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アニメ音楽丸かじり(123)『攻殻機動隊ARISE』サントラは新しい時代の象徴だ!

 11月30日から劇場上映されている『攻殻機動隊ARISE GHOST IN THE SHELL border:2 Ghost Whispers』を、公開翌日の日曜日に観てきた。当初行く予定だった新宿バルト9は、レイトショーを除いて早々と座席のほとんどが埋まったため、初めてTOHOシネマズ六本木ヒルズに行くことになってしまった。六本木という街は刺激的ではあるのだが、地域性を喪失したような浮き足だったところが、やや苦手だ。まるでこの街だけが、永遠に続くバブル景気のさなかにあるように感じられる。クリスマス前という時期もあって、ヒルズ周辺はすでにツリーや電飾が目立ち、若いカップルが多く華やいだ雰囲気だった。
 僕は前話となる『border:1』をディスクで試聴したので、劇場で本シリーズを観るのはこれが初めて。『攻殻』と言えば、過去には押井守監督の『GHOST IN THE SHELL』、神山健治監督の『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』と劇場・TVでそれぞれ大きなヒットがある作品。さらに本シリーズは、監督を始めメインスタッフの入れ替え、メインキャストの交代、キャラクターデザインの一新など、あらゆる点で心機一転となるだけに、不安視する声もあったように思う。ところが最後まで鑑賞してみると、これが拍子抜けするほど「きちんと『攻殻』していた」という印象だ。心配はまったくの杞憂だっと言える。
 特に冲方丁の担当した脚本がいい。さすが「マルドゥック・スクランブル」の作者らしく、義体化が当たり前になった時代の描写はお手のもの。インフラがネットワーク接続された社会に潜むリスク、人間の脳が外部とネットワーク接続されることで記憶や自我が曖昧になってしまう怖さなど、『攻殻』らしい難しいテーマを、説明セリフに頼り切らずにうまく描いていたように思う。
 またアクション面は充実の一言で、「爆発」「銃撃戦」「カーチェイス」というハリウッド劇場作品三大要素(?)を存分に盛り込んで見せ場を作り、娯楽作品としての楽しませ方も心得ている。それでいて観終えた後に、そこはかとなく上記のようなテーマが漂ってくるのがいい。体感的な比率としてはアクション7:テーマ3くらいに感じたが、そのくらいの配分で丁度いいのだ。なお本作は限定上映のため、今週には大半の劇場で上映が終わってしまう。劇場でご覧になりたい方は、早めの鑑賞がおすすめだ。

 さて、今回紹介するのはもちろん、その『攻殻機動隊ARISE』のサウンドトラック盤。11月27日に一足早くリリースされており、全19曲収録で49分の内容。いわゆる紙ジャケット仕様なのだが、全体がベローズ(蛇腹)になっており、畳むとジャケットの絵柄が完成するという凝った作りだ。
 『攻殻機動隊ARISE』については、メインスタッフ、メインキャストのみならず、音楽担当が代わったということも重要なトピックだろう。『GHOST IN THE SHELL』の川井憲次、『攻殻機動隊 S.A.C.』の菅野よう子と、アニメ音楽界を代表する作曲家に続くのは、CORNELIUS(小山田圭吾)という異色とも思える起用だ。
 小山田圭吾と言えば、活動初期に小沢健二と組んだフリッパーズ・ギターでの業績や、5枚のソロアルバムのリリースとツアー、カヒミ・カリィなど多くのアーティストのプロデュース、セッションギタリストとしての多数の演奏実績など、主にポップス畑で活躍してきたアーティストだ。個人的にも2001年のアルバム「point」には魅了され、そのミュージックビデオの見事さと共に印象に残っている。基本的には生楽器を使ったポップスのフォーマットにあるが、余計な音を削ぎ落とした作風と、自らの歌声や演奏を徹底的に加工して積み重ねていく、ミニマル的な感覚が独特の個性を放っている。
 もちろん専業の劇伴作家ではないし、本作と同じ士郎正宗原作による劇場作品『EX MACHINA』に楽曲提供した経験はあるが、アニメシリーズのBGMを全編1人で担当するのは初めて。ところが、これが驚くほど「『攻殻』らしい」サウンドになっているのだから面白い。その作風を端的に言ってしまうと、ミニマル、テクノ、アンビエントという事になるだろうか。派手な打楽器やオーケストラなどを避け、エレピとシンセ、打ち込みのリズム、コーラスなどで構成したシンプル、ソリッドかつ無機的なサウンドだが、その突き放したようなクールな感覚が『攻殻』にはよく似合っている。

