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中村亮介監督インタビュー 第4回 手描きアニメの魅力とはこれなんだ、と示したい

小黒 じゃあ、ここからは作画スタイルについて突っ込んでうかがいます。

中村 はい。

小黒 ああいう光の効果とか、凝った美術とかを作ると、普通はリアル系の作品になると思うんですけど、今回キャラクターの描写はリアルではない。わりとマンガチックですよね。これはどうしてなんですか?

中村 逆に訊いてもいいですか。小黒さんはああいう作画スタイルはどうでしたか?

小黒 作画に関して言うと、サンライズっぽいなと。

中村 ほう。そうですか。

小黒 実際には、今回のデザイナーはサンライズの方ではないんだけど。『スクライド』とか『(無限の)リヴァイアス』の頃のサンライズ作品のテイストに近いと感じました。かたちはリアルにとっているけど、アニメ的なキャッチーさはあるし、芝居もできるというキャラクターに近いなと思って。キャラクターの動かし方も、TVアニメっぽい芝居の延長線上で凝ったことをしている。いわゆる劇場作品的なアニメートじゃないですよね。

中村 なるほど、そうですね。

小黒 芝居のつけ方自体は非常にマンガで、等身は高くてリアルなのに、やってることは『ど根性ガエル』みたいだった。異常に高く跳んだり。

中村 そこは2Dのアニメがどうありたいかというテーマの、作画編ですね。キャラクターが「やったー!」と思ったら、「やったー!」という気持ちのまま動きも大きく。アニメだからこそ、さらに心情を芝居に乗せていこうと。例えばナツキが屋根伝いにジャンプする描写も、実際あんなに高く跳べたらオリンピックで金メダル間違いなしですよね(笑)。けどリアリズムよりも、吹っ切れたナツキの気持ちや、それをお客さん目線から見たときの、高い! という感嘆を優先したかったんです。
 キャラクターデザインに関して言うと、今の僕らの世代から見ると、中学生ってみんな同じように幼く見えるんですよ。だけど自分が中学生だった頃って、クラスに1人は必ず、オヤジってあだ名のやつがいたじゃないですか(笑)。男でも女でも、すごく大人っぽく見える同級生がいたはず。その「心情のリアリティ」のほうを大事にしたかった。そんなふうに、中学生に見えているはずの世界を、主観的に描くということを、全編を通してやろうと。それがこの作品なんだと。

小黒 なるほど。

中村 ナツキがケンジをバーン! と叩くところは、KOパンチ並みのビンタですよね。ナツキはそれまでも、ちょいちょいケンジを殴ったりするんですけど、そっちはまだ甘噛みというか、愛があるんです。でもあの場面は本当に怒っているから、芝居としても本当に痛そうに見せたい。ケンジも痛いけど、ナツキの心はもっと痛い。その心情を乗せて、芝居の表現としてもう一歩踏み込む。そういうエモーショナルな芝居づけって、今のアニメのトレンドではないのかもしれませんが、僕は好きなんです。
 僕の好きなアニメって、大塚(康生)さんが作監をしてた頃の宮崎作品とか、『トムとジェリー』とか。ワクワク、ドキドキするような躍動感のある作画、アニメーションであることの喜びを全身で謳歌しているような作品なんです。セリフが分からなくても、絵が動く喜びならば画面からひしひしと伝わっくる。「画がまるで写真みたいで、すごい!」じゃなくて、絵が動く楽しさであり、だからこそ生まれる喜びや感動を、自分は追いたいなと。例えばリアルな人間の髪って、実際は『ねらわれた学園』みたいに気持ち良くはなびかないですよね。「タイタニック」観れば分かります。でも「風が気持ちいい」という体感ならば、僕らは誰もが持っているはず。物理的に、髪をゆらすほど風が強く吹いているから、髪がなびくのではないわけです。風が頬をなでていく心情の心地良さを表現したいから、なびきの作画があるんだと。それが、この作品の考え方ですね。

