COLUMN

第220回 夢と冒険の始まり 〜ふしぎの海のナディア〜

 腹巻猫です。六本木の国立新美術館で開催中の「庵野秀明展」。展示物の量も内容すごいし、ほとんどの展示品が撮影可なのがうれしい。筆者はすでに2回行きました。アニメ・特撮ファンは必見です。いよいよ東京会場の会期は12月19日まで。これから観ようという方は時間とカメラのバッテリーに余裕を持って行くことをお奨めします。あと、図録は買ったほうがいいですよ。重いけど……。


 今回は庵野秀明の初期の監督作品『ふしぎの海のナディア』の音楽を聴いてみよう。
 『ふしぎの海のナディア』は1990年4月から1991年4月までNHKで放映されたTVアニメ作品。ジュール・ベルヌの「海底二万マイル」が原案としてクレジットされているが、内容は大幅にアレンジされている。
 物語の始まりは1889年のフランス。パリで開催された万国博覧会にやってきた発明好きの少年ジャンはサーカスの少女ナディアと出逢い、ひとめぼれ。怪しい3人組に追われるナディアをジャンが助けたことから2人の冒険が始まる。やがて、ジャンとナディアはネモ船長が指揮をとる万能潜水艦ノーチラス号に窮地を救われて乗船、ノーチラス号と世界征服をもくろむ秘密組織ネオ・アトランティスとの戦いに巻き込まれていく。
 19世紀を舞台に個性的なキャラクターや超科学兵器が活躍するちょっとレトロな雰囲気の大冒険物語だ。放映終了後も劇場映画が作られるなど根強い人気があり、今年(2021年)は放映開始30周年記念の「ふしぎの海のナディア展」が開催された。

 音楽はのちに『新世紀エヴァンゲリオン』に参加する鷺巣詩郎が担当。本作が庵野秀明監督との出逢いになった。
 放送当時発売されたサウンドトラック・アルバム「ふしぎの海のナディアVol.3」のライナーノーツで庵野秀明が本作の音楽について語っている。それによると、『ふしぎの海のナディア』は絵柄や設定デザイン、世界観、セリフ回し等、すべてにおいて「70年代」にこだわった作品。音楽もあえて「70年代から80年代のもの」をリクエストしたそうだ。いわく、
 「’70年代のフォークやロック。そして、クラシックとジャズ。それと私が好きな曲。後はいわゆる劇伴。これらで『ナディア』の音楽は構築されています」
 実際、『ふしぎの海のナディア』の音楽を聴くと、後年の鷺巣詩郎作品のゴージャスな感じとはずいぶん違う。オーケストラの編成は大きくないし、シンセサイザーや現代的なリズムはほとんど使用せず、古典的な音楽スタイルで書いている。
 もっとも筆者が「70年代」のSF映像音楽と聞いてイメージするのは、ワイルドなブラス、グルーブ感満点のエレキベース、エフェクトを効かせたエレキギターなどが鳴り響く、70年代ロボットアニメや特撮ヒーロー番組の音楽。それに対して『ナディア』の音楽はもっとオーソドックスでクラシカルだ。同じ70年代でも『未来少年コナン』や世界名作劇場、あるいはもう少し時代が古い東宝特撮劇場作品の音楽に雰囲気が近い。たぶん、70年代ロボットアニメ風だと物語の時代設定に合わないし、かえってカッコ悪くなるという判断なのだろう。結果的に『ナディア』の音楽はレトロだけれど時代を経ても色あせない普遍性のある音楽になった。
 本作のサウンドトラック・アルバムは1990年5月に「ふしぎの海のナディア」のタイトルでユーメックス/東芝EMIから発売された。同年9月にはサントラ第2弾が「ふしぎの海のナディアVol.2」のタイトルで、同年12月に第3弾が「ふしぎの海のナディアVol.3」のタイトルで発売。放送中に3枚のサントラ盤がリリースされたことからも、当時の人気の高さがうかがえる。
 上記3枚のアルバムに未収録のBGMは、1991年1月発売の企画アルバム「ふしぎの海のナディア MUSIC IN BLUE WATER」と1992年1月発売のカラオケ集「ふしぎの海のナディア KARAOKE COLLECTION」で補完された。
 ふつうならこれで終わりとなるところだが、『ナディア』の人気はまだまだ衰えない。1993年3月に、歌もの、ドラマ、BGMなどすべての音源を集めた11枚組CDセット「ふしぎの海のナディア The Complete Blue Water」が発売された。そのうち4枚がBGM編で、残っていた未収録曲を含むすべてのBGMがMナンバー順に収録されたのである。この4枚はのちに「ふしぎの海のナディア オリジナル・サウンドトラック ツインベストVol.1」「同Vol.2」の2タイトルに再編されてリリースされている。
 「結局どれを聴けばよいの?」ということになるが、基本は放送当時発売された3枚のアルバム(3枚をセットにした「Forever NADIA」というパッケージもある)。ひととおりの楽曲はそろうし、『ナディア』の世界をイメージした曲順で聴くことができる。全BGMをコンプリートしたいなら、「オリジナル・サウンドトラック ツインベスト」の2タイトルをそろえればよいだろう。こちらはライナーノーツにBGMリストと使用話数が掲載されているのでマニア向けだ。ただし歌は収録されていないから、主題歌などが聴きたい場合は別のアルバムを入手する必要がある。
 今回は最初に発売されたアルバム「ふしぎの海のナディア」を聴いてみよう。収録曲は以下のとおり。

