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第229回 ココロのスキマお埋めします 〜笑ゥせぇるすまん〜

 腹巻猫です。漫画家・藤子不二雄Aさんが亡くなりました。『怪物くん』『まんが道』『魔太郎がくる!!』など、子どもの頃から愛読した作品は数知れず。特に怪奇ものやブラックユーモア作品はお気に入りでした。心より哀悼の意を表します。


  アニメになった藤子不二雄A作品は多い。『怪物くん』『忍者ハットリくん』『プロゴルファー猿』『笑ゥせぇるすまん』『ビリ犬』『ウルトラB』『パラソルヘンべえ』などなど。
 しかし、サウンドトラックが発売された作品はほとんどない。もともとこうしたファミリー向け作品はサントラが出ない傾向があるけれど、『怪物くん』『忍者ハットリくん』といった人気作でも発売がないのはさびしい限り。
 数少ない例外のひとつが『笑ゥせぇるすまん』である。今回はその音楽を聴いてみよう。
 『笑ゥせぇるすまん』は藤子不二雄Aの漫画「黒ィせぇるすまん」を原作にしたTVアニメ作品。アニメ化に際し、原作ともども『笑ゥせぇるすまん』と改題されている。放送は1989年10月からバラエティ番組「ギミア・ぶれいく」内の1コーナーとして始まり、中断をはさみながら、同番組が終了する1992年9月まで続いた。基本フォーマットは1話10分の短編で全112話。「ギミア・ぶれいく」終了後もTVスペシャル版が3回放送されている。
 不満や悩みを抱える人間の前に現れる全身黒ずくめのセールスマン・喪黒福造。喪黒は「あなたのココロのスキマをお埋めします」と言って、無償のサービスや助言を提供しようとする。その言葉に惹かれて喪黒の客となった者は、つかの間の幸せを手に入れるものの、結局は欲望や誘惑に負けて自滅してしまう。
 というのが基本的なお話のパターン。
 原作は青年マンガ誌に発表された作品。子ども向け作品とは一線を画したブラックユーモアの味わいが魅力だ。喪黒は人間を誘惑するメフィストフェレスの役割。毎回の物語の主人公は客のほうで、視聴者は主人公(客)が破滅していく姿を見てカタルシスを覚える。夜9時から放送される「ギミア・ぶれいく」内だからこそ実現したアニメである。ちなみに喪黒のモデルは「ギミア・ぶれいく」のホストを務めた大橋巨泉だと言われている。
 アニメ版の制作はシンエイ動画。総監督をクニトシロウ、監督を米谷良知が務め、音楽は田中公平が担当した。

