COLUMN

第219回 サントラ無頼派 〜UN-GO〜

 腹巻猫です。公開中の劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて』を観ました。ちょっと懐かしいジュヴナイルSFの雰囲気にミュージカル要素が加わったような作品。主役の土屋太鳳はミュージカル「ローマの休日」にも主演しているのでハマり役です。高橋諒の音楽もなかなかいい。今年は『竜とそばかすの姫』『サイダーのように言葉が湧き上がる』、そして本作と、音楽が重要な役割を果たすアニメが当たりかも。


 NHK土曜時代ドラマ枠で「明治開化 新十郎探偵帖」の放映が始まった。昨年12月にBSプレミアムで放映された番組だから新作ではないが、そのときは未見だったので新鮮な気分で観ている。原作は坂口安吾の「明治開化 安吾捕物帖」。明治時代を舞台に探偵・結城新十郎が難事件・怪事件を解決していく探偵小説だ。筆者が小学生の頃、同じ原作による「快刀乱麻」というTVドラマを放映していた。それがとても好きだったので、今作も楽しみなのである。
 実はアニメにも「安吾捕物帖」をベースにした作品がある。TVアニメ『UN-GO』だ。今回はその音楽を聴いてみよう。
 『UN-GO』は2011年10月から12月までフジテレビ「ノイタミナ」枠で放送された作品。「安吾捕物帖」を原案に、ストーリー&脚本・會川昇、監督・水島精二、アニメーション制作・ボンズのスタッフで制作された。
 主人公が探偵・結城新十郎であるのは「安吾捕物帖」と同じだが、随所に大胆なアレンジがほどこされている。舞台は明治時代ではなく近未来の日本。詳しくは語られないが、戦争を経験し、街にも人の心にも戦争の傷跡がいまだ残っているという設定だ。新十郎の相棒として活躍するのが因果。ふだんは少年の姿なのに、いざとなると妖艶な大人の女性に変身し、不思議な力を使って相手から真実を聞き出す。これはもちろん「安吾捕物帖」にはない設定。こんな風にSF的要素を採り入れたことで、ユニークなミステリーになった。

 音楽はギタリスト、音楽プロデューサーとしても活躍するNARASAKIが担当している。1991年に結成した自身のバンド「COALTAR OF THE DEEPERS」で活動するいっぽう、大槻ケンヂのバンド「特撮」に参加するなど幅広く活躍。アニメ・特撮ファンでもあり、テクノユニット「Sadesper Record」では「渡五郎」の変名で活動しているくらいだ(「Sadesper(サデスパー)」も「渡五郎」も特撮TVドラマ「イナズマン」に由来する)。
 映像音楽では、劇場作品「クラッシャーカズヨシ」(2005)、TVドラマ「スミレ16歳!!」(2008)、「ザ・クイズショウ」(2008)、「妄想姉妹〜文學という名のもとに〜」(2009)などの音楽を担当。アニメでは、『Paradise Kiss』(2005/THE BABYSと共作)、『デッドマン・ワンダーランド』(2011)、『楽園追放 -Expelled from Paradise-』(2014)、『覆面系ノイズ』(2017/SADESPER RECORD名義)、『BEATLESS』(2018/kzと共作)などの音楽を手がけている。躍動感のあるバンドサウンドとクールなデジタルサウンド、両方を自在に使った音楽が現代的でカッコいい。映像音楽の作り手として気になる作家のひとりだ。
 雑誌「CDジャーナル」2012年3月号に水島監督とNARASAKIが『UN-GO』の音楽について語った対談が掲載されている。それがなかなか興味深い。
 『UN-GO』の劇中に「夜長姫3+1」という少女アイドルグループが登場する。NARASAKIが最初に依頼されたのは、そのグループが歌う曲の制作だったそうだ。「どうせなら劇伴も」ということになり、音楽を担当することが決まった。
 水島監督は「昭和チックな作品なので、そのままやると古臭くなる。だからモダンな音楽や、普通の劇伴とは違うテイストの曲が書ける人で、なおかつ『UN-GO』のテーマにも理解があって話ができる人がいい」と思ってNARASAKIの起用を決めたという。
 同じSF作品でも『BEATLESS』や『楽園追放』の音楽と『UN-GO』の音楽はひと味もふた味も違う。『UN-GO』ではノイズ的なサウンドが多用され、不気味さやミステリアスな感じが強く押し出されている。SFとホラーと探偵ものが合体した音楽なのだ。
 音楽設計も一般的なアニメ音楽とは異なっている。メインテーマと呼べるような中核となるメロディが本作にはない。そもそも明解なメロディを持った曲が少なく、サウンド重視の曲や効果音的な曲が多いのである。音楽の使い方も、あえて感情移入させず、一歩引いて状況を見せるような、あるいは視聴者を眩惑させるような演出になっている。
 しかし、それが『UN-GO』という作品らしいのだ。
 具体的な音楽作りも聞いてびっくりである。上記の「CDジャーナル」の対談によれば、NARASAKIは全曲漢字一文字の音楽メニューを渡されて「これに沿ったものを作ってくれればいい」と言われたそうだ。水島監督は「あんまり具体的に言うと器用にこなしちゃうかもしれない」と思い、音響監督の三間雅文と一緒に「単語一文字で連想、発想で書くっていうメニュー」を考えて発注したという。漢字一文字のメニューなんてほかに聞いたことがない。それに応えて曲を作ってしまうNARASAKIもすごいし、その曲を巧みに使って作品世界を演出する音響監督もすごい。なんとも常識破りの作り方である。
 本作のサウンドトラック・アルバムは2012年2月に「UN-GO ORIGINAL SOUNDTRACK」のタイトルでソニーミュージック/エピックレコードレーベルから発売された。収録曲は以下のとおり。