  1. ブルーウォーター(歌:森川美穂)
  2. 物語の始まり
  3. 羽ばたけ大空へ
  4. ノーチラス号、大海原をゆく
  5. 快適な艦内
  6. Real Heart(歌:松下里美)
  7. 黎明
  8. 万能潜水艦
  9. The Secret of Blue Water(アイキャッチ)
  10. 海のたたかい
  11. ノーチラス号出撃!
  12. 恋人がいる時間(歌:松下里美)
  13. パリ万博
  14. サーカスの少女
  15. 孤独とやすらぎ
  16. 寛ぎの時
  17. グランディスの追跡
  18. Yes!I will…(歌:森川美穂)

 森川美穂が歌う主題歌2曲と松下里美が歌うイメージソング2曲、そしてBGM14曲、計18曲を収録。収録時間は46分ほどで、CDアルバムとしてはコンパクトだ。
 本作の音楽が70年代、80年代を意識していることはすでに紹介したが、アルバムの作りも70〜80年代のアニメサントラをほうふつさせる。
 ユーメックスは、キングレコードで『機動戦士ガンダム』などの音楽制作を担当し、スターチャイルドレーベルを立ち上げた藤田純二氏が興した会社。なんとなく作りがスターチャイルド時代のアルバムに似ているのである。サントラ1枚目に主題歌をフルサイズで入れ、2枚目にTVサイズを入れる構成や、アイキャッチを挟んで前半(Side-1)と後半(Side-2)に分ける構成など、懐かしいスターチャイルドのアニメサントラの匂いがする。なによりアルバムのタイトル。メディアによっては「ふしぎの海のナディア オリジナル・サウンドトラック」と表記されているケースがあるが、正式なタイトルは「ふしぎの海のナディア」。2枚目以降も「ふしぎの海のナディアVol.2」「同Vol.3」と続き、「サウンドトラック」や「音楽集」の表記は付かない。これも「伝説巨神イデオン」なんかと同じである。あえて80年代サントラ・アルバムのスタイルにこだわったのではないだろうか。
 収録内容は、発売が放送開始から約2ヶ月後(第7話放送のあと)ということもあってか、イメージアルバム的構成になっている。
 トラック2「物語の始まり」は、第1話のアバンタイトルに使われた、物語の幕開けを告げる曲。Mナンバーは「A-1」が割り当てられている。不安な曲調で世界の危機を表現する音楽である。
 その不安を吹き払うようにトラック3「羽ばたけ大空へ」が続く。空を飛ぶジャンをテーマにした曲である。第2話のラストでジャンが自作の飛行機にナディアを乗せて飛ぶ場面に流れた。ピアノソロの序奏から始まり、ストリングスや管楽器が加わって盛り上がっていく。メインとなる旋律は別の曲にアレンジされてジャンやナディアの心情を描写する場面などに使われているので耳なじみがある人も多いだろう。サントラVol.2に収録された「明日へ」という曲である。
 続いては南の海を連想させる曲「ノーチラス号、大海原をゆく」。海洋を悠々と進む船の姿が目に浮かぶ曲調だ。第9話でジャンたちの前にノーチラス号が現れる場面が初出。次のトラック「快適な艦内」はノーチラス号の館内生活をイメージしたヨーロピアンロック風の明るい曲だ。
 イメージソング「Real Heart」をはさんで、トラック7「黎明」は夜明けのイメージの曲。ホルンをはじめとする金管楽器のアンサンブルにストリングスが加わり、重厚な雰囲気で演奏される。「さわやかな朝」というよりも緊張をはらんだ旅の始まりといったイメージ。本編では第26話のラスト近く、ジャンがネモ船長の夢を見るシーンで初めて使われた。
 トラック8「万能潜水艦」もノーチラス号のテーマだ。高揚感たっぷりの序奏部分から躍動的なリズムをバックにしたジャジーな曲に展開する。第4話でジャンとナディアを乗せたノーチラス号が航行を開始する場面に流れたのが初出。海洋冒険アニメらしい名曲のひとつである。本編では、ほかに第10話、12話、36話でしか使われず、出番が少なかったのが惜しい。
 アイキャッチ音楽に続くトラック10は「海のたたかい」。戦闘シーンを描写するスリリングな曲である。第3話、第4話でのノーチラス号対ネオ・アトランティス潜水艦の戦いの場面などに使われた。弦と金管とピアノが複雑にからみあう現代音楽的なオーケストレーションが緊迫感を盛り上げる。
 勇壮なファンファーレから始まるトラック11「ノーチラス号出撃!」はタイトルどおりノーチラス号の出撃をイメージした曲。超科学兵器の活躍を流麗な曲調で描写するカッコいい曲だ。第8話でノーチラス号が浮上する場面にファンファーレ部分が流れたほかは、第23話のアバンタイトルに使われただけという、ちょっと不遇な曲でもある。
 ここまでが、本編へのプロローグとなるイメージアルバム的構成の部分。
 筆者の解釈ですが、ここまではジャンがナディアと出逢う前、つまり、アニメ本編で描かれる以前の物語を音楽で表現したパートではないかと思う。世界の危機〜主人公ジャンの紹介〜人知れずネオ・アトランティスと戦っているノーチラス号。『ナディア』の見せ場であるノーチラス号の活躍を本編にさきがけて音楽で紹介するために、このような構成にしたのではないかな。