 本作は田中公平のアニメ作品の中では初期のもののひとつ。田中公平は本作と前後して『エスパー魔美』(1987)、『チンプイ』(1989)、『21エモン』(1991)といった藤子・F・不二雄原作アニメの音楽も手がけている。ファミリー向け作品が多かった時期である。その中にあって、大人向けテイストの本作は異色の1本だ。
 音楽の中心になるのは、喪黒のテーマである。
 田中公平のインタビューによれば、喪黒のテーマは喪黒が歩き去る後ろ姿をイメージして発想したという。
 ほぼ毎回、物語のラストは去っていく喪黒の後ろ姿で締めらくくられる。作曲時に映像はできていなかったが、そのイメージを聞いてテンポとリズムを決め、ファゴットがメロディを奏でるメインテーマが完成した。メロディはミステリアスであると同時にユーモラスでもあり、ペーソスも感じられる。なるほど「喪黒の後ろ姿」と思わせる曲調だ。
 ファゴットが主旋律を奏でるメインテーマも珍しい。ファゴットは脇役に回ることが多い楽器だが、この曲は珍しくファゴットが主役なので、あとでファゴット奏者の大畠條亮から感謝された、と田中公平はふり返っている。
 藤子不二雄Aの訃報が流れたとき、TVで氏の代表作を紹介する際に喪黒のテーマがたびたびBGMとして使われていた。そのくらい、ワンフレーズ聴けば「あ、あの曲!」とわかる印象的なテーマである。アニメのインストゥルメンタルのテーマ曲としては、大野雄二の「ルパン三世のテーマ」と並んで一般によく知られた曲ではないだろうか。
 喪黒のテーマとしてよく使われた曲がもうひとつある。喪黒が客にセールス(?)をするときに流れるタンゴ調の曲だ。こちらはアコーディオンがメロディを演奏する。ファゴットのテーマよりもテンポが速く、喪黒があの大きい顔でぐいぐい迫ってくる雰囲気がタンゴのリズムで表現されている。こちらは、喪黒が速く歩いているイメージで作曲したそうだ。
 では、喪黒のテーマ以外の劇中音楽は?
 本作は毎回、登場人物も舞台設定も異なる短編集のような作品。喪黒以外に共通する要素はない。唯一の例外として喪黒がたびたび訪れるバー〈魔の巣〉があるが、毎回登場するわけではない。
 本作と似たタイプの海外ドラマ「ミステリーゾーン(トワイライトゾーン)」では、毎回、映像に合わせて作曲家が音楽をつけていた。しかし、本作の音楽は溜め録り方式。あらかじめ多数の音楽を録音しておいて、その中から選曲している。そのため、どんなエピソードにも対応できるように多種多彩な音楽が要求された。
 1話10分の作品なのに、1回目の録音で60曲ほどが録音されている。うち10曲ほどが喪黒に関係する曲で、残りはさまざまなシチュエーションや心情を表現する曲である。曲調もクラシック風から、ロック風、ジャズ風、恋愛映画音楽風、怪奇映画音楽風など、バラエティに富んでいる。
 サウンドトラックを「バラエティに富んだ曲調」と紹介することはよくあるが、実態としては、核になるモチーフ(メロディ)がいくつかあり、それをさまざまなスタイルでアレンジしているケースが多い。
 ところが本作は一貫したストーリーや舞台設定がないため、本当にバラエティに富んだ曲がたくさん作られているのが特徴だ。音楽の見本市と言ってもよい。自身を「デパート(百貨店)タイプ」の作曲家と称する田中公平の持ち味が生かされた作品である。ふたたび田中公平インタビューによれば、ひとつのテーマでさまざまな曲を書くよりも、まったく異なるジャンルの曲や異なる雰囲気の曲をたくさん書くほうが書きやすかったという。
 こうして本作では、喪黒のテーマとともに多彩な曲調の音楽が流れることになった。喪黒のテーマが中心にあり、そのまわりを暗い色から明るい色まで、さまざまな色彩の楽曲がとりまいているような音楽世界。これが『笑ゥせぇるすまん』の音楽である。