そういったことを全編に渡ってやっていった結果、1つ1つの表現ならば従来のアニメ表現の延長線上にあるはずなのに、全部合わさってトータルで見ると、もしかしたら、今までに体験をしたことのないような、独特の感覚があるのかもしれないなと。

小黒 そういう作り方も「いろんなことが溢れてこぼれ落ちるようなフィルム」に見える要因のひとつだと思います。キャラクターへの思い入れとか、キラキラした美術もすごいけれども、動きまくるキャラクター、その表情の表現の濃さによるところも非常に大きい。

中村 そう言って頂けると嬉しいです。

小黒 動きすぎるくらい動くキャラクターが生んだ名場面が、ナツキの部屋の窓に、ケンジがエアガンでどんぐりを撃ち込むところですね。

中村 ああ、はい(笑)。

小黒 あれはもはや警察呼ばれるレベルですよね(笑)。

中村 呼ばれますね(笑)。ナツキのシリアスな心情と、それを理解しないケンジの心情との間の綱引きで、あの場面はああいうバランスにしてみました。
 今のアニメは、写真みたいな精密な美術の上で、キャラクターがちょっとだけ動く、みたいな作品が多いと思うんですよ。そういうアニメを観慣れた人が、この『ねらわれた学園』を観たときに、頭から「これは受けつけない!」と拒否反応を示されたら悲しいし。「こういうアニメの表現も気持ちいい」と感じてくれたら嬉しいし。どっちに出るかなとドキドキしつつ、「こういうアニメも面白がってほしい」という思いを込めて、何より自分自身が楽しんで作りました。

小黒 しかも、それがほぼ全編、同じ密度で続くじゃないですか。たまたまいい作画が続いているわけではなくて、ディレクションとして動きの密度を決め込んでいるということですよね。超能力バトルのあたりだけ、作画のトーンが違っていたようですが。

中村 そうかもしれません。そのへんは自分が演出まで見れてないパートもあるので。

小黒 ただ、日常芝居に関しては、ほぼ全編あの調子でやってるのがすごい!

中村 (笑)。ありがとうございます。

小黒 あれは誰の力なんですか?

中村 ひとつには、絵コンテで誘導していると思います。とにかく分厚くて、1カットあたりの画の量が多いんです。そういう絵コンテって、本当は流れで読みづらくて、良い絵コンテとは思わないんですけど。ただ、今回に関して言えば、ラフ原のさらにアタリくらいの感覚で使ってもらえる素材を用意したほうが、作画がスムーズにいくかなと思いまして。

小黒 芝居のポイントの画までが、コンテに描いてあるわけですね。

中村 はい。あと総作監の細居(美恵子)さんをはじめとしたアニメーター陣が、作品の意図を汲んでくれて、より生き生きした芝居に盛り上げてくれたのが大きいですね。はじめに僕が想定していた以上に、それはそうなりまして。アニメーターが楽しんで、どんどん盛り上がるのを、ブレーキをかけるのはもったいない。作品の、生き物の部分を殺さないで。演出の僕も、それに一緒に乗っていった感じです。

小黒 動画枚数はどれくらいなんですか。

中村 トータルで4万2千枚ぐらいかな。見た目の印象よりは少ないと思いますね。TVシリーズの各話21分に換算すると約270カットで8千枚。それくらいの枚数を使ったTVアニメって、1話なら普通にあるように思いますから。だけど、同じ枚数の作品との違いは、原画枚数がすごく多いんです。原画枚数が中割りの枚数よりも多いようなカットの連続で、それがこの作品の、独特のテイストを生み出しているんだと思います。

小黒 その原画密度が『ど根性ガエル』感を生んでいるんですね(笑)。

中村 そうです(笑)。僕、実は『ど根性ガエル』を観たことがないんですけど。

小黒 あ、そうなんだ!