 物語はここから始まる。
 イメージソング「恋人がいる時間」に続いては、第1話と第2話で使われた曲が収録されている。
 トラック13「パリ万博」は第1話冒頭でジャンがパリ万博を訪れる場面に流れた曲。次の「サーカスの少女」は同じく第1話でジャンがサーカスの会場でナディアを探す場面に使われた。どちらもアコーディオンやストリートオルガンの音色を効果的に使った、19世紀のフランスで実際に流れていそうな曲だ。こういう「○○風」の音楽を書かせても鷺巣詩郎は実にうまい。
 アコースティックギターとフルート、オーボエ、ピアノなどがリリカルに奏でるトラック15「孤独とやすらぎ」はナディアのさびしい心情を表現する曲。第1話でサーカスを抜け出してきたナディアがパリの街並みを眺めてもの思う場面に流れている。美しいメロディと音色がちりばめられた、思わず胸がキュンとなるようないい曲だ。本アルバムの聴きどころのひとつである。
 次の「寛ぎの時」はフルートとハープを中心に奏でられる穏やかな曲。第2話でナディアがジャンの故郷で朝を迎える場面に使われた。音楽メニューは「お茶の時間(バロック調、室内音楽)」。世界名作劇場風の1曲だ。
 トラック17「グランディスの追跡」は使用頻度の高い追っかけの曲。初期のエピソードでは怪しい3人組——グランディス、サンソン、ハンソンがナディアをとらえようとする場面に使われていた。ジャンとナディアの運命は? まだまだ物語はこれから、というところでアルバムは終わる。

 『ふしぎの海のナディア』を観終わったあとでこのアルバムを聴くと、よく使われる曲があまり入っていないので物足りなく感じるかもしれない。が、当時サントラを手にした人は「これからどんな展開が待っているだろう」とわくわくしたはずだ。その期待にたがわず、2枚目と3枚目のサウンドトラック・アルバムにはネオ・アトランティス側の曲やジャンをとりまくさまざまなキャラクターの曲がたっぷり収録されている。サントラとしての満足度はこちらのほうが高い。
 しかし、それでも1枚目のアルバムは魅力的だ。CDの帯には「ファン待望の大型アニメ。ナディアを取りまく夢と冒険、陰謀と謎!」の文字が躍る。このアルバムには、これから展開する壮大な物語を予感させる音楽が集められている。夢と冒険はここから始まったのだ。

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