  1. How to go -Anime edit-(歌:School Food Punishment)
  2. ヴァルハラ処女が丘(歌:夜長姫3+1)
  3. 不屈なれ
  4. Beautiful dreamer(歌:夜長姫3+1)
  5. Fantasy -Short version-(歌:LAMA)

 最初と最後にオープニング主題歌とエンディング主題歌を配し、その間にBGMと挿入歌を並べた構成。挿入歌はアイドルグループ「夜長姫3+1」が歌う2曲と、軍歌風の1曲(「不屈なれ」)、あわせて3曲が収録されている。
 BGMは14曲。曲名は音楽メニューと同じく漢字一文字で統一されている。聴く側にも想像力を要求する挑戦的なタイトルだ。
 トラック2の「獣」は因果が妖艶な女性に変身するシーンにたびたび選曲された曲。暗闇から何かが近づいてくるような不穏なサウンド。それが徐々に大きくなり、最後にようやくリズムが加わったかと思うと、途切れるように終わる。ホラー作品風の音楽で因果の得体の知れないキャラクターを表現している。
 トラック3「回」は、アコースティックギターのコードストローク(ジャランと鳴らすやつ)とパーカッションだけで構成された曲。新十郎が推理をめぐらす場面や聞き込みをする場面などに使われた。この曲のバリエーションがトラック12の「光」。冒頭部はほぼ同じだが、途中からスパニッシュなリズムになり、シンセサウンドが加わって緊張感のある演奏に展開していく。こちらは新十郎と因果が事件の真相をあばく場面によく使われていた。NARASAKIによれば「『快傑ズバット』のイメージ」なのだそうだ。
 トラック4の「念」は第7話で新十郎が小説家の世界に囚われてしまうシーンに使われた曲。リズムを刻む音がしだいに増えていき焦燥感をあおる。怪しくうねるシンセの音が不安をかきたてる。この曲からアルバム全体が摩訶不思議な世界に突入してくようだ。
 トラック6「真」は、新十郎のライバルである海勝麟六(「安吾捕物帖」の勝海舟にあたるキャラクター)が自分の推理を語る場面にたびたび流れた曲(ただし、その推理は当たらない)。ピアノの細かいフレーズがくり返され、シンセやパーカッションが加わり、ミニマルミュージック風に展開する。後半のエピソードでは新十郎が事件の謎解きをする場面にも選曲された。本作の「推理のテーマ」とも呼べる曲である。
 トラック7の「ヴァルハラ処女が丘」とトラック16の「Beautiful dreamer」は第2話に登場したアイドルグループ、夜長姫3+1が歌う曲。あえて昭和歌謡風のメロディに作られている。本作の中では、夜長姫3+1の歌は権力への抵抗の象徴になっていて、その後も重要な役割を担う曲として再登場する。
 同じ劇中歌でもトラック11の「不屈なれ」は男声合唱で歌われる軍歌。第5話の劇中で街宣車が流す歌として使われ、「戦後」の雰囲気をかもし出していた。
 ところで、本作のエンディング主題歌を担当したLAMAは、『リズと青い鳥』などの作曲家・牛尾憲輔が参加するバンド。その縁でか、本作のBGMにも牛尾憲輔が参加している。宗教曲のような「神」(トラック8)、ピアノとシンセによる日常曲「空」(トラック10)、コミカルなタッチの「暴」(トラック17)の3曲だ。もともと牛尾憲輔がNARASAKIのファンで、NARASAKIの参加する「肉の会」に呼ばれて水島監督と知り合い、本作への参加につながったというから面白い。
 また、ほのぼのムードの「興」(トラック9)、歪んだシンセの音色がいらだちを表現する「怒」(トラック14)、可愛くユーモラスな「飄」(トラック18)の3曲は『BEATLESS』の音楽にも参加しているコジマミノリの作曲。NARASAKIの楽曲とはサウンドも雰囲気も違って、本作の音楽世界を広げている。
 NARASAKIの曲に戻ろう。トラック13の「殺」は緊迫したシーンによく使われた曲だ。アップテンポのリズムとシンセコーラスが危機感と不安感をあおり、「事件発生」をイメージさせる。第11話の因果と別天王の対決シーンで長く使われたのが印象深い。
 そして、トラック15の「犠」は本作の中でも珍しい情感描写系の曲。重苦しい導入部から繊細なピアノのフレーズに展開し、後半は霧が晴れるようなさわやかな雰囲気に転じて終わる。登場人物が心情を打ち明ける場面や新十郎が事件の真相を語る場面などに使用された。「事件解決」のイメージである。アルバムはこの曲で終わってもよかったのではないかなと思う。

 『UN-GO』はNARASAKIの仕事の中でも、そうとうユニークな作品である。映像音楽(劇伴)の定型にはまっていないし、わかりやすくもない。しかし、既成の劇伴のスタイルに頼らず、独自の世界を追求するカッコよさがある。無頼派と呼ばれた作家・坂口安吾にちなんでいえば、サントラ無頼派とでも言おうか。

UN-GO ORIGINAL SOUNDTRACK
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