 3年間にわたって放送された人気作品のわりに、本作のサウンドトラック・アルバムはなかなか発売されなかった。大人向けということもあるし、番組内の1コーナーとして放映された短編作品ということもある。また、当初は主題歌がなく、レコードメーカーが制作に関わっていないという事情もあっただろう。
 結局、サウンドトラック・アルバムが発売されたのは2017年。リメイク作品『笑ゥせぇるすまんNEW』が放送されることになったのがきっかけだった。日本コロムビアが展開していた「Columbia Sound Treasure Series」の1枚として、2017年8月に「笑ゥせぇるすまん オリジナル・サウンドトラック」のタイトルで発売された。ちなみに『笑ゥせぇるすまんNEW』の音楽も田中公平で、旧作の音楽をリメイクした曲が多数ある。サウンドトラックを聴き比べてみると面白い。
 「笑ゥせぇるすまん オリジナル・サウンドトラック」の収録曲は下記、商品ページを参照。
https://columbia.jp/prod-info/COCX-39988-9/
 構成は筆者が担当した。
 バラエティ豊かな楽曲が楽しめる作品だが、音楽アルバムとしてまとめるのは、なかなか苦心した。
 まず、曲のイメージを固めるために全話を観て音楽の使用場面を確認した。ここまではどの作品でも同じだが、なにせ短編集のような作品なので、曲の並べ方に悩む。
 結局、アルバム全体を短編集のようにまとめることにした。全体をいくつかのブロックに分け、状況説明、破滅へ向かっていく喪黒の客の描写、皮肉なオチ、というサイクルをくり返す構成を考えた。
 本アルバムは2枚組で、ディスク1は『笑ゥせぇるすまん』の定番のフォーマットを再現した構成、ディスク2はいくつかの特定のエピソードをイメージした構成になっている。
 ディスク1の内容を紹介しよう。
 冒頭は番組の導入部に使われた曲を収録した。トラック1は「オープニング〜メインタイトル」。「私の名は喪黒福造」と言いながら喪黒が登場するオープニングの曲とそれに続くメインタイトル曲である。トラック2は「この世は老いも若きも、男も女も、心のさみしい人ばかり……」と喪黒が語るプロローグの曲。タンゴ調の喪黒のテーマである。
 次のトラック3は喪黒登場シーンに流れる「忍び寄る喪黒」。悩みを抱えた人物の前に(あるいは背後から)喪黒がのそっと現れる場面によく流れていた。ファゴットによる喪黒のテーマの変奏だ。
 トラック4はタンゴ調の喪黒のテーマの変奏「わたくしこういう者です」。喪黒が客に名詞を渡して自己紹介する場面に使われている。
 トラック5〜7には喪黒の客の心情を表現する曲を並べた。哀愁ただよう曲調の「黄昏に」「ひたぶるにうら悲し」「美しい想い出」の3曲。つかの間の心の平安のイメージだ。知らずに聴けば、感動的な名作アニメの音楽か恋愛ドラマの音楽かと思うような美しい曲である。
 緊迫感のある「喪黒の警告」(トラック8)とホラーテイストの「襲いくる悪夢」(トラック9)で客の人生は暗転する。喪黒が笑いながら去っていくラストシーンの曲「エンディング -Short version-」(トラック10)が、妖しくも暗い余韻を残す。
 ここまでで、本作の代表的な音楽がひととおり出そろう。「そうそう、『笑ゥせぇるすまん』ってこういうアニメだった」と思ってもらえたらうれしい。
 以降は、さまざまな客やシチュエーションを音楽で紹介する構成。
 なかでも印象深い曲を挙げると——。
 トラック15「無謀な突撃」とトラック16「爆走」はテンポの速い緊迫感のある曲。客が危険を無視して暴走する場面などに使用された。ヒーローものならアクションシーンに流れるようなカッコいい曲調だ。
 トラック18の「ドーン!」はタイトルどおり、喪黒が「ドーン!」と客に人差し指をつきつける場面の短いブリッジ曲。
 トラック22と23は喪黒が訪れるバー〈魔の巣〉のBGMとして使われた曲。トランペット奏者・数原晋のアドリブ演奏をフィーチャーしたブルース風の曲である。喪黒のテーマと並んで記憶に残る曲なので商品化を待ち望んでいた人も多いと思う。
 トラック27「恋かしら」とトラック28「胸にあふれる思い」はロマンティックなシチュエーションを表現する曲。ヨーロッパのしゃれた恋愛映画音楽のような曲で、胸がキュンとなる。こういう曲が何気なくちりばめられているのが本作のすごいところ。
 しかし、そんないいムードがいつまでも続くわけがない。
 トラック48「イリュージョン」は喪黒の客が甘美な幻想から目覚め、悲劇的な現実に直面する場面に流れる曲。いわば「解ける魔法」のテーマである。
 そして、トラック49は「喪黒のタンゴ」。ザッザッザッと迫りくるようなリズムに乗って、ファゴットによる喪黒のテーマが奏でられる。
 トラック50「残酷な現実」はエンディング用の曲。夢の時間は終わり、痛い目にあった客が辛い現実に帰ってくる(あるいは永遠に帰ってこない)。本作ならではのバッドエンディング曲だ。
 トラック51「エンディング」は喪黒が去っていくラストシーンに使われた喪黒のテーマの変奏。トラック52に「次回予告」を配してディスク1の締めくくりとした。
 このあとには、ボーナストラックとして、田中公平が手がけたTVアニメ『夢魔子』の音楽が収録されている。これも「ギミア・ぶれいく」内で放映された藤子不二雄A原作のアニメ。『笑ゥせぇるすまん』の音楽ととも音源が発見されたので、あわせてサントラに収録することにしたのだ。もちろん初商品化。なかなかのレア音源である。

 『笑ゥせぇるすまん』の音楽は多彩だ。エピソードごとに異なるキャラクターと物語が描かれるため、定番のように使われる曲は喪黒のテーマとバー〈魔の巣〉の曲くらいしかない。別の見方をすれば、それ以外は記憶に残りづらい作品だとも言える。では、そんな本作のサウンドトラックの聴きどころはというと、ずばり、その多彩さを楽しむことだろう。
 田中公平が本作のために作った音楽は、クラシックからロック、ジャズ、ポップス、民族音楽風まで、幅広いジャンルにわたる。美しい曲はうっとりするほど美しく、カッコいい曲はとことんカッコいい。コミカルな曲は笑ってしまうし、怖い曲はぞくぞくする。どの曲も聴けばくっきりとイメージが浮かぶ。映像音楽のお手本集になりそうなサントラだ。
 このサントラ自体が、ココロのスキマを埋めてくれる豊かなサウンドの宝庫だとも言える。ただし、そこには喪黒という毒もまじっているので、使い方にはご用心を。

笑ゥせぇるすまん オリジナル・サウンドトラック
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