腹巻猫です。マンガ家の松本零士さんが亡くなりました。『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『宇宙海賊キャプテンハーロック』『1000年女王』……と当コラムでも代表的な「松本アニメ」の音楽を取り上げました。これらの作品がなければ、現在のアニメ音楽はなかったかも。仕事で「松本零士音楽大全」と「銀河鉄道999 エターナル・エディション・シリーズ」に関われたのが大切な思い出です。ありがとうございました。心より哀悼の意を表します。
NHKの番組で小室哲哉のインタビューを観ていたら、最近、AIを利用して曲を作ったと話していて、思わず身を乗り出した。自分の曲をAIに学習させ、「小室哲哉風のメロディ」を生成させて、それに手を加えて新曲を書いたのだという。
実は映像音楽でも曲作りにAIを利用した作品がある。牛尾憲輔が音楽を手がけた『チェンソーマン』である。
『チェンソーマン』は2022年10月から12月まで放映されたTVアニメ。藤本タツキのマンガを監督・中山竜、アニメーション制作・MAPPAのスタッフで映像化した作品だ。
悪魔と呼ばれる怪物が跋扈する世界。父が遺した借金を返すためにデビルハンターとなったデンジは、悪魔との戦いで命を落としてしまう。しかし、デンジは相棒のチェンソーの悪魔ポチタから心臓をもらい、チェンソーマンとなってよみがえった。公安警察の対魔特異4課にスカウトされたデンジは、女性リーダーのマキマ、同僚のアキ、パワーらとともに凶悪な悪魔と戦うことになる。
本作の音楽については藤津亮太氏による牛尾憲輔インタビューが「クイック・ジャパン」vol.164に掲載され、それを再編した記事がWEBサイト「クイック・ジャパン・ウェブ」で公開されている。さらに、サウンドトラックCDのブックレットにも同じく藤津亮太氏によるインタビューが掲載されており、そちらではさらに深堀りした内容を読むことができる。
牛尾憲輔の言葉によれば、原作を読んで受けた印象は「メチャクチャ」だったそうだ。その「メチャクチャ」を音楽に落とし込もうと考えた。そのために牛尾が使った手法が面白い。一度作った曲を切り刻んで編集したり、プログラムでランダムに生成したリズムを使ったりしたのだ。生演奏でもインプロビゼーションやアドリブといった即興を重視した手法があるが、コンピュータを利用して同様のことを行おうとした点がユニークである。
特にバトルシーンに流れる曲に、そうした手法を使ったものが多い。「the devil appears」という曲では、ブレイクビーツを切り刻み、リズムがあるのかないのかわからないくらいメチャクチャにした。「the devil hunter」という曲では、AIで生成した音とプログラムで自動生成させた音を共演させている。
心情描写に使われるゆったりした曲でも同様の手法が使われている。抒情的なメロディに切り刻んだギターのフレーズを重ねたり、ノイジーな加工をしたりして、独特の雰囲気を作り出した。通常のアニメだと耳障りになりそうだが、『チェンソーマン』の世界観にはそれが合っていた。
本作のサウンドトラック・アルバムは、テレビアニメの放映中にリリースされた配信版EPと放送終了後にリリースされた「完全版」の2種類がある。配信版EPは、2022年10月リリースの「Chainsaw Man Original Soundtrack EP Vol.1 Episode 1-3」(11曲収録)と2022年11月リリースの「同 EP Vol.2 Episode 4-7」(10曲収録)、そして、2022年12月リリースの「同 EP Vol.3 Episode 8-12」(8曲収録)の3タイトル。完全版は2023年1月に「Chainsaw Man Original Soundtrack Complete Edition – chainsaw edge fragments -」のタイトルでCD(2枚組)と配信でリリースされた。
完全版サントラは49曲収録。配信リリースされたEP3タイトルの曲をすべて含んでいるが、曲順は変更されている。EPを並べて未収録曲を追加したのではなく、全49曲のアルバムとして構成し直しているのだ。
ディスク1の収録曲は以下のとおり。
- edge of chainsaw
- the door
- imagine devils
- the devil hunter
- rain
- nail-biter
- black despair
- that’s a dream come true
- special division 4
- looking for something
- livingroom
- chainsaw attacks!
- the devil appears
- destroy them all
- good night,boy
- sweet dreams
- eat.sleep.play
- 100% sales tax
- kick ass!
- the golden bowlers
- search and destroy
- death cluster
- run
- confront
- humans are fools
- buddy
- song for unbirthday
- verge of death
- nmgeai
- dream… come true?
1曲目の「edge of chainsaw」はチェンソーマンのバトル曲。第1話でデンジが初めてチェンソーマンとなって悪魔を倒す場面から流れた、チェンソーマンのテーマとも呼ぶべき曲だ。最終話クライマックスのサムライソードとの戦いの場面で流れたのも印象深い。
『チェンソーマン』の音楽の中では比較的ストレートなロックの曲で、ヒロイックなバトル曲として聴ける。が、曲の後半はリズムが切り刻まれた混沌としたサウンドに変わっていく。バトルが激化していくようすを曲調の変化で表現しているようだ。
2曲目「the door」はシンプルなメロディの心情曲。第1話でデンジがポチタの心臓をもらってよみがえる場面や第4話のパワーとニャーコの思い出の場面などに使われた。心温まるシーンを彩る曲だが、ノイジーに加工されたギターの音などが重なって不穏な空気がただようのが『チェンソーマン』ならでは。
効果音的な恐怖曲「imagine devils」をはさんで、トラック4「the devil hunter」はふたたびバトル曲。第2話でパワーがナマコの悪魔を一撃で倒す場面や第4話でのヒルの悪魔との戦い、第8話、第9話でのサムライソードとの戦いの場面などに流れた代表的なバトル曲のひとつ。切り刻まれたブレイクビーツがチェンソーの音にも聴こえる。本作の音楽のコンセプト「メチャメチャ」を体現した曲だ。
続くトラック5「rain」は悲しみの曲。第1話でデンジがポチタと出会う回想シーン、第10話でアキが姫野の死を悼んで泣く場面などに使われた。ロングトーンのメロディに切り刻んだノイズを重ね、しんみりしすぎない抑えたタッチの曲に仕上げている。
ほかの心情曲では、第1話でデンジがマキマにハグされて人間の姿に戻るシーンのトラック8「that’s a dream come true」、第8話で姫野が自分の命と引き換えにアキを助ける場面のトラック16「sweet dreams」、第6話でアキがデンジをかばって刺される場面のトラック30「dream… come true?」などが記憶に残る。
雑誌「Newtype」の2022年12月号で、牛尾憲輔は本作の音楽について「僕が自由に曲をつくるとメロウな曲ばかりを書いてましたね。デンジとかアキの気持ちをちゃんと昇華したい。つらいときの気持ちをきちんと描いてあげたいという気持ちがあったんじゃないかな」と語っている。
そうやって書いた曲を切り刻んだり、ノイズを乗せたりして完成させたのが今回の心情曲。メロディやアレンジで雰囲気を変えるのではなく、電子的な細工で曲のトーンや距離感を調整しているのがとても現代的だし、牛尾憲輔らしい。
本作には、いわゆる「日常曲」に分類される曲もある。
公安対魔特異4課に所属したデンジが同僚のアキに引き合わされる場面のトラック9「special division 4」、第5話でデンジがマキマに手をとられてドキドキする場面のトラック10「looking for something」、パワー登場場面に流れたトラック18「100% sales tax」、第2話でデンジがアキの尻をける場面や第7話でデンジが姫野にキスされる場面のトラック19「kick ass!」、第4話でデンジがパワーの胸をもませてもらう場面のトラック20「the golden bowlers」などだ。こうした曲は、バトル曲やサスペンス曲に比べるとノイジーな加工や編集は控えめ。本作では貴重な、ほっとするシーンや笑えるシーンに流れる曲だからだろう。アルバムの中でも親しみやすい曲になっている。
やはり本作らしい音楽と言えるのは、激しいバトル曲や強烈なサスペンス曲である。
第1話でデンジがゾンビの群れに追いつめられる場面のトラック6「nail-biter」、第2話で初出動したデンジが魔人と対面する場面のトラック21「search and destroy」、第3話でデンジがコウモリの悪魔にとらえられる場面のトラック28「verge of death」などは代表的なサスペンス曲。悪魔出現場面やデンジたちのピンチの場面にたびたび使用されている。「search and destroy」は「探索」をテーマにした曲で、低くうなるシンセの音に金属的な音を重ねて緊張感、不安感をかもしだす。インダストリアル・ミュージック的なサウンドが『チェンソーマン』の世界観にマッチしている。
トラック12「chainsaw attacks!」は1曲目の「edge of chainsaw」と並ぶチェンソーマンのバトル曲。こちらのほうがより『チェンソーマン』的だ。切り刻まれたリズムとノイジーなサウンドが融合し、すさまじくテンポの速い激しい曲になってる。第3話のコウモリの悪魔との戦い、第7話の永遠の悪魔との戦い、第12話のサムライソードとの戦いなど、数々の死闘を盛り上げた。牛尾憲輔によれば、こういう曲は1小節作るだけですごく時間がかかるため、「1日かけて2秒くらいしかできない」のだそうだ。プログラムやAIを使ったからといって制作時間が短縮されるわけではないのである。
トラック13「the devil appears」は、切り刻まれたリズムが混乱と危機感を描写する曲。第3話のコウモリの悪魔との戦いや第5話でホテルの部屋から首だけの悪魔が現れる場面などに使われた。第9話でサムライソードにねらわれたデンジをコベニが助ける場面にも流れている。狂ったような激しいテンポで演奏されるトラック14「destroy them all」も同じコンセプトの曲だ。
トラック12からバトル曲が3曲続く構成はなかなか刺激的。連続で聴くと頭がくらくらしてしまう。
シンセのうなりと機械的なリズム、ノイズ、ボイスなどがミックスされたトラック23「run」は、バトルのイメージよりも不気味なサスペンスがまさった曲である。第1話でデンジがゾンビを皆殺しにしようとする場面や第8話のアキ対サムライソードの戦いの場面などで使われた。なんといっても印象深いのは、第9話でマキマが行う謎の儀式によってヤクザたちが次々と死んでいく場面。トラック25「humans are fools」と続けて使用されて、背筋が凍るような場面を生み出した。ドラマティックに感情をあおるような曲でないだけに、恐ろしさが際立つ。これも『チェンソーマン』らしい曲と言えるだろう。
日本の映像音楽の最前線に触れたかったら、ぜひ『チェンソーマン』のサントラを聴いてもらいたい。チェンソーのようにパワフルで切れ味の鋭い音楽がここにある。これはもはや「現代音楽」と呼んでよいだろう。
AIが進化すれば、劇伴も自動生成した曲ですませる時代が来るのかもしれない。しかし、『チェンソーマン』では、プログラムやAIの力を借りて、さらに新しい音楽を生み出している。AIも刃物も使い方次第。ノイジーで混沌としたサウンドの向こうに希望を感じさせる作品である。
Chainsaw Man Original Soundtrack Complete Edition – chainsaw edge fragments -
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