこの分野で、冨樫義博原作、スタジオぴえろ製作の『幽★遊★白書』が大きな成功を収めたのだ。監督・阿部紀之(後の記之)の持つ色彩感覚、PV的なビジュアル志向は、そのままぴえろの作る「ジャンプ」アニメのカラーを決定づけた。飛影、蔵馬などのキャラクターも女性ファンの支持を獲得。2人を演じた檜山修之と緒方恵美も一躍人気となり、『セーラームーン』の三石琴乃、久川綾らと並び、90年代声優ブームの立役者というべき存在となった。
(13.04.23)本文修整
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データ原口のサブコラム
●子供向け教育アニメの隆盛とデジタル技術の進化
NHK教育の夕方枠「母と子のテレビタイム」が充実するのもこの時期からである。局内に新設されたファミリー番組プロダクションが中心となり、90年以降、『えいごであそぼ』『ひとりで できるもん!』など新趣向の教育番組が登場。92年には夕方6時台が「6時だ!ETV」として再編成され、『まんが日本史』『地球SOS それいけ コロリン』がスタートした。その多くは、バラエティ番組的な実写本編に、セルアニメやCGコーナーを組み合わせた内容で構成され、教育テレビの硬いイメージを払拭するに十分な楽しさに満ちていた。ほかにもこの年は、それまで総合で放送されていた10分シリーズが教育枠へと移動する形で『チロリン村 物語』が始まり、CGによる実験的なミニシリーズ『音楽ファンタジーゆめ』もお目見えするなど、NHK教育におけるアニメ占有率はいっきに倍加することとなった。
そんなNHKの活況に対抗するように、フジテレビでは10月より、アバンギャルドな色合いを持つ子供向け情操教育番組「ウゴ・ウゴルーガ」をスタートさせる。岩井俊雄、うるまでるび、秋元きつねら映像クリエイターたちがこぞってCGやミニアニメコーナーを手がけた本番組は、NHKよりも毒のある内容がウリであり、日本テレビがかつて木下蓮三ら『ゲバゲバ90分』スタッフで作り上げた伝説の教育番組『カリキュラマシーン』を彷彿させるものがあった。それは、どんどん軟化、開放的になっていくNHKに対する、民放本来の意地のようにも見えた。
1992年から数年間のNHKとフジテレビは、よきライバル関係を保ちながら、子供向け番組の可能性を開拓したといえる。その根底にあるのは、当時急速に進化しつつあったデジタル技術の存在である。インタラクティブにCGキャラクターを操作できるデータグローブなどの新ソフトの開発に加え、実写とアニメとのデジタル合成が効率化されたことで、従来よりも実写番組のなかにアニメやCGを共存させることが安価、容易になったのだ。
●失われた10年と子育てアニメの登場
TVアニメ初の子育てもの『ママは小学4年生』の登場も1992年である。その背景には、この時期、団塊ジュニアの世代(当時20〜30代)の結婚、出産ラッシュが予想されていたことが関係していると思われる。 団塊世代を生んだ40年代後半の第1次ベビーブーム、その世代が2世を生んだことで出生数が増加した70年代前半の第2次ベビーブームの後、日本の出生率は基本的に下降線を辿るようになった。90年代前半期は、第2次ベビーブームで生まれた世代が結婚適齢期に達する時期、つまり第3次ベビーブームが期待された期間だった。だが、80年代後半から90年代初頭にかけて巻き起こったバブル景気の波が、都心部の女性たちの自立、社会進出を促した結果、結婚しないで生活する価値観をも増幅させたといわれ、結果として出生率は予想に反して伸びることはなかった。しかも、92年以降、今度はバブル崩壊による反動で、生活への懸念や就職難が現実化し始め、経済的な理由から“産み控え”に拍車がかかる事態にもつながってしまった。 92年という年は、このバブル崩壊の境界線に位置し、同時に、第3次ベビーブームの幻想が信じられていた時期とも重なる。ブライダル企業や、幼児・育児向け商品に携わる企業にとっては追い風になることを意図しており、それはアニメや子供番組に関わる企業にとっても同様だったはずだ。 そう考えると、この年に『ママは小学4年生』が登場し、上記のように幼児向け教育番組が隆盛に向かい始めたことは、世相の予測と密接に関係していたと見ていいだろう。『クレヨンしんちゃん』も子育てアニメの変化球のひとつと考えれば、やはり92年にスタートしたことには意味があったといえる。 ちなみに、「少子化」という言葉が初めて使われたのは、92年の「国民生活白書」においてだそうだ。この後、日本国民は、実感として出生率の低下と人口減少に直面し始めることになる。さらに、そこにバブル崩壊後のネガティブな経済イメージが重なるなか、90年代中盤以降は、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさ、あるいは身近なところにある幸福を求める価値観が、TVアニメにとって重要なテーマになっていく。 『セーラームーン』は、シリーズを重ねるなかで、この日本社会の価値観の変容をもうまく受け入れながら、生き続けた作品でもある。 女性の社会的地位と、1人で生きていく意志。その反動としての恋愛、出産願望。両方のベクトルは、いわば同じ社会的、経済的背景から生まれており、ヒロインが強く生きる90年代アニメの底流を形作っているのではないかと思うのだが、どうだろうか。