 いくつか楽曲について触れていこう。まず 2曲目「GHOST IN THE SHELL ARISE」はそのものズバリの曲名だが、実際に『border:1』『border:2』ともオープニングテーマとしてタイトルバックで使用されている。お洒落なエレピの和音、肉声が加工されてシンセパッドのような女性コーラス、ミニマルな楽曲構造はいかにもCORNELIUS節といえる。音数は少ないのだが、ひとつひとつのサウンドが研ぎ澄まされた美しさ。明確なメロディはなくとも、雰囲気だけで聞かせることのできるセンスはさすがである。コーラスが何度も作品タイトルを唱えるのは、彼なりにアニメソングを意識してのことだろうか。
 『border:2』はアクション要素の強い作品だと書いたが、そのアクションシーンで多用されたのが6曲目「Highway Friendly」だ。4つ打ちのリズムにニュー・オーダーを思わせる派手なシンセベースが絡みあう。これだけだと古びたサウンドになってしまうところを、たっぷりとエコーをかけたシンセやSEを絡めて自在に空間を拡げていくのがCORNELIUSならでは。そして何より『攻殻』の世界観にシンセベースはよく合うのだ。
 13曲目「Motoko Action」も4つ打ちのテクノナンバーで、文字どおり草薙素子が行動を起こす各シーンで使用。後に公安9課となるメンバーに合う場面での使用が印象深い。こちらもシンセベースが主役の楽曲となっている。
 11曲目「Star Cluster Collector」は終盤の高速道路でのシーンに使用。カーチェイスしながらのバトルというスピード感あふれた場面にふさわしく、ドラムンベース風のリズムに、シンセのアルペジオが疾走感をかき立ててくれるナンバーだ。これらの3曲が、『border:2』の「動」の部分を代表する楽曲と言えるだろう。
5曲目「Instability」は『border:1』で多用されたナンバー。エレピのどこか虚無的なフレーズに、ヴィブラフォンと思しき不協和音が重なってくるミステリアスな楽曲だ。楽曲タイトルはズバリ「不安定性」を意味する。
 11曲目「Mystic Past in the West」も同種の曲調で、回想シーンなどに使用。こちらも観客の不安感を煽るような雰囲気だ。サラウンド効果を活かしたパン処理が為されているため、ぜひ劇場で聞いてほしいところ。
 1曲目「Opening Title」と19曲目「Ending Title」はほぼ同一内容の楽曲。シンセパッドのような女性コーラスに、繰り返されるエレピとピアノのフレーズの組み立てはまさしく正調ミニマルミュージックだ。最初と最後をミニマルで締めたことにより、本作の都会的でクールな色合いが決定的になったように思う。
 8曲目「Confusion Diffusion」はまさにアンビエントという楽曲。タンジェリン・ドリームのように怪しげな和音の合間から、電子音が聞こえてくる象徴的なナンバー。ネットワーク世界の渾沌を、そのまま音として結晶化させたようにも思える。
 7曲目「じぶんがいない」は『border:1』の主題歌で、メインテーマとなる「記憶」についての歌だ。salyu × salyuの歌声から「き」「お」「く」の3文字を切り出し、それをコラージュしてミニマル風に仕上げた大胆な楽曲だ。このようにセリフを加工処理していくセンスは、ミニマルミュージックの祖であり、後のテクノにも大きな影響を与えたスティーブ・ライヒにも近いものを感じる。

 以上のようにミニマル、テクノ、アンビエントを主体とした楽曲群は、川井憲次とも菅野よう子とも違う、全く新しい『攻殻』の音楽世界を作りだしている。そしてそれは、心機一転となった『ARISE』の映像を彩るのに、ふさわしいもののように思えるのだ。過去の『攻殻』とのあまりのギャップに最初は戸惑うかも知れないが、じっくりと聴いていくと、実に作品の要求に忠実に応えて作られたBGMである事が分かるはずだ。
 すでに『GHOST IN THE SHELL』から18年、『攻殻機動隊 S.A.C.』の第1期開始から11年が経っているわけで、新しい衣をまとうのには丁度いい時期だと思うのだが、ご覧になった皆さんはどう感じただろうか。

攻殻機動隊ARISE O.S.T. (音楽:CORNELIUS)

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