中村 でも、よくそう言われるので(笑)。きっと共通点があるんだろうなと思います。単なる記号としての潰し伸ばしじゃなくて、あるひとつの動きを、ちゃんとリアリティをもって理解してあげた上で、それをさらに個性的に誇張してあげたいなと。そして、それを積み重ねていきたいなと。それが今回の作画の肝だったと思います。
 なので、芝居にいわゆるパターンというものがなくて。例えば参考カットのコピーがあったとしても、芝居を作る考え方の参考にはなっても、作画的な流用はきかないんです。だから細居さんの総作監作業も、通常の総作監としての作業の幅をはるかに超えて、大量の芝居を、超人的な速度で描き続けてもらうことになってしまいまして。どこまでいっても物量的に楽にならなくて、本当に大変だったろうと思います。

小黒 制作期間はどのぐらいあったんですか?

中村 僕がシナリオ作業に入ってから、納品までが約1年半ですね。

小黒 じゃあ、画に関してはものすごいスピードで作ったわけだ。

中村 そうですね。画の密度からしたらそうだと思います。コンテアップからだと、半年ちょっとですか。この期間でここまでやってくれたスタッフを誇りに思います。

小黒 作画はどのくらいから始めたんですか。

中村 いちばん最初に入ったアニメーターが、絵コンテの最初のパートが上がった時からなんで、1年ちょっとですね。しばらく4人ぐらいでやってて、絵コンテが上がるごとにだんだん人数が増えていって。

小黒 短期間に熱量のあるお仕事を。

中村 そうですね。修羅場という言い方は好きじゃないんですけど、僕も今までの自分の人生の中では、いちばん努力したかなと(笑)。僕としては、できればもう一段階フィルムに手を入れたい部分はあるんですけど、劇場でヒットしてくれれば直させてもらえるかも……という感じです。

小黒 火力が強すぎて吹きこぼれた部分もあるにせよ、映像としての魅力や、キャラクターへの思い入れで押し切る映画に思えました。

中村 そうですね。自分のMAXを出しきるよりは、少し余裕をもって作ったほうが作品の完成度は高くなることが多いと思うんです。それは、自分の今までの経験からもそうで。だけど、この作品にはあえて自分の全力で挑みたかった。
 それは物量という意味じゃなくて、おもに創造性の部分なんですけど。青春というテーマに、要領のいい力加減や、小器用なまとまりがそぐわない、という思いもあったと思います。どちらかといえば僕の演出は、歳よりも老練に見られることが多くて。でも今回はそういう完成度やバランスの良さよりも、青くていい、青臭いほうがいい、という気持ちでした。その分、未整理だったり未完成だったり、今の自分の力の及ばなかった部分もはっきり出てしまうんですけど、「熱量」と「思い」ならば負けないぞ! という気持ちでした。

小黒 いや、熱量の高さでいえば、今年の公開作のなかでもトップクラスですよ。

中村 ありがとうございます。今年は特に劇場アニメが多いじゃないですか。名だたる先輩方が居並ぶ中で、自分はチャレンジャーなんだという気持ちでした。

小黒 うちの編集スタッフのひとりが「未整理ではあるけれど、非常に愛おしい映画だ」と言っていましたよ。

中村 光栄ですね。良くまとまった映画と言われるよりも、不完全でも愛される映画でありたいと思ってました。僕にはそれがいちばん嬉しいです。

小黒 多分、キャラクターのファンは生まれると思いますよ。

中村 そうだと嬉しいです。全パートのスタッフが、本当に信じられないぐらいの頑張りを見せてくれて。楽しみながらも、僕の要望以上のことに応えてくれました。よく、ここまでやって下さったと。キャストにも満足していますけど、スタッフにも本当に、感謝の気持ちを言い尽くせない思いです。
 自分にとっても、かぎりなく愛おしい作品になりました。何十年かして振り返ったときに、『ねらわれた学園』を作った日々は、青春だったなと(笑)。そんなふうに振り返れる作品に、なったと思います。

中村亮介監督インタビュー おわり

『ねらわれた学園』公式サイト
http://www.neragaku.com/