COLUMN

第18回 19年5月

 セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。今回は1月7日、七草の日の掲載になるので、ちょっとそれっぽい話を。といっても、それっぽいのは「草を食べる」ということくらいなのだが。
 すずさんがご近所から借りた婦人雑誌らしきものを借りて読んでいる場面が、原作の昭和19年頃秋のエピソードにある。こうのさんが「婦人倶楽部」を資料に使ってたらしいので、こちらもちょっとばかり戦時中の婦人雑誌を古本屋から買い込んでみた。19年4月号になると、「野菜不足を克服する野草の調理法」という記事が出てくる。ヨメナ、タンポポ、ナヅナ、ノアザミ、ツハブキ、ノゲシ、ハコベ、アカザ、シロツメクサ、イタドリ、レンゲソウ、アシタバ、イヌビユ、オホバコ、ギボシ、ヤブカンゾウ、ノビル、ヨモギ、ハマボウフウ、クコ、ウコギ、リャウブ。主食の代用食化についてはそれ以前からページが組まれているのだが、これはやはり野草も芽吹く春先なのでこうした誌面になっているわけだ。
 すずさんも、19年5月の回で野草料理を実践してみている。実は、こうした場面のあることが、この原作を映像化してみたいと思ったこちらの動機になっている。その昔に『名犬ラッシー』でもやってみているのだが、食べ物を作る話は画面にして楽しい。
 とはいえ、アニメーションで描く食べ物は美味しそうに描くことができるからよいのであって、戦時中の代用食となるとどうなのだろう。これは自分たちでも作ってみなければ、絵に描くこともできない。そういえば『ラッシー』のときも、オートミールのポリッジを作って食べてみたりしたものだったし。
 しかし、こればっかりは時期を選ばなければならない。『この世界の片隅に』準備室を立ち上げたのが2011年の5月下旬で、仕事部屋に荷物を運び入れたり、荷解きしたりしていたら、野草もすっかり夏草に変わってしまっていた。ということで、チャレンジは次の春。

●2012年4月24日水曜日(628日目)

 野草料理を実践してみる日。調理して食べてみるのは原作とおり、タンポポ、スギナ、スミレ、ハコベ、カタバミ。タネツケバナは原作で名前があがってるのだが、料理法が示されてないのでパス。それから、足りない米を増やす方策としての「楠公飯」。さらに、これは原作にはないのだが、戦中戦後の話にやたら出てくるコウリャンの赤いご飯も炊いてみたかったので、それも。ほんとうは、戦時中の代用食として盛んに配給されていたらしい脱脂大豆粕にもチャレンジしてみたかったのだが、この時点では研究不足でこれもパス。
 これだけをいっぺんに作る。ガス火なんか使うと興ざめなので、薪炭が使える青梅線沿線のバーベキュー場を借りることにする。これは、平日にバーベキューしに来る人もそうはいないので、われわれで独占できた。
 参加者はこの時点で準備室のメンバーだった全員、監督・片渕、監督補・浦谷、演出助手・白飯、それにメイキングビデオの河崎孝史さんと、その助手(今回は河崎さんの息子さん)。

 前の日からやっておかなければならないのは、米を炒って一晩水を吸わせる必要のある楠公飯だった。米をフライパンで炒る。これは玄米を使わなければならない。玄米なら炒れば爆ぜる。表面がこんがりした色になってくると、パチパチとフライパンの上で弾けはじめる。ポップコーンとかポン菓子ほどではないが、まあそういう感じ。これに3倍の水を足すのだが、要は爆ぜて中身がスポンジ状になった米に水を吸わせることになる。吸水ポリマーと同じだ。みるみる吸って、米粒が巨大になる。なるほど、こういうことだったのか。
 当日。材料にする雑草は自宅近くの土手でふんだんに採れたし、料理する場所が山あいなので、バーベキュー場近辺で採り足しもできるだるうと踏んでいた。

 途中は省略することにして、できあがったのは、

  • スギナ入り甘藷餅
  • タンポポの根の卯の花和え
  • 大根の皮とカタバミの塩和え
  • いわしの干物の煮付け
  • 馬鈴薯とハコベの粥
  • スミレの葉の味噌汁(ダシはいわしの干物からとった)
  • 楠公飯
  • コウリャン
  • 普通に炊いた七分搗きくらいの玄米飯

 意外にも、それぞれそんなに不味くはなかった。戦中派の親の世代から聞いていたのは、戦時中の食事は塩気がなくて味気なかった、ということだったりしたので、塩はとことん控えたのだったが、かえってそれぞれの素材の味がはっきり出てきて、味わい深くなった。
 ということはこれは、甘藷(サツマイモ)、馬鈴薯(ジャガイモ)、おからの素材の味で何とかなっているわけで、それらがもっと貧弱だったはずであることを想像しなければならないようだった。
 とはいえ、スタッフ諸君は、塩味の足らなさに閉口したようで、念のために持ってきておいた塩昆布に飛びついていた。
 楠公飯もことのほかそんなにひどい味とは感じなかった。玄米を炒ってあるので、玄米茶みたいな風味がほんのりとある。ただ、吸水ポリマーに限界まで水気を吸わせた状態のものなので、茶碗を揺するとぷるんぷるん震えていた。不味い英国風のオートミールのポリッジを考えれば、これもありだろう、という感じでおかわりもした。ただ、ほかのスタッフのあいだでは不評だった。
 残念なのはコウリャンだった。これは口に入れた瞬間、自分の体が「これは食べてはダメなもの!」と警告を発するのがわかった。不味いという以上に、危険な感じがする。「喉が通らなかった」という話には多く接していたが、これがそれか、と思った。実は、コウリャンには渋柿と同じくタンニンが大量に含まれていたのだった。ちゃんと精白して処理しないと、渋柿を食べているのと同じかそれ以上で、破壊的に刺激してくる感じだった。

 翌日、翌々日はボディブローがきて、腹具合が悪くなった。玄米もコウリャンもお腹には実によろしくない。戦時中の国策は、米の精白をあまりしないで糠をつけたままの状態以外の配給を禁じ、その分かさ張らせて配給量を確保しようとしていた。玄米の方が栄養価が高いのだから、という国民を説得する理由づけも添えられていたのだが、いかんせん、こう腹具合が悪くのなるのでは、栄養状態はかえって悪化してしまっただろう。「戦時中」のシーンでよく描かれる一升瓶を棒で突いて自家精白する光景、あれは健康上必須のものだったのだ。七分搗き配給だなんて、結果として家内労働力を奪うことになるだけのひじょうな悪政だったとしか思えない。
 などということを実感できたのが、この「実験」の成果だったかもしれない。
 穀物はそんな感じで駄目だったが、草の方は味わい深かったので、2013年の春にも野草調理をやってみたい気持ちがないでもない。

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