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アニメ音楽丸かじり(153)
わらべ唄に見る高畑勲監督のすごさ! TV初放映『かぐや姫の物語』の音楽

 3月13日の日本テレビ系列「金曜ロードSHOW!」にて、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』がノーカットでTV初放映された。視聴率は18.2%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)を記録し、twitterでの話題も上々のようだ。それにはアカデミー長編アニメーション賞へのノミネートも一役買っていただろう。初見の視聴者が、あの美しくも冷厳なラストシーンにどのような印象を持ったのか、気になるところだ。
 ということで、今回は遅ればせながら『かぐや姫の物語』のサントラについて語ってみたい。僕は公開当時に劇場まで足を運び、その内容に感嘆したにも関わらず、サントラを紹介しそびれていたことを心苦しく思っていた。高畑作品に初めて久石譲が起用されたという話題性もあるし、音楽への評価の機運がもっと高まってもいいはずだ。あの独特なビジュアルの印象が強すぎて、話題がそちらに集約してしまうのは仕方ないのかもしれないが。

 さて、サントラは2013年11月20日に徳間ジャパンよりリリースされており、全37曲で53分の収録となっている。主題歌「いのちの記憶」のほか、高畑監督が自ら作詞・作曲(作詞は脚本の坂口理子との共作)した挿入歌の「わらべ唄」「天女の歌」も収録している。曲数を見て分かるとおり、1曲あたりの長さが劇場作品としてはかなり短く、1分未満の曲も多いのが特徴だ。基本的にはオーケストラを中心としたBGMだが、かなり大胆に民族音楽や和楽器を取り入れたものもある。メロディは後述する「わらべ唄」の影響もあり、5音階を多用しているのが特徴だ。久石譲は過去にも『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』のように日本的な世界観の劇場アニメを手がけているが、楽器・旋律の双方でここまで日本の伝統音楽に接近したスタイルは珍しい。
 サントラ1曲目「はじまり」はオープニングクレジットで使われた楽曲。久石譲らしくモードを使った導入の旋律は、作品のシグネチャーとして何度も登場するもの。これに「わらべ唄」の変奏が絡み合い、開始早々に観客を「和」の世界に引き込んでいく。ビブラフォーンなどの鍵盤打楽器や、フルートなどの木管をフィーチャーしており、オーケストラの主役たるストリングスは控えめ。このことにより、西洋楽器を使いながらも、あまりヨーロッパの地域性を感じさせない響きを生み出している。結果的に、ドビュッシーやラヴェルのような、東洋趣味のクラッシック作曲家との近似を感じさせるのが面白いところだ。
 4曲目「生きる喜び」はフルートによる牧歌的な旋律が、ベートーベンの「田園」を思わせて印象的なナンバー。このフレーズは映画序盤に何度も繰り返し登場し、かぐや姫の幸せな幼年期と、里山の自然あふれる風景を象徴するものとなっている。
 そしてその幼年期に初めて登場するのが36曲目「わらべ唄」だ。いかにも日本的なペンタトニックの陽音階(俗にいう田舎節)で成り立っているのだが、後半から陰音階(俗にいう都節)に転調して、37曲目「天女の歌」の旋律へと繋がっていく。先述のとおり、この2曲は高畑監督自身の作曲によるもの。高畑監督は音楽に関しても深い造詣があることで知られているが、このメロディは分析すればするほどに、その奥深さが分かる類のものだ。ちょっと専門的になってしまうが、そのあたりの凄味を解説してみたい。
 CDに収録された「わらべ唄」はD・F・G・A・Cの5音階で成り立っており(幼年期のバージョンはC・E♭・F・G・B♭からなる別テイク)、最初のフレーズは主音のDから始まり、属音のAで半終止している。次のフレーズもAで半終止し、その次で主音Dに戻って楽節が終わる。次の楽節では、それまで使われなかったオクターブ上の主音D(これを複音程という)が登場し、この音で終止する。各フレーズがきちんと終止しているところは安定感があるし、複音程を登場させるタイミングも心憎い。つまりこの曲は楽式や終止形が整然としていて、驚くほど理論的に作られているのだ。もちろん観客がそこまで意識することはないが、聴いていて感じる安定感・安心感は、理論的な整合性が無意識のうちに働きかけているのではないか。
 さらに劇中で幼年期のかぐや姫がこの曲が歌い、途中から陰音階の「天女の歌」へと転調していくところは音楽的な見せ場のひとつ。「天女の歌」(幼年期バージョン)はB♭・C♭・E♭・F・G♭の5音階で成り立っており、「わらべ唄」(幼年期バージョン)との共通音であるE♭とFから転調が行われている。共通音からの転調は西洋の音楽理論にも合致しているし、陽音階から陰音階への転調は日本の伝統音楽でしばしば見られるもの。この2曲から、高畑監督が相当の研究を積み重ねたことがうかがい知れる。久石譲はこのメロディを様々に変奏して劇中のBGMに用いているのだが、それだけの変奏に耐えうるほど、この2曲がよくできているということだろう。
 16曲目「絶望」は物語中盤で、披露目の宴にて貴族たちにからかわれたかぐや姫が屋敷を飛び出し、都を走り抜けるシーンに使用されたもの。絵柄もがらりと荒々しいものに変化し、作中における大きな見せ場となっている。音楽はストリングスのトレモロを使ったサスペンス調のもので、他の楽曲とは随分と毛色が違う。まさにその違いこそ、このシーンにおいて求められたものなのだろう。
 30曲目「天人の音楽I」と32曲目「天人の音楽II」の2曲は、天人たちが月からかぐや姫を迎えにくるシーンに使われたもので、物語のクライマックスを飾る音楽だ。軽快なリズムに乗ってハープとフルートの紡ぎ出すメロディは陽気で祝祭感たっぷりだが、シリアスな場面にあって場違いな怖さも感じさせる。実はハープとフルートはオーケストラ楽器の中でも倍音構造がシンプルで、それゆえに濁りのない澄んだ音色をしている。シンセサイザーの音作りでは、サイン波(正弦波)からフルートの音を作り出すくらいだ。感情や煩悩のない天人たちを象徴する音色として、とても理にかなった選択であると言える。
 ラストシーンで流れる33曲目「月」は「天女の歌」をオーケストラ合奏に編曲したもので、つまりこの作品は「わらべ唄」のフレーズで始まり、「天女の歌」のフレーズで終わっているわけだ。『かぐや姫の物語』において、この2曲がいかに重要であるか分かろうというもの。それらを生み出した高畑監督の音楽研究の奥深さを、この記事から少しでも感じていただけたら幸いである。(和田穣)

かぐや姫の物語 サウンドトラック (音楽:久石譲)

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