第6クールの物語の流れは、このコラムの第3回 第5クール~第8クール( http://animestyle.jp/2024/05/01/27031/ )でも触れている。第71話で大門大吾が伊達直人の仲間となり、第74話で高岡拳太郎が仲間となる。拳太郎がケン・高岡としてリングに立つのが第74話の終盤で、第77話と第78話でビッグ3と対決する。第78話で大門がこの世を去ってしまうので、直人、大門、拳太郎の三人が仲間でいるのは、第74話から第78話のたった5話分でしかない。そして、直人、大門、拳太郎のドラマがたっぷりと用意されているのが、前回のコラム( http://animestyle.jp/2024/05/30/27241/ )でも話題にした第76話「幻のレスラー達」だ。
前回のコラムで、大門大吾と違って伊達直人は恐らく大工仕事は不得手だったはずだと書いたが、それだけではなく、直人と大門はタイプがかなり違う。第76話ではちびっこハウスにおいて、室内で子供達が騒いでいるのに対して、大門が大きな声で怒鳴りつける場面もある。「キザ兄ちゃん」を演じていなかったとしても、直人はそんなふうに子供を叱りつけるようなことはしないだろう。同じ第76話ではガウン姿の大門が、リラックスして自分に届いたファンレターを読む場面がある。終始緊張感を纏った直人に関しては、そんな場面が描写がされたことはない。
第76話の見どころのひとつが、試合の控え室での出来事である。ミスター不動のマスクを被った大門が、直人に対してタイガーマスクのマスクを被せてやると言い出す。それを聞いた直人は、今まで自分が伊達直人の姿からタイガーマスクに変わる瞬間は誰とも共有できていなかったことに気づく。しかし、今はその瞬間に大門が立ち合ってくれるのだ。自分の戦いが孤独なものであったことと、大門という仲間を得たことの感慨に直人は涙を滲ませる。涙を見せたくなかった直人が、大門に先に試合に行くように促したため、大門がタイガーのマスクを被せてやるというシチュエーションは実現しなかったが、もしも、実現したならば、さぞや照れくさい場面になっただろう。立場が逆だったとしても、直人は大門に対してマスクを被せてやるとは言わなかったはずだ。彼と大門は他人との距離の取り方が違うのだ。
前回のコラムで話題にした大門が子供達と一緒に離れを作ったエピソードを含めて、第76話はキャラクターへの踏み込みと、描写の細やかさが素晴らしい。これも柴田夏余の脚本の力だと僕は受け止めている。
『タイガーマスク』は第5クールで「直人と市井の人々とのドラマ」を重ねて、その上で伊達直人がやってきたことを振り返り、その意味を考え直し、彼が本当にやるべきことは何かに辿り着いた。そうして人間としての厚みを得た直人が、第6クールでは大門、拳太郎という頼もしい仲間を得て、上記のようなかたちで孤独な戦いにも終止符を打った。その上で最強の敵であるビッグ3との対決に雪崩れ込むという展開である。
第5クールで日常的なドラマを重ねたのは「人間・伊達直人」を描くためでもあったはずだが、それと同時に第6クール終盤をアクション物として盛り上げるための「タメ」でもあったはずだ。第69話でタイガーマスクが戦ったナチス・ユンケル、第71話で戦ったキングジャガー、第73話で戦ったイエローデビル(拳太郎)はいずれも虎の穴の若手レスラーだった。劇中では強敵として扱われていたかもしれないが、タイガーの相手としてはやや小者であり、視聴者がちょっと物足りないと思っているところに、虎の穴最強のビッグ3が登場するのだ。拳太郎が仲間になってからの物語の密度の高さ、テンポのよさも素晴らしいもので、実に見事なシリーズ構成である。
キャラクターの特殊性についても触れておこう。ビッグタイガー、ブラックタイガー、キングタイガーのビッグ3は、それぞれが主人公のタイガーマスクをパワーアップさせたようなキャラクターである。タイガーの敵はさらに強いタイガー。しかも、それが三人同時に登場したのだ。後年の特撮ヒーロードラマ、アクションアニメ等で類似のキャラクターや展開もあったが、『タイガーマスク』放映当時としては、非常に斬新な敵キャラクターであり、展開だった。自分自身のことで言えば、少年時代の僕にとってビッグタイガー、ブラックタイガー、キングタイガーの登場は衝撃的ですらあった。
『タイガーマスク』が第6クールラストで完結していたならば、伊達直人という一人の人間のドラマとしても、タイガーマスクを主人公としたヒーローアクション物としても綺麗なかたちで完結したに違いない。ではあるが、このコラムの第3回でも触れたように放映が延長され、第7・8クールで、ビッグ3よりもさら強いタイガー・ザ・グレートが登場することになる。後年のアクションマンガ等で繰り返される「強さのインフレ」の先駆けと言っていいかもしれない。
第6クールのラス前が第77話「死闘のタッグ」(脚本/辻真先、美術/秦秀信、作画監督/小松原一男、演出/及部保雄)だ。タイガー&ミスター不動と、ビッグタイガー&ブラックタイガーのタッグマッチで、ミスター不動が捨て身の戦いで二人の強敵に止めを刺す。『タイガーマスク』の試合について、プロレスの枠を飛び出していると思うことが多いが、身動きが取れなくなったミスター不動に、凶器を持ったビッグタイガー、ブラックタイガーが同時に襲いかかる部分は正しく死闘。命の奪い合いであった。ここから死闘の結果が分かるまでの部分は、演出的な仕掛けが効いており、凄まじく緊張感のあるものとなっている。演出的な仕掛けについてはここでは説明はしない。是非とも映像で確かめて欲しい。
第78話「猛虎激突」(脚本/安藤豊弘、美術/浦田又治、作画監督/森利夫、演出/勝間田具治)が、第6クールのラストエピソード。タイガーマスクとキングタイガーの凄絶な死闘が描かれるが、キングタイガーが自滅するというかたちで決着が付く。
斉藤侑プロデューサーはかなり以前から、最終回でタイガーマスクのマスクが剥がされる展開にすることを考えていたのだそうだ。『タイガーマスク』DVD BOX第2巻の解説書の斉藤プロデューサーのインタビューで、もしも、第78話が最終回になっていたならば、キングタイガーとの試合でマスクを剥がされていたのかと訊いたところ「多分、そうなっていたでしょう」と答えてくれた。
予定されていた第78話がどんなものだったかは分からないが、放映の延長が決まったところで、第7クール以降に繋がる内容に変更されたのだろう。勝負がキングタイガーの自滅で終わるかたちではなかったのかもしれない。
すでに完成した作品について「もしも、こうなっていたら」を考えても仕方がないのかもしれないが、もしも、『タイガーマスク』が第6クールで終わっていたら、どんなかたちの最終回になったのだろうか。それについては考えずにはいられない。
●第11回 小休止(あるいは、僕と『タイガーマスク』の50年) に続く
[関連リンク]
Amazon prime video(アニメタイムチャンネル) 『タイガーマスク』
https://amzn.to/4bjzNEM
タイガーマスク DVD‐COLLECTION VOL.3(注意。コラム中で触れているDVD BOXは2003年にリリースされたものであり、現在発売されているDVD‐COLLECTIONとは別のものである)
https://amzn.to/453gcXk
原作「タイガーマスク」(Kindle)
https://amzn.to/3w3BJlV