COLUMN

第100回 わからないときには立体を目の前に

 防空壕を描かなければならない。防空壕はこの映画の中に何度か出てくる。
 そういえば、『マイマイ新子と千年の魔法』でも防空壕を出した。このときはただの横穴を描いただけだったのだが、同じようなものは子どもの頃に見ていた。小学校の中学年頃に住んでいたすぐ近くに慶応大学の日吉キャンパスがあって、ここは戦争末期には海軍総隊の司令部になっていた。なので、山の横腹にトンネルがいくつも残っていた。同じような横穴がいくつも連なっている防空壕の跡は、すずさんが花見をする呉市二河公園の石風呂山にも残っている。ここは呉市役所が戦時疎開していた場所だった。こういう組織的な横穴から始まって、様々なレベルの防空壕が存在していた。通行人が飛び込むような公衆防空壕なんていうものもあった。
 今回は『マイマイ新子』のよりももっと小規模な、家庭用の防空壕だとか、町内会規模のものを描かなければならない。家庭用の方は言わずと知れたすずさんが図面を引いて作った北條家の防空壕なのだが。
 こうのさんの原作では、すずさんが引く図面には爆風除けの防護堤が一応描かれているのだが、完成後の大きさがはっきりしない。それから壕の入り口自体も地面と同じ平面に水平に穿たれていて耐爆効果が今ひとつ不安な感じがある。
 そういうようなことから、映画用には、入り口からしばらくは斜め下に掘り進んで、何段か階段を下る形の壕にしようと思った。
 その入り口にすずさんたち若夫婦が並んで腰掛けるシーンは、穴の中、土階段を下ったところに腰掛けることになる。そのほうがこのシーンで展開される出来事には好都合とも思ってしまったのだった。
 この入口をレイアウトに描き起こそうとするのだが、絵を描く人に立体がよく伝わらない感じがする。下り階段の奥の方に腰掛けたカップルを入口越しにどんな感じに見せられるのかも検討しなければならない。作図して割り出す方法もないではないのだが、このさい手っ取り早いのは目の前に立体を置いてみることだ。そこで、急遽でっち上げてみたのが写真1のボール紙模型だ。思えば『名犬ラッシー』のときも、『アリーテ姫』でも、ちょっと立体が複雑な舞台装置を作るときにはこの手を使ってきた。これくらいの紙工作ならば20分くらいでできてしまうから、コストパフォーマンス的には分があるように思う。写真ではよくわからないのだが、内部の構造を作って、縮尺を合わせたキャラ表のすずさんを折り曲げて強引に座らせてある。
 ほんとうは、防空壕が口を開けている北條家の庭や、その背後の段々畑全体の立体が複雑極まりない。なので、浦谷さんは、それを油粘土ででも造形しておきたい、といっていた。いずれはそれもやってみなくてはならないのかもしれない。

 その浦谷さんが油粘土をこねて作ったのが写真2。これはりんさんの結髪。和服の帯の締め方にいろいろあるように、日本髪にもいろいろなスタイルがあって、浦谷さんはかなり初期の段階から「ここはちゃんと把握しておきたい」といっていた。いろいろな日本髪の髪型を展示している小博物館が京都の町中にあると調べて、のぞきに行ったりもしてきた。なので、結い方のおおよその構造はなんとなく理解できてきたのだが、結果的にできあがったものを立体として把握するのがまだ覚束ない。
 防空壕周りとあわせて、二河公園の花見のシーンのレイアウトにも手をつけようとしている今、浦谷さんはやはり日本髪が不安になったらしく、仕事場でこの粘土細工を作り上げてしまった。
 その昔の東映動画長編ではキャラクター人形が盛んに作られていた時期があったようだが、自分がかかわっていた頃の『NEMO』でも大塚康生さんが「油粘土でキャラクターの立体を作ってみよう」と提案したことがあって、そのときは何人かがそれぞれニモやプリンセス、フリップなどを作った。模型の作り手でもある大塚さんは、「うまくできたら型どりして樹脂に置き換えてみよう」ともいっていたのだが、結局誰のものもそこまでには至っていない。最後まで熱心さを失わずに粘土を相手にしていたのは友永和秀さんと不肖片渕、それに浦谷さんだったのを思い出す。

 写真3は、戦時中の民間用鉄兜。浦谷さんが壕の中で鉄兜を被っている人を1人作りたいといってレイアウトしていたのだが、何か形の把握がちょっと難しそうな感じだったので、車でぱっと出て、わりと近くに住んでおられる栩野幸知さんのところへ行って借りてきた。呉出身広島育ちの俳優の栩野さんは、アニメーションのキャラクター「発破屋トーチー」として『BLACK LAGOON』にも出演いただいているが、映画の小道具屋さんでもある。
 比較用に、軍用の九五式鉄帽も貸してもらったのだが、こちらは映画に使うための紙製のレプリカだった。
 目の前に置いてみると、軍用と民間用ではだいぶ形が違う。
 写真4みたいなのもある。防空頭巾は戦時中の実物。それを被っている発泡スチロール製の「頭」は浦谷さんが注文して買い込んだ。これがあれば、防空頭巾を被った人をいろいろなアングルから描くとき便利だろう、